16 マルクさんにご挨拶を。
「ちゃっす!」
「こんちゃっす!」
積み上げられた先輩(?)ぬいぐるみたちに元気に挨拶するとりとねこ。
「おお、とりねこじゃないか」
マルクさんもさっそくそれに気付いた。
「今日も元気だな」
「マルクさんちゃっす!」
「ちゃっす!」
とりとねこはぴこりと頭を下げる。
「フィリマちゃんは一緒じゃないのかい」
「洗濯石の売れなかったフィリマは、今日も家でぐうたら」
「してないでしょ!」
さっそく嘘をつき始めたとりの言葉を、慌てて後ろから遮る。油断も隙もあったもんじゃない。
「こんにちは、マルクさん」
「おお、フィリマちゃん。元気だったかい」
マルクさんがほっとした顔をする。やっぱり心配をおかけしていたみたいだ。
「顔色いいじゃないか」
「はい、おかげさまで元気です。ご心配おかけしました」
「ツェディクが家に行っただろ?」
「はい。たくさん食材をいただいて……神様みたいに見えました」
「ははは。そりゃよかった。良き人に良き風を」
マルクさんは笑顔で風の神レベニの祈りの言葉を口にする。レベニは商売の神様でもあるから、信仰している人も多い。
「見てください、これ」
私はローブの首元につけた星と月を図案化したバッジをマルクさんに見せた。
「ツェディクさんからアドバイスをいただいて、冒険者ギルドに登録しました。そのおかげで収入も入って」
「おお、よかったじゃないか」
マルクさんはにこにこと頷く。
「まずは街に慣れるところから始めりゃいいよ。焦る必要はない」
「はい」
マルクさんの言う通り、まずは街に慣れて、そしていつかはこのお店の横で洗濯石を売れたらいいな。
「そうだ、マルクさん聞いてくれ」
とりが売り物のぬいぐるみたちの上にぴょこんと飛び乗る。
「ぼくらも冒険者になったのだ」
「なったのだ!」
ねこも嬉しそうに追随する。
「え、そうなのかい」
マルクさんが目を丸くする。
それはそうだろう。ぬいぐるみの冒険者なんて聞いたこともない。
「うむ。ギルドのリサに履歴書を提出したからな」
「したからな!」
半分に折られてましたけどね。
「そうかい、大したもんだ」
マルクさんは優しい。
ぬいぐるみ屋さんだけあって(なのかな)、ぬいぐるみの相手が上手い。
「それじゃ何か困ったことがあったら頼むぜ」
「もちろん。マルクさんなら特別価格でサービス」
「ボランティア精神でご奉仕」
勝手なことを言い始めてる。
まあ確かに、お世話になってるマルクさんからお金をもらうわけにはいかないけど。
「差し当たって今日は、マルクさんのお店を手伝うぞ」
「手伝うー」
「え、いいのかい?」
マルクさん、嬉しそう。そうだよね、とりとねこが呼び込みやると売り上げが伸びるって言ってたもんね。
「邪魔でなければ」
と私が言葉を添えると、マルクさんはホクホク顔で頷く。
「邪魔なわけあるもんか。いやあ、助かるよ」
とりとねこも、ここで呼び込みをやるとたくさんかわいいって言ってもらえるから、その下心もありそう。
多分、私の方が邪魔だな。
「私はちょっと派出所に行ってツェディクさんに挨拶してきます」
「ああ、そうだな。ツェディクも心配してたから、そうしてやってくれ」
「はい。じゃあふたりともマルクさんに迷惑かけちゃだめよ? 勝手に自分に値段をつけないこと! いい?」
「はーい」
「ほーい」
まあ心配だけど、これ以上言っても仕方ない。
「すみません、お願いします」
「ああ、行っておいで」
マルクさんに挨拶して、私は市場を歩き出した。
派出所は、今日も忙しそうだった。
派出所の前で恰幅のいいおじさんと、同じくらい恰幅のいいおばさんが怒鳴り合っている。
どうも、店を出した場所について揉めているようだ。
若い警士さんが間に入って話を聞いている。
私は邪魔にならないようにその脇をそうっと通って、派出所の中を覗いた。
「すみませーん……」
「はい、どうしましたか」
何かの書類を書いていた若い警士さんが顔を上げる。
