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第96話 cross the line⑥

「お疲れ、稲見」

「……夏海」


 前の世界での拠点は上諏訪の駅前にあるショッピングモールだった。

 私が10歳の頃にできた綺麗な建物で、学校帰りの学生がちょっと寄ったりする場所だ。


 この建物ができる前、ここには古いビルが建っていて、いつ閉店するかも分からないようなお店が沢山入っていた。

 一人でそこをウロウロするのが好きで、出入口のすぐそばにある中古ゲームショップで色褪せたゲームソフトを眺めているだけでも楽しかった。


 あそこは私の居場所だったんだ。

 

 だからそこを取り壊してできた今の小綺麗な建物はあまり好きじゃない。

 そんな愛着も思い入れもない場所に拠点があったから、夏海からの招集を受けるといつも億劫な気持ちで自転車を走らせていた。


「フェルカドの能力使えるじゃん。あの子ずっとパートナーいなかったからさ。稲見が来てくれて助かったよ」

「じゃあもうちょっと大事に扱って欲しいな。私まだ全然戦えないから、前の方に行くの怖いよ」

「でもあの能力って先頭で使うのが正解じゃない? 後ろにいても意味無いでしょ」

「そうだけど……」


 夏海は私とフェルカドの事なんて何も考えていない。

 ただ敵の攻撃を防ぐ盾ぐらいにしか思っていない。

 

 夏海だけじゃない。

 他のメンバーだって私達のことなんて使い捨ての道具みたいに思っている。


「いいんだって稲見はそれで。ちゃんと役に立ってるんだから」

「……」

「何? 何か言いたいなら言いなよ。聞いたげる」

「別に」 

「そう。じゃあこの話はおしまい。次の戦いがいつになるか分からないから、それまでまた手伝いお願いね?」

「……分かった」


 分かったなんて嘘。

 何も納得なんてしてなかった。


 だけど何も言えなかった。

 夏海には仲間に入れてもらった恩がある。

 その夏海がそうしろって言ってるんだからそうするしかない。


 逆らったらまた私の居場所がなくなる。


 私が一番怖いのは居場所がなくなる事。

 家にも、学校にも、どこにも居場所が無かった私は自分がいられる場所に飢えていた。


 だから頑張った。

 死に物狂いで努力した。

 死ぬのは怖かったけど居場所がなくなるのはもっと怖いから。


 居場所を守るためなら、私は必死になれる。






 ルーメン・ルナエから射出された大口径のビームが、今まさに稲見を焼こうとしていた。


 この白い光は稲見を飲み込み、そのまま戦闘領域の端まですべてを破壊していくだろう。


 本来であれば絶対に避けなければいけない攻撃。

 だが稲見はそのビームの前に立ち、両手を前に突き出した。



 フェルカドの固有武装「フェルカド・ミノル」


 形のある武器ではなく、フェルカドの体の周りを覆う粒子がそれにあたる。


 普段は無色透明で何の効果も持たないが、発動する事によって粒子の色がオレンジに変色する。


 色が変わって初めて効果を発揮するその固有武装は戦闘能力を持たないフェルカドの唯一の武器だった。


 その能力は……




「ここが、私の居場所なんだああああああああッ!!」


 稲見の全身全霊の叫びに応えるようにフェルカドの体がオレンジ色に輝く。


 突き出した両腕のほんの十数メートル先。

 向かって来た2本のビームがグニャリとUの字に曲がった。


 稲見を狙っていた巨大なビームは、減速する事なく反転し、そのままの勢いで敵に向かって行った。



 反転したビームの内1発は、それを発射したルミナスの上半身を飲み込んだ。


 キャノン砲を構えたままの状態でビームを受けた機体はあっと言う間に蒸発し、機体上半分を完全に消失させた。


 ビームの勢いはルミナスを消失させても止まらず、射線上にあった八王子の駅の半分も消滅させる。



 そしてもう1発のビームは、ルミナスの奥で戦いを見ていた葛春桃に向かって飛んだ。


「はあ!?」

  

