二人のアイドルと波乱の昼休み
「ふふっ、それは恋人ですよっ!」
詩乃が言い放つと同時に、俺の腕に絡みついてきた。
食堂内は一瞬にして静まり返り、その後、爆発的なざわめきが起こった。
「えっ、嘘だろ!?」「白川ってあの神月さんの彼氏!?」「おいおい、マジかよ!」
周りの反応が痛いほど耳に刺さる。いや、違うんだ!全然違うんだが!?
「詩乃、お前……!」
俺は詩乃を振り払おうとしたが、彼女はさらにしがみついてきた。
「何ですかぁ?せっかくの再会なんだから、もっと仲良くしましょうよ!」
そんな調子で笑顔を浮かべる詩乃に、俺は心底頭を抱えたくなった。
「はぁ……いい加減にしろって。お前、周りの視線がどれだけ痛いか分かってるのか?」
「だって、注目されるの嫌いじゃないんでしょ?」
そう言ってくる詩乃に、俺は心の中で絶叫した。
嫌いじゃないわけないだろ!!
「おいおい、怜人。さすがにこれは驚きだわ。」
隣で楽しそうに笑っているのは遥斗。状況を面白がってるのが丸わかりだ。
「遥斗、お前助ける気ないだろ。」
「いやだってさ、怜人と神月さんが恋人なんて、誰だって驚くだろ?」
遥斗はニヤニヤしながら言う。冗談は顔だけにしてくれ。
「恋人じゃねぇって!」
俺が力強く否定すると、詩乃は口を尖らせて不満そうに言った。
「えぇ〜?そんなに否定しなくてもいいじゃないですかぁ。幼馴染なんだから、ちょっとくらい仲良くしましょうよ。」
「いやいや、幼馴染だからって許されることと許されないことがあるだろ!」
「細かいこと気にするなんて、相変わらず怜人君らしいですね。」
詩乃は全く反省する気配もなく、むしろ楽しんでいるようだった。
「はぁ……疲れた。」
なんとか詩乃を振り払って食堂を後にした俺は、廊下の隅で頭を抱えていた。
「あんな大勢の前で何言ってくれてんだ、アイツは……。」
「……白川君。」
聞き慣れた声に振り返ると、そこには七海が立っていた。
「あぁ、七海か。」
彼女は微妙な表情で俺を見ている。
「あの……さっきの、何だったの?」
「いや、何って言われても、俺にも分からん。詩乃の悪ふざけだよ。」
「……ふぅん。」
七海は短く返すと、少し目を伏せた。何か言いたげだけど、言葉に詰まっているように見える。
「なんだよ、何か言いたいことがあるなら言えよ。」
俺が促すと、七海は小さく息を吐いて顔を上げた。
「その……詩乃さんとはどういう関係なの?」
「関係って、ただの幼馴染だよ。昔からよく一緒に遊んでただけだ。」
「……そっか。」
七海の返事はどこか元気がない。俺は不思議に思いながらも、特に気にせず話を続けた。
「アイツ、昔からこうなんだよ。人をからかうのが好きでさ。マジでめんどくさい。」
「……でも、楽しそうだった。」
「は?」
「白川君と詩乃さん、楽しそうに見えたよ。」
「いやいや、どこがだよ!むしろ疲れたんだが!?」
俺の全力の否定に、七海は少し驚いたようだったが、ふっと笑みを浮かべた。
「……そっか。それならいいけど。」
何が「いい」のか分からなかったが、彼女が笑ったことでなんとなく安心した。
その日の放課後、俺は教室でのんびりしていた。遥斗は部活に行ったし、七海も生徒会の仕事で忙しそうだった。俺は珍しく一人の時間を満喫していた。
「怜人君!」
……のはずだったのに、この声でその時間は終了した。
「詩乃、お前また何しに来たんだよ。」
「何しにって、幼馴染に会いに来たんですよ!仲良くしましょうよ!」
「……俺は平穏に過ごしたいだけなんだが。」
「じゃあ平穏に過ごしましょう!一緒に帰るくらい平穏でしょ?」
詩乃はにっこり笑いながら言う。いや、全然平穏じゃねぇよ……。
「っていうか、なんでお前がここにいんだよ。」
「怜人君のクラスを探してたら、たまたま見つけちゃったんですよ〜。」
「それ探してるって言うんだよ。」
俺が呆れたように返すと、詩乃はクスクスと笑った。
「やっぱり怜人君って面白いですね。」
「どこがだよ……。」
俺は頭を抱えながら、ため息をついた。こんな調子で、俺の平穏な日常はいつになったら戻ってくるのだろうか。
教室の窓から、二人のやりとりを見ている人物がいた。
七海だ。
「……幼馴染、か。」
自分でも気づかないうちに、彼女の手はぎゅっと拳を握っていた。胸の奥に湧き上がるこの気持ちの正体が、彼女自身にもよく分からなかった。
ただ、怜人と詩乃が仲良さそうに見えたことが、どうしようもなくモヤモヤを生む。
「……なんでこんな気持ちになるのかな。」
七海は誰にともなく呟いて、また生徒会の仕事に戻るため廊下を歩き出した。
(――怜人君の隣にいるのは、私じゃダメなのかな。)
その言葉は、彼女の心の中で静かに響いていた。