13 きっと、いつか。
なんだか、やっとこの街での生活が動き始めた気がする。
ギルドでジョイスさんと一緒に夕ご飯を食べて、仲間の人たちを色々と紹介してもらった。みんな魔法使いが珍しいからか、親切にしてくれた。
とりとねこも珍しがられていっぱい撫でられて、満足そうだった。
正直、たくさんの人をいっぺんに紹介され過ぎて、顔と名前はほとんど一致してないけど。私自身、あんまり人を覚えるのは得意じゃないし。でも、これからだんだん頭に入ってくると思う。
それから、お酒を飲み始めたジョイスさんたちと別れて帰路についた。とりとねこは一緒に飲もうとしてたけど、引っ張って帰ってきた。
家に着くころにはすっかり真っ暗になっていたけど、心地よい疲れと充実感があった。
そう、充実感。
こんな充実感は久しぶりだ。
だって。
だって私のお財布には、100マグも入っているんだから。
100マグあれば、節約すれば十日分近い食費になる。
お金って大事だ。
軍にいるときは、毎月決まった給料がもらえるから気にもしていなかったけど。
こういう状況になって初めて分かる。
お金がないと、心の余裕もなくなる。
逆にお金があるっていうだけで、心は穏やかになる。
いや。
違うな。
やっぱり、お金があるだけじゃだめだ。
だって、ただ生きてるだけでも、お金はどんどん減っていくから。
たとえ何万マグ持っていたとしたって、減っていく一方だったらずっともやもやと不安で、気持ちはきっと晴れない。
でも、たった100マグとはいえ、それが自分で稼いだお金だっていうこと。しかも、これからもその仕事でお金を稼いでいけるっていうめどが立ったっていうこと。
それがこの充実感に繋がってるんだ。
次の依頼はもう受けてきた。
明日、市場で依頼人と会うことになっている。
市場に行ったら、心配してくれたぬいぐるみ屋のマルクさんにもちゃんと挨拶しよう。
それから、もちろん差し入れをしてくれた警士のツェディクさんにもね。
ツェディクさんには挨拶だけじゃなくて、そのうちにちゃんとしたお礼をしないといけないんじゃないだろうか。すりから助けてもらった恩もあるわけだし。
そんな現実的なことを考えていたから、横をちんちろりんと歩いてたはずのとりとねこがいつの間にかいなくなってることに気付かなかった。
家に着いて、鍵を取り出そうとした時に、ふたりがいないことに気付く。
「あれ?」
周囲を見回すけど、いない。
というか、暗い。暗くて見えない。
「とりさーん? ねこくーん?」
呼んでみるけど、反応なし。
「もう」
呪文を唱えて、手に明かりをともす。人差し指の先端が、蛍みたいに淡い光を放つ。
「ふたりともどこ行ったのー?」
さっきまでいたはずなのに。
ふたりとも自由なんだから。まさかまたギルドに戻ったりしてないよね。
……あ、いた。
ふたり並んで、道の向こうに座っている。
「何やってるの、ふたりとも」
呼びかけながら近付くと、とりがふこりと振り返った。
「おお、フィリマ。ちょうどよかった、見たまえ」
「え?」
とりが指差したのは、眼下に広がるスレンダーポットの街だった。
夜景。
「……きれい」
「だろ?」
とりはなぜか得意そう。
「きれいだねー」
ねこは夜景から目を離さない。しっぽをふこふこと揺らしている。
スレンダーポットは小さな街だから、夜景もささやかなものだった。遠くに見えるジェム湾の港を照らす光が特徴的とも言えるけど、地味と言えば地味。
私たちが以前住んでいたトウェンティブラッドの街の夜景の方が遥かに規模は大きいし、なんというか、もっとずっとギラギラしている。
でも、ここは地に足のついた生活をしている人たちの街だ。だから、夜景にも優しさがある。明かりの一つひとつに穏やかな暮らしがあるのが、想像できる。
私はこの夜景を、素直にきれいだと思うことができた。
「この街に来てよかったね、フィリマ」
ねこが言った。
「ぼく、この街好きだよ」
「そうだな」
とりも頷く。
「トウェンティブラッドのスリリングな暮らしも、まあ悪くはなかったが。ぼくらのようなかわいいぬいぐるみにはいささかミスマッチだったからな。この街ならかわいいポイントがたくさん貯まる気がする」
「うん」
何だか、ちょっと泣きそうになった。
理由は分からないけど。
これからの私の生活も、この優しい明かりの一つになるんだと思ったら。
そうすることのできるだけの人生が、まだ私の前には手つかずで残ってるんだと思ったら。
ここに来てよかった。
お金もないし先行きも不透明だけど。
それでも、軍の魔女以外の人生を選んで、良かった。
「そこでだ」
とりがえらそうにふこりと身体を揺らした。
「ちょっと現実的な話をしようか」
「何よ、せっかくちょっと感動してるのに」
「年寄りととりの話は聞いておいて損はないと、昔から言うだろう」
「言わないわよ」
「カフェを開いたら、この夜景を売りにできるな」
とりの言葉に、はっとした。
夜景を売りに。
そうか。
この景色は、お客さんを呼べる。
新しい道路の通ってる東側の丘からだと、多分角度的にこんなきれいにジェム湾が見えない。
昼間だって、ここからの眺望を売りにできるはず。
というか、ここにこの家を建てた人もきっとそれを見込んでいたのだろう。
「展望台を建てればいいんだ」
とりが言った。
「ここからだとちょっと木が邪魔だからな。もう少し高さが欲しい」
「さすがとりさん! すごいアイディア!」
ねこがぴこりと腕を上げる。
「ふふふ。まあそれほどでもあるよ、ねこくん。とりの話は値千金という格言が昔からあってだね」
またおかしな格言を自作している。
「フィリマ! 明日作って! 展望台!」
「いや、あのねえ」
一気に現実に引き戻された。
「展望台を作るお金なんてあるわけないでしょ」
「えー」
ふたりは不満そう。
「それじゃあ、あと何匹コヤーデルを捕まえれば建てられるんだ」
「今日は五匹も捕まえたんだぞー」
「さあ。あと千匹くらいじゃない?」
適当に答えただけなのに、ふたりはさっそく計算を始めた。
「じゃあ一日五匹捕まえるとして」
「そしたら二百日で建つ計算だね」
意外に計算は早い。
「一日十匹捕まえれば百日で済むぞ」
「なあんだ、簡単だね。よし、明日から毎日行こう」
とんでもないことを言い始める。
「そんなに捕まえたらこの辺のコヤーデルが絶滅しちゃいます」
「えー」
「えー」
「さ、家に入るよ」
「はーい」
「ほーい」
家のドアに向かってちんちろりんと走っていくとりとねこ。
「ぼくが一番!」
「いや、ぼくが!」
なぜか競争を始める二人の後に続いて歩きながら、もう一度夜景を振り返った。
……展望台、か。
ちょっと素敵かも。
今は無理だけど、きっといつか。
なんだか夢が一つ膨らんだ気がした。




