3-6 書けなかった推理
その日、メガニコはノートを開いたまま、しばらく動かなかった。
旧棟の掲示板のことを書くつもりだった。
白い紙。
四つの画鋲。
意味のない沈黙。
事件としては、弱すぎる。
謎としては、成立していない。
だからこそ、書きたかった。
「普通なら、ここで犯人を置くんだよね」
独り言みたいに呟いて、ペン先を紙に当てる。
──貼ったのは誰か。
──なぜ白紙だったのか。
──見せたかった相手はいたのか。
仮説はいくらでも浮かぶ。
でも、どれも決め手に欠ける。
メガニコは一度、眼鏡を外した。
レンズ越しに見ていた世界が、少しだけ曖昧になる。
「……違うな」
犯人がいない事件は、探偵ものとして成立しない。
でも、あれは“いない”というより、
置かれていなかった気がした。
メガニコは、七村の顔を思い出す。
掲示板の前で、立ち止まっていた横顔。
解こうとも、放り出そうともしていなかった。
「ねえ、それって結局どういうこと?」
あのとき、自分はそう聞いた。
七村は答えなかった。
否定もしなかった。
ただ、そこにいた。
メガニコは、そこで思った。
この話は、書ける。
でも、解いてはいけない。
解かないままにするためには、
書いておく必要がある気がした。
メガニコは、ノートにこう書きかける。
――事件は、未解決のまま終わった。
でも、その一文を、線で消した。
未解決、という言葉は、
「いつか解ける前提」が含まれている。
あれは、そういうものじゃなかった。
ペン先が、少しだけ震える。
メガニコは、書き直した。
――事件は、解かれなかった。
また違う。
それだと、
誰かが解くべきだったように見えてしまう。
しばらく考えてから、
メガニコは、最後にこう書いた。
――解けなかった事件があった。
でも、そこに人が立っていた。
ペンを置く。
胸の奥で、少しだけ何かが引っかかる。
探偵ものとしては、最低だ。
カタルシスも、回収もない。
それでも。
「……嫌いじゃないな」
メガニコは、そう思ってしまった。
ノートを閉じる。
窓の外では、風が吹いている。
白い紙が、どこかへ飛んでいったことを、
メガニコはもう追わなかった。
追わなかった、というより、
追わなくてもいい気がした。
それが、なぜなのかは、
まだ分からない。
でも。
分からないままでも、
書けることがある。
そのことだけは、
確かだと思えた。




