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9 いきなり絡まれました。

 冒険者ギルドは、外観からするとただの酒場のようにしか見えなかった。

「ここが冒険者ギルド……?」

 ツェディクさんに教えられていなかったら、スルーしてしまいそうな建物だ。

 もっと大きな街の冒険者ギルドはもっと、何というか物々しい雰囲気の建物だ。

 トウェンティブラッドのギルドは、高い塀に囲まれた要塞のような作りをしていて、門の前には守衛さんが立っていた。入る人も逐一チェックを受けていた気がする。まあ、私は入ったことないけど。

 扉の脇に申し訳程度に掲げられた、月と星を図案化した紋章。

 それだけが、ここが冒険者ギルドであることを示す証だった。

「ほほう。これが冒険者ギルドか」

 ローブの袖からとりがふこりと顔を出した。

「ぼくらの冒険へのスタート地点だね」

 ねこもふこんと顔を出す。

「腕が鳴るね」

「うむ。腕が鳴る」

 とりがふこふこと自分の手羽を曲げる。

「ふたりは冒険しないでしょ」

 私はふたりを袖に押し込んだ。

「むぎゅ」

「もぎゅ」

「大人しくしててよ」

 ドアを開けると、むっと酒の匂いが鼻を突いた。

 酒場や宿屋を併設しているのは冒険者ギルドの常識だけど、ここはむしろ酒場がメインなんじゃないかっていうくらいの盛況ぶりだった。

 素性の知れない感じの人たちが楽しそうに飲んでいるその奥に、カウンターらしきものがちらりと見えた。

 多分、ギルドの受付はあそこ……

 意を決して一歩足を踏み入れる。

 すると、騒がしかった店内が急に静かになった。

 それぞれの席で酒を飲んでいた冒険者たちの目が、一斉に私の方を向いた。みんな、値踏みするみたいな目だった。

 うっ……。

 思わずそこで止まってしまう。

 酔って充血した目、目、目。

 まだ昼間なのに、もうみんなこんなにお酒飲んでるの……? 冒険者って結構暇なの?

「どうした、お嬢ちゃん。入らねえのか」

 一番手前ででっかいジョッキを持っていたスキンヘッドで髭面のおじさんが、古傷のある凶暴そうな顔をにやりと歪めて笑った。

「残念だが、ここはただの酒場じゃねえんだ。お嬢ちゃん好みのおしゃれで甘ーいカクテルが飲みたかったらよそを当たりな」

 その言葉に、おじさんと同じ席の仲間っぽい男の人二人が大声で笑った。

 別に大して面白いことは言ってなかったけど、私をバカにするためにわざと大げさに笑ってるのは分かった。

「向かいの通りにお嬢ちゃんでも入れそうな店があったぜ」

「おい、ありゃあただのミルクスタンドじゃねえか」

 ぎゃはははは。

 自分たちの言葉に自分たちで勝手に笑ってる。

 むむむっ。

 まとっているローブを見れば、冒険者なら誰でも私が魔法使いであることくらい分かるはず。

 それをそんな言い方をしてるってことは、私にケンカを売ってるってことだよね。

 えーと、そういうときは……


 そういうときは……


 どうするんだっけな。

 こういうシチュエーション、久しぶりで忘れちゃった。

 軍で私にケンカ売ってくる人なんて、何年もいなかったもんね。

「誰が甘ーいカクテルなんか飲むかぁ!」

 凛々しい叫び声が酒場中に響き渡った。

 でも叫んだのは私じゃない。声の主は、私のローブの袖からぽこりと飛び出した。

「な、なんだ、こいつ」

 おじさんが動揺した顔をする。

「いいか、よく聞け。顔の上下定かならぬ者よ」

 とりはスキンヘッドおじさんの髭をびしりと指差す。確かに上下を反対にした方がちょうど良さそうな顔ではあるけど。

「貴様に大事な大事なことを教えて進ぜよう」

 とりは、ふここここ、とおじさんに近付いていく。

「このぬいぐるみ、喋るぞ」

 おじさんは気味悪そうにジョッキを置いた。とりはおじさんのテーブルにぴょんと飛び乗る。

「甘かろうが辛かろうが、酒と名のつくものをフィリマに飲ませてはならん」

 とりはジョッキをぺしぺしと叩いた。

「飲ませた者はみな等しく、すべからく、まんべんなく、例外なく、否応なく、余すところなく、老いも若きも、貴きも賤しきも、平等かつ公平に地獄を見ることになるであろう」

