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第四話 二人いた

 翌朝、七村は前の席を見ないようにしていた。


 見れば、何かを確かめてしまう気がした。

 確かめたところで、答えが出るとも思えなかった。


 教室は、いつも通りだった。

 点呼が取られ、黒板に今日の日付が書かれる。前の席には、まだ誰も座っていない。


 それでも七村は、無意識のうちに視線をそこへ戻してしまう。

 長い前髪の影が、あるはずの場所を。


 ——いない。


 それはもう、わかっている。


 昼休み、七村は保健室の前を通りかかった。

 用事はなかった。けれど、扉の前で足が止まる。


 掲示板に貼られた紙が、目に入った。

 欠席者の名前が、並んでいる。


 北藪夏乃。


 そこに書かれている文字は、昨日も一昨日も同じだった。

 死んだ人間の名前が、欠席者として扱われ続けていることに、違和感を覚える。


 七村は、その紙から目を逸らした。


 放課後、図書室へ向かう途中で、クラスメイトに呼び止められた。


 「なあ、七村」


 特別親しいわけでもない相手だった。

 それでも、声をかけられた理由は、なんとなくわかっていた。


 「北藪のことなんだけどさ」


 七村は、返事をしなかった。

 相手は、それを肯定と受け取ったらしい。


 「前の席だったろ。……なんか、気づいたこととかない?」


 その言葉で、胸の奥が少しだけ冷えた。


 気づいたこと。

 見たこと。

 聞いた音。


 どれも、ここで口に出していいものではない。


 「……別に」


 七村は、そう答えた。


 相手は「そっか」と言って、話を切り上げた。

 それ以上、何も聞いてこなかった。


 そのやり取りが、逆に引っかかった。


 七村は、帰り道で足を止める。

 旧棟へ向かう分かれ道の手前で、立ち尽くした。


 行かない、と決めていたはずだった。

 それでも、足は動いた。


 旧棟は、昨日と同じ静けさだった。

 窓際に、人の姿はない。


 当然だ、と頭では思う。


 それでも七村は、窓の前に立ち、ガラスを見た。

 映っているのは、自分の顔だけだ。


 ——もし。


 もし、あれが北藪夏乃ではなかったとしたら。


 七村は、その考えを振り払おうとして、やめた。

 振り払えるほど、軽い疑問ではなかった。


 前の席にいた北藪と、

 窓際にいた誰か。


 同じ前髪。

 同じ制服。


 でも、視線の向きが違った。

 呼吸の仕方が違った。


 そして何より、

 同時に存在してはいけないはずだった。


 七村は、はっきりと思ってしまった。


 ——二人、いたのではないか。


 その言葉が、胸の中で形になる。

 声にはしなかったが、否定もできなかった。


 階段を降りる途中、七村は足を止める。

 昨日、小さな形を見たあたりに、視線を向ける。


 そこには、何もなかった。


 それでよかった、と七村は思った。


 確かめたいことが増えるほど、

 戻れなくなる気がしたからだ。


 旧棟を出ると、空はもう暗くなり始めていた。

 校舎の明かりが、窓に反射している。


 七村は歩きながら、

 胸の中に残った言葉を、そっと押し込めた。


 二人いた。


 その可能性だけを抱えたまま、

 七村は何も言わず、校門を出た。

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