 突然目の前に迫った大口径のビームを避ける事ができず、葛春桃の乗るフェクダは成す術なくビームに飲まれ大爆発を起こした。


 同時に上半身を消失したルミナスからも爆発が起き、爆炎によって焼けただれた下半身だけがドシンという音を立てて道路に倒れ込んだ。


 一瞬の出来事だった。


 2体のルミナスがルーメン・ルナエを発射した数秒後、状況は一変していたのだった。



 残ったもう1体のルミナスは、再び稲見に向かってルーメン・ルナエのチャージを開始した。


 このロボットに状況など判断できない。

 命令された事を忠実にこなすだけだ。

 

「そうはさせないってのよ!」


 ルミナスの立つすぐ隣のビルに、梅雨空の乗るムリファインが姿を現した。

 稲見をターゲットしていたルミナスはすぐそばに迫っている機影に気付かなかったのだ。


「一度やってみたかったのよね。ビルの窓枠に足をかけて壁を登るの」


 ビルの屋上に立った梅雨空は隣にそびえるルミナスに向けてジャンプした。

 

 うまくルミナスの肩に着地すると、そのまま肩の上を疾走する。


 そして頭部まで走り抜けると、勢いそのままセプテムの刃をルミナスの側頭部に突き立てた。

 だが頭部装甲も堅固であるため刃は先端しか刺さらない。


「これだから頭が固い奴は! そういう奴にはね!」


 梅雨空は刃を刺したままグレネードランチャーを発射した。


 榴弾が側頭部に命中して爆発が起きる。

 衝撃でルミナスの頭が大きく揺られ、頭部装甲を破壊した。


 梅雨空はチャンスとばかりにセプテムの刃を押し込む。

 刃が装甲を抜け機械部分に深々と刺さると、電子部品がショートを起こし細かい爆発が連続する。


 梅雨空は空になったセプテムのカートリッジをパージすると、残る2発の弾丸をリロードした。

 そして間髪入れずにグレネードランチャーを発射する。


 榴弾は剝き出しになった機械部分で爆発を起こし、ルミナスの頭部を根元から吹き飛ばした。


 頭部だった部分は反対側のビルに叩きつけられ破壊される。


 それによってルミナスは機体全体から耳障りなアラーム音を響かせると、構えていたルーメン・ルナエを地面に落とし機能を停止した。



「よっしゃあッ!!」


 完全に沈黙したルミナスの肩の上。

 梅雨空の勝ち鬨が八王子の駅前にこだました。



 その勝ち鬨を聞いた夜明と五月は、急いで稲見の元へ駆けつけた。


「稲見ちゃん大丈夫!?」

「……はい。作戦通りです……」


 稲見は両手を突き出したままのポーズで固まっていた。


 作戦通りとは言っても何かイレギュラーがあれば彼女は跡形もなく蒸発していたのだ。

 死ぬ寸前だったと思えば平静でいられる訳が無い。


「凄い! 凄いよ稲見くん!!」

「お手柄じゃーん!!」


 2人によって体を支えられた稲見はようやくその場にへたり込んだ。

 操縦席で大きくため息を吐き、うまく切り抜けられた事を実感する。


「ねえねえ、何でビームを跳ね返せたの!?」

「フェルカドの固有武装はエネルギーを好きな場所に移動させる事ができるんです」

「え……?」

「エネルギー? ビームじゃないの?」

「ビームは何かしらのエネルギーの塊ですよ。いや、本当にそうかは分からないですけど私はそういう認識をしているんです」

「稲見くん、この能力……」

「はい。夜明さんなら分かりますよね。かなりやばい能力です」


 大喜びでここまでやってきた夜明だったが、稲見に能力の説明を聞くと一気に血の気が引いた。


「え? 何でざくろっちがビビってるの? 凄い能力なの?」

「凄いなんてもんじゃない。文字通りの能力だとしたら、これはもう神の領域だ。稲見くんはこの世界の支配者になれる」


 エネルギーと一言で言っても幅が広い。

 熱・光・電気・音、更には運動エネルギー・位置エネルギーなどの力学的エネルギーから、果ては核エネルギーまで、エネルギーという言葉でくくれるものは数多く存在する。


 それらを好きなように動かせるのあれば、究極、人間だって好きなように動かせる。

 アニマと呼ばれるエネルギーで動いているステラ・アルマだって例外ではない。


「流石にそこまで都合のいい能力では無くて、あくまで私が ”これはエネルギーだ” って認識できているものだけなんです。力学エネルギーとか核エネルギーとか、複雑な物をエネルギーとは認識できなくて」 

