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第七話 家にいる人

 北藪の家は、学校からそう遠くなかった。


 七村がそのことを知ったのは、偶然だった。

 帰り道、道を一本間違えただけだ。見慣れない塀と、静かな住宅が続く中で、表札の名前が目に入った。


 北藪。


 それだけで足が止まる。

 確認するつもりはなかったのに、視線が離れなかった。


 家は、きちんとしていた。

 手入れされた庭。閉め切られた雨戸。古くはないが、新しくもない外壁。


 人が住んでいることだけは、はっきりわかる。


 七村は、門の前に立ったまま、動けずにいた。

 呼び鈴を押す理由はない。

 けれど、立ち去る理由も、すぐには見つからなかった。


 玄関の奥で、足音がした。


 誰かが、家の中を歩いている。


 七村は、反射的に身を引いた。

 見られてはいけない気がした。


 カーテンの隙間から、明かりが漏れる。

 中にいるのは、一人だとわかる。


 話し声は聞こえない。

 テレビの音だけが、微かに外まで届いていた。


 ——家に、いる。


 それが、妙に重く感じられた。


 学校に来ていた人。

 来られなかった人。

 そして、家に残っている人。


 七村は、そこで初めて気づく。


 この家は、何も失っていない。

 壊れてもいない。

 ただ、選び続けてきただけだ。


 どちらを外に出すか。

 どちらを中に置くか。


 それは、善悪ではない。

 生活の判断で、家族の事情で、日々の積み重ねだ。


 だからこそ、逃げ場がなかった。


 七村は、門の前から一歩下がる。

 もう、これ以上見てはいけない場所だと、はっきりわかった。


 そのとき、玄関の明かりが消えた。


 家の中の気配が、静まる。


 七村は振り返らなかった。

 振り返れば、何かを背負ってしまう気がした。


 歩き出しながら、思う。


 学校に来なかった方は、

 この家の中で、どんな時間を過ごしていたのだろう。


 そして、来ていた側は、

 この家に戻るたび、何を置いてきたのだろう。


 答えは出ない。


 ただ、ひとつだけ、確かなことがある。


 ——この家に、正解はなかった。


 七村は、その事実を胸にしまい、

 何も持たずに、その場を離れた。

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