先輩と、放課後の図書室で
本作中に登場する『ノルウェイの森』は、村上春樹氏による小説作品(講談社文庫)です。引用・言及は作品の雰囲気を表現する目的で行っており、著作権は原著者に帰属します。
「小方くん、その本を本棚に返してきてね。」
図書委員長の直美先輩。俺の憧れの人だ。
図書委員として物覚えが悪い俺にも優しく作業を指導してくれる。
そうして放課後になると、外から運動部連中の掛け声が聞こえてくる中、俺たち2人は図書室の掃除や事務処理をする時間になる。
それらを終わると、図書室の鍵を内側からかけ、ふたり並んで読書をするのが日課となっていた。
窓から夕陽が差し込んでくるこの時間、直美先輩はいじわるな顔をのぞかせてきた。
「小方くん、今日はこの本を声に出して読んでみようか。」
直美先輩が本棚から取り出した本は村上春樹の『ノルウェイの森』であった。
俺と直美先輩は本棚と本棚の間に隠れるようにして並び、その本を声に出して読んだ。
主人公とヒロインが体を近づけるシーンになると、流石に息が詰まりそうになり、読みづらい。
ページをめくる指が震えそうだ。
「先輩、ちょっとこれ以上は……」
言葉に詰まる俺。
だが直美先輩はそんなことを聞いてくれる性格ではない。
「小方くん、声が止まってるよ」
直美先輩は俺の手をやさしく掴み、ページをめくった。
そして笑顔で俺にささやいた。
「……読んで」
有無を言わさない直美先輩の魅力と、その圧倒的な言葉の力。
俺は図書委員として初めて先輩と出会った時から、この魅力に惚れていた。
たぶん、直美先輩はそんな俺の心を見透かしている。
「どうしたの?大丈夫よ。恥ずかしがらずに、読んでみて?」
直美先輩はふわりと上目遣いに、そしていたずらっ子のように話しかけてくる。
「先輩、俺、先輩のこ……」
大切な言葉を言おうとした瞬間、直美先輩は人差し指で俺の顎に触れた。
俺の胸の高鳴りはさらに激しくなり、胸がはちきれそうだ。
直美先輩の瞳は笑いもせず、怒りもせず、ただ真っ直ぐに俺の顔を見上げるだけだ。
そして数秒後、下校のチャイムが鳴った。
日が沈みかける中、俺と直美先輩は外側から鍵をかけ直し、一緒に図書室をあとにする。
校門をくぐるとき、直美先輩が話しかけてきた。
「小方くん、明日も図書室でね」
沈みゆく夕陽が直美先輩の笑顔を照らした。