「ビームだって複雑なエネルギーだと思うけど、あくまで君がイメージできるかどうかって事なのかな?」

「そうですね。銃弾が飛んでくるとそれが運動エネルギーと熱エネルギーを持っていることは分かるんですけど、それがうまくイメージ変換できなくて」

「だから逆にビームみたいな物の方がイメージしやすいのか」

「漫画とかアニメとか好きだと、科学よりもSFの方が馴染みありますよね……えへへ……」

「いや、しかしたいしたものだよ。君が守りに特化していると聞いた時はどんな能力なのかと思ったが、まさかここまで凄い能力とはね」


 稲見が敵の攻撃を跳ね返した事によってあの巨大なロボットが見るも無残な姿に変わり、葛春桃も倒してしまった。


 味方にいればこれほど頼もしい能力も無いが、逆に絶対に敵には回したくない能力だ。


 もし敵として稲見と戦って、アルタイルの砲撃を全弾跳ね返されたのを想像すると夜明は穏やかではいられなかった。



「そう言えば! ソラちゃん大丈夫なのかな!?」

「ちょっとちょっと! 私の活躍見てなかったの!?」


 五月が心配するまでもなく梅雨空は戻ってきていた。


 頭部を吹き飛ばしたルミナスの体から、登った時と同じようにビルの壁面を利用して降りて来ていたのだ。


 爆風に巻き込まれたせいで機体は焦げていたが、大きなダメージは無いようだった。


「せっかくあの巨大ロボットの頭をぶっ壊したのに! アイドルのステージは目を離しちゃダメよ?」

「梅雨空さん、ありがとうございます」

「全然たいした事なかったわ。ビルを登る途中で足を踏み外して落っこちた時の方がよっぽど焦ったわよ」

『だからカッコつけずにゆっくり登ろうって言ったのに』

「うっさいわねムリ」


 梅雨空とムリファインのやり取りに全員が微笑んだ。

 特に稲見はずっと気を張っていたので、いつもの抜けた空気が身に沁みるようだった。



「だが敵はまだ2体いる。戦い終わったばかりで申し訳ないが全員で未明子くんの援護に向かおう」

「そうだね。いくら未明子ちゃんとアルタイルちゃんでもあんな強いの2人は厳しいかもしれないし!」

「稲見も大丈夫? 歩ける?」

「え……と……私は大丈夫なんですけど……その……」


 腰を抜かしてへたり込んでいた稲見が指をさす。


 それは八王子駅の方向。

 さっきまで敵がいた場所だ。


「……まさか?」

「はい……倒し切れて、無い、ですね」



 爆煙の中に浮かぶ機影。

 それは葛春桃の乗るフェクダだった。



 煙が晴れ、姿を現した敵機体は半壊していた。

 全身が焼け焦げ、両手・両足に至ってはほぼ炭化している。

 頭部や肩部の飾りも壊れて元の姿は見る影もないが、それでもあの恐ろしいビームを耐えきったのだ。

 

「……あんたのステラ・アルマ、もしかして3等星?」


 ボロボロの機体から葛春桃が質問する。

 その対象はこの状況を作り出した稲見だった。


「わ……私のパートナーですか……?」

「そうよ。他に誰がいんのよ?」

「そ、そうです。こぐま座3等星のフェルカドです」

「……ったく、これだから3等星は。失敗したわ、ちゃんと等級の確認をしておけば良かった!」


 少女は不機嫌そうな声をあげる。


「3等星だったらどうだって言うんだい?」

「はあ!? あんた知らないの!? 等級ごとの固有武装の特徴よ!」

「……等級ごとの特徴? そんなのあるの?」

「いや、初めて聞いたよ」

「アタシも初めて」

「何をコソコソ喋ってるのよ!」


 葛春桃が怒りながら空中で地団駄を踏むと、炭化した手足から煤になった体がボロボロと落下した。


「1等星の固有武装は燃費が悪い代わりに超破壊力! 2等星の固有武装は威力で劣る代わりに汎用性に長ける! そして3等星の固有武装は、パッとしない中に一部常識を覆す能力が混ざってるのよ!」

