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過去

観劇を途中で切り上げたアイシャは、そのあと屋敷に戻って体調を崩してしまった。

気分が悪いとベッドで横になったが、そのあと熱を出してしまったのだ。

「久しぶりの外出もあって、体が悲鳴を上げたのかもしれないわね」

様子を見に来たエレナは、熱を出していたが意識のはっきりとしているアイシャに話しかけた。

「ごめんなさい」

迷惑をかけたと思い謝ると、エレナが苦笑してアイシャの額に手を置いた。

熱で体温が高いため、エレナの手はひんやりと感じられて気持ちよかった。

「謝ることではないわ。あなたの体調をもう少し考えるべきだったのはこちらの方だもの」

3年眠っていたのに、体に異変が起こることもなく普通に過ごせていたため油断していた。それと、観劇の内容に精神的ダメージが大きかったようだ。

「残念だけど、しばらくお出かけはできそうにないわね。ゆっくり休んで体を整えましょう」

「はい」

小さな声で返事をしたがエレナにはちゃんと届いていたようだった。優しい微笑みを浮かべて彼女の手が離れていく。手が離れたことが寂しいような切ない気持ちになってから、子供のころに熱を出したときは母のセレーナが同じように触れてくれたことを思い出した。

セレーナの優しさを思い出して余計に寂しさが膨らむ。

「何か欲しいものはあるかしら?」

エレナの質問にアイシャは首を横に振った。今は誰かに側にいてほしい。だたそれだけだった。だが、それを口にしてしまうとエレナを困らせてしまう気がして、アイシャは何も言わなかった。

「ゆっくりお休み」

それだけ言ってエレナが部屋を出ていく。

静かな部屋に1人でいると、寂しさと同時に虚しさまで感じてしまいそうだった。

天井を見上げたままため息が零れる。すると、それを合図にしたかのように扉を小さくノックする音が聞こえた。

アイシャが返事をすると扉が開いてロイナーが顔を覗かせた。

「ロイ兄さま」

「様子を見に来たんだが、あまり顔色が良くないな」

万全ではないアイシャだが、ベッドから起き上がろうとして制される。

「そのままでいい。今は休むことが優先だ。僕たちはすぐに出ていくから」

ロイナー以外にも誰かいるような言い方にアイシャは不思議に思って扉を見つめた。

開けっ放しになっている扉の隙間から窺うようにアレスが顔を覗かせていた。

「ほら、殿下も入ってください」

「いや、寝込んでいるレディの部屋に入るのはどうかと」

「心配で様子を見に行きたそうにそわそわしていたから連れてきてあげたのに、ここで引き返してどうするんです」

弱っているアイシャの部屋に入ることを躊躇ってしまっているアレスは、扉の隙間から様子を伺うだけで部屋に入ってこなかった。

その距離感がなんだか寂しく感じた。

「アレス殿下」

声をかけると、アレスは申し訳なさそうに部屋に足を踏み入れた。王族であり王太子であるアレスはもっと堂々としていてもいいはずなのに、これほどまで遠慮している姿を見ると不思議な気分になる。

「無理をさせてしまったね」

「殿下のせいではありません」

アイシャが熱を出したのがアレスと一緒に出掛けたことだと責任を感じているようだった。だが、アレスと出かけたことが負担になったとは思っていない。誰と出かけていても、久しぶりの外出にアイシャはきっと体調を崩していたことだろう。もう少し自分の状態を把握しておくべきだったのだ。

ただ、アイシャには気になっていることがあった。

「馬車での話を覚えていますか?」

アイシャが気分を悪くした原因。記憶にない王都でのことを話してくれると言っていたことをアイシャはしっかりと覚えていた。

「覚えているよ。でも、今は体調を戻すのが優先だ。回復したらちゃんと話をしよう」

熱を出して寝込んでしまった今のアイシャに話しては負担が大きくなる。そう考えてアレスは体調が戻ったらゆっくり話をしたいと言ってくれた。

「はい」

話をしてもらえる。失われた記憶に謎がたくさんある。それを思い出すことができていないが、覚えている人たちが話をしてくれることで、何かを思い出すかもしれないし、思い出せなくても今のアイシャに刻み込むことはできる。

話が聞けるとわかると少しほっとして、アイシャはそのまま目を閉じた。なんだか疲れてしまったのだ。体調を崩している状態では限界だったようだ。

「アイシャ。早く元気になれ」

「ゆっくりお休み」

ロイナーの励ましと、アレスの優しい声に、アイシャはそのまま眠りにつくことになった。


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