61 アリス・アンジェラ
「さあ、たんと食べな」
「おお、これはすごいごちそう」
「うひゃー、目がくらむね、とりさん」
レースのカーテン越しに柔らかな日差しの差し込む、豪華なダイニングテーブル。
私はとりとねこと一緒に、そこで奥様と向かい合って座っていた。
さっき朝食を食べたばかりなのに、奥様の前にはクリームたっぷりのお菓子がずらりと並べられていて、奥様はそれをもしゃもしゃと食べている。
私の前にも、そしてなぜかとりとねこの前にもお菓子は並べられている。
食べられるわけじゃないくせに、とりとねこは山盛りの豪華なお菓子を前にほくほくと嬉しそうだ。
お菓子の周りをまわったり顔を近づけたりして、ふたりでうふふふふ、と笑い合っている。
なかなか手を着けないものだから、奥様が怪訝そうな顔をした。
「どうしたんだい、あんたたち食べないのかい」
「奥様、お気持ちはありがたいのだが」
とりが手羽をふこりと上げる。
「ぼくらはかわいいぬいぐるみなので、人間と同じ食べ物は食べられないのである」
「そうなのである」
ねこもふこりと胸を張る。
「そうなのかい。そりゃ可哀そうだね、こんなうまいものを」
奥様がぱんぱんと手を叩くと、どこからともなく現れた使用人さんが、私たちの前からさっとお菓子を片付けてしまった。
「あ……」
私は人間だから食べられるんですけど……。
「それじゃあ、本題に入ろうかね」
うう……。私のお菓子……。
「あの指輪は、あんたたちが見つけてくれたって言ったね」
「あ、はい」
「ぼくが」
「そしてぼくが」
褒められポイントを絶対に逃さないとりとねこが、ここぞとばかりにぐいぐいと前に出てくる。
「どこで見つけたんだい」
「昼なお暗きベッドの下!」
「群がる埃を払いのけて!」
なんかかっこいいこと言ってる。
「ベッドの下?」
奥様は顔をしかめて、ちょいちょいと使用人さんを呼んだ。
「この子たちを泊めた部屋ってのは……」
「ええ、確かにその際に……」
小さな声でぼそぼそと喋っているからよく聞こえないけど、私の泊まったあの部屋、何かいわくつきだったんだろうか。
「ふん」
話が終わったらしく、奥様が鼻を鳴らすと、使用人さんがさっと引っ込む。
「あんたの泊まってる客室はね、何十年も昔にアリス・アンジェラが泊まった部屋なんだよ」
「アリス・アンジェラ…って誰ですか」
「ああ?」
奥様がぎょろりと目を剥く。
「ひっ」
「まあ、あんたみたいな若い娘じゃ知らなくても無理ないか」
それならどうしてそんな怖い顔で目を剥くんですか。
心臓がバクバクする。
とりとねこは、奥様が使用人さんと内緒話を始めたあたりから早くも飽き始めて、勝手にテーブルを下りて探検を始めている。
「ねこくん、見たまえ! こんなところにまで精緻な装飾が!」
「目がくらむね、とりさん!」
「アリス・アンジェラってのは、その当時随一と言われた死霊術師さ」
「死霊術師……」
「さっき、中庭に銅像があっただろ?」
「あ、はい」
「あれは我が家の第三代当主ドルアティス候の銅像なんだがね。ドルアティス候ってのは、いろいろあって結局非業の死を遂げた方でね。あるとき屋敷で立て続けに不幸が起きたときに、それはドルアティス候の霊の怒りだって言われたのさ」
奥様は、遠い昔を思い出すように目を細めた。
「それで当時の当主、私の父がアリス・アンジェラを呼んだのさ。どうかドルアティス候の霊を鎮めてくれって」
「そんなことがあったんですか」
「アリス・アンジェラってのは、でっぷりとよく太った女だった」
奥様は丸っこい手で次のお菓子を掴みながら言った。
「当時まだ十代そこそこだった私から見れば、ずいぶんと胡散臭い女だったけどね。父上は信用していたようでね。アリス・アンジェラは中庭にドルアティス候の銅像を建てさせて、そこに自分の死霊術を込めた指輪を嵌めたのさ」
死霊術……。
「そうしたら、見事おかしな現象はぴたりと収まったってわけさ。ところがそれから何十年も何もなかったのに、また少しずつおかしなことが起こり始めてね。それがあの指輪がなくなったせいだったってことだね」
奥様は納得したように頷く。何となくテーブルに登ってきたとりとねこも、聞いていなかったくせに、納得したようにうんうんと頷いている。邪魔だなあ、もう。
「銅像は飾りで、あの指輪が大事だったんだ。あれがドルアティス候の怒りを鎮めてくれているんだからね」
奥様はそう言うと、紅茶をぐびりと豪快に飲んだ。
「だから、見つけてもらってありがとうよ。これでこの屋敷のおかしな現象もおしまいだ」
「いえいえ、とんでもない」
「恐悦至極」
とりとねこが騎士みたいにふこりと頭を下げる。
「……奥様」
私は言った。
「それは、違うと思います」