「常識を覆す……確かにフェルカドくんの能力は普通ではないね」


 夜明と五月が過去に戦った3等星の敵を思い返すと、確かにそういう相手はいたような気はした。

 それよりも、すぐそばに1等星の攻撃を平然と盾で防ぐ3等星の仲間がいる事に気付いて妙に納得したのだった。


「アルフィルクさんの固有武装も結構やばい気がしますけどね」

『稲見、また私にさん付けしたわね。後でほっぺプニプニの刑だからね』

「あ、ごめんなさい」


「まさかあんな大出力のビームを跳ね返されるなんて思ってなかったわ! ってか、あんたがいる限り月にいる5万体のルミナスが全部無力化されるじゃない!」

「うわ。そう考えると確かにヤバい能力だね」

「稲見くん1人で月と戦えるじゃないか」  

「嫌ですよ!?」

「あんた達を試すつもりでルミナスをぶつけたけど、ここでその能力を知れて良かったわ! まったく梅雨空といい、あんたといい、素晴らしい反逆者ね!」


 評価しているのか呆れているのか、葛春桃はそう言いながら黒焦げになった右腕を動かした。


 鈍い動きで何とか腕を上に掲げると、空中にユニバース移動の為のゲートが開く。


「今回はまあ……私の負けって事でいいわ。久しぶりに負けて退却するってのも悪くないわね。最後に名前だけ聞いておこうかしら? そこの白黒に乗ってる奴、名乗りなさい」

「え!? あ、双牛稲見です」

「私は梅雨空よ」

「あんたは知ってんのよ!! もう嫌ってくらい頭に刻んだから黙ってなさい!! 双牛稲見ね……あとは狭黒夜明に九曜五月……覚えておくわ」


 葛春桃はそう言い残すと、半壊した機体と共にゲートに吸い込まれていく。


 機体が完全にゲートに消えると、静かにゲートの口も閉じていった。



 葛春桃が撤退した後には、上半身と頭部を失ったルミナスの残骸だけが残されたのだった。



「……あれ? アタシってフルネーム名乗ったっけ?」

「何故か彼女は五月くんのフルネームを知ってたんだよねぇ」

「五月さんのストーカーじゃないの? 気を付けてよね、ストーカーは怖いわよ?」

「アイドルが言うと説得力ありますね……」

「とにかく! 稲見くんのお陰で敗色濃厚だった戦いに勝てた。ここは素直に喜ぼう」


 夜明の言葉に全員が胸を撫で下ろす。


 未明子の拘束からここまで緊張状態が継続していたが、目の前の敵を撃退した事でそれぞれに少しだけ余裕ができたようだった。


 しかしこれで戦いが終わったわけでは無い。 


「それでは今度こそ未明子くんの援護に向かおう」

『梅雨空、ビルの上から見えなかった?』

「さすがに敵以外を見てる余裕は無かったわ。でも空でドンパチやってる感じは無かったわよ?」

『近くで戦ってるような音も聞こえないな。梅雨空、もう一度上から見てこい』

「ちょっとツィーさん? それ後輩いじめじゃない? ビルを登るの結構大変なんだからね?」

「大丈夫だよソラちゃん。ツィーの固有武装を使うから!」


