22 すっかり馴染みました(私以外)。
突然、がさりと脇の茂みが動いた。
「はっ! ゴブリン!」
私の肩に乗っていたとりが、みょいんと身体を伸ばして叫ぶ。
「いや。あれはウサギだ」
アランさんが、走り去っていく茶色いもふもふを指差して言った。
「ぼくらに驚いたんだろう」
「なんだ、ウサギか」
ほっとしたらしく、楕円形になっていたとりの身体がしゅるしゅると元に戻る。都合のいい身体だなあ。
「びっくりしたねえ」
音がした瞬間にいち早く私のローブの袖の中に隠れていたねこが顔を出した。
「ぼく、絶対ゴブリンだと思ったー」
「ははは」
アランさんは快活に笑う。
「ゴブリンは不潔でとにかく臭いからね。近くにいれば臭いで分かるから大丈夫」
「そっかー、においかー」
ねこはくんくんと鼻を動かす。
「しないねー。森のにおいだけ」
最後尾のパッスンさんがそれに頷く。
「ああ。ここにはいない」
さすが狩人だけあって、森のことには詳しそう。油断なく弓を構えてるし。
「そうだ、においといえば」
とりがふこりと手羽を上げる。
「ドスン、ぼくの匂いを嗅いでくれ」
「は? ちょっと、何言ってるのよ」
私の言葉に構わず、とりは重戦士のドスンさんにふここここ、と駆け寄っていく。
ドスンさんは無言でとりを摘まみあげると、言われるままにくんくんと匂いを嗅いだ。
「どう?」
「……いい匂いが、する」
ぼそりと喋るドスンさん。声、初めて聞いた。
「うむうむ、そうだろうとも」
自分の匂いをかがせて、えらそうなとり。摘ままれた間抜けな体勢のままでふこりと胸を張る。
「なにせ魔女フィリマ特製の洗濯石で洗ってもらっているからな。ほのかに香るブラッディオレンジが爽やかだろう」
ドスンさんは「う」と「お」の中間くらいの声で頷いた。
「この仕事が終わったら、ドスンもフィリマから売ってもらうといい。ぼくと同じ香りになるぞ」
「……ああ」
宣伝ありがとう。でも、気まずいから今はやめてもらっていいかな。
「疲れたらぼくの匂いを嗅ぐといい。ストレス解消に持ってこいだぞ」
「……ああ」
ドスンさんは、ああ見えて実はぬいぐるみが好きなのかもしれない。
だって、いつの間にかとりはドスンさんの肩に乗ってるし、ドスンさん本人もそれを邪魔にするわけでもなく、まんざらでもない感じ。
「魔物が出てきて危なくなったら、にゅるんってここにもぐりこもう」
とりはドスンさんのごっつい鎧の隙間をぺしぺしと叩く。
やめなさいって。っていうか、そんなところに入ったらぺちゃんこになっちゃうと思うけど。
「よし、みんなストップ」
歩きながら地図を見ていたアランさんが、周囲の地形を確認して、足を止めた。
「とりあえず、この道はここまでだ。ここで曲がって、次は向こうの丘に登る」
そう言って、彼方に見える丘を指差す。
「あそこからなら、周りがよく見えそうだね」
とねこ。
「よーし、ぼくが一番にゴブリン見付けるぞ!」
すごいやる気。いないに越したことはないけど。
「ああ、頼むよ」
アランさんはあくまで優しい。紳士的だなあ。
「ぼく、アランさんの肩から見よっと」
ねこも私の袖を飛び出して、ちんちろりんとアランさんの肩に登る。
私たちはぞろぞろと丘に向かって歩いていく。
私は今のところ全然馴染んでないけど、とりとねこはすっかり馴染んでしまった。




