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その5 幻想即興曲



  魔女だと言いがかりをつけられた少女レアは、牢に閉じ込められていた。隣の部屋では絶叫が響き渡っている。


「あれが終わったら、次は私の番⋯⋯」

 小さく呟く。


 ここに連れてこられて三日目になる。一昨日は大量の水を飲まされ続け、昨日は指を潰された。今日は何が待っているのかなど考えたくもない。


 今度は熱さを訴える声が壁越しに聞こえてきた。焼きごてでも押しつけられているのか、はたまた直に炙られているのか——嫌な想像が止められない。手足がかたかたと震え出した。


「何も考えない⋯⋯考えちゃだめ、考えちゃだめ⋯⋯」

 だんだん声が上ずってくるのが自分でも分かった。それでも、何かを呟いてさえいればそちらに意識を集中できるので多少楽だった。




 隣の部屋はいつの間にか静かになっていた。


 足音がこちらに近付いてくる。レアは反射的に、入り口から一番遠い壁際まで後ずさった。


「わ、私は、魔女じゃない⋯⋯!」

「はっ、どうだか」


 入ってきた異端審問官の男は、レアが必死で口に出した言葉を鼻で笑った。喉元を掴んで壁に思い切り押し付ける。


「そうやって強情張ったってどうせ死ぬんだ。さっさと認めりゃ良いのにな」


 認めればほとんどの場合、火刑だと聞かされている。耐え難い熱さの中で長く悶え苦しむことになるよりは、まだ今の方がましだろうと思った。


 それに私は、何もしてない。私は魔女なんかじゃない。


 何か言おうにも、首を押さえつけられていて息すらできない。酸素が回らず、視界の端が白く点描化されていく。レアは苦しさに藻掻いた。

 いっそこのまま殺してくれたなら——だが男は手慣れたもので、レアが意識を失う寸前で手を離した。


 こんなものは序の口に過ぎないと分かっていた。


 神にはずっと祈り続けている。

 いや、もう魔女だろうが悪魔だろうがこの際何でも良かった。この状況から救ってくれさえすれば、誰でも。




 そして、そう都合良く助けが来るわけがないとレアは分かっていた。だから自分は今日も一人で耐えるしかないのだと。




「可哀想に⋯⋯」

 聞き覚えのない声。


 ついに幻聴まで聞こえ始めたかとレアは思った。確かに私は、いや、こうして魔女の嫌疑をかけられてしまった人は皆可哀想だ。


「違うわ、あなたじゃない」


 幻聴と心の中で会話できるようになっているなんて、だいぶ重症だ。レアは笑い出した。


 男が一瞬、動きを止めた。

「お前、何で笑って⋯⋯」




 ——次の瞬間。壁が吹き飛んで崩れ落ちた。幸いレアの元には瓦礫が飛んでくることはなかった。

 異端審問官の方は、彼にとっては不幸なことに、煉瓦の山の中に埋まっていたが。


「あら、少々やりすぎましたね」

 そこには、自分より少しだけ年上に見える少女がいた。真っ白な肌に、ふわふわと踊る髪は烏の濡羽色で、緑の瞳はどこか人を惹きつけるような——綺麗な人。レアはしばし見とれていた。


 少女は異端審問官の方に手をかざした。積み重なっていた瓦礫の山が一気に動く。


 この人、多分本物の魔女だ。


「ひとまず生きてはいそうね、良かった」

 男は失神しているようだったが、息はあった。




「なんでそんなやつまで生かしておくの!?」

 声のした方を見ると、隣の牢があったであろう場所に女性が座り込んでいた。両足が爛れている。


「⋯⋯そうね、色々理由はあるけれどこの人もまた被害者ですから」


「何の?」

 気付けばレアもそう口に出していた。

「何があったって、同じ人にこんなことをしていい理由にはならない!」


 魔女は頷いた。

「ええ。それはもっともだわ」

「なら、何で——!」


「強いて言えば、憎しみは連鎖するから、でしょうか」

「私たちに許せってこと?」

「許せるわけないじゃない!」

 あちこちから憤りの声が上がる。


 魔女は困ったように微笑んだ。


「大丈夫よ。目が覚めたときには全部終わってるわ」


 それは、どういう——尋ねようとしたができなかった。猛烈な眠気に襲われる。


「あなたたちは皆、悪い夢を見ていただけ」


 魔女の柔らかな声がまどろみの向こうに遠く聞こえた。






「レアー?」

 誰かが名前を呼んでいる。レアは目を開けた。


 いつも通りの自分の家だ。窓から差し込んだ眩しい朝日が天井に模様を描いている。そして心配そうにこちらを覗き込んでくる人は——


「⋯⋯お姉ちゃん」

「大丈夫?ずいぶん(うな)されてたみたいだったけど」

「大丈夫。怖い夢でも見てたみたい」

「そう、それなら良いんだけど⋯⋯最近近くの魔女の塔が半壊したらしいじゃない?あれは魔女の仕業だって言われてるし、レアまで何かまじないでもかけられて苦しんでるのかと思っちゃった」


 魔女の塔——魔女だと言われた人々が送られるところだ。一度入れられたらもう二度と出てこられないという噂の。


 姉の話に何かを思い出しかけた気がした。慌てて手足の指を見る。

 なんともない。


 でも私、なんでこんなことを⋯⋯?


「それでね、不思議なのが、崩れた塔には看守と何人かの異端審問官を除いては、誰もいなくなってたらしいの」

「え」

「おかしいでしょ?確かにあそこには魔女が収容されてたはずなのにね。みんな跡形もなく消えちゃって、しかもそれが誰だったのか、誰も思い出せないの」

 ああ、私、多分何か忘れてる。でも何を忘れているのかは分かりそうになかった。


「朝からこんな話してごめんなさいね。朝ごはんにしましょうか」

「⋯⋯うん」

 若干の気がかりを残しつつも、レアは姉を手伝って朝食の準備を始めた。











 処刑を逃れた強大な力を持つ魔女——その噂は瞬く間に、小国ヴィザールの全土に広がった。

 それは、他ならぬ魔女自身が各地の処刑場や牢獄を訪れては、これから火炙りにされようという人々を解放し、処刑台を破壊するといった所業を繰り返していたからだった。


 魔女の襲来を恐れた人々は、次第に処刑を大々的に行うことはしなくなっていった。魔女の告発もめっきり減ったと聞く。

 告発してうっかり魔女の恨みを買い、報復されるのはごめんだった。




 テオドールはその噂を聞いて一人頭を抱えた。

「確かに魔女の力を以てその恐ろしさを知らしめるようにとは言ったが⋯⋯」

 これでは本末転倒だ。魔女の愚行を許したままにしている神に不信感が募り、教会に非難が集まるばかりではないか。


 そして、民の抱く不満や不安——食料不足も疫病も貧富の差も、どれひとつとして解決する気配すらない現状、魔女の処刑をやめさせるわけにはいかない。人々が鬱憤を晴らせないままに怒りを溜め込んだ結果、暴動が起きでもしたらどうするのか。

 国など簡単に滅ぶというのに。


 しかしそう伝えようにもラヴィーシアは一向に戻ってこない。そもそも今更方針転換などしたところで、最早何の意味もなさないのではないか。それにラヴィーシアはきっとまた勝手をする。


 目先の小さな犠牲をすくい上げるばかりでいては、最終的にそれらと比べ物にならないほど大きな犠牲を払わねばならなくなるというのに——あの娘はまったくもって、思慮が足りていない。


「背に腹は、代えられぬか⋯⋯」

 今ならまだ、民の前で魔女を処刑すれば元の状態を取り戻せる。


 当初の計画では彼女が蘇ることのできる方法で殺し、また情勢が揺らいだときに同じことを繰り返すつもりでいた。魔女は実在し、それを神と教会の力によって裁くことは必要なのだと印象付けたかった。


 しかし、生かしておけばまた何かしらの厄介を生じさせるだろう——それも、今回の件のほとぼりが冷めないうちに。

 奇跡が失われるのは少々惜しかったが、これ以上世を混乱させられては困る。


 幸い、灰以外何も残らなくなるまで焼き尽くしてしまえば蘇れはしないと言っていたはずだ。被害を最小限に食い止めるにはそうするより他に仕方がない。

 そこまで考えると、テオドールは従者を呼びつける。


「お呼びでしょうか」

「ああ——例の魔女の話は知っているだろう。あれを捕らえるための軍隊を用意してくれるか」

「仰せのままに」


 率直に言えば、勝算のほどは不確実であった。しかし如何(いか)に魔女と言えど、数の利には勝てまい——というか、そうであることを願う。






 一週間後。魔女は依然として捕らえられていなかった。軍隊は幾度か接触することには成功しているというのにも関わらず、である。

 テオドールはひどく不愉快であった。今までの人生において、こんなにもことが思い通りに運ばなかったことは果たしてあっただろうか。


 聞けば、魔女は遭遇するたびに人々の頭上を素早く移動しては、どんな攻撃をされようともすべてをかわし、最後は煙に巻くのだという。その間一切微笑みを崩さないまま、兵を揶揄するかのように。


 その光景がありありと脳裏に浮かんで、テオドールはますます腹立たしさを覚えた。






 ——そんな日々がしばらく続いていたある日のこと。一人の従者が慌てた様子で部屋に駆け込んできた。礼がなっていない上、また芳しくない報告を聞かされるのか、と思った教皇はそちらをぎろりと睨む。


 ところが今日は少し様子が違った。


「魔女が、ついに捕らえられたと」

「何、それは真か?」

 思わず座っていた椅子から立ち上がる。息を切らせながら頷く従者。


「そうか、ご苦労であった」

 瞬時に喜色満面になるテオドール。従者はほっと安堵のため息をついた。











 数刻前、国境近くの黒々とした森の中。魔女の足取りを辿って、兵たちは通常であればまず近付こうとは思わない場所に駐屯していた。


 外はもう日が高いというのに、辺りは暗闇に覆われている。おびただしいほどの聞き慣れない鳥の声。たまに何か小さいものが耳元をかすめて飛んでいき、幾人かが反射的に身を縮める。

 魔女が不審に思って近付いてこない状況を避けるため、火を焚くことは避けていた。


 一人の新参兵が落ち着かなげに周囲を見回した。暗闇に目は慣れてきたものの、視界に入るのは見覚えのない木々や動植物ばかり。時折、どこかから視線のようなものを感じる。

 初めは肉食獣がこちらを狙っているのかと思ったが、それにしては近付いてくる気配がない。ただ探られているような感覚だけがある。


 何にせよ、早く帰りたい——そう思ったとき。


「いたぞ!」

「魔女だ!」


 数人の声を合図に、一斉に弓矢が向けられる。しかし弓を引くまでもなく、魔女はあっさりとこちらへやって来た。


 怯え半分といった様子の兵が慌てて取り囲む。地面に押さえつけられ、腕をひねり上げられても、魔女はただされるがままになっていた。


 ——今まで軽々と逃げていたのに、なぜ何の抵抗もしない?


 一瞬だけ、罠という単語が脳裏をよぎったが、それ以降も特に妙な素振りは見られなかった。




 かくして、魔女は捕らえられたのである。



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