6-6 事件じゃない日
昼休み、校舎の裏で風が吹いていた。
七村は、コンクリートの縁に腰掛けて、缶の飲み物を開ける。
炭酸が、少しだけ遅れて音を立てた。
「今日、何も起きないね」
メガニコが言う。
特に残念そうでもなく、期待しているわけでもない声だった。
「そうだね」
七村は、それ以上何も付け足さない。
遠くで、運動部の声がする。
チャイムの予鈴が鳴り、誰かが廊下を走る。
全部、よくある音だ。
メガニコは、ノートを膝に乗せたまま開かない。
「さ」
少し間を置いてから、言う。
「探偵ものって、
何も起きない日の描写、
だいたい省略されるんだよ」
「そうなんだ」
「事件が起きないと、
物語が始まらないから」
七村は、空になった缶を足元に置く。
「でも、今日は始まらないね」
「うん」
メガニコは笑った。
「これ、物語だったら最低」
「日記なら?」
「……まあ、あり」
二人の間に、沈黙が落ちる。
居心地は悪くない。
説明も、仮説も、要らない。
風で、メガニコのノートの端がめくれる。
「書かないの?」
「今日はいい」
「何も起きてないのに?」
「何も起きてないから」
七村は、その理由を聞かなかった。
昼休みが終わる合図が鳴る。
二人は立ち上がる。
「次、数学だっけ」
「たしか」
歩き出す。
廊下ですれ違う人たちは、
誰も二人を見ていない。
見られていないことに、
特別な意味はない。
それが、少しだけ、楽だった。
七村は思う。
今日は、
記録されなくてもいい日だ。
メガニコは思う。
今日は、
解かなくてもいい話だ。
それだけで、
一日は、ちゃんと進んでいく。




