57 深夜の徘徊
「えー、こちらの視界は極めて悪し。ねこくんの応答を求む。どうぞー」
「とりさん、こちらの視界も非常に悪いです。フィリマの腕とランプしか見えません、どうぞー」
「いや、それだけ見えればうらやましいですなー。ぼくの方は床しか見えません。非常につまりません。どうぞー」
「いえいえ。こっちもまぶしいばっかりで面白いかと言われれば答えは否です、どうぞー」
「こっちは面白いどころかつまるものもつまらないというか」
「ああ、もう。うるさい」
左右のローブの袖に入れたとりとねこがふたりで勝手に通信ごっこを始めたので、気が散って仕方がない。あと、うるさい。
「分かったよ、ふたりとも自分で歩いてもいいから」
「えー」
「それはちょっと」
もう夜遅いのであんまり動きたくないらしく、ふたりはもぞもぞと私の肩に這い上がってきた。
「じゃあ、妥協してここで」
「そうだね。譲歩してここで」
「え……」
私の肩の上って、そんなにやむを得ず選ばれる場所なんだろうか。
「まあいいや。ちゃんと道覚えててね」
「大丈夫だよ。そこの角を曲がると厨房だろ?」
「えー? 違うでしょ」
左肩に座っているとりの言葉にそう返したものの、角を曲がると本当に厨房だった。
「ほんとだ。すごい」
「ほめられるのは大好きだが、これでほめられるのはちょっと」
とりは複雑そうな声。
「素直に喜べないな」
「分かるよ、とりさん」
右肩の上でねこがふこふこと頷く。
「喋って動くだけでほめられたってうれしくないもんねえ。それと同じ」
いや。ぬいぐるみが喋って動くのって実はめちゃくちゃすごいんだよ? あなたたちが当たり前に動きすぎてて、私もたまに忘れかけるけど。
そんなことより、厨房。
昼間の賑やかな様子から一変して、深夜の厨房は静まり返っていた。
誰もいないんだから、当たり前だけど。
昼間とのギャップが大きいと、怖く感じるよね。
「こんにちはー……」
一応声をかけながら、厨房を覗いてみる。
もちろん返事はない。
「何か起きてませんかー……」
静まり返った厨房はきれいに整頓されていて、朝が来るのを待っている。
しばらく待ってみたけど、突然ボウルが出てきたりはしなかった。
「うーん……」
ここにいても、何も起きなさそう。
「じゃあ、失礼しまーす……」
そっと厨房を出て、扉を閉める。
「フィリマ。ちょっと言いづらいのだが」
とりが言った。
「なに?」
「こういう不毛なことを、屋敷中でやるつもりかな?」
「不毛って何よ」
「いや。ちょっと、いたたまれないというか」
「はしゃいでお屋敷の肝試しに来ちゃった女の子みたいだよねー」
ねこまでそんなことを言う。
「別に、遊びでやってるんじゃないわよ。どこで何が起きるか分からないんだから、こうするしかないでしょう」
「遊びじゃないだけに、むしろ痛々しいというか」
「夜の厨房でひとり」
「お、ねこくん。いいね。種田山頭火みたいだね」
「尾崎なんとかさん」
ちょっと何を言ってるのか分からない。
「じゃあどうしろって言うのよ」
「ベッドで寝よう」
「寝ようー」
「だめです。さ、次行くよ」
「えー」
「まだ行くのー」
ぶうぶう言うふたりを肩に乗っけて、私はしばらく廊下を歩いた。
さすがに個室のようなところには入れないけど、共用の場所にはちょっとお邪魔して、何か不審なことが起きないのか待って確かめてみた。
でも、なかなか不思議なことは起きない。
最初は文句を言っていたとりとねこも、次第に静かになった。
っていうか、もはや物言わぬただのぬいぐるみと化している。
完全に寝てるじゃないか。よく肩から落ちないな。
二人の妙な器用さに感心していたときだった。
「痛っ……?」
急に、右手の小指に痛みが走った。
とっさに手で押さえて、すぐに理由を悟った。
指輪だ。
指輪が、私の指を締め付けている。
「ちょっと、何なの。痛い痛い」
そう言いながら歩いていると、痛みは弱まり、やがて消えた。
「よかった……」
指輪の上から、小指をさする。
「指輪が反応したのか、フィリマ」
寝ていたと思ったとりが、左肩でふこりと動いた。
「小指がこーんな顔になっただろう」
手羽でほっぺたを押し上げるとり。うるさいなあ。
「なってません」
でも、待てよ。
……反応?
とりの言葉に引っかかった。
「とりさん。今、反応って言った?」
「はて」
とりは手羽で自分のくちばしの下あたりをぽりぽりと掻いている。
「言ったかな。どうだろう。言っただろうか、ねこくん」
「ぼく知らなーい」
頼りにならないけものたち。
でも、廊下を歩いているときに指輪が急にきつくなって、歩いているうちにまた緩くなったのは確かだ。
つまり、さっき通った場所に指輪が反応していたのだとしたら。
「戻ろう」
私は元の道を戻り始めた。
「お。帰るのか、フィリマ」
「やったー。あのねー、部屋までの道はねー」
「帰りません」
「えー」
「なんでー」
「いたた……」
やっぱりだ。
また小指がいたくなってきた。
多分、さっきと同じところだ。
ただの廊下にしか見えないけど、ここにきっと何かがある。
ねこ「とりさん、なんだかそわそわしてない?」
とり「え? いや、べつに(そわそわ)」




