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距離感

店主が挨拶をして、ドレスを選ぶより先にアイシャの採寸が先となった。

店主に連れられてアイシャが奥の部屋へと入っていくと、アレスはロイナーと一緒に別室のソファに座って採寸が終わるのを待つことになった。

目の前のテーブルには紅茶が置かれ、先にロイナーが口をつけてからアレスも飲んで大丈夫と判断する。

すぐに出されたものを口にすることがアレスはできない。必ず毒見が必要になり、今はロイナーがその役目を担っていた。護衛騎士はついてきているが、店の外に待機している。

「ドレスの半分を買う予定と言ったけれど、あの子はきっと遠慮するだろう。今回は必要だと思うものだけにしておいた方がいいだろうね」

紅茶を飲んでいると、ロイナーが扉の方を見ながら言ってきた。扉を見ているが、おそらくその先で採寸をしているだろうアイシャのことを見ているような気がした。

その視線がアイシャのことが大切だと告げている。ただ、恋愛感情ではなく家族としての愛情を注いでいるのだということはアレスにはわかっていた。

立場は違っても、ロイナーは幼馴染であるアイシャを本当の妹のように扱ってきた。義理の妹になってもその気持ちは変わっていない。

ロイナーがアレスの側近として仕事をしてきた間に、そのことを肌で感じ取っていた。

「王都に行けば、またドレスを作ることになる」

今選ぶのはエリストン侯爵家で着るためのドレスだ。それらを持って王都に行くことはない。アイシャが王都に行けば王城で再び生活することになる。アレスの婚約者でもあるアイシャにふさわしい服装が求められ、すぐに新しいドレスを仕立てることになるだろう。

3年前のドレスを着せるつもりは当然アレスにはなかった。

「3か月間だけのドレスだ」

長くても3か月。その間にアイシャには王都に来てもらわないといけない。女神の感謝祭が3か月後に迫っているのだ。代理人として、祭りに出席してもらう必要がある。

アイシャが目覚めたのなら、祭りで女神の意思を汲み取り人々にその声を届ける必要がある。そして、何よりも女神の祝福を受け取ってもらわなければいけなかった。

「アイシャには代理人としての役目を果たしてもらわないといけない」

「祝福を受け取るとは限らないだろう」

その言葉にアレスは胸の奥が痛むのを感じた。

3年前に起こったことを思い出す。アイシャが眠ることになった理由を知った時の衝撃がアレスの中には今でも鮮明に残っているのだ。

「わかっている。だからこそ、今度こそ失敗は許されない。どうしてアイシャが今目を覚ましたのかは女神にしかわからないだろうが、きっと我々へのチャンスを与えてくださったと思っている」

「アイシャが女神の祝福を受け取ろうと思えるような状況を、今度こそ作り上げるということか?」

「受け取ってもらえなければ、きっとこの国は終わりを迎える。俺はそう思っている」

女神の祝福を受けることで国は豊かさを維持できている。それが失われたこの3年は、国にとって悲惨だったのだ。

アレスは何とか国が崩れるのを防いできたつもりだ。だが、これ以上は限界かもしれないと感じ取っていた。それほどまでに国が弱ってしまっていた。

「焦ってアイシャに無理強いすれば、あの子は再び拒絶を選択するだろうね。今は貴族の一員となったことに慣れてもらいながら、思い出せる範囲で記憶を取り戻していくことが優先されると思うけど」

「わかっている。アイシャの気持ちが何よりも大事だ」

平民だった時の記憶しかないアイシャにとって貴族となり王太子であるアレスの婚約者になっていることに、いろいろと気持ちも頭も追いついてきていないはずだ。

記憶を取り戻せば貴族としての立ち居振る舞いに問題はないだろう。ただ、思い出す記憶が嫌なものばかりだと、彼女の心がすり減ってしまう可能性があった。

無理強いもできず、記憶も辛いものを思い出せばアイシャは一人で苦しむことになるだろう。

「今度は彼女のことを支えていかなければ」

辛い記憶がよみがえってもアレスが側にいるのだと伝えたい。味方であることを理解してもらいたかった。

「猶予は3か月だ。僕もできる限りのことは協力するつもりでいるけど、どこまでできるかわからないと思っておいてほしい」

協力的な言葉に内心ほっとする。

どちらかと言えばロイナーはアレスを戒めるような役目を担っている。だが、アイシャを女神の代理人として、国に祝福をもたらしてほしいと思う気持ちは一緒だった。

「今の国の現状をアイシャはまだ完全に理解していない。そのことも伝えないといけないだろう」

「わかっている。だが、今はアイシャと少しでも距離を縮めることが優先される」

何も覚えていないアイシャにとって、アレスは王族であり会うことも話すことも許されない雲の上の存在に近い認識だろう。アレスも人であり隣に立つことができるのだということを理解してもらうほうが今は重要なことだと考えていた。

「そういうわけだから、2人きりのデートはだめでも、せめて気を利かせた行動を頼みたいな」

さすがに護衛なしにアイシャと出かけることはできない。それでも店の外や入り口で待機してアレスがアイシャと一緒に居られるように配慮はしてくれていた。ロイナーにも少しは考えて行動してほしいと訴えたつもりだったが、彼は肩を竦めただけだった。

「今のアイシャには兄のような僕という存在は安心する存在です。アイシャの様子を見ながら考えさせてもらいます」

急に敬語になって距離を作られた。

素直に従ってもらえないことを内心残念に思うが、アイシャの状況を考えるとロイナーの選択は決して間違ってはいないことも理解できてしまう。

「よろしく頼む」

何よりも優先されるべきはアイシャなのだ。彼女の負担を増やしてはいけない。だが、距離が離れたままなのは嫌だ。そんな葛藤を抱えたままアレスはアイシャが戻ってくるのを静かに待つことになるのだった。


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