15 こいつら動くぞ。
「ふんふふーん」
「ふふふふーん」
とりとねこが鼻歌を歌いながら、袋の側面や上面にペンで目と口を描いていく。
私はもうシンプルに、ぐるぐるって二つ黒点を描いて目にして、横一本線の口。
以上。
だけど、とりとねこはやたらと、
「見たまえ、ねこくん。口に葉巻をくわえさせてみた」
「ひゃー! かっこいい!」
とか、
「見て見てとりさん! ぼくの袋の顔!」
「おお、猫の耳まで付いてるじゃないか。髭も生えて、これは力作だぞねこくん」
「えへへ」
とか、
「あれ? とりさん、この袋の口ってもしかして」
「そう。それは口ではなく、くちばしだ。よく気が付いたね、ねこくん」
「じゃあとりさんなんだね」
とか。
謎のオリジナリティを発揮して遊び始めるもんだから、全然終わらない。
「ほらー、ペースアップして」
全然働かないふたりの分まで、私は袋に顔を描いていく。
「大変だ、ねこくん。無個性なフィリマの顔が埋め尽くしていく」
「ほんとだ! 量産型麻袋がぼくらの麻袋を!」
うるさいなあ。
そんなことをしながら、全部の袋に顔を描き終えた。
「あー、楽しかった」
とりがペンをぽいっと地面に投げ出す。
「さ、帰ろう。とり帝国を作らないと」
「そうしよう」
ねこもペンを放り出すと、ふたり並んで帰ろうとした。
「待ちなさい」
後ろからふたりを捕まえる。
「むご」
「ふも」
「何で帰るのよ。これだけだと、ただ単に袋に顔の落書きしただけの嫌がらせになっちゃうじゃない」
「え、違うのか」
「てっきり、無理だから落書きでもして遊ぼうっていうことだと思ったのに」
「どういう思考回路してるのよ」
そんなわけないでしょう、まったく。
私は袋の山に手をかざす。
口の中で呪文を呟く。
「おお、あの呪文は」
「知ってるの、とりさん」
「ふふふ」
知らないな。
私の手がぼうっと光り、それが袋に移る。
その一瞬後。
にょき。にょきにょき。
袋にペンで書いた棒人間みたいな手と足が生えた。
「やれやれ、ここはどこだ?」
「ここはあんまりよくないぞ」
「そうだな。日の当たらない倉庫に入れてもらわないと」
「おい、上の袋。重いから下りろ」
「そうだそうだ。こっちはこんな細い足で支えてるんだぞ」
「倉庫はどこ? 太陽に当たりたくないんだけど」
「ぼくらで歩いていくにゃ」
「それがいいぴよ」
一斉に袋の口が喋り出した。
「こいつら動くぞ」
自分も動くぬいぐるみのくせに、とりがびっくりした声を上げる。
「フィリマ、こんな魔法も使えたのか」
「今まで見たことないね」
「ほら。私の魔法って、調整が難しいから。小さいものとか細かいものにピンポイントで使うのが苦手っていうか」
スイッチが入っちゃったときは別だけど。でも、あの状態を長く続けたら、元の私に戻れなくなる。
「だから、これくらいたくさん対象がある方がうまくいくんだよね」
「なるほどー」
「それなら城壁修理をやったほうがよかったんじゃない?」
意外に現実的なねこが、さっそく麻袋の上に乗っかりながら言う。
「こうやって石に自分で動いてもらえばいいんだから。あっちのほうがいっぱいお金もらえるのに」
「城壁の石一つひとつに顔が描いてあったら、怒られるでしょ?」
「それもそっかー」
わさわさと動く麻袋の上で、とりとねこは遊び始めている。
「さ、みんな。こっちよ」
私が右手を高く上げて先導すると、袋たちは素直にぞろぞろと後ろからついてきた。
「あっちだってよ」
「行くべ行くべ」
「ぴよぴよ」
「にゃーにゃー」
「おー、これはらくちん」
「ごーごー」
とりとねこも喜んでいる。
麻袋の行列を倉庫まで案内すると、そこにみんなで積み上がってもらう。
「私、上の方がいいわ」
「俺はすぐに使われるのは嫌だから下がいい」
「俺はあいつと一緒がいい」
「にゃー」
「ぴよぴよ」
「はいはい、ここに着いた順ですよー」
「みんな平等だからね。並んで並んで」
なぜかとりとねこが仕切っている。
「はい、君は右。そう、そこで上に上がって。はい、おっけー。次の君はもう少し左に寄って。そうそう」
意外なほど的確に指示を出す。
「とりさん、うまいね」
「ふふふ。ぼくらも出荷されるまではこうして積まれていたからな」
おかげで、ちょっとごたごたしたけど、袋はきちんと倉庫に積み上がった。
「はい、終わり」
そこで私が魔法を解除すると、賑やかだった倉庫はぴたりと静かになった。
「簡単だったな」
とりがなぜか得意そうに言って、元からある小麦の袋に顔を向けた。
「よし、次は向こうの袋にも全部顔を描こう」
「あ、ぼくも描く!」
「やめなさい」
ちんちろりんと駆け出そうとするとりとねこを捕まえる。
さ、後はデリンさんに報告するだけだね。
しばらくしてやってきたデリンさんは、倉庫に積み上がった袋を見て目を丸くした。
「こ、これ本当にお嬢ちゃんが一人で?」
「はい」
「いや、ぼくらもいる」
「そうそう。ぼくらも」
得意げなとりとねこを、デリンさんは呆気にとられた顔で見た。
「いや、あんたらを見くびっていた。大したもんだ」
「ふふふ。覚えておくがいい。ぼくらはかわいくて仕事もできるとりとねこ、そしてその同居人の魔女フィリマ」
とりがえらそうに言った。
「また何かあったら、ぼくらを頼るといい」
「もう。あんなこと言って」
人通りの多くない市場を歩きながら、前を歩くとりに文句を言う。
「偉そうなやつだったって、ギルドに苦情が入ったらどうするの」
「大丈夫大丈夫」
とりは気にした様子もない。
「フィリマ一人に払う報酬だけで済んでよかったって、今頃喜んでるさ」
「そうだよね。本当なら三人くらいに払わなきゃならなかったんだから」
ねこも同意する。
「それはまあ、そうだけど」
そのせいだろうか、デリンさんはちょっと報酬に色を付けてくれた。
昨日に引き続き、今日も仕事は順調だった。
「あ、先輩方がいるぞ」
とりがふこりと前方を指差す。
「ほんとだ。挨拶していかないと!」
「え?」
道の先にぬいぐるみが積まれたお店が出ている。
あ、マルクさんのお店だ。
心配をかけてしまったから、私こそ挨拶していかないと。
ちんちろりんと駆け出したとりとねこを、私も追いかけた。




