4話
馬車が、止まった。
どうやら、私の領地、バームクーヘル領についたようだ。
どうせなら、バームクーヘン領が良かったな……。美味しそうな名前だし。
馬車から降りる。
見渡す限り、木しかない。
うん、森だから当然だね!
神官長めには、将来綺麗な銀髪の頭頂部がさみしくなりあそばせ、と呪いの念を飛ばしておくにしても。
私を目的地まで送り届けた後、すたこらさっさと去っていく、馬車に手を振る。
「ありがとう!」
うん、感謝は大事だ。
大丈夫。
私は、何も失っていない。
私を縁取る大切なものは何一つ、損なわれていない。
聖女の冠が無くなっても、純潔の間は、聖なる力を使えるわけで。
そして、特に恋愛なんて求めてないから、この力は一生続く。
さみしい?
ううん。
むしろワクワクしてる。
自分で好きなこと、できるのって素晴らしいよね。
というわけで、今日からここが私の領地。
我が、バームクーヘル領である。
「……長いな。名前を変えよう」
領主は領地の名前を変えられる。
「そう、今日からここは……クッキー領である」
うん、いい感じ。
短いし、言いやすい。
なにより美味しそうだし。領民、私しかいないし、別にいいよね。
さて。
領地の名前も正式に決まった、
「……そういえば」
私の領地……クッキー領は、ちょうど隣国との国境沿いにある。
しかし、この森は魔物がうようよいるため、よほど腕に覚えがあるもの以外は、隣国に渡るには迂回せねばならない。
かなりの遠回りになり、時間も労力もかかる。
しかし、万が一、この森が安全になれば……そんなことをする必要がなくなるわけだ。
そして、ここを領地にと指定したのは、神官長だし。
「うーん、政治的な匂いがプンプンするぞぉ!」
とはいっても、私はただのニートである。
そんなことを期待されても困ってしまう。
「まあ、いっか!!」
政治的なこと……面倒臭いし放っておくとしても。
私は、ここで暮らしていくのだ。
爵位は……伯爵位を賜ったので、女伯爵として暮らしていくとして。
「家がーーいるわね」
そう、ここは森。
家がないのだ。
私の目標は、悠々自適なスローライフだ。
そして、スローライフには家がつきものだろう。
「よし、作ろう!」
場所は……どこがいいかな。
木が少なくて、開けたところがいいよね。
しばらくうろうろと領地内を歩き回りーー幸いにもまだ魔物とは接触しなかったーーいい場所を見つけた。
小さな湖のほとりにちょうどいいスペースがあったのだ。
「よし、ここにしよう」
私は地面に手を翳しーー。
「……クク。我が深淵に宿りし、神秘の力よ――我が目の前に住処を創れ」
そして、ぱあっと周囲が光ると、一瞬で家ができた。
聖なる力、様様だ。
神殿では、聖なる力は人を癒す力に限定して使うことになっている。
でも、本当はもっと万能な力だ。
必要なのはイメージだけ。
そして、私はもう神殿の人間じゃないので、やりたい放題できるぜ!
神官長が森を領地にしたのもこれが理由だろう。
さすがに、死ぬようなところに繰り上げとはいえ聖女をやらない。
死んだら、神官長の寝覚めも悪いし、評判がた落ち。
ちなみに、呪文は必要ない。
言葉に乗せた方がイメージをしやすいというのはある。
なので、誰しも一度は夢想するであろう、☩漆黒の堕天使☩ふうにいってみただけだ。
「よし、我が家だぁ~」
ずっと、ずっと私の家が欲しかった。
天蓋付きのベッド、ふかふかなソファに、毛先の長い絨毯。
温かな暖炉の炎が揺れて、いくら寝ても怒られない。
そんな家が。
私のたくましい妄想力またはイメージにより、立派な家ができた。
扉を開けて、中に入る。
想像通りの世界がそこにはあった。
キッチンなどには目もくれず、寝室に直行し、ベッドにダイブする。
「うーん、ふかふか!!」
さすが、神殿の聖女のベッドをイメージしただけはある。
柔らかな布団が優しく私を包みこむ。
聖なる力は、万能だ。とはいえ、欠点もある。
私の聖なる力が切れたらこの家は消えてしまう。
聖なる力を癒す力として使うときとは違い、持続させるのには聖なる力をじりじりと消耗するのだ。
中継ぎ聖女として、席を五年も温めた私の聖なる力の容量は、それなりにあるとはいえ、一生この家を維持するのはしんどい。
だが、しかーし。
ベッドで休めば一石二鳥。
疲労もとれるし、聖なる力も回復する。
そして、その聖なる力で家を維持し続けられる。
つまりずっと食っちゃ寝ライフができるのだ!
わーい。最高。ニートだぁ。
いつもお読みくださり、誠にありがとうございます!
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