10 人型種族以外は登録できません。
「フィリマ・エルベルト、二十七歳ね。やっぱり魔法使いなのね」
酒場の奥にあるギルドのカウンター。
リサさんは私が提出した履歴書に目を通して、笑顔で頷いた。
「助かるわ。マジックユーザーはどこも数が足りないから」
「あ、そうなんですか」
「ええ。実は、今うちのギルドに登録してるマジックユーザーには、正式な魔法使いがいないのよ」
「え!?」
びっくりした。
確かに小さな街だけど、ギルドはそれなりに賑わっている。それなのに魔法使いがいないなんて。
「一人もですか?」
「ええ。神官はそれなりにいるんだけどね」
「ああ、はい」
そうか。神官さんはいるよね。
様々な神に仕える神官たちの中には、修行の一環として冒険者の世界に身を置く人たちもいる。
彼らの使う神聖魔法と呼ばれる治癒や守りの力は、魔物との戦いには不可欠だ。
けれど、神官は魔法使いとは違う。
自分の体の中にある魔素を練って、現実にその力を及ぼす。それが魔法使いの使う魔法だ。
「魔法使いはいないけれど、呪い師が三人いるわ」
とリサさん。
呪い師は、正式な魔法学校を出ていない魔法使いの呼び名だ。厳密には、魔法使いというのは各国の魔法学校を卒業していなければ名乗ることのできない称号なのだ。
「それから、精霊使いが二人、占い師が一人」
精霊使いは、いろいろな精霊を呼び出してその力を行使することのできる職業で、マジックユーザーと言っても魔法使いとは力の根源からして違う。
占い師は人の未来や過去を見通す力のある職業だけど、遺跡の探索や魔物との戦いには向かないから、ギルドに登録していても、きっとソロで占いの仕事をしているのだろう。
「あと、死霊術師が一人」
「死霊術師がいるんですか」
驚きが声に出てしまった。
「ええ。あんまりギルドに顔は出さないけどね」
リサさんは頷く。
死者や亡霊の力を操ることのできる死霊術師も、魔法使いとは力の根本から違う職業だ。
滅多に聞かない職業だし、悪に染まってしまうことも多いので、冒険者をしているというのはすごく珍しい。
「マジックユーザーはそれで全部ね。戦士系、盗賊系の冒険者はその三倍はいるのよ」
「なるほど……」
ちらりと背後の酒場を振り返る。
あそこで飲んだくれている人たちも大半は、戦士系、盗賊系ということだ。
「じゃあ、私は登録できますか」
「もちろんよ」
リサさんは私にウインクした。
「フォレストマーク魔法学校卒業後、十一年間は軍で勤務。言うことなしの経歴だわ」
「よかったです」
ほっとした。これでだめって言われたらどうしようかと思った。
「軍では何を?」
「あ、ええと」
必ず聞かれるだろうと思っていたので、私は笑顔のままで答える。
「後方支援とか、です」
とか。嘘じゃない。
「そう。それじゃ実戦は……」
リサさんは私を頭からつま先までさっと眺めて、微笑んだ。
「そんなに経験はないわよね」
「はい」
頷いておく。
「それで、あのふこふこしたかわいい使い魔ちゃんたちは……」
リサさんが辺りを見回す。
「あら? どこに行ったかしら」
「あれ?」
使い魔じゃないんですけど……と言おうとしたけど、肝心のとりとねこがいない。
「すみません、目を離すとすぐにどこかに行っちゃうんです」
そう言いながら、私も酒臭いギルドの中を見回していると。
突然、カウンターの上にぴらりと紙が置かれた。
「じゃーん」
「えっ」
それは履歴書だった。
名前の欄に「すごくかわいいとり」と書かれている。
「ぼくも登録するぞ」
とりがカウンターの上で、ふこりと胸を張った。
「履歴書なんか、いつの間に用意してたの」
「ぼくもー」
カウンターによじ登ってきたねこも、ぴらりと履歴書を広げた。名前欄には「かっこいいねこ」と書かれている。
「ねこくんまで。どこで用意したの」
汚い字だけど、明らかにふたりの筆跡じゃない。とりとねこはもっと子供みたいな字を書く。
「あいつに書いてもらった」
とりがふこりと指差したのは、さっきのスキンヘッドのおじさんだった。
「靴紐をほどいてやる代わりにこれを書けと持ち掛けたところ、交渉が成立した」
「な、何してるのよ」
私はテーブルを直してお酒を飲み直しているおじさんに頭を下げた。
「すみません、うちのとりとねこが」
「ちっちゃいなりは気に入らねえが、俺を倒したその腕は大したもんだ」
おじさんはでっかい声でそう言うと、ジョッキのエールを飲み干した。
「だから、冒険者として認めてやってもいいと思ったんだよ」
「ジョイス」
リサさんが呆れたようにおじさんの名前を呼ぶ。
