今年のチョコは、特別で。
「なぁ、メグ。今日は何の日か、知ってるか?」
座った私を見下ろす大介。つり革を握ったまま、じっとこっちを見てる。
高校三年の冬、いつもの帰りの電車の中で。
「何の日って、バレンタインでしょ。今の日本に知らない人はいないんじゃない?」
いや、いるかもしれないけど。生まれたばかりの赤ちゃんとか。
でもまぁ、ほとんどの人は知っているはずだ。
「メグ、去年俺にくれたよな」
「そうだったね」
「一昨年もくれた」
「うん、あげた気がする」
「中学も小学も、ずーーーーっとくれてたよな!?」
声が大きいんですけど。
確かに、私は物心ついた頃から大介にチョコレートをあげ続けてた。
毎年、一回も欠かさず、朝会った瞬間に渡してた。
ずっと好きだったから。
でも気持ちなんて伝えられなくて、毎年のようにおどけて言ってた。
『義理チョコだから』『友チョコの残りだから』──って。
でも、今年は渡してない。
チョコレートはまだ、私の鞄の中。
「今年はくれないのかよ。もう卒業だから、これで最後なのによ」
これで、最後。
そう、ずっと一緒にいた私たちの関係は、これで終わる。
卒業すればお互いに地元から出て、他県の大学に通うことになってる。
小学校の頃から毎日一緒だった登下校。それももう、あと少ししかできない。
電車の景色は移り変わっていく。
今まで同じ景色を映していた私たちの瞳は、今後違うものを見ていくことになるんだ。
だから最後に、きちんと気持ちを込めて渡したかった。
いつもみたいに、人のいるところじゃなく。
「お、着いた。降りるぞ、メグ!」
電車を降りると、家はすぐそこのマンション。
同じ六階の隣同士だし、エレベーターに乗った時が最後のチャンス。
お願い、他に誰も乗ってこないで!
「あ、乗りまーす!」
乗ってきた! 近所のおばちゃん!!
それに子どもたち!! わらわらと乗ってきた!!
帰りの時間帯だもんね、そうだよね!!
ああ、私の告白大作戦……穴だらけだった。
「おい、メグ?」
私はエレベーターからスッと降りる。
「ちょっと歩きたい気分だから、階段で行くね!」
「は? ちょ……っ」
歩きたい気分なのは本当。六階まで、ちょっときついけど。
扉は閉まって、大介の乗ったエレベーターは上昇していく。
あーあ。
今年はチョコ、あげられなかったな。
好き、だったのに。
もう学校に行くことも、ほとんどないのに。
渡せないまま、私の気持ちを伝えられないまま、終わっちゃったぁ……。
「ふぇ、ふえぇえええん……っ」
誰もいない階段で、自分の不甲斐なさに涙が溢れる。
「どうしたんだよ、メグ」
「ふえ?」
見上げると、大介が階段を降りてきてた。
泣き顔、見られたー!
「な、どうして……っ」
「いや、なんかおかしかったからよ……どうした、小学生にいじめられたのか!?」
「違うからーっ」
真剣に心配してくれる大介は、昔と変わらない。
ちょっと粗雑だけど、でも誰より正義感が強くて優しいから。
そんなところが、私は好きなんだ。
私は鞄からチョコレートを取り出した。
毎年手作りしてたチョコ。
これが最後だからって、勇気を振り絞って。
「大介、これ。受け取って」
「……なんだ。今年はくれないのかと心配したんだからな」
少しだけ怒る仕草をした大介は、すぐに表情を柔らかくして笑った。
ラッピングしたチョコレートに手を伸ばした大介に、私は告げる。
「これ、本命だから!」
夕焼けが階段に差し込んでくる。
耳が熱くて、きっと私の顔は夕焼け色に染まってる。
チョコを手に取った大介の顔は、驚いた顔で固まってて。
私はえへへと笑った。
「ずっと大介のこと、好きだったよ」
告白できた自分が誇らしくて。
大介が私に対してそんな気持ちを持ってないことは、わかってたけど。
私は大介を好きでいられたことに誇りを持って、胸を張っていられた。
「……帰るぞ、泣き虫メグ」
「うん……っ」
大介は私の手を取って。
昔、いじめられてた私を助けてくれた時のように、引っ張ってくれる。
「来年も、くれよ。チョコ」
「え……? でももう、別れ別れになっちゃうのに」
「遠距離はいやか?」
振り向いた大介の顔も、夕焼けに染まっていて。
「いやじゃ、ない……!」
ふるふると首を左右に動かす私に、大介は。
「いつか、結婚な!」
唐突に、そう言った。いきなりのプロポーズに、私はぽかんと口を開ける。
「頭が混乱するんだけど……え、結婚!? そんなこと考えてたの!?」
理解の追いつかない私に、大介はいたずらっぽく笑った。
「夕焼けすごいな、今日は」
まるで、全部わかってるみたいに。
町は綺麗なオレンジ色に染まっていて。
私たちの瞳は、これからも同じ景色を映し続ける。
ずっと一緒にいられるんだって。
泣き虫な私はまた、涙を流した。