62 奥様と私とコウモリみたいなふたり
「なんだって?」
「なんだとぉっ!」
奥様が私をぎろりと睨んだ……と思ったときには、勢いよく飛びかかってきた白いふこふこのものが私の視界を遮っていた。
「えっ」
「フィリマめ! 僕らの手柄を奪おうとしてるだろう!」
「ほめられるのはぼくたちだー!」
ふこふこふこ。ぽこぽこぽこ。
「このこのこの」
「これでどうだ。えいえいえい」
「やめなさい」
ふこふこした手で殴りかかってきたふたりをテーブルから下ろして、私は奥様に向き直る。
「奥様。そのお話は、一見筋が通っていそうですが、やはり違うのではないかと思います」
「何が筋だー!」
「ぼくらを褒めるのが筋!」
足元でけものがふたつ、わあわあ言ってるけど、気にしない。
「違う、かい」
奥様はどすの利いた声で言った。
「私の言うことを否定するからには、それなりの覚悟があるんだろうねえ」
そう言ってにやりと笑う。
ごくり。
思わず唾を飲みこんでしまったけれど。
「……はい」
真剣な目で頷くと、奥様は、ふん、と鼻を鳴らしてティーカップを持ち上げた。
「いいだろう」
お茶を一口。
「聞いてあげようじゃないか」
「ありがとうございます」
いつの間にか、とりとねこも奥様の両脇に控えている。
「いいだろう」
とりが偉そうに言った。
「聞いてやろうじゃないか」
「つまんないこと言ったら承知しないよ」
ねこも偉そうに言う。
なんなの、このぬいぐるみたちは。
さては強そうな方についたな。
「私の言ってることが正しかったら、とり帝国の領地半分にするから」
ぼそっと呟くと、とりがびくりと身体を震わせて私の方にすすす、と寄ってきた。
「とりさん! しっかりして!」
ねこに言われて、危うく踏みとどまっている。
「そ、そうだ、そんな脅しに屈するわけには」
「何とか帝国でも何でも、好きに持っていくといいさ」
奥様が言うと、とりは「ひょー」とか言いながら体を縦に伸ばした。
「話しな」
「はい」
私は頷く。
「実は、あの指輪を自分で嵌めてみました」
「ほう」
奥様が目を見張る。
「それで?」
「魔法使いの私だからこそ分かったことですが、あの指輪には、魔法の増幅装置のような力がありました」
「増幅装置?」
「はい。ごく小さな魔法でも大きくする。たとえば、こういう形の筒があるとして」
私は自分の手ぶりで、片方の口が狭くもう片方の口が広い円筒を示す。
「こちら側の狭い口から入れたものが、広い口から大きくなって出てくる。そういうイメージの装置です」
「あの指輪に、そんな力があったってのかい」
「はい」
「え、そうなの?」
なぜかとりがびっくりしている。
「ほら、とりさん。そういえば昨日の夜、フィリマが人間バーナーみたいに」
「いくらなんでも下手すぎたやつのことかい? でも調子悪い時のフィリマはあんなものだぞ」
「そういえばそうだね」
とりとねこがひそふこと喋っている。うるさいなあ。
「つまり」
私はごほんと咳払いした。
「精緻な力を持つ指輪ですが、あれは魔法の組み合わせとしては“主”ではなく“従”です」
「しゅ?」
「じゅう?」
きょとんとするとりとねこを尻目に、奥様は顎だけで頷いた。
「あれはただ魔法の力を大きくするだけの付属品で、大元の魔法が発生する装置は別にあるってことだね」
「はい」
さすが奥様。理解が早い。
「で、その大元ってのは、どこにあるんだい」
「おそらく」
一応、頭にそう付けた。だけど、自信はあった。間違ってはいないと思う。
「あのドルアティス候の銅像自体ではないかと」
「あの銅像そのものだって?」
「はい。正確には銅像全体ではなく、指輪の嵌っていた右手だと思います」
「……あれが」
奥様は銅像の方向を厳しい顔で見た。もちろんそこはただの壁で、銅像はずっと向こうの中庭にあるんだけど、奥様はまるでそれが透けて見えているみたいに壁をじっと睨んでいた。
「銅像は飾りじゃなかったんだね」
「はい。それと、多分……」
私はこの屋敷で昨夜経験した出来事を思い起こしていた。
「この屋敷のおかしな現象の原因は、ドルアティス候の霊の怒りではないと思います」
「なんだって?」
「あのじいさん怒ってないのか。まあ怒っても大して怖くなさそうなじいさんだったしな」
とりが失礼なことを言う。
「原因は別にあると思います。おそらくは、あの銅像のある場所の、地下」
地中。
それは、はるか地の底にあると言われている冥府と密接に関係する場所。
死霊術を使う者にとっては、最も馴染み深い場所だ。
「あそこの地下に何かがあるって?」
「はい」
「アリス・アンジェラも確かにドルアティス候の霊の怒りを鎮めたと言っていたのに?」
「はい」
「アリス・アンジェラは高名な死霊術師だよ。その言葉を、あんたみたいな小娘が、違うって?」
奥様の声がだんだんと迫力を増してくる。
なんとなく私の言葉に納得しかけていたとりとねこは、さっと奥様側に戻った。
「ちがうって?」
「フィリマごときがー」
ふたりで一生懸命奥様の声を真似て、そんなことを言っている。
「……はい」
私は頷いた。
奥様の迫力に負けないよう、その目を見返す。
とりとねこが、「うおー」「睨み合いだ」とか言いながら見守っている。
しばらくそうしていたけれど、やがて、ため息をついたのは奥様の方だった。
「そうかい」
奥様は言った。
「ってことは、アリス・アンジェラは私の父に噓を言ったってことだね」
「嘘と言いますか……」
私は立ち上がった。
「奥様。もう一度、中庭に行きませんか」




