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第95話 cross the line⑤

 双牛稲見は怯えていた。

 

 元々頭の回転が早く理解力の高い稲見は、敵の能力を知って勝ち目が無い事を悟っていた。

 こちらの頭数が多くても敵はそれを圧倒する程の力を持っている。

 ここからどんな策を講じたとしても、すでに敗北は覆らないだろう。 


 更に空に開いた二つのゲート。

 セプテントリオンの機体が出てきたものより大きなそこから出てくるのは、新たな敵に決まっている。


 稲見の心には絶望の感情がひしめいていた。



「あんたずるいじゃない! この期に及んで仲間を増やすんじゃないわよ!」

「これはご褒美よ。羊谷梅雨空の健闘を讃えて私からのプレゼント」

「敵が増えることの何がご褒美よ! 全然嬉しくないわ!」

「まあ聞きなさい。さっきあんたらを殺すつもりは無いって言ったけど、本当は1人くらい殺してやるつもりだったのよ。その方が今後の緊張感が増すでしょう?」


 少女の言葉には、それが脅しではなく本気で言っているんだと理解できる無機質な恐ろしさが混ざっていた。

 事実彼女はそれだけの力を持っている。


「でも羊谷梅雨空……長いわね、梅雨空でいいかしら。梅雨空が私を楽しませてくれたから戦う相手を変えてあげるのよ」

「どういう事? 意味が分からないわよ?」


 葛春桃は梅雨空の言葉を遮るように拳を振り上げる。

 その動きに全員が警戒態勢を取ると、少女はふいに隣に建っているビルを殴った。


 殴られたビルは根元から折れ、ビルの形を保ったまま隣のビルに勢いよくぶつかる。

 ぶつかったビルが衝撃で倒れると双方のビルはお互いを巻き込みながら凄まじい轟音と共に粉々になっていった。

 

 その様子を見ていた4人は、目の前の異常な光景に言葉を失ってしまった。


「勝てそう? 私が本気で戦ったら4人とも一瞬でこれよ?」


 一瞬前までビルだった瓦礫の山を見せつけながら、敵の少女が威圧する。


 その威圧に一番怯んでしまったのが稲見だった。

  

 トラックに撥ねられる自分を想像するように、敵の攻撃を受けたフェルカドもろとも潰される自分を想像して全身が震え出す。


「だからもう少しゆるい相手をあてがってやろうって言