「あの、今日はツェディクさんは」
「ああ、ツェディク上級警士ならパトロール中ですよ」
そう言いながら警士さんは壁に掛けられた時計をちらりと見た。
「もうすぐ帰ってくると思いますが」
「分かりました。それならちょっと外で待ってみます」
私は派出所の脇でツェディクさんを待つことにした。
目の前では、おじさんとおばさんの言い合いがどんどんヒートアップしている。だんだんと二人の距離が近付いて、今にも胸ぐらの掴み合いになりそう。
その間に立って二人を押しとどめている若い警士さんは線が細いから、押しつぶされてしまいそうだ。
大変だなあ……。
「あんたみたいな辛気臭いのに隣で下手くそな商売されると、うちの店にまで客が来なくなっちまうんだよ!」
おばさんが叫んでいる。
「なんだと、てめえ! いつも詐欺みてえな商売しやがって! お前の隣になんか店を出したら、こっちまで客から疑われちまうぜ!」
おじさんも叫んでいる。
「あたしがいつ詐欺をしたって!?」
「詐欺みてえって言ったんだ! もう耳が遠くなったのか、ばばあ!」
「言わせておけば、今日という今日はもう許せないよ!」
「許せなかったらどうするんだよ!」
「こうしてやるんだよ!」
「待て、落ち着いて! とにかく離れて!」
警士さんの声も悲鳴みたいになって、さすがに中からもう一人の警士さんが飛び出してきた。
「おい、やめなさい! 街中での暴力行為は処罰の対象だぞ!」
「そんなこと知ったことかい!」
「俺は悪くねえ、この女を捕まえろよ!」
ああ、二人とも勝手なこと言って。もう収拾がつかなくなりそう。
これは、手伝った方がいいのかな。
ただ見てるだけっていうのも……ほら、冒険者登録もしたことだし。
ええと、こういう時は。
あの魔法にしようかな……
力を加減して、他を巻き込まないように……
私は口の中で小さく呪文を呟く。
反発の魔法。
かける対象は、おじさんとおばさん。
この魔法がかかれば、磁石の同じ極みたいに二人の身体は反発し合う。どんなに掴み合いたくても、身体が勝手に離れていってしまう。
近くにいるからいがみ合うわけで。くっつかなければ、じきに落ち着くでしょ。
えい。
私の魔法が効果を発揮した瞬間。
おじさんとおばさんの身体が突然引き寄せ合って、二人は抱き合うみたいな格好になった。
あれ?
「うえええっ!」
「ぎゃああっ!」
「ぐえっ!」
おじさんとおばさんが目を白黒させて悲鳴を上げる。でも一番大変だったのは、その間に入っていた警士さんだ。太った二人に挟まれて、つぶれたカエルみたいな声を上げている。
……しまった。間違えた。
両方とも対極にしちゃった。これじゃ反発の魔法じゃなくて接着の魔法だ。
「ちょ、ちょっと離れなさいよ!」
「お、お前こそ離れろよ!」
「ぐええええ」
二人とも顔を真っ赤にして離れようとしているけれど、魔法の効果で動けば動くほど引き付けあう。身体は離れない。警士さんは悲鳴を上げている。
「お、おい、大丈夫か!」
もう一人の警士さんが慌てて同僚を助け出そうとしているけれど、無理だ。
警士さんの顔色が、赤黒くなっていく。
まずい。
か、解除!
魔法を解除すると、おじさんとおばさんはやっと体を離した。潰されていた警士さんは、引っ張りだそうとしていた同僚の警士さんもろとも道に倒れる。
おじさんとおばさんは真っ赤な顔でぜえぜえと息をつきながらしばらく見つめ合っていたけれど。
「ふ、ふん」
「何よ」
なぜか急にそっぽを向いて、行ってしまった。
よく分からないけど、終わったっぽい……?
「しっかりしろ、ドーマ!」
挟まれていた警士さんが助け起こされている。
「し、死ぬかと思った……」
よかった、無事だった。
余計なことをして大失敗してしまった。
これはまずい……。ツェディクさんへのご挨拶はまたの機会に……。
そっと派出所の前を離れようとしたとき。
「どうした、何があった」
道の先から、ツェディクさんが歩いてくるのが見えた。




