殿下との思い出
庭でゆっくりとお茶を飲むアイシャは、向かいに座って同じようにカップに口をつけているアレスに視線を向けた。
王族と初めて会ったときは緊張と戸惑いでどうしたらいいのかわからなかったが、慣れというのはすごいものだ。今では普通にお茶を一緒に飲めるほどになった。雑談もできるし、かしこまった話し方もしなくなった。
女神の代理人であるアイシャが、王子であるアレスと対等に話をすることは問題ない。むしろアイシャのほうが立場は上になる可能性があった。それほどまでに国は女神の代理人を重要視するのだ。
「もうすぐ半年になるな」
カップをテーブルに置いたアレスがまっすぐアイシャを見てきた。彼の言っている意味はわかっていた。
「王都に行く時期ということね」
半年だけ猶予をもらいエリストン領で過ごすことを許されていたアイシャは、その間に貴族社会になじめるように勉強する日々だった。マナーに関しては最初から問題ないと先生となってくれたエレナに言われていたが、貴族の顔と名前を覚えるのは初めてのことだった。それに貴族だからこそ義務のように行っていた慣習なども覚えなければいけなかった。
一通りのことを半年という短い間に覚えることになって大変ではあったが、充実した日々でもあったとアイシャは思っている。そのおかげもあってか、母親の死で悲しみに落ち込んでいる暇がなかった。
「王都に行ったら、まずは国王陛下と顔合わせをすることになる」
アレスの父親であり、この国のトップ。アレスのことは慣れたが、他の王族に会ったことがないため想像すると緊張してしまう。
「その後で王妃とも会ってもらう」
「王妃様といえば、私の前に女神の代理人を務めていた方よね」
「そうだ。母も女神の代理人となったことで王家の保護下に入り、父と結婚した。今年の女神の感謝祭までは母が女神の祝福を受け取っていた」
王妃であるセラフィーナ=レイデントは伯爵家出身だった。伯爵令嬢であったこともあり、すぐに王城に招かれて感謝祭までの日々を城で過ごしていたそうだ。初めての感謝祭で無事に女神から祝福を受け取り国の安定を願ってくれたことで国は守られ、その後、国王と結婚した。それから毎年感謝祭の重要な役目を担ってきた人だ。
「前任の女神の代理人から話が聞けるのは楽しみだわ」
「だが、いつも顔を合わせて話ができるわけじゃない。会えるのはおそらく城に行った時と、感謝祭当日だ。その時にできるだけ聞きたいことを聞いておくといい」
城に住むことになるとはいえ、いつでも王族と会えるわけではない。彼らにも仕事があるし、アイシャ自身も役目がある。
「次の感謝祭まで半年ほどだ。その間に城での生活に慣れつつ、自分の目でいろいろと見て経験するしかない」
アイシャは女神の代理人として女神の祝福を受け取ってもいいか、国の状況や人々を見て判断するという役目がある。代々の代理人たちもこの国が繫栄していくにふさわしいと判断することで祝福を受け取り国の平穏を願っていた。
次の感謝祭でアイシャがその判断をしなければいけない。
「女神の祝福を受け取らなかった代理人っているのかしら?」
不意にそんなことを考えた。誰もが祝福を受け取ることが当たり前だと思っているが、女神の代理人の考え次第で受け取らないという選択もできてしまう。
「詳しく調べたことはないが、受け取らなかった代理人はいなかったと思う。だた、祝福を受け取るべきか悩んだりした代理人はいたような気がするな」
何が原因だったのか覚えていないらしいが、女神の代理人も人である。どうするべきか悩んで決めることもあるということだ。
「アイシャは、アイシャの考えで動けばいい。俺たちが口出しできる立場ではないし、権利もない」
たとえ王族であっても女神の代理人の意思を捻じ曲げることはできない。
「代理人が女神の祝福を受け取ってもいいと思えるようにすることが、俺たちの大事な役目でもある」
国の繁栄を願ってもらえるように努めることが必要なのだ。
「頑張ってというべきなのかしら」
「そうだな。愛想をつかされないように努力させてもらうよ」
2人で見つめ合ってからほほ笑む。
優しい風が2人を祝福するように流れていった。そんなひと時だった。




