第三話:やる気のない体育祭
「おーい、怜人!そろそろ決めるぞー!」
詩乃と再開してから数日。遥斗の能天気な声が教室中に響く。昼休み、俺たちのクラスは体育祭の参加競技を決める話し合いの真っ最中だった。
「はぁ……めんどくせぇ……。」
俺は机に突っ伏しながら、心の底からの怠さを吐き出した。体育祭なんて、派手に活躍する連中が楽しめばいい行事で、俺にはまったく関係がない。適当に目立たず終わるのが理想だ。
「白川くん、またそんなこと言って……。ちゃんと参加しなきゃダメだよ?」
隣からじとっとした視線を向けてくるのは七海。こいつ、生徒会の仕事で忙しいくせにこういうのにはちゃんと関わってくるんだよな……。
「別に参加しないとは言ってねぇよ。ただ、できるだけ楽なのがいいなって思ってるだけで。」
「楽な競技なんてないよ。」
「あるだろ、綱引きとかさ。」
「綱引き、結構力使うけど……。」
「なら玉入れでもいい。」
「それも普通に動くけど……。」
「んじゃ借り物競争。」
「人前で指名されるの、嫌なんじゃないの?」
「…………。」
七海の指摘に言葉が詰まる。的確すぎて反論できない。
「ほら、ちゃんと考えてね。」
くすっと微笑む七海に対し、俺はただ肩を落とすしかなかった。
——まぁ、適当に決まるのを待つか。
「それじゃあ、次の種目!リレーの代表決めるぞー!」
体育委員の掛け声で、クラス内がざわついた。リレーは花形競技の一つ。速い奴が選ばれたら自然と注目も集まる。
「怜人、お前足速いよな?」
遥斗がニヤニヤしながら肩を叩いてくる。
「誰がそんなこと言ったよ。」
「いや、中学の時に見たことあるし、お前普通に速かったじゃん。」
「気のせいだろ。」
「気のせい……じゃないんだよなぁ。」
遥斗が疑いの眼差しを向けてくるが、俺は全力でスルーした。ここでリレーに選ばれるのだけは避けなければならない。
「じゃあ、リレーは……。」
代表者を決める話し合いが進む中、俺はこっそりと自分の名前が挙がらないことを願っていた。
「ふぅ……やっと終わった……。」
話し合いが終わり、俺はようやく解放された気分だった。結果として、俺はそこまで目立つ競技には入らなかったし、そこそこ楽な種目を選ぶこともできた。悪くない結果だ。
「白川くん、思ったより真面目に決めてたね。」
「まぁな……。」
七海が隣でクスクスと笑う。
「でも、あんまりやる気なさそうだったね。」
「そりゃそうだろ、体育祭なんて別に……。」
そう言いかけた瞬間——
「怜人くん!」
廊下から勢いよく俺の名前を呼ぶ声がした。
……この声は——
「やっぱりここにいましたね!」
そう言いながら俺のクラスに堂々と入ってきたのは、詩乃だった。
「おい、何してんだお前。」
「そんなの決まってるじゃないですか!体育祭の競技決めが終わったと聞いたので、怜人くんの様子を見に来たんですよ♪」
「別に来なくてよかっただろ……。」
「そんなこと言わないでくださいよ〜。ねぇ、何に出るんですか?」
「……玉入れと障害物競走。」
「うわぁ、怜人くんっぽい!」
「どういう意味だ。」
俺が睨むと、詩乃はくすくすと笑いながら、俺の腕を軽くつついた。
「ねぇねぇ、一緒に練習しません?」
「は?」
「だって、せっかくの体育祭なんですから、楽しまなきゃ損ですよ!」
「別に楽しむつもりなんてねぇよ……。」
「そんなこと言わずに、ねっ?」
詩乃が俺にぐいぐいと絡んでくる。それを見ていた七海が、少しムッとした表情になった。
「……白川くんは、別に練習なんてしなくてもいいでしょ。」
「えー、七海ちゃん冷たいなぁ。」
「私は普通のことを言っただけ。」
「むぅー。」
詩乃と七海の間に微妙な空気が流れる。俺はため息をついて、その場を収めるために言った。
「……まぁ、適当に参加しとくよ。」
「やった!じゃあ決まりですね♪」
詩乃は満足そうに笑い、七海は何か納得いかないような表情で俺を見た。
その後、俺たちは解散し、それぞれの教室へと戻った。
しかし、七海の様子が少し気になった。
——七海は詩乃が絡んでくるのを気にしてる……?
いや、そんなことはないか。俺には関係のない話だ。
俺はそんなことを考えながら過ごすのだった。
翌日。
体育の授業で、体育祭の種目別に軽く体を動かすことになった。俺は障害物競走の練習に適当に参加し、ほどよく流しながら走る。全力でやる必要なんてない。
「怜人くん、意外と動けるじゃないですか!」
走り終えたところで、詩乃がニコニコしながら話しかけてきた。
「お前、また来てんのかよ……。」
「もちろんです♪ だって体育祭の練習って大事じゃないですか?」
「いや、お前のクラスの方はいいのか?」
「こっちはこっちで大事なんですよー。」
詩乃は悪びれる様子もなく、俺の隣に並ぶ。
「ねぇねぇ、やっぱり怜人くんもリレーとか出たらいいのに。」
「なんでそうなる。」
「だって、さっきの走り見てたら、絶対速いのに。」
「気のせいだ。」
「またまたー♪」
詩乃が俺に絡んでくるのを見て、七海が少しだけ離れたところからこちらを見ていた。
(……なんで七海、あんな顔してんだ?)
どことなく、不機嫌そうにも見える。いや、違う。あれは……なんだろう、モヤモヤしているような……?
「ねぇ怜人くん、午後も練習あるらしいですよ。一緒にやりません?」
「やらねぇよ。」
「えぇー、つれないなぁ。」
詩乃が頬を膨らませるのを横目に、俺はただ深くため息をついた。
昼休み。
俺は教室でぼーっとしていた。今日はさすがに動いたから、少しばかり疲れた。
「白川くん。」
声をかけられて顔を上げると、七海がいた。
「なんだ?」
「午後の練習、どうする?」
「やらねぇけど。」
「……やるべきだと思うよ。」
「なんで。」
「だって、せっかくの体育祭なんだから。」
「別に張り切るようなもんじゃねぇだろ。」
「でも、やらないと結果も出ないし……。」
七海はそう言いながら、視線を俺から逸らした。
「……なんか、お前らしくねぇな。」
「え?」
「別に俺が何しようが、お前は気にしないタイプだろ?」
「……そう、だけど。」
「だけど?」
七海は一瞬、言葉を詰まらせた。そして、小さく息を吐くと、俺の目をまっすぐに見て言った。
「……白川くんが、詩乃さんにばっかり絡まれてるの、なんか嫌だから。」
「は?」
「……なんでもない!」
七海はそれだけ言って、そそくさと立ち去ってしまった。
……いや、なんでもなくねぇだろ。
七海の態度が、いつもと違う。今までなら、俺のやる気のなさに文句を言って、それで終わりだったはずだ。でも、今回は違う。まるで、俺が詩乃と話していることが気に入らないみたいな——
「……。」
いや、考えすぎか。
そんな事を考えながらその日は過ぎていった。