19 救いの女神が現れました。
カールが掛かった茶色い髪を後ろで縛った女性は、ここに買い物に来た人ではなくて市場で働いている人のように見えた。
その証拠に、青い大きなエプロンを着けている。
「な、なんでしょう」
悪い人には見えなかったけど、それでも警戒しながら尋ねると、女性はちょっと首を傾げた。
「あんた、道に迷ってるよね」
直球の指摘。
それでも私はすぐに「はい」とは言えず、「ええっ!」と驚いてみせた。
「どうしてそんなこと」
「私もまさかと思ったんだけどさ。こんな小さな市場で、大の大人がって」
と女性は結構厳しめのことを言った。
「でもあんた、さっきからここの前をずうっと行ったり来たりしてるから。しかも絶望した表情で座り込んでるし。これはもしかしたらって思ってね」
ああ……。
「はい」
私は認めた。
「そうなんです。道に迷ってます」
「やっぱり」
「マルクさんのぬいぐるみのお店なんです、それか派出所でもいいです」
私は女性の袖に縋りついた。
「何度道を変えても、どこを曲がっても、なぜかここに戻ってきてしまうんです。脱出の仕方を教えてください!」
「そんな大げさなものじゃないと思うけど」
ため息をついた女性は私の袖を引っ張って、路地までやってきた。
「あんた、何度道を変えてもって言ってたけどさ」
「は、はい」
「最初、必ずここを右に曲がるわよね」
「え?」
「派出所なら、ここを左に曲がればすぐじゃない」
「え? え?」
そんなはずはない。
これだけ必死に歩いても辿り着かなかったんだから。歩いた距離から考えたって、派出所は遥か先、市場の端と端くらいにまで離れてしまってるはずだ。
「ほら、来なよ」
女性は焦れたように私を引っ張ると、その路地を左に曲がった。
「いや、そんなわけないです。ここを曲がってすぐなんて」
「何ぶつぶつ言ってるのよ。ほら」
女性が指差す先に、派出所があった。
間違いない。さっきツェディクさんとお話した派出所だ。
「あ、あったぁ……!」
「よかったね」
女性はクールに肩をすくめた。
「あ、ありがとうございます……!」
「別に。悲壮な顔で何度も店の前を通られると気が散るから」
うう。なんてかっこいいんだろう。それに比べて私は……。
「これで帰れます。ありがとうございます。どうかお名前だけでも」
「だからそんな大げさなもんじゃないってば」
女性はめんどくさそうに言ったけど、「まあ……」と頬を掻いて教えてくれた。
「アーシュカよ。そこの店で雑貨を扱ってるわ」
「アーシュカさんですね! 私はフィリマです。一応冒険者で、魔法使いをしています」
「魔法使い。ああ、だからローブを着てるのね」
「はい! 何か困ったことがあったら、ぜひご相談ください!」
「うーん……」
アーシュカさんは苦笑いした。市場で道に迷って死にそうな顔をしてる魔法使いなんかに相談することないわよ、と顔に書いてあった。確かにその通りだと私も思う。
「雑貨屋さんですね、あとで買い物に寄らせていただきます!」
「ああ、今日はもう閉めちゃったから」
「あ、そうなんですか」
「ま、ありがたいと思うなら今度買いに来てよ」
「はい!」
アーシュカさんにもう一度頭を下げて、それから私は歩き出した。……ところでまた呼び止められた。
「フィリマ」
「はい!」
「あんた、派出所をどっちに曲がろうと思ってる?」
「右です!」
「そっちに行ったらマルクの店には着かないよ」
「ええっ!」
「左に行きな」
そう言った後で、アーシュカさんはため息交じりに私に歩み寄ってきた。
「いいや、一緒に行こう」
「え、いいんですか!」
「どうせすぐそこだから、一緒だよ」
アーシュカさんに先導されること、約百歩。私はマルクさんのお店に辿り着いた。
もうお店はすっかり片付けられていて、とりとねこがふこりと手持ち無沙汰で座っていた。
「ああ、着いたああ!」
思わず歓声を上げると、ふたりがこっちを見てちょっと身体を引いた。
「とりさん、もしかして」
「ああ、そのようだね、ねこくん」
「ふたりとも待たせてごめんなさーい!」
駈け寄って抱き上げると、ふたりはあからさまにだるそうに「うわー」「きゃー」とテンションの低い悲鳴を上げた。
「また勝手に道に迷っていたのか、フィリマ」
「自発的遭難」
「積極的迷子」
「観念的失踪」
「小宇宙的消滅」
「いや、違う……っていうか、何それ。まあ、迷ったのは事実なんだけど」
「あ、この子たちあんたのぬいぐるみだったの」
アーシュカさんの声に慌てて振り返る。前にもこんな場面があったような。
「あ、すみません、アーシュカさん。助かりました」
「あ、さっきのお客さんだ」
「まいどありー」
「え?」
「私もここでぬいぐるみを買ったんだよ」
とアーシュカさん。
「この子たちに呼び止められてね。ぬいぐるみなんて興味なかったのに、セールストークが上手くて」
「ふふふ」
「えへへ」
とりとねこは得意そう。
「そ、そうだったんですか」
「その子たちが付いてるなら安心だね。じゃあね」
「あ、ありがとうございました!」
まるでとりとねこが私の保護者みたいな言い方をして、アーシュカさんは去っていった。
颯爽と帰っていく後姿がかっこいい……。
「ところで、マルクさんは?」
「もう帰ったぞ」
「フィリマによろしくって」
「あ、そうなんだ」
待っていてもらうのも申し訳ないので、それはよかった。
「ああ、それでこれをもらった」
とりが自分たちのお尻の下に敷いていた紙をふこりと差し出す。
10マグ紙幣が二枚。
「えっ、これどうしたの」
「バイト代だって」
「ぼくらのおかげでよく売れたからって」
「そ、そうなんだ」
「マルクさんほくほくだったぞ」
「ねー。また頼むよ!って言ってた」
「でもぼくら、紙には興味ないから」
「フィリマにあげるー」
「あ、ありがとう」
臨時収入。助かる。
知り合いも増えたし、迷ったけど実りも多かった気がする。
こうやって少しずつ街に馴染んでいこう。
「フィリマ、しばらくは一人で市場歩くの禁止だぞ」
「きんしー」
「は、はい」




