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3 街へ出かけよう。

「フィリマ、今日も乾パンを食べてるのか」

 テーブルに出したいつもの乾パンを見て、頭に緑色の三角巾を巻いたとりがふこりと身体を揺らす。

 手にはもうすっかりお気に入りになったはたきを持っている。

「こっちに越してきてから、そればっかりだな」

「フィリマは乾パンでできたおんなー」

 黄色の三角巾を巻いたねこも、はたきを振り回しながら適当なことを言う。

「仕方ないでしょ。軍を退役するときに賞味期限切れかけの乾パンと缶詰をたくさんもらったんだから。まずはこれから食べていかないと」

 私は沸かしたお茶をテーブルに置く。

 スレンダーポットのこの家に越してきてから、今日で三日。

 ご近所さんもいない、丘の上のぽつんと一軒家だから、初日に売主さんに挨拶に行った以外はずっとここの掃除に没頭してきた。

 油断するとすぐにとり帝国を建国しようとする以外は、とりとねこもまあ頑張ってくれたと思う。

 ふたりともすっかりお母さんみたいな三角巾スタイルがお気に入りになってしまった。

 おかげで家の中はすっかり見違えた。

 毎日、虫よけと芳香の薬湯を煮ているおかげで、黴臭さもほとんど消えた。

 あとはこのがらんとした家に家具を増やしていければ。

「軍にいたときみたいに、毎月決まったお金が入ってくるわけじゃないから、節約していかないとね。特に、食費なんて贅沢しなければ押さえられるんだし」

 軍にいた十六歳からの十一年間で、粗食にはすっかり慣れっこだ。もちろんおいしいものも大好きだけど、我慢はできる。

「ふーん」

 とりはもう興味を失ったみたいで、はたきでねことチャンバラごっこを始めている。

「まあぼくらはかすみしか食べないからよく分からないが」

 とりとねこは、ぬいぐるみなので何も食べない。本人たちいわく、霞を食べているらしい。

 とりによれば、霞とは空気中にふよふよと浮いている煙みたいなもの、らしいのだが、私は魔法を使うのに用いる魔素みたいなものかな、と勝手に解釈している。

 たまにとりとねこが空っぽのお皿を前にふこふこと食事会をしているので、一応食べるという概念はあるようだ。

「とはいえ、そろそろ買い出しにはいかないとね」

 さすがに、乾パンと缶詰に裏の井戸の水だけでは限界がある。

「今日は、街に下りるよ」

「まち!」

 ねこが敏感に反応した。ぴこりとはたきを投げ捨てる。

「やった! まち!」

「ねこくん、街は怖いからな。気を付けるんだぞ」

 とりがふこりと先輩風を吹かせる。

「ねこくんみたいないたいけなぬいぐるみがのんびり歩いていたら、あっという間に皮を剥がれて綿だけになってしまったりする」

「なにそれこわい」

「そんなことないです。おかしなこと言ってねこくんを怖がらせないで」

 私はとりの頭をぽこんと叩いた。

「いてっ」

「スレンダーポットは治安がいい街なんだから。昔いたトウェンティブラッドみたいなところと一緒にしないで」

「おお、懐かしのトウェンティブラッド」

 とりが黒ビーズの目をきらりと輝かせる。

「血と酒と吐瀉物の臭いにまみれたあの野蛮な街で、ぼくは何人の命知らずの荒くれ者を屠ってきたことか」

「とりさんかっこいい!」

「一人も屠ってません。勝手な武勇伝を捏造しないでください」

「いいじゃないか、思い出をクリエイトするくらい」

「思い出は事実をベースに構築してください。自由にクリエイトしちゃだめ」

 そんなことを言いながら、部屋の隅に置かれた大きな箱に目を向ける。

 今日までなかなか手を付ける暇がなかったけど、市政庁で転入の手続をして、街の市場を見てまわって、帰ってきたら、いよいよあれに着手しよう。

 私の夢への第一歩。いや、軍を辞めたのが第一歩で、この街に移住したのが第二歩だから、三歩目くらい? まあいいや。とにかく、夢への次のステップ。

「さ、これ食べたら出かける準備するよー」

 私は、ぱりりと乾パンを齧った。



 ここ数日は、整理整頓に大掃除と身体を動かしてばかりだったので、動きやすいチュニックにパンツというスタイルで、魔女らしいスタイルは全然していなかった。

 だけど、街の中心部に行くのならやっぱりローブでしょ。

 初夏のこの季節にふさわしい、薄手のスカイブルーのローブを選んだ。

 弱冷気の魔法が込められているので、羽織るとふわりと涼しい。

 ローブをまとうと、自分が魔法使いなんだなということを思い出す。

 泥棒なんか入るわけはないけど、ちゃんとカギをかけて外に出た。

 丘の上にあるこの家から麓の街までは、歩いたら小一時間はかかる。

 行きは下りだからそれくらいで済むけど、帰りは登りなので一時間半はかかるだろう。

 魔動車のバスでも出ていればいいんだけど、十何年も前にとっくに幹線道路から外れてしまったこの道にそんな都合のいいものは通っていない。

 だからこそ、この家もすごく安く買えたわけで。

 そうなると結局、歩くしかないわけで。

 まあ、軍にいるときには一日で山を二つも三つも踏破させられていたのだから、そのくらいは慣れっこではある。

 ただ、問題はぬいぐるみたちで。

「えー、歩くのかー」

 案の定、ふこふこズはぶうぶう言い出した。

「お尻がすり切れちゃうぞー」

「そうだそうだー」

「それは嘘」

 このふたつのけものは、ふこふこと歩くときに実は地面からごくわずかに浮いているということを私は知っている。

「仕方ないなあ」

 私はローブの袖を二人に差し出した。

「ここに入っていいよ」

 どうせ合わせて126グラムだ。ちょっとかさばるだけで、重さなんてほとんどない。

「やったー」

「れっつごー」

 とりとねこが袖に飛び込んでくる。

「走れ、フィリマ!」

「はっしん!」

「勝手なこと言わないで。歩いていきます」

「えー」

 不満そうに袖の中でごそごそしているが、ぬいぐるみだけあって肌触りはすごくいい。

 連日の掃除のせいで、とりもねこも白い部分がすっかり灰色になってしまっているから、そろそろ洗濯してあげないと。

 そんなことを考えながら、私は歩き出した。




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