30 痕跡がある。
ゴブリンの痕跡がある。
カラスのカー公は、わざわざ私の家に来て、とりにそう教えてくれたのだという。
もしもそれが本当なら一大事だ。
さようなら、久しぶりの休日。
「とりさん、それでその場所ってどこなの」
とりによると、カー公が教えてくれたのは、いつもカー公がエサを探すという街はずれ。
昨日のパトロールのコースの途中にあった場所だ。
やっぱり鳥の活動範囲って広いよね。
「え、そんな遠いところなの」
とちょっとげんなりしてしまった。
でも、仕方ない。ローブに着替えて家を出る。頑張って歩くとしますか。
「なんだか体が重いな、ねこくん」
「ふこふこというよりもぶこぶこ」
昨日洗われてまだ乾ききってないふたりは、なんだか動きづらそうにしている。
「歩いてるうちに乾くから。なるべく日向を歩いたほうがいいよ」
「そうだな。ぼくは日の当たる道を歩くとり」
「まっとうに生きるねこ」
だんだんと乾いてくるふたりを連れて歩くこと二時間。
着いたのは、街はずれの森の境目あたり。
ここは昨日もパトロールの時に確認したところだ。
「本当にこのへんなの、とりさん」
「カー公がそう言っていたからそうだと思うぞ」
偉そうにとりが言う。
「ぼくの意見じゃないからな」
「でもここ、昨日も見たところだよね……」
「ぼく、昨日ここ通った覚えがあるよー」
とねこも言う。
そうだよねえ。
ちょっと途方に暮れたそのとき。
「かあ、かあ」
私たちの姿を見つけてさっと一羽のカラスが下りてきた。
「あ、カー公が来てくれたよ」
「ちがう。あれはカー太だ」
とりにあっさりと否定された。
あ、そうですか……。
私にはカラスの区別はつかない。とりはさすが同じ鳥類(?)だけあって、個体の識別ができるらしい。
「じゃあとりさん、カー太に訊いてみてよ」
「ああ、そうするか」
とりはふこりと手羽を上げて、カー太に話しかける。
「カー太、お前もゴブリンの痕跡を見たのか?」
「かあ」
私たちの前にやってきたカー太は、鋭いくちばしを開いて鳴く。
「かあ、かあ、かあ」
「ふむふむ」
「かあー、かあー」
「なるほどな」
とりはしきりに頷いて納得している。
「とりさん、カー太はなんて言ってるの」
「ああ。まあ、簡単に言えば」
とりはちょっともったいをつけた。
「自分はカー助だと言ってる」
「カー太じゃないじゃん」
「まあ、カラスはみんな黒いし似てるからな。間違えることもあるさ」
ぜんぜん悪びれないとり。なんだこのぬいぐるみ。
「カー助でも別にいいよ。ゴブリンの痕跡は?」
「ああ、そうだ。カー助よ。ゴブリンの痕跡は見たのか」
「かあかあかあ」
「ほうほう」
「かあ、かあ」
「見たそうだ」
「えっ、どこで!?」
カー太改めカー助は、ついて来いと言わんばかりにちょんちょんと跳ねながら私たちを茂みの陰に導いた。
「かあ!」
そこで一声。ここだってことらしい。
覗き込んでみると、地面に一本の錆びた短剣が転がっていた。地上からだと見つけづらいけど、上空からだとよく見えそうな位置。
短剣は人間が使うものにも見えたけど、そこで私も微かに嗅ぎ取った。
くさい。
昨日のドスンさんの鎧に入った後のとりもくさかったけど、それとは全然ベクトルの違うくささ。
これは、ゴブリンのにおいだ。
間違いない。この短剣は、ゴブリンの持ち物だ。
「ありがとう、カー助」
私は懐からお菓子の欠片を出して、カー助にあげた。
「かあ!」
カー助はそれをくわえると、素早く飛び去って行った。
「またな、カー助」
「またねー」
とりとねこはふこふこと手を振っている。
その間に私は地面に残る足跡を調べた。
足跡の追跡は狩人やレンジャーと呼ばれる職業の人たちの特殊技能だけど、一応、軍で訓練を受けたことのある私にも最低限のことは分かる。
地面に、いくつか人間のものでない足跡が残っている。
昨日ここに来た時に見落としてしまったのは、多分ちょうどオルカタさんの一件があった直後だったせいだ。
みんな注意力散漫になっていた。
幸い、今のところは、ゴブリンの強い臭いはしない。
今この場にゴブリンはいないということだ。でも、つい最近ここにいたことは間違いない。
私は短剣をそっと拾い上げた。
「ギルドに行きましょう」
私は言った。
「この件を報告しないと」
「よしきた」
「がってん」
とりとねこも私の肩に飛び乗った。