 五月はそう言うと、ツィーの腕に装備されたホルスターから銀色の糸を射出した。

 糸はその場で絡まり台座のような物を形作っていく。


「これに乗ってもらえば上の方まで運べるよ」

「これ大丈夫なの? 途中でへたったりしない?」

「メリクちゃんみたいに重くなければ大丈夫だと思うけど……あ、もしかしてダイエット中だった?」

「またまた五月さんご冗談を。アイドルはいつだって羽みたいに軽やかなのよ!」


 梅雨空はひょいと銀色の糸で出来た台座の上に飛び乗る。

 その場で足踏みして足場を確認すると、五月に合図を送った。


「じゃあ上げるね」


 五月は銀色の糸を伸ばし、梅雨空を上空に押し上げて行く。

 スルスルと弦のように伸びていく糸はあっと言う間にビルよりも高い位置まで上がった。



 梅雨空はどこかで戦闘が行われていないかを確認するが、やはりどこを探しても現在進行形で戦闘が行われている様子は無かった。


「もしかしたら駅の反対側で戦ってるのかしら?」

『梅雨空、右の方見て!』


 梅雨空がムリファインに言われた方を見ると、川の手前にある建物がいつくか壊れているのが見えた。


 良く見ると道が窪んでいたり電線が折れたりしている。

 間違いなく戦闘が行われた形跡だ。


「見つけた! ムリ、降りるわよ!」


 梅雨空は足場から飛び降りると、落下しながら糸を掴んだ。

 糸を握る力を調整しながら適度にブレーキを掛け、見事に地面に着地する。


 まさか飛び降りてくると思っていなかった五月は、梅雨空が誤って落ちたのかと思って受け止める準備をしていたのだった。

 

「焦ったぁ! ソラちゃんには毎回驚かされるよ」

「アイドルだからね!」

「アイドルという言葉は無茶を許可する免罪符じゃないからね?」

「はーい気をつけまーす。で、ここから東の方に戦闘の痕跡を見つけたわ。急いで向かいましょう!」


 言うだけ言うと梅雨空は1人でタカタカと歩き出してしまった。


 あっと言う間に先に進んでしまった疲れ知らずのアイドルに呆れながら、夜明達は彼女の後を追ったのだった。

 


 

「確かこの辺りだと思ったけど……あ、ほら! あそこ壊れてる!」


 梅雨空の案内でエリアを移動した4人は、戦いが行われたであろう場所に到着した。


 確かに建物がいくつか崩壊していて、アルタイルの固有武装が撃ち込まれたような跡もある。


 だが、この付近で戦闘が行われているような気配は無かった。


「ふむ。どこに行ってしまったんだろうね? ここから更に移動したのかな?」

「困ったね。もう一回ソラちゃん空に打ち上げとく?」

「五月さんそれ言いたいだけでしょ?」


「……!!」


 夜明も五月も梅雨空も、敵が飛行できる事から空での戦闘を想定して上ばかりを探していた。


 稲見だけが、戦闘の痕跡から何かを割り出せないかと下を見ていたので、唯一 ”それ” に気付けたのだった。

 

