45 緊急事態。
「何やらおかしなことがこの屋敷で起こってるらしくてね」
奥様は言った。
「屋敷の名義は主人の物だけど、この屋敷の主人は私さ。マートン家の中のことを取り仕切ってるのは私なんだからね。そうだろ?」
「は、はい」
何だろう、この迫力は。
すごくちっちゃい太った女の人なのに。
「その私のあずかり知らぬところで勝手に妙なことをされちゃ困るのさ。それがたとえ幽霊だろうと魔物だろうとね」
奥様はソーセージみたいな指でテーブルをぺしぺしと叩いた。色とりどりの指輪がかちかちと音を立てる。
「だから、おかしなことがあったらあんたがその原因を見つけて、ふん縛って私の前に連れてくるんだ。いいね?」
「はい」
「幽霊だろうが亡霊だろうが、私の屋敷でふざけた真似をするやつは、処すしかないからね」
奥様はまた魔女みたいに笑って、
「しっかりと頼んだよ」
と言い残して去っていった。
残された私は、しばらく呆然としていた。
「フィリマさん」
エルシアに声をかけられて、ようやく我に返る。
「奥様、すごい方でしょう」
エルシアは私の顔を見て、少し同情したように言った。
「う、うん。すごい人だね。ちょっとびっくりした」
「とても立派な方なんですが、なんというか、ちょっと強引なところもおありなので、驚かれたと思います」
強引。強引かあ。うーん、ちょっとベクトルが違うような。
まあいいや。
「まあでも、悪い人じゃなさそうなのは分かったよ。私も頑張るね」
そう言うと、エルシアはほっとしたように顔を輝かせた。
「はい、ありがとうございます」
「じゃあさっきの部屋に戻ろうか……エルシア、ごめんね。送ってもらえるかしら……」
こんなところで迷って、間違って奥様の部屋とかに入り込んだら、処されてしまう……。
「あ、はい。もちろんです」
エルシアに先導されて、私は元の部屋へと戻る。
「もしも屋敷で何か異変が起きたら、すぐにお呼びしますので、この部屋にいていただけますか」
「うん、分かった」
そんなことを話しながら、ドアを開けると。
「ただいまー。あれ……?」
部屋がやけに静か。
とりとねこがいない。
机の上に、ぴらりとメモ紙が残っていた。
子供みたいな字で「たんけんにいってきます」と書かれていた。
たんけん……探検ですって?
「……どうしよう、エルシア」
「え?」
「とりとねこが、探検に行っちゃった」
メモ紙を見せると、エルシアも口に手を当てる。
「あら」
「まずい……まずいまずい」
動いてしゃべる生意気なぬいぐるみとか。
そんなもの、処されるためにあるようなものじゃないの!!
「どうしよう! とりとねこが、奥様に処されちゃう!!」
「お、落ち着いてください、フィリマさん」
こんな緊急事態なのに、エルシアは冷静だった。
「奥様だって、何でもかんでも処すわけではありませんから」
「ほんとに?」
「ほんとですとも」
私を安心させようとしてくれてるのか、エルシアは大きく頷く。
「大丈夫です」
「じゃあ、たとえば屋敷の中をとりとねこが勝手にふこふこと動き回ってるのを奥様に見つかったら?」
「あれは何だいって私たちが呼ばれますので、そこできちんとフィリマさんの相棒ですと説明すれば、何も問題ありませんよ」
そうか。そうなのか。
「じゃあ、勝手に奥様の部屋に入り込んで遊んでたら?」
「奥様を驚かせさえしなければ、何やってんだいってちょっとお叱りを受けて、私たちが呼ばれますので、そこできちんと説明すれば大丈夫ですよ」
「え、でも、もしも奥様を驚かせちゃったら……?」
「……きっと大丈夫ですよ」
「大丈夫じゃなさそう!」
「そんなことないですって」
やっぱりだめだ。とりとねこを探さなきゃ。
処されてからじゃ遅い。