 何を勝手に言ってるのよ。

「地獄だとぅ?」

 おじさんは酒臭い息を吐いてぎょろりと目を怒らせた。

「おもしれえ。このおかしなぬいぐるみはお嬢ちゃんの子分か」

「ちがうぞ、どちらかといえば親分」

 とりの否定の言葉はあっさりと無視された。

「酒を飲んだら地獄を見せるか。いったいどういうことが起きるのか、見せてもらおうじゃねえか」

 そう言って、ジョッキを手に立ち上がる。

 ぼこりと盛り上がった筋肉。腕だけで、私の身体くらいの太さがある。

「お嬢ちゃん、俺が一杯奢ってやるよ。好きな酒を頼みな」

「いや、ええと」

 私、別に何も言ってないんですけど。

「そうかそうか。そんなに地獄を見たいのか。人とはどこまでも愚かなものよのう」

 とりは両手羽を広げて、アンニュイなため息をついた。

「仕方ない。フィリマ、飲んで差し上げなさい」

「いやよ」

 なんで飲まなきゃいけないの。私はギルドに登録に来たんだってば。

「勝手に話を進めないで」

「えー」

「なんだ、今さら逃げようってのか」

 おじさんが凶悪な笑みを浮かべた。

「口ほどにもねえな。それじゃあ俺の隣に座って、酌くらいしていきな」

「いやです」

「なにぃ?」

 肩を怒らせたおじさんが、私の方に一歩足を踏み出す。

 うん。よし、魔法だ。

 えーと。

 久しぶりだからな。力の調節を間違えないといいけど。

 壊さないように。なるべく小さな力で。

 心の中でそう念じながら、私が魔法を使おうとしたその時。

「だっ!?」

 突然、おじさんが変な声を上げた。

 足を不自然に突っ張らせたおじさんが、両腕で宙を泳ぎながらそのまま前につんのめる。

「おい、ジョイス!」

「うわあ!!」

 おじさんは、仲間の二人を巻き添えにしながら、がっしゃーん、と大きな音を立てて、テーブルごとひっくり返った。

「あーあ」

 いつの間にかちゃっかりテーブルから避難していたとりが、倒れたおじさんの背中にふこりと飛び乗った。

「こんなに店を荒らして。困った客だな」

「やっぱり顔の上下が逆だったんじゃない?」

 そう言いながら、おじさんの足元からぴこりと顔を出したのは、ねこだった。

「ねこくん、いつの間に」

「ふふふ」

 見ると、おじさんの靴の左右の紐がテーブルの脚に結び付けられていた。

「だって、フィリマが魔法使ったら大変だから」

 とねこ。

「とりさんは面白がって使わせようとしてたけど。よくないよー」

「こういうときはさっさと格の違いを分からせた方がいいんだ」

 とりは偉そうに言う。

「そうすればもう二度とフィリマに絡もうなんて馬鹿なことを考えたりはしないだろうからな」

「あのねえ。人を何だと」

 言いたい放題のぬいぐるみたち。私がさすがに口を挟んだ時。

「何の騒ぎだい」

 店の奥から、恰幅のいい女の人が現れた。店の惨状を見て目を怒らせる。

「ジョイス! またこんなに荒らして!」

「違う、俺じゃねえ!」

 倒れたまま、スキンヘッドのおじさんが喚いた。

「そこの女だ!」

 いや。私はさっきから何もしてません。

「え?」

 女の人はそこで初めて私を見た。

「あら、可愛い魔法使いさん」

 女の人はにっこりと笑った。

「ごめんなさいね、新人の方?」

「あ、はい」

「でかくてむさ苦しいやつらに絡まれて、迷惑だったでしょ?」

「誰がむさ苦しいやつだ!」

 テーブルの脚に縛り付けられた靴紐を必死にほどこうとしながら、スキンヘッドのおじさんが喚く。

 あ、軍で使う蠍結びだ。ほどき方を知らない人にはほどけないんだよね……。

 ねこが見よう見まねで覚えてたみたい。

「ちょっと度胸を試しただけだろうが! 俺らにびびって逃げ帰るような魔法使いなら、どうせ使いものにならねえんだからよ!」

 え?

「あー、いてえ……」

「くそ、ジョイス重いんだよ……」

 おじさんの仲間二人も頭を振りながらふらふらと立ち上がったけど、もう私に絡んでくることはなかった。

「それが余計なお世話だって言ってるのよ」

 女の人がぴしゃりと言った。

「誰があんたたちにそんなことを頼んだのよ」

「リサ、俺たちはこのギルドのレベルを維持しようとだな……」

 スキンヘッドのおじさんが決まり悪そうに言う。もぞもぞしてるけど、蠍結びはまだほどけない。

「そのざまで、よくそんなことが言えたわね」

 女の人はため息をつくと、私に向き直った。

「ごめんなさい。登録手続きをしましょう。こっちに来て」




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