8 緊急事態です。
大変です。
緊急事態です。
お金がありません。
洗濯石、全然売れませんでした。
朝早くから市場に石を背負っていって、ぬいぐるみ屋のマルクさんにアドバイスをもらって石を並べて。
そりゃ新入りだから、そんなにいい場所は取れなかったけど。
でも、この前見た洗濯石の値段よりもちょっと安い値段を付けたし。
とりとねこも呼びこみ頑張ってくれたのに。
「いらさいいらさーい。魔女フィリマ特製、汚れがよく落ちる洗濯石、売ってるよー」
「たった50マグで、服が全部きれいになりまーす」
とりとねこがふこふこ呼びかけると、確かにお客さんは足を止めてくれるんだけど。
でも、
「あら。かわいいねえ」
なんて言ってふたりの頭を撫でた後で、お義理みたいにちょっと石を手に取って、またすぐに戻していってしまう。
結果、初日の売り上げ、0個。
初日はそんなこともあるよってマルクさんも慰めてくれたので、重い石を二十個持って帰って、次の日またおんなじ石を背負って市場にやって来た。
そして、結果、二日目も三日目も0個。
四日目の大市でも0個だったときに、心がぽっきり折れた。
「どうした、フィリマ。今日は市場に行かないのかー」
五日目の朝。戸口でとりが元気に私を呼んでいる。
「そうだよ、早く撫でてもらいにいこうよー」
ねこも腕をぴこぴこ振っている。
いつもみんなにかわいいかわいいと言ってもらって撫でてもらってるおかげで、とりもねこもすこぶる元気だ。よく知らないけど、褒められると「かわいいポイント」なるものが貯まって、ポイントをたくさん貯めると記念品と交換できるんだそうだ。
記念品って何だ。
でも本当に、とりとねこを撫でてもらいに市場に行ってるようなものなんです。
いくら撫でられたって、お金は1マグももらえない。
だって、洗濯石が売れないんだから。
それならとりとねこに、「ひとなで10マグ」とか札を下げさせて練り歩かせてたほうがよっぽどましだ。
「……行かない。だってどうせ売れないもん」
大市で売れなかったのは、本当に心にきた。あんなに人がいたのに。
「今日はお休みか」
「おやすみー?」
とりとねこは顔を見合わせて、「やったー」とハイタッチした。
「よし、今日はとり帝国の建設を再開しよう!」
「しようしよう!」
ちんちろりん、と軽やかな足音を残してとりとねこが裏庭に走っていく。
ああ。とりとねこまで行ってしまった。薄情者。
ええ、ええ。いいですよ、好きに作ってください。もういっそのこと、この家全部とり帝国にして統治してください。
その代わり、私を帝国臣民にして養ってよね。お金も自力で稼げないダメな魔女ですけど。
ベッドに寝転がっていじけていると、お腹がぐう、と鳴った。
こんなときでもお腹は減るんだ。
まだ食材はある。でも、お金はほとんど残ってない。
洗濯石は食べられないし。売れないし。
私の新生活は、いきなりつまづいてしまった。
どうしよう。
……まあいいか。
軍にいた頃は一食二食抜くことだってあったし、別に死ぬわけじゃないしね。
死んだって別に誰も困らないし、とりとねこだってすぐに次の飼い主を見付けるんだ。
そんな風にベッドで丸まっていじいじしていたら、とりとねこがちんちろりんと枕元にやってきた。
「フィリマ、お客さんだぞー」
「え?」
私は枕から顔を上げる。
「お客さんって、わざわざこんなところに誰が?」
「知らん」
「目付きの悪い人ー」
とりとねこに聞いてもよく分からない。
誰だろう。訪ねてくる人なんているはずないのに。売主のハインさんかな。
とりあえずローブだけ羽織って出ていくと、扉の前で待っていたのは警士のツェディクさんだった。
「あ、ツェディクさん」
意外な人物。
「どうしたんですか?」
「君が今日は市場に来ていないと、マルクから聞いてな」
ツェディクさんはぶっきらぼうに言った。
「商品が全然売れなくて落ち込んでいたから、おかしなことを考えていなければいいが、と心配していたぞ」
マルクさんに心配をおかけしてしまったみたいだ。うう、申し訳ない。
「すみません……ちょっと落ち込んではいましたけど、大丈夫です……おかしな真似はしませんので」
「何か食べているのか」
ツェディクさんが顔をまじまじと見つめてくるので、思わずうつむく。今の顔をそんなに見られたくない。
「食べてます、大丈夫です」
私はうつむいたままで答える。
「お仕事中に、こんなところまで来ていただいてすみません」
「仕事?」
ツェディクさんが怪訝そうな声を出す。
「大市の次の日は、非番だ」
「え?」
休みでわざわざ来てくれたの?
思わず顔を上げると、ツェディクさんの後ろに白いスマートな魔動車が止まっているのが見えた。
「ほら、これ」
ツェディクさんは持っていた紙袋をぐい、と突き出した。
「え? あ、いえ、そんな」
反射的に顔の前で手を振る。でも、遠慮を知らないけものたちがふここここ、と駆け寄ってきた。
「なんだなんだ」
「どうしたどうした」
そんなことを言いながら私の身体を這い上って、勝手にツェディクさんの紙袋を覗き込む。
「あ、野菜。卵もある」
「紙に包んであるのって、肉だ」
「魚もある」
とツェディクさんが付け足す。
「あの、どうして」
「まともなものを食べていないんだろう」
ツェディクさんは言った。
「とにかくしっかり食べることだ。そうでなければ、いくら寝ていても元気にはならないぞ」
「でも……」
「今日は肉だぞ、ねこくん」
「わーい。フィリマが乾パン以外のもの食べるのひさしぶりー」
とりとねこが紙袋を頭の上に乗っけて、ちんちろりんと奥に走っていく。
もう。余計なこと言って。
「あ。う。すみません……」
とりとねこが受け取ってしまったのでお返しするわけにもいかず、私もしどろもどろにお礼を言う。
「君は魔法使いだったな」
私のローブを見て、ツェディクさんが言った。
「はい」
「それなら、冒険者ギルドに登録してみたらどうだ?」
「え?」
思いがけない提案だった。
「冒険者ギルド、ですか……?」
「ああ。ギルドはいつでも魔法使いが不足している。君のような若い魔法使いが行けば大歓迎だろう」
ツェディクさんはにこりともせずに言う。
「ギルドの仕事で街のいろいろなところに顔を出せば、君の名前も売れる。金も稼げる。そうやって街に馴染んでいけば、客になってくれる人間も増えるだろう。冒険者の連中はいろいろなことを知っているしな。本格的な商売はそれから始めても遅くはないと思うぞ」
「私が冒険者の仕事を……」
考えたこともなかった。
軍を抜けるときに、もう血なまぐさいことからは距離を置こうと思っていたからだ。
でも確かにギルドに登録して仕事をすれば、お金は稼げる。当座はしのげる。
洗濯石が全然売れない以上、それしかないような気がした。
「ツェディクさん」
私ががっしりと手を握ると、ツェディクさんはぎょっとした顔をした。
「ありがとうございます。このご恩は必ず」
「大げさだな」
ツェディクさんは嫌な顔をした。
「来たばかりの住民が不審死でもしたら、俺の仕事が増える。だから見に来ただけだ」
「すみません、あともう一つだけ」
手を振りほどこうとするツェディクさん。私は逃げられないように自分の手に力を込めた。
「ギルドの場所を教えてください……!」




