第八話 放課後
放課後の空は、思っていたよりも明るかった。
校舎の影が長く伸びて、風が抜ける。七村は校門を出たところで、足を止めた。帰る方向は決まっているはずなのに、今日は急がなくていい気がした。
少し離れたところに、彼女がいた。
制服は同じだった。
けれど、前の席に座っていた人とは違う。
その違いを、七村はもう言葉にしようとしなかった。
声をかけるまでに、少し間があった。
理由は考えなかった。考え始めると、声が出なくなる気がした。
「……今日は、暑いね」
それだけ言うと、彼女は一瞬だけ空を見上げて、うなずいた。
返事はなかった。けれど、否定もされなかった。
二人は歩き出す。
肩が触れるほど近くはない。
離れすぎてもいない。
通りの向こうで、自転車のブレーキが鳴る。
部活帰りの声が、風に混じって遠ざかっていく。
「部活、やってないんだ」
七村が言うと、彼女は首を横に振った。
理由は聞かなかった。
沈黙は、気まずくなかった。
説明しなくていいことが、こんなにも楽だとは思わなかった。
歩道の端に、小さな影が落ちている。
七村は一瞬だけ視線を落とし、すぐに前を向いた。
彼女も、同じタイミングで視線を逸らした。
何も言わないまま、
同じものを見たことだけが、確かだった。
交差点に差しかかり、信号が赤になる。
二人は並んで立ち止まる。
「……少し、同じ方向?」
七村がそう聞くと、
彼女は少し考えてから、うなずいた。
それ以上は、続けなかった。
信号が変わる。
二人は歩き出す。
しばらくして、交差点の向こうで自然に距離が開いた。
立ち止まる理由も、引き止める理由もなかった。
「またね」
七村がそう言うと、
彼女は一瞬だけ立ち止まり、軽く手を上げた。
名前は呼ばれなかった。
約束もなかった。
それで、よかった。
背中を向けて歩きながら、七村は思う。
この時間は、誰のものでもない。
記録する必要も、意味づける必要もない。
ただ、同じ放課後に、
同じ空の下を少しだけ歩いた。
それだけで、十分だった。
七村は振り返らなかった。
それが、この時間を壊さないための、いちばん簡単な方法だと、もう知っていたからだ。




