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最終話 記録の外側で

 七村は、旧棟を出てからもしばらく立ち止まっていた。


 夕方の空気は、もう夜に近い。

 校舎の灯りが順番に点き、どれも同じ明るさで並んでいる。


 そのどれにも、特別な意味はない。


 足元に、擦れた表紙のノートが置かれていた。

 名前は、書かれていない。


 七村は、それを手に取る。


 誰のものだったのかを、

 考えないようにした。


 ただ、使われていたという事実だけが、確かだった。


 ページをめくる。


 文章は短い。

 行の間が、やけに広い。


 誰かに向けて書かれたものではない。

 読まれることを想定していない文字だった。


『・同じ形は、安心する

 でも、同じでいると息ができなくなる


・見られないのは、消えることじゃない

 見られ続けるほうが、遠くなる


・残るものは、軽くない


・海みたいだと思った

 深さはないのに、底が見えない


・あの子は、行った

 私は、行かない


・白いのを見た

 いつも同じ場所にはいない


・名前があった気がする

 音だけ

 リル』


 七村は、そこでページを閉じた。


 意味をつなげようとはしなかった。

 解釈もしない。


 これは、

 誰かに伝えるための言葉ではない。


 それでも、

 書かれてしまったものだ。


 七村は、ノートを元の場所に戻す。


 持ち帰る理由はない。

 ここに置いていく理由もない。


 ただ、戻した。


 校舎の外に出ると、風が吹いた。

 どこかで、紙がめくれる音がした。


 七村は歩きながら、思う。


 世界には、

 残せるものと、残らないものがある。


 残ったものは、

 見られ続ける。


 見られる限り、

 消えない。


 それを、

 いつからか「正しい」と呼ぶようになった。


 誰かが決めたわけでもないのに、

 全員が続けている。


 もしかしたら、

 そういうことをまとめて、

 計画と呼び始めただけなのかもしれない。


 観測すること。

 記録すること。

 残すこと。


 それは、

 守ることと、

 とてもよく似ている。


 でも、同じではない。


 七村は、歩みを止めない。


 名前を入力しなかった。

 それでも、指が自然に動くことがある。


 見ることと、

 残すことは、

 別だと知っているからだ。


 七村は、

 それを記録しなかった。


 それは、

 記録の外側で生きていくものだと、

 もう知っていた。


 校門を出ると、夜が始まっていた。


 同じ場所にいないものは、

 追いかけなくていい。


 残らなかったものは、

 失われたわけじゃない。


 七村は、

 外側に立ったまま、

 そのことを胸にしまい、家へ帰った。


 誰にも見られないまま、

 確かに、そこにあった時間とともに。

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