第六話 記録される者
学校の端末は、誰でも使える。
放課後の図書室。
七村は空いている席に座り、画面を立ち上げた。特別な目的があったわけではない。ただ、紙よりも、画面の方が答えに近い気がした。
校内ネットワークは、静かだった。
成績。出欠。行事の写真。
必要な人のために整えられた情報が、淡々と並ぶ。
七村は、名前を入力しなかった。
それでも、指は共有フォルダの階層を辿っていた。
検索履歴。
過去の配布物。
行事の共有データ。
どこにでも、彼女はいた。
写真の端。
集合写真の列。
遠足の記録映像。
長い前髪。
伏せた目元。
前を向いて立っている姿。
——残りすぎている。
七村は、そう思った。
生きていた時間より、
死んでからの方が、はっきりしている。
事故の記事は見つからなかった。
詳細は伏せられ、簡潔な報告だけが残っている。
それでも、更新は続いていた。
欠席の記録が、日付をまたいで増えていく。
処理されたはずのデータが、消えない。
七村は、画面から目を離した。
——来なかった方は、残っていない。
その事実が、はっきりする。
学校に来なかった存在は、
記録に入る機会そのものがなかった。
だから、探しても出てこない。
名前も、写真も、数値もない。
それに比べて、
来ていた側は、あまりにも残る。
誰かに見られ、
撮られ、
保存され、
更新される。
七村は、背筋が少し冷えるのを感じた。
これは、慰めではない。
残すことで、守っているわけでもない。
——離れられなくしている。
七村は、ふと、旧棟の窓際を思い出す。
外を見ていた視線。
咳を抑える仕草。
あそこには、何も残らない。
写真も、ログも、記録も。
だからこそ、あれは“いた”。
図書室を出ると、空は暗くなり始めていた。
廊下の照明が、均一に床を照らす。
七村は歩きながら、考える。
もし、前の席にいた北藪が、
“記録される役割”を担っていたのだとしたら。
それは、選ばれたということなのか。
それとも、縛られていたということなのか。
答えは出ない。
ただ、ひとつだけ、はっきりしている。
——記録は、やさしくない。
残すことで、
手放すことを許さない。
七村は、その日、何も保存しなかった。
スクリーンショットも取らず、
メモも残さなかった。
画面を閉じると、
そこには何もなかった。
それでいいと、思えた。
旧棟の方角を見る。
行こうと思えば、行けた。
けれど七村は、足を向けなかった。
記録され続ける者と、
記録されなかった存在。
そのどちらにも、
自分が触れすぎてはいけない気がした。
七村は、ただ歩き続ける。
——記録は、残る。
でも、人は、残らなくていい。
その感覚だけを胸に、
七村は校門を出た。




