6 ショートカットで帰ろう。
「まったくもう」
私はぷんぷんしながら、帰り道を歩く。
「ふたりとも、本当に売れちゃったらどうするつもりだったの」
「えー? 売れちゃったら?」
私の後ろを歩くとりとねこは顔を見合わせる。
「うれしいな、ねこくん」
「うれしいね、とりさん」
「嬉しいって、あのねえ。誰かに買われちゃったらその人の物になるんだよ。その人の家に住むんだよ」
「えぇっ」
「なんだってー!?」
全然そこまで考えてなかったようで、とりとねこはびっくりしている。
「そうか、フィリマと離れ離れになるところだった……気を付けないと」
「あぶなかったね」
「ぼくらは大人気だからな。あと五分もあれば売れていただろう」
「まちがいないね」
ふたりでそんなことをふこふこと話し合っている。
「分かったら、もうああいうことはしちゃだめだよ」
まあ、あの値段設定で買う人はさすがにいないだろうけど。世の中には、たまにとんでもないもの好きもいるから。
「はーい」
「ほーい」
また、分かったような分かってないような返事を。
「ところで、フィリマ」
とりがふここここ、と私の前に回り込んでくる。
「ちょっと、危ないよ。大きな荷物持ってるんだから、踏んじゃうよ」
でもとりは気にせず私の前をちょろちょろする。
「どうしてぼくらを迎えに来るのがあんなに遅かったんだ?」
「えっ?」
「そういえばそうだねえ」
ねこも私の後ろでくるくると回りながら、言う。
「待っててもフィリマがぜんぜん来ないから、おじさんのぬいぐるみいっぱい売っちゃったよね」
「そうだぞー、何してたんだフィリマ」
とりの黒いビーズの目が、私を見上げる。
「いや、その……」
私は声を落とした。
「ちょっと道に迷って……あのお店の場所が分からなくなって……」
まあ、それだけじゃなくて、すりにも遭いそうになって派出所で手続してたりしたら遅くなって、とかごにょごにょ言ってるうちに急に静かになったので、後ろを見ると、とりとねこは顔を寄せ合ってひそひそと話し合っていた。
「ちょっと奥様、聞きました? フィリマさんったら二十七にもなって市場で道に迷われたんですって」
「ええ、聞きましたことよ。私たちにそこを動くなと言っておいて、自分はそこに戻ってこられないってどういうことなんざましょ」
「しかもお財布を盗まれそうになったんですって」
「まあ、大変。大きいお金は持たせられませんわね」
「う、うるさいなあ」
「いやねえ。とても魔女とは思えませんわ」
「やっぱりフィリマさんには私たちがついてないと」
「ええ、ええ。人に買われてる場合じゃございませんわね」
それからとりとねこは、ふここここ、と私の肩に這い上がってきた。
「フィリマはぼくらが守ってあげないとなー」
「そうそう」
「……ありがとう」
なんだかんだ言って、一番つらい時を支えてくれたのはこのふたりだ。
「ふたりがいないと困るんだから。誰かに買われたりしないでね」
そう言うと、とりとねこは私の頬を両方からふこふこと撫でてくれた。
私の家のある丘の下まで来ると、道の脇にちょうど私が立てるくらいの大きさの石を見付けた。
「あ、これでいいかな」
実際に立ってみる。
うん。ぐらぐらしない。
「これなら大丈夫そう」
「なんだなんだ」
「どうしたどうした」
とりとねこが覗き込んでくる中、私は石の上に指を当てる。
魔力を指先に込めて、しっかりと紋を描く。
私が指でなぞったところは青い光を発する。それを頼りに、複雑な紋を完成させていく。
「おお、これは」
「知ってるの、とりさん」
「ふふふ」
「はい、できたっ」
私は石から指を離した。石の上の青い紋は、一瞬強く輝いて、それから消えた。
石はもうどこから見てもさっきまでと一緒の、何の変哲もない道端のただの大きめの石だ。
「おー」
「やったー」
ぽふぽふぽふ。とりとねこが拍手してくれるけど、ふかふかだからあんまり音はしない。
「で、フィリマ。これは何だ」
「あ、とりさん分かってなかったー」
「これは、移動紋。これを作ったから、もう丘の上まで自分の足で歩かなくてもいいよ」
「なんだとー」
私は、もう一度石の上に立った。
「ほら、おいで」
ふたりは顔を見合わせてから、ふこふこと石の上に乗ってきた。
「よいしょ」
私はふたりを持ち上げる。
「むぎょ」
「むぐ」
「こら、フィリマ。もうちょっと優しく持て」
「荷物多いんだから仕方ないでしょ」
そう言いながら、私は口の中で発動の呪文を唱える。
石が青く光った。
光が止むと、私たちはもう自宅の裏庭にいた。
足の下には、さっきの石と同じくらいの大きさの石。
今日、出発前にこの石にも同じ紋を描いておいた。
これからは、この石の上で魔法を発動すれば丘の下にあるさっきの石まで瞬間移動できる。
十日に一回くらいメンテナンスすれば、ずっと使えるはず。
「おお、ぼろいながらも楽しい我が家に帰ってきたぞ」
「きたぞー」
とりとねこもふこふこと喜んでいる。
「さあ、必要なものも揃ったし、始めるわよ!」
気合を入れる私を見て、とりとねこはふこりと顔を見合わせる。
「おお、フィリマ嬢が張り切っている」
「いいことだね」
そうです。私は張り切っているのです。
丘の上のカフェを開くための次のステップ。
資金を稼ぐための方法。それは。
買った物を家に運び入れてから、私は引っ越ししてきてからずっと置きっぱなしになっていた箱を開いた。
中にぎっしり入っているのは、ちょうど手で握れるくらいのサイズの丸い石。
なるべく形のいいものを、河原で選んで集めたものだ。
「石だ」
「石だね」
私の後ろから箱を覗き込んだとりとねこが言う。
「石なんかどうするんだ、フィリマ」
「ふふふ」
私は腰に手を当てる。
「知りたい? それなら教えてあげる」
「あ、いややっぱり別に」
「この石をぜーんぶ洗濯石にして、市場で売るのよ!」