「フェルカド! 降ろして!」


 突然稲見が鬼気迫る声を出した。


 3人がその声に驚いていると、稲見はフェルカドから降りて一目散に走り出した。


 稲見は交差点の角にある完全に崩壊してしまった家屋の前まで走ると、今度は全員に「降りてきてください」と言わんばかりに合図を送った。


 その尋常では無い表情からタダ事では無いと悟った3人は、それぞれの機体から降りると稲見の元に駆けつける。



 そこには、崩壊した家屋の壁に寄りかかっている血まみれのアルタイルの姿があった。


 上着の袖が破れ、はみ出した腕は両方とも肘の先から千切れて失くなっていた。

 特に出血が酷いのが腹部だった。

 大きな穴のような傷があり、血に混じって内臓が飛び出てしまっている。

 ペタンと座る足元には大きな血だまりが出来て、うっすらと目を開けながら何かをブツブツと言っていた。


「どなたか服を貸してもらえませんか!? 私のだけじゃ止血できない!!」


 稲見が泣きそうな顔をしながら声をかけると、夜明と五月が上着を脱いで稲見を手伝った。


 上着を腹部と腕に巻き付け、それでも足りないとなると五月が着ていたシャツを脱いで千切れた腕に巻き付けた。


 とてもでは無いがこの程度で完璧な止血などできない。

 すぐに服に血が染み込んで真っ赤に染まった。


「セレーネさん! もう戦いは終わったんだろう!? 私達をそちらに戻してくれ!!」


 夜明が空に向かって叫ぶ。


「ざくろっち……戻るって、未明子ちゃんは?」

「おそらく、月に連れていかれた」

「……何ですって?」


 血まみれのアルタイルを見て呆気に取られていた梅雨空がようやく声を出す。


「夜明さん……どういうこと?」

「未明子くんは負けたんだ。それであの2人に連れていかれた。そうとしか考えられない」

「じゃあ犬飼さんは……」

「おそらく殺される」

「そん……な……」


 梅雨空にさっきまでの勢いは無かった。


 目の前で文字通りグチャグチャにされているアルタイルの姿と、鼻に強烈に匂ってくる血の匂いで気を失いそうになっていた。


「梅雨空、しっかりして!」


 変身を解いたムリファインが駆けつけて梅雨空を支える。

 彼女は立ってこそいたが、最早思考能力を失っていた。


 残ったステラ・アルマの3人も変身を解いて駆けつけると、すぐにアルタイルの止血に加わる。

 しかし頭数が増えたところで、ここではこれ以上の処置の仕様が無かった。


「ヤバいな。ここまで出血が激しいと1等星のタフさでも厳しいぞ」

「どうしよう、どうしよう、このままじゃアルタイルが死んじゃう。未明子だって……」

「アルフィルク、落ち着いてください。私達が取り乱しても状況は良くなりません。とにかく早く拠点に送還してもらいましょう」 


 フェルカドが震えるアルフィルクの肩を抱えて宥める。


 稲見と五月は必死に止血処理をほどこし、夜明はセレーネを呼び続けた。


 どんどん生気を失っていくアルタイルの姿から目を離せない梅雨空は、とうとう涙を流して座り込んでしまった。 

 

 梅雨空が地面に腰を下ろしたと同時に、全員の体が光に包まれる。

 これは戦闘ユニバースからの帰還状態だ。


「遅いよセレーネさん……」


 声を枯らした夜明がつぶやくと、アルタイルも含めた9人は一瞬で拠点に戻されたのだった。





 

 拠点には、すばるとサダルメリクがいた。

 2人はすぐさまアルタイルに駆け寄ると、血濡れの体に毛布をかける。

  

「すばるくん、メリクくん」

「申し訳ありませんでした。先程到着しました」

「セレーネさんが、戦わせてくれなかったんだ。ごめんね」

「仕方ない。そういう話になっていたんだ。でもここに入れてはくれたんだね」

「扉越しに入れてやれないと言われたのですが、しばらくしたら勝手に扉が開きました」

「それで入ってこられたのかい?」

「はい。わざとらしく ”どうやって入って来たんだ?” と驚いていました」

「しかも丁寧にモニターまで準備してくれてたのか」


 夜明は展望ホールに展開された巨大モニターを見て、セレーネの憂慮を感じた。

 2人がアルタイルの状態を分かっていたという事はここで戦いをモニタリングしていたのだろう。


「セレーネさんは?」

「さっきまでいたのですが、みなさんをここに送還したあと奥の部屋に戻りました」

「セレーネさん!? そうよ、セレーネさん! 怪我を治す装置を貸して! アルタイルが死にそうなの!!」

「アルフィルク、落ち着いてください。それは拒否されました」

「……え?」

「今回の件に関しては戦いの後処理についても管理人が関与できないそうです。回復の為の道具なども貸してもらえませんでした」

「そ……そんな……!」

 

 アルフィルクだけではなく、その場にいた全員の顔が暗くなる。

 管理人の道具が借りられなければアルタイルの治療は絶望的だ。

 仮にこのまま病院に連れて行ったとしても、通常の治療で命を取り留める事はできないだろう。 


 そんな中、すばるが声を上げる。 

 

「まだ諦めてはいけません。五月さん、すぐに車を出してください」

「え? それはいいけど、どこに行くの?」

「アルタイルをフォーマルハウトの所に連れて行きます」 


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