「あなたが書いたの」
「頼まれたから、そのとおりに書いただけだ!」
ジョイスさんは喚いた。
「それとも履歴書は代筆じゃいけねえってのか?」
「別に代筆でもいいけど、誤字がすごく多いから。ほら、こことかこことか、あとこことか。これじゃとても受け付けられないわ」
リサさんが容赦なく指摘すると、ジョイスさんは酒で赤い顔をさらに耳まで赤くした。
「おい、やめろ。細かいことはいいじゃねえか」
「ジョイス、だめじゃないか。口ほどにもないな」
とりがため息をつく。
「実務に弱いね、ジョイス」
ねこも首を振る。
「うぐっ」
ジョイスさんが痛いところを突かれた顔をする。
「失礼なこと言わないの」
私はふたりの頭をぽこりと叩いた。
「いてっ」
「てっ」
「残念だけど、あなたたちは冒険者登録できないわね」
リサさんは苦笑交じりに言った。
「人型種族以外は、冒険者にはなれないのよ」
「えー」
とりとねこは不満そうだ。
「ぼくらも冒険したかったのに」
「あなたたちはフィリマの使い魔なんだから、彼女と一緒に冒険すればいいでしょ」
「出たな、ぼくらに関するよくある誤解その1」
「ありがち」
とりとねこは身体をふこりと縮めてリサさんを睨む。
「ぼくらはフィリマの使い魔じゃないぞ」
「ないぞー」
「え、そうなの?」
リサさんは目をぱちくりさせて、とりをつまみあげる。
「じゃあ、あれ? ホムンクルスとかゴーレムとか、そういう類いの魔法生物なのかしら」
「うん、まあそういう感じです」
ややこしくなる前に、私はリサさんの言葉に乗っかった。
「ゴーレムではない。ふこふこのかわいいぬいぐるみである」
リサさんにつままれたままの格好で、とりは言った。
「である」
ねこもカウンターで胸を張る。
「いいから」
私はねこの口を手で塞ぐ。
「むぎゅう」
ふたりともぬいぐるみだから口を動かして喋るわけじゃないけど、声は口の辺りから聞こえてくるので、そこを塞がれると喋れなくなるものらしい。
何やら得意げなとりをリサさんから返してもらい、私はリサさんに笑いかけた。
「この街に来たばかりで、ちょっとお金が要るもので……何か仕事があれば紹介してください」
「もちろんいいけど、ソロでやるつもり?」
リサさんはもう一度私の履歴書に目を落とす。ジョイスさんに書いてもらったとりとねこの履歴書はすでに半分に折られてしまっている。
「魔法使いに加入してほしいパーティはたくさんあると思うわよ」
「うーん……」
確かにパーティを組んだ方が、できる仕事が格段に増えることは間違いないだろう。
だけど正式にどこかのパーティの一員になると、いろいろと生活をそれに縛られてしまう気がする。あくまでもカフェ開業資金を稼ぐための手段だから、あまり冒険者稼業にどっぷりと浸かりたくない。
「ソロをメインにしようと思います。パーティには臨時メンバーとしてたまに入るくらいの感じがいいかなって思ってます」
「なるほどね。魔法使いさんは自分の研究を優先したいって人も多いからね」
だからなかなか集まらないのよ、と言いながら、リサさんは書類に私の希望を書きとめる。
「まあでも魔法使いは貴重だから、一つのパーティに絞るよりもその方がいいかもしれないわね。いろんなパーティがいるから、一緒に仕事してみてもしも気に入ったらそこの専属になるのもいいわね」
「はい」
「じゃあ手続きは以上よ。仕事の依頼はそっちの掲示板に貼りだされてるから、自由に見てね」
リサさんはカウンターの脇の壁に掛けられた木製の大きな掲示板を指差した。そこに、リサさんの言う通りたくさんの依頼が貼られている。
「もしも興味のある仕事があったら、私のところに持ってきて」
「はい!」
私はさっそく掲示板の前に立った。とりとねこも私の肩に乗っかって、それを眺める。
仕事はたくさんあるけど、ソロで受けられる仕事はそんなに多くない。
「これがいいんじゃない」
「あー、よさそう。フィリマ、これにしなよー」
とりとねこが指したのは、街の壁修復の仕事。崩れた壁の石を積む、肉体労働だ。その割に報酬は安い。
「こんなのやったら、一日で動けなくなっちゃうよ」
「えー」
「そうかなー」
「フィリマは太陽の下で汗を流して働いた方がいいぞ、その方がさっぱりするから」
「そうそう。暗いじめっとしたところにいると、悪いことばっかり考えちゃうから」
「……まあ、確かにね」
それは一理ある。
外で身体を動かしていた方が、余計なことを考えなくて済む。将来への不安とか、過去の後悔とか。
「……これかな」
私は一枚の紙を手に取った。




