2話
そこから怒涛の日々の始まりだった。
元々、アリア様に用意されていた席を私が引き継ぐのだ。
それも、アリア様の力と比べると塵のような私が。
血反吐を吐く日々だった。
比喩ではなく、吐いていた。
私の聖なる力は、アリア様と比べて多くない。
でも、こなさなければならない仕事は、アリア様と同じなのだ。
みんな当然、聖女には、アリア様と同じ仕事を期待する。
だって、助けてほしいと願った人たちは、私が誰かなんてわかりはしない。
私が繰上げで聖女になったかどうかなんて知らないのだ。
ただ、「聖女」に助けを求めた。
だったら、「聖女」にできることなど、ただ一つ。
傷ついた人たちを癒すこと。
ただ、それだけだ。
しかし、やはり所詮は繰上げ聖女の私。
「いいか、リアナ。お前は繰上げ聖女なのだから、調子に乗ってはいけない。お前は、次の聖女までの中継ぎだ」
次の聖女。
なんの因果か、次の聖女はもう決まっていた。
それも、アリア様の妹君。
ユリア様だった。
ホーキンス家の血がいいのか、ユリア様はアリア様並みの聖なる力を宿していることが、わかったのだ。
判明したのは、私が聖女として立ってすぐのことだった。
しかし、ユリア様はまだ、10歳を迎えたばかり。
そんな幼い少女に聖女をさせるのは、神殿のイメージ的によろしくない。
幼い子供を働かせる神殿、というイメージをつけたくなく、年歴も17とちょうどいい私が運良く聖女の座に収まっただけ。
とにかく、お前は席を温めるだけの存在だ。
少しでも傷つく人を減らそうと、私がこなした仕事は、だいたいあとちょっと、のところで、止められた。
これ以上、良くしようと思うな。だが、これ以上悪くはするな。
とにかく、お前は席を温めるだけの存在だ。
栄光も輝かしい未来も、すべては次代の聖女にこそ、ふさわしい。
何度も言われて、耳にタコができそうだった。
……実際できたら面白かったのに。
――まぁ、そんな日々も、今日でおしまいである。
過ぎ去れば、それなりに充実した……日々かもしれない。
そうじゃなくても、そう思いたい。
「……リアナ」
神官長が、私の頭から冠を外した。
無垢なる世界樹から作られた、冠は聖女だけがかぶることを許される。
「明日は、ユリアの戴冠式だ」
「……そうですね」
本来なら、この冠は、私からユリア様へと被せるものだ。
でも、神殿側は、新たな奇跡……聖女の誕生を大々的にしたいらしい。
神殿と王家は、アリア様とマルク殿下が結婚して、折り合いが多少良くなった。
なので、ユリア様へ冠を渡す役をなんと、王太子殿下に頼むらしい。
「不服そうな顔だな」
「……不服?」
圧倒的な光の前では、私のような蛍の光などみえもしない。
「なぜ、不服に思うことがあるでしょう」
不服だとは、思わない。
なぜなら、私の欲しいものは聖女の地位ではなかったからだ。
だからそういったのは本心からだが、神官長は、哀れみの目を向けた。
「確かに、お前は……圧倒するような美も、聖なる力も、頭脳もなかったが」
うわぁお。
神官長。
さすがに顔の良さだけではカバーできないほどの悪口のオンパレードですね!
「それでも、お前は……」
ぐぅーーーー。
神官長は何かを言いかけていた。
おそらく少しだけいいことを言おうとしたのだと思う。
さすがに悪口だけだと、寝覚めが悪いし。
「……」
齢20の時点で神官長まで上り詰めた尊いお方は、私の腹の虫に眉を顰めた。
そして、しっしっ、と追い払うようなジェスチャーをする。
これは、早く退出してご飯でも食べてこいの合図だろう。
「はーい、失礼します!」
私がこれ幸いと、退出する間際、なぜか神官長の涼やかなアイスブルーと目が合った気がした。
そういえば、神官長と目が合ったのは、これが初めてだ。
……というのは、どうでもよくて。
私は急いで自室まで帰り、ベッドにダイブした。
明日までだが、聖女、たる私に与えられたふかふかなベッドは私を包み込みーー。
「これで、自由の身だわー!!!!!!!!」
待ってろ、私のスローライフ!
そもそも私は働くなんて向いてないのだ。せいぜいが、寝て起きて、食べて、生きていくのに困らない程度。
それなのに、聖なる力なんてあることがわかったからさあ大変。
強制的に、神殿に入信させられ、修行の日々。
マルク殿下との結婚すれば、スローライフが送れるかと期待したけど、(仮面夫婦ならなおよし!)アリア様に掻っ攫われた。
でも、聖女なんて、ムリムリ、なんて言える雰囲気ではなかったし、一応神殿の金で育ててもらった恩もある。
だから、まあ、引き受けるかと引き受けたら、
「お前は、繰上げ聖女だ」
と何度も何度も言われるし。
そんなこと、一番私が知ってます!
と何度言い返したくなりながら、おほほのほー、そうですわね、なんて笑う日々は今日でおしまい!
だって、だって、明日からは!
私に領地がもらえるのだ!
無事に任期を終了した聖女には、領地と爵位も与えられる。
領地はそれなりに、ワガママを聞いてもらえるようだ。
だが、さすがは私のことが嫌いな神官長。
なーんと、魔物がうようよ出る森を領地に指定した。
「帰ってきたくなったら……」
とかなんとか、言ってたけど、誰が帰るものか!
飼い殺し宣言をされて、ずっといられるほど、私は社畜じゃないのだ。
飼い殺しではなく、スローライフプリーズ。
それに、考えてみれば、森だったら領民はゼロ。
責任とか持たなくていいし、私だけの食い扶持が稼げればいいのは、案外気楽かもしれない。
「うふ、うふふふふ」
神殿の侍女が見ていたら、卒倒しそうな不気味な笑い声を漏らしながら、私は楽しみな翌朝に胸を躍らせた。
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