表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/21

第八話 放課後

 放課後の空は、思っていたよりも明るかった。


 校舎の影が長く伸びて、風が抜ける。七村は校門を出たところで、足を止めた。帰る方向は決まっているはずなのに、今日は急がなくていい気がした。


 少し離れたところに、彼女がいた。


 制服は同じだった。

 けれど、前の席に座っていた人とは違う。

 その違いを、七村はもう言葉にしようとしなかった。


 声をかけるまでに、少し間があった。

 理由は考えなかった。考え始めると、声が出なくなる気がした。


 「……今日は、暑いね」


 それだけ言うと、彼女は一瞬だけ空を見上げて、うなずいた。

 返事はなかった。けれど、否定もされなかった。


 二人は歩き出す。

 肩が触れるほど近くはない。

 離れすぎてもいない。


 通りの向こうで、自転車のブレーキが鳴る。

 部活帰りの声が、風に混じって遠ざかっていく。


 「部活、やってないんだ」


 七村が言うと、彼女は首を横に振った。

 理由は聞かなかった。


 沈黙は、気まずくなかった。

 説明しなくていいことが、こんなにも楽だとは思わなかった。


 歩道の端に、小さな影が落ちている。

 七村は一瞬だけ視線を落とし、すぐに前を向いた。


 彼女も、同じタイミングで視線を逸らした。


 何も言わないまま、

 同じものを見たことだけが、確かだった。


 交差点に差しかかり、信号が赤になる。

 二人は並んで立ち止まる。


 「……少し、同じ方向?」


 七村がそう聞くと、

 彼女は少し考えてから、うなずいた。

 それ以上は、続けなかった。


 信号が変わる。

 二人は歩き出す。


 しばらくして、交差点の向こうで自然に距離が開いた。

 立ち止まる理由も、引き止める理由もなかった。


 「またね」


 七村がそう言うと、

 彼女は一瞬だけ立ち止まり、軽く手を上げた。


 名前は呼ばれなかった。

 約束もなかった。


 それで、よかった。


 背中を向けて歩きながら、七村は思う。

 この時間は、誰のものでもない。

 記録する必要も、意味づける必要もない。


 ただ、同じ放課後に、

 同じ空の下を少しだけ歩いた。


 それだけで、十分だった。


 七村は振り返らなかった。

 それが、この時間を壊さないための、いちばん簡単な方法だと、もう知っていたからだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