第六話: 「过历」
俺は保健室のベットに寝転がりぼーっとしていた。いまだに感情の整理がつかない。なんであいつがここに、と思うと同時に久しぶりに会えて嬉しいと思っている自分もいる。そこで俺はハッとした。
「うれ...しい...?なんであいつなんかに」
わからない。何故俺があいつなんかに会えて嬉しいと思ってるんだ?そんな事を思うはずがない。だってあいつはー
とそんなことを考えている時だった。
コンコンっと保健室のドアから軽快な音が響き渡り、詩乃が部屋に入ってきた。
「えっと、大丈夫ですか?怜人君。なかなか戻ってこないから心配したんですよ?」
「俺は......まぁ大丈夫だ」
「本当ですか?まだ体調がすぐれないようでしたら休んでいていいんですからね?」
「あぁ、心配かけてごめんな。でも俺はもう大丈夫だから一緒に競技の方に戻ろうぜ」
「何言ってるんですか?体育祭ならもう終わりましたよ?」
「はっ⁉︎嘘だろ⁉︎」
流石に冗談だよなと思いつつ窓の外に視線を向けると空は茜色に染まり、校庭には片付けをしている人たちしかいなかった。
「まさかこんなに時間が経ってたなんてな」
「体育祭が終わったことに気づかないとか随分お疲れなんじゃないんですか?怜人君」
「そう.....みたいだな。悪い、もう少し休む事にするよ」
「はい、ぜひそうしてください。怜人君に倒れられると心配なので」
「あぁ、そうするよ。悪いな詩乃」
「いえ、気にしないでください‼︎怜人君の身の安全が一番なんですから‼︎」
詩乃のそんな言葉に俺はフッと笑って「ありがとな」とだけ返した。
詩乃が去った後の保健室はとても静かで......寂しかった。
「一人ってこんな寂しかったかな」
普段なら一人でも何も感じないのに今日はこんなにも寂しく感じる。やはりこれも過去を......思い出してしまったからだろうか。
「いや、こんな思考じゃダメだな。早くあいつらのところに行かないと」
と俺はそう言い残し、保健室を後にするのだった。
教室に戻ると、どこかほんの少しだけ空気が違って感じた。俺が勝手にそう感じてるだけかもしれないけど。
「あっ、怜人! やっと戻ってきたな」
声をかけてきたのは遥斗だった。相変わらずの軽いノリ……なんだけど、その奥にほんのわずかだけ、探るような色が混ざっていた気がした。
「悪い、ちょっと休みすぎたな」
「まぁいいって。倒れられるよりはマシだしな。……詩乃ちゃん、めっちゃ心配してたぞ。七海もな」
「……そうか」
俺は自分の席に腰を下ろすと、目を閉じて深呼吸した。少しずつ、頭が冷えていくのがわかる。
遥斗は隣の席に座ると、ちらっと俺の顔を見た。
「で……体調のほうは、もう大丈夫なんか?」
「……あぁ。たぶんな」
「そっか。それならいいけど」
それだけ言って、遥斗はそれ以上なにも聞いてこなかった。霧島彩音のことも、あの動揺の理由も、何一つとして。
「……お前、気にならねぇのかよ。俺が、あんな風になった理由」
俺の問いに、遥斗は苦笑したような表情を浮かべて答えた。
「そりゃ気になるっちゃ気になるけどさ。聞いていいことと、今聞くべきじゃないことくらい、俺だってわかるつもりだぜ?」
「……」
「だからさ。お前が話せるようになったら、そん時にでも教えてくれよ」
「……悪いな」
「別にいいって。それよりも、明日からは普通の授業に戻るんだから、切り替えていかねぇと」
そう言って遥斗はいつも通りの笑顔を見せた。その軽さに救われることが、これまでも何度もあった。
「……ありがとうな、遥斗」
「おう。親友だからな!」
その言葉に、俺は思わず苦笑いを漏らした。遥斗はあくまで“普通”の時間を取り戻そうとしてくれている。それがどれだけありがたいことか、今の俺にはよくわかる。
放課後、夕焼けに染まった教室には、いつものような騒がしさと、それでもどこか静かな、心地よい余韻が残っていた。
明日はきっと、いつもの日常が戻ってくる……そう、願いたかった。
昇降口へ続く廊下を歩いていると、曲がり角の先に見慣れた二人の姿が見えた。
白川七海と神月詩乃──。
俺と一緒にいた遥斗も、自然と歩を緩める。
「おーい、こっちこっち!」
詩乃がこちらに気づいて小さく手を振る。心配していた様子が見て取れた。
「怜人君……もう大丈夫なんですか?」
「まぁな。寝てたらちょっと長引いただけだ」
俺の言葉に詩乃は安心したように頷き、その隣で七海もこちらを見ていた。
「……無理してない?」
少しだけ眉を寄せて、でも声色はいつもと変わらない。感情を大きく出すことなく、それでも静かに気にかけてくれていた。
「ああ、大丈夫。ありがとな」
俺がそう言うと、七海は視線を逸らして小さく息を吐いた。
「……別に、心配してたわけじゃないけど」
「お前、素直じゃねぇなぁ……」と遥斗が苦笑混じりに突っ込む。
「ふふ、七海ちゃんなりの優しさですよね」
詩乃が和ませるように笑った。
四人で並んで歩き出した校庭。夕焼けが地面を赤く染めている。
さっきまで感じていた胸の重さが、少しだけ軽くなった気がした──。