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その2 権威



 騒動から三日後の正午、ヴィザール王国で最大規模を誇る教会では緊急会議が開かれていた。各地から訪れた枢機卿や司教ら十四人を前にして、テオドール教皇が重々しく口を開く。

「知っている者も多いと思うが、先日魔女の処刑において異例の事態が起こった」


 事の顛末を聞き終えると、参加者は一様に苦々しい表情を浮かべた。教皇はその様子には触れず、先を続けた。


「さて、ここでの問題は主に二点だ。まず、今まで処刑した者が魔女ではなかったと明らかに本物である魔女が言ったこと。今後の処刑をどうするか決めねばならない」


 その言葉に一人がすっと手を挙げた。

「出過ぎたことを言わせていただきますと、一度異端審問のやり方を見直す必要があるかと思います」


 教皇は冷たく一瞥すると、長々と息を吐いた。

「お前は分かっていないな。枢機卿の地位を与えられておきながら魔女の言葉を信じるのか?」

「⋯⋯申し訳ありません。ですが、真に魔法が使えるならば己の身くらい守れるだろうという言葉には説得力を覚え」


 意を決して発された言葉は、至極あっさりと途中で遮られた。

「普通の魔女はそこまでの魔力がなかったために助からず、件の魔女はたまたま強大な力を持ち合わせていただけかもしれないではないか。大方、これから処されるであろう仲間を庇おうとでもしたのだろう」




 今度は別の一人が手を挙げた。

「異端審問は人道に反しているという意見も度々上がっておりますが」

「手ぬるくやっていては魔女など見つからなくなるぞ。仮に誤って魔女でない者を死なせたとて、魔女が世にのさばるよりは遥かにましではないか?」

「ですが魔女でない我々は神の所有物、それを勝手に損なうことは果たして神のご意思にそぐうのでしょうか」


 軽々しく神の御名を口にするな、と咎めてから教皇は呆れた調子で続けた。

「そもそも真っ当に日々を送っている民には嫌疑もかからないではないか。それを変えたがるのはその者が魔女である証拠に他ならないと私は思うのだが、皆のものはどうだ?」




 疑問が脳裏を掠めた者もいたことにはいたが、それ以上意見する勇気を持ち合わせた者は一人もいなかった。教皇は彼らの心理を知ってか知らずか、静まり返った場で一人満足そうに頷く。


「己を浄化するはずだった炎を無辜の民に故意に向け、聖なる十字架を打ち砕いた魔女が確実に一人は存在した——これだけで十分だ。民には今私が言ったことを上手く伝えよ」

 つまり今後も同様に処刑は続けろということである。



 会議と銘打ってはいるものの、正確には教皇の意見を各地に伝え、従わせるための準備に過ぎない。これは別に、今回に限ったことではなかった。



「さて、二つ目の問題はそんな魔女の処刑に失敗したことだ」

 件の騒動が起こった広場は若い司教の管轄区域であった。教皇の言葉が自分の方に向けられたものだと悟ると、途端に青くなって俯く。


「ああ、そう怯えずとも良いぞ。あの魔女——ラヴィーシアとか名乗ったらしいな、そいつはお前が思うよりも悪どかったのだろう?」


 先程とは打って変わってにこやかな顔をした教皇が司教に尋ねる。

「はい、そうなのです!」

 司教が必死に頷いた。運が良ければお咎めなしかもしれない。


「私はお前を信じよう。しかし神の御名にかけて、我々が敗れることなどあってはならない。分かるな?」

 急速に雲行きが怪しくなってゆくのが何とはなしに感じられた。

「はい、申し訳ございません⋯⋯」


「神が魔女ごときを裁けないはずがない。それはお前も重々承知しているだろう」

 仮にも司教なのだからな、半ば独り言のように教皇が呟いた。

「はい、すべて私の不手際のせいです。申し訳ございません」


「そうか。魔女の口車に上手く乗せられでもしたか」

「はい⋯⋯えっ?」



 気付けばとんでもない悪手を打っていた。全身から一気に血の気が引くのが分かった。



「肯定したということはやはり、お前は魔女と協力関係にあったのだな」

 どことなく芝居がかった身振りで教皇は残念だ、と頭を振った。

「違います!今のは」

「であればお前はこの神聖な教会で、神の御前で嘘をついたのか?それも、教皇である私に?」

「違っ⋯⋯間違え、て⋯⋯」



 もうこれ以上何を言おうときっと状況は覆らない。最初からすべて、この方にとっては予定調和なのだろう。視界が暗くなってゆく。



「シャルルよ」

 名を呼ばれて司教はやっとの思いで顔を上げた。

「ここはお前自身の命で償うしかあるまい。かように恐ろしい魔女を世に解き放ってしまったのだからな」

「それ、は⋯⋯」

 何か言おうとしたが、声が震えて言葉にならなかった。ひどく寒気がする。


 当然と言えば当然だが、誰も彼を擁護しようとはしない。この場で教皇に楯突くような真似などできるはずもなかった。




「この背教者を牢に連れて行け」

 すかさず衛兵が現れると、司教シャルルを引き立たせて教会を出て行った。出入りに伴って、扉に嵌められたステンドグラスが床に落とす鮮やかな影がゆらゆらと行き来するのが見えた。




「さて、一週間以内にシャルルは処すとしよう。お前たちはそれまでに、魔女とて何の助けもなしに逃げられはしないのだと民に説いておけ」


 大衆の信仰心が揺らぐことが教会にとっては何よりも問題なのだ。魔女に逃げられたことで神の権威が薄れてしまっては困る。

 ならばいっそ、教会側に彼女に協力していた裏切り者がいたから逃亡を成し遂げられたという体にした方が都合が良かった。


 教皇はシャルルを本気で背教者だと思っているわけではなく、人柱を立てることで問題を解決したいだけだ。この会議に招かれる立場になって長い者たちは薄々それを察していた。


 やがて会議も終盤に近付き、一人がおそるおそる疑問を発した。

「ところで、件の魔女はどうやって捕らえるのですか?あれから三日間、どこにも現れていないそうですが」

「ああ、それについては心配無用だ。私の方で策があるからな」

 そう言いながらも、教皇にはその策とやらの詳細を語る気はないようで、早々に話は切り上げられた。


「さて、此度はここまでとしよう。急なことであったが、遠くからのご足労感謝する。今後ともよろしく頼むぞ」



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