52 寒い部屋
部屋は、しん、と静まり返っている。
「……あれ?」
私は手探りで明かりを探す。でも、慣れない部屋だからよく分からない。
「えっと……」
やけに静か。
とり、まだ電池切れたままなのかな。
ねこは元気なはずだけど。
「ねえ、とりさん、ねこくん」
ベッドの方に呼び掛けたけど、返事がない。
「まだ寝てるの? 今何時?」
そう言いながら枕元に手を這わせたけど……あれ。
とりもねこも、いない。
どこに行ったんだろう。
なんだか妙な胸騒ぎがして、私は自分の指先に炎をともす。
部屋は明るくなったけど、なんだかうすい靄がかかったみたいに視界がはっきりしない。
「とりさん? ねこくん?」
私はドアを開けた。
廊下から、冷気がどっと入ってきた。
気候のいいスレンダーポットの街では、まず感じることのなかった冷気。
北の戦地で分厚い外套に身を包んでいた軍人時代を思い出す。
廊下も暗かった。
窓から覗くよく手入れされた中庭は、今では暗闇の底に沈んでいて黒々とした塊のようにしか見えない。
「……?」
足先が冷たい。
ざわざわと、冷気がつま先から私の体を這いあがってくるような感覚。
寒い。
とにかく、暖が取りたい。
暖炉に火を入れてもいいだろうか。
熱いお湯がもらえたら、それだけでも助かるんだけど。
「あのー」
私は暗い廊下の先に呼び掛ける。
「誰かいませんかー。ちょっと、部屋が寒くて」
でも、返事はない。
「エルシアー?」
廊下は、静まり返ったまま。
おかしいな。さっきまで、あんなにたくさんの人がいたのに。
もしかして、総員集合みたいな時間なのかしら。
使用人全員が持ち場を離れて、奥様の前に集合して、今日の報告をしてこれからの指示を受ける時間。
遅れると容赦なく奥様に処されてしまうので、みんな絶対に行かなきゃいけない、みたいな。
このお屋敷にはそんなルールでもあるんじゃないかしら。
……と思ってしまうほどの、異様な静けさ。
誰かを探しに行きたいけど、お屋敷をうろうろしてたら、また迷ってしまう。
今度こそこの部屋に帰ってこられない気がする。
仕方ない。
とりあえず、魔法で暖炉に火を入れよう。
私は部屋に戻ると、暖炉に火を入れようとして、それからため息をついた。
だめだ。
暖炉の中に、薪が一本も入ってない。
いくら魔法の炎が使えるって言っても、燃えるものが何もないんじゃ暖炉はあったまらない。
まいったな。
私は両腕で自分の体を抱く。
まさかこんなに冷え込むなんて思ってなかったから、夏用の薄手のローブしか持ってきてない。
ベッドにも毛布なんてない。薄手の上掛けが一枚、畳んで置いてあるだけ。
いや、これじゃ風邪ひいちゃうぞ。
依頼を受けてやってきた冒険者が、いきなり風邪ひいて寝込んじゃったら最悪だ。
奥様じゃなくても、処そうって気になると思う。
その時、突然ドアがガチャリと開いた。
「ひゃあっ」
思わず悲鳴を上げる。
奥様が処しに!?
違った。
そこに立っていたのは、見知らぬおじさんだった。
「お待たせしました」
ノックもせずにレディの部屋を開けたくせに、おじさんは謝りもせずにそう言った。
「準備が整いましたので、どうぞこちらへ」
「準備って、何の?」
「準備が整いましたので、どうぞこちらへ」
全く同じ口調でそう繰り返すと、おじさんは廊下を歩いて行ってしまう。
「あ、ちょっと」
おかしな感じはするけど、こんな寒い部屋に置いていかれたらそれはそれで困る。
「待ってください、あの、とりとねこのぬいぐるみ見ませんでしたか? ふこふこ動いてぺらぺら喋る子たちなんですけど」
そう呼びかけながら、私も部屋を出た。




