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その6 表向きのお話



 数ヶ月振りに再び囚われの身となった魔女は、裁判にかけられる運びとなった。


 口伝てで、或いは新聞を読んでそのことを知った大勢の聴衆が傍聴席に詰めかけた。その数は他に類を見ないほどだった。

 蜂の羽音のようなざわめきが場を満たしている。手枷を嵌められた魔女が場内に歩いてくると、それは殊更に大きくなった。


「静粛に!」

 木槌が振り下ろされる。途端にざわついていた人々が水を打ったように静まり返った。

「ここに裁判の開廷を宣言する」

 高らかな声は静寂を切り裂き、法廷内でよく響いた。

「まず、訴状を陳述する。被告は魔術を用い、日照りを続かせ、次には嵐を起こし⋯⋯」


 朗々とした読み上げは、しばらく終わる気配がなかった。やたらに長い。まあ魔女裁判ではそれも様式美のようなものであるが。


 ようやく裁判長の言葉が締め括られると、ラヴィーシアはゆったりと答えた。

「ええ、すべて認めましょう」

 糾弾される立場には到底そぐわない、上から目線な物言いだとその場にいた人々は思った。


「被告は以前、自分以外に魔女など存在しないと言ったそうだな。それは真か?」

「はい。わたくし以外に魔女はいません。他に魔女だと言われた皆様はあっさりと殺されていったでしょう?それが証拠です」

 淀みのない受け答え。魔女はあくまで悠然としていた。


「では、今述べた事柄があちらこちらで長く続いているのはどういうことだ」

「すべてわたくしが人々を操ってさせたことです」

 囁きが波紋のように広がった。そしてだんだん大きくなる。


 裁判長がわざとらしく咳払いをすると、法廷内には再び静寂が訪れた。


「最近ではそうした人々を火刑から逃がしていたようだが、それはなぜだ?」

「無実の人々がわたくしのしたことのために死んでいくのを申し訳なく思ったからです」

 申し訳ないと口では言っているが、まったく申し訳なさそうになど見えない。


「どうして急に考えを変えた?今までもさんざん魔女とされた人々は処刑されていただろう」

 魔女はしばし考える素振りを見せた。やがてゆっくりと口を開く。

「魔女とは気まぐれな生き物、そうは思いませんか?」


 人に危害を及ぼそうが、それを悔い改めようが、いずれも魔女にとっては些細なことに過ぎないのだと、そういうことだろうか。


 もともと静かだった辺りがさらにしんと静まり返ったように感じられた。


 凍り付いたような静寂を破り、裁判長は形だけの裁判を進めていった。

「では、次に⋯⋯」




 その後も裁判は滞りなく進行した。魔女は言われたことすべてを至極あっさりと認め、受け入れ、肯定した。


「判決を言い渡す。主文、被告を火刑に処す」

 それを聞いた魔女は、あろうことかにっこりと笑って頷いた。


「どういうことだ」「なぜ笑っていられる⋯⋯?」「ついに気が触れたに違いない」

 看守に連れられ、晴れやかな面持ちで退廷していく魔女を見て、人々はひそかにそう囁きあった。






 ラヴィーシアは物憂げに牢の中で座っていた。

「退屈⋯⋯」

 これは間違いなく、今まで生きてきた中で最も無為な時間だろう。何もすることがない。


 まったく光が入らない空間。天井からは時折水が垂れてくるらしく、床に落ちた水滴が静寂を切り裂く。それが辺りに響く唯一の音だった。


 夜目は利くが、見ていて面白いものは何もない。なにせここには椅子一つすら置かれていないのだから。低い位置に天井があって、目の前には鉄格子、残りの三方は壁で囲まれている。

 鉄格子の隙間から見える景色といえば、煉瓦でできた廊下の壁のみだった。


 普通、牢といえばねずみの一匹や二匹走り回っていてもおかしくないものだが、ここではなぜだかまったく見当たらなかった。人ではないラヴィーシアを本能的に恐れて近付いてこないのかもしれない。


 眠りにつけばこの所在なさからもきっと解放される。だが、こんな冷たい床の上で寝たら悪夢を見そうだ。ため息をつく。


 もういっそ抜け出してしまおうか——その気になればこんな鉄格子くらい簡単に壊せるだろう。しかし、後が面倒だと判断したのでやめにした。


 仕方なく暇つぶしに髪を触る。細い三つ編みを三本作ると、さらにそれを三つ編みにする。

 編んではほどき、編んではほどき⋯⋯幾度も繰り返し続け、流石に飽きてきた頃、足音が聞こえてきた。ぱっと髪から手を離す。


 やってきたのはテオドールだった。


「お前、なぜあんなことを言った?」

 はて。あんなこと、とは一体どれのことだろうか。思い当たる節が多すぎて分からない。


「人々を操り魔術を使わせていたなどと言っていただろう」

「ああ、それですか。皆様にシナリオとして受け入れられやすいかと思いまして」

 テオドールは長々とため息をついた。


「お前は私の作った筋書きを完全にだめにしたくせに、今更何を言う」

「あら、最終的にはそこまでずれていないと思いません?」

 ラヴィーシアは口角を上げた。しかしその目は笑っていない。


「いや、明らかに違うだろう。結局魔女はいなかったことにしようとしたではないか」

「まあそれはそうですが、どのみち魔女は近々不要になりますから」

「それは、一体どういう⋯⋯」

 聞こうとしたが、その言葉は途中で遮られた。


「それにわたくしの発言もすべて偽りというわけではありませんし、今更一度言ったことを否認してわざわざどなたかに拷問を執り行わせるのも手間かと」

 あっけらかんと言うラヴィーシア。


 相変わらず人の血が通っているとは思えない——普通は拷問されるとなれば震え慄き、そんな事態は何としてでも避けたいと願うだろうに。

 いや、そういえば目の前の魔女には人の血など元より通っていなかったな。


 そこまで考えてから別の一点に気付いた。

「すべて偽りというわけではない?では本当に誰かを操ったことがあるというのか」

「⋯⋯そうですよ。随分昔のことではありますが」

 彼女にとって随分昔といえばおそらく600年前か。現代の人々が誰も知らない時代のことなどを追及する必要はないな。

 そう判断したテオドールは、それ以上の深掘りはしないことにした。


 代わりに本来確認したかったことをもう一つ尋ねる。

「火刑になれば死ぬのだろう?」

「そうですね。いくらわたくしでも、流石にそこまで化け物じみた体質ではありませんから」

 テオドールは探るような目を向けた。

「嘘をついてはいまいな」

「ええ、わたくし自分の言葉は違えません。そう生まれつきました」

 そう話すラヴィーシアは、どこか遠くを見ているようだった。


「それにしても、火刑だけで済んで本当に良かったです。わたくしもともと火刑から逃げた身ですので、刑が重くなるのではないかと思っていました」

「そうか」

 拷問されることは厭わないような言い方をしていたのに、そういう感覚はあるのか。テオドールは少し意外に思った。


「処刑場まで引きずり回しでもされたら、自然治癒を適度に抑えなくてはいけなくて大変なところでした」

 脱力した。真意は先程思っていたのとは真逆だったようだ。だがまあ、こちらの方がラヴィーシアらしい。

「⋯⋯そうか」

「はい」


「今宵はえらく饒舌だな」

「ふふ、そうかもしれませんね」


 夜が更けてゆく。そしてこれが、ラヴィーシアにとっては最後の夜となった。



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