43 お屋敷。
マートン家のお屋敷は、街の東側の高台、いわゆる山の手と呼ばれる貴族街区の一角にあった。
私には全く縁がないので、引っ越してきてから今日まで一度も足を向けたことのなかった地区だ。
「えーっと」
私はキャスター付きのスーツケースをからからと引きながら地図を確認する。
エルシアが描いてくれた地図は、なんというか、とても分かりづらい。
これ、どっちがどっちなんだろう。
「さっきから同じところを通ってるぞ、フィリマ」
スーツケースの上にふこりと腰かけたとりが言った。
「そこのお屋敷の門番さんに手を振るのは、もう三回目だぞ。あー、どうもー」
「お仕事おつかれさまですー」
とりとねこはスーツケースの上で、道の向こうの大きなお屋敷の門番さんに手を振っている。
門番さんは手を振り返しながら、
「お嬢さん、さっきからぐるぐる回ってどうしたの」
と声を掛けてくれた。
「あ、あの、実はマートン家のお屋敷を探してまして」
「マートン家なら、そこの道を右に曲がればすぐだよ」
「ええっ、そうなんですか」
「ありがとー」
「門番さんありがとー」
「あ、ありがとうございます」
「どういたしまして、気を付けて―」
からからから。
スーツケースを引きながら、教えてもらった道を右に曲がる。
何となく、さっきも通ったような道。
「えー? でも、ここってさっきも通ったよねえ」
「通ってないぞ」
「根拠のないデジャブは迷惑」
「いや、だって……」
……あ。
あった。
門の上にある、角をぶつけあう羊の紋章。
マートン家のお屋敷だ。
「……ありました」
「ほらー」
「門番さんが正しかったー」
うう。
何で私はこんなに方向音痴なんだろう。
自己嫌悪に陥りながら、門の前に立っている門番さんに声をかける。
「すみません、冒険者ギルドから派遣されてまいりました、フィリマと申します」
「ああ……そうですか……」
門番さんは暗かった。
「冒険者ギルドですか……」
私と同じくらいの年に見えるのに、どよんとした顔でぼそぼそと喋る。
さっきの道を教えてくれた門番さんとは全然違う。
「ちょっと待ってくださいね……」
暗い顔のまま、門番さんは奥に引っ込んだ。
さっきの門番さんのお屋敷がよかったなあ……。
これじゃあまるで幽霊屋敷みたいじゃない……。
「今日からここに泊まるのか」
「おっきいねえ」
門を見上げて、とりとねこが目をキラキラさせている。
「お行儀よくしててね」
ここに来るまでにもずーっと言ってたことだけど、私はもう一度念を押した。
「貴族のお屋敷で失礼なことしたら、ぬいぐるみでも捕まっちゃうかもしれないんだから」
「こんなにかわいいのに?」
「かわいいのに?」
「そう。かわいいのに」
むーん、という顔をするふたり。
ちょっとかわいそうだけど、これくらい厳しく言っとかないとね。
私たちはしばらくそこで待っていたけど、さっきの門番さんがなかなか帰ってこない。
おや……?
心配になって来て、もう一度門の奥に声をかけた。
「すみませーん」
しーん。
反応がない。
あれー…?
「もしもーし。すみませーん」
何度か呼び掛けていたら、やっと門番さんが姿を見せた。
と思ったら、さっきの門番さんじゃなくて、別の人。
「何か用か?」
「あ、あの冒険者ギルドから参りました。フィリマと申します」
「冒険者ギルド? ああ、そういえばそんな話があったな」
新しい門番さんは頷いて、
「よし、入れ」
と門を開けてくれた。
さっきの門番さん、どうしたんだろう。
ちょっと不思議に思いながら、私は門をくぐった。
さっきの人はいない。
とりとねこは、さっきの私の脅しがきいたのか、静かにしている。
門の中は大きな庭。向こうにお屋敷が見える。
「あれっ」
とりがいきなり声を上げた。
「お屋敷の向こうにお屋敷がある!」
「ほんとだ!」
ねこもしっぽをぴこりと立てる。
お屋敷の向こうに…? 何を言ってるの、この子たちは。
あ、もしかして。
「ふたりとも、これがお屋敷だと思ったの?」
私が門を指さすと、ふたりはこくこくと頷く。
「これはただの入り口の門」
「えー!」
「なんだってー!」
……恥ずかしい。
「お屋敷の玄関のドアノッカーを鳴らして、もう一度案内を乞え」
門番さんが笑いをこらえながらお屋敷を指さした。
「……はい」
「うちよりも大きな門なんて!」
「フィリマ、この門に住もう!」
お願いだから、黙って。
からからから。
さわぐぬいぐるみをのっけたスーツケースを転がして、私はお屋敷へと向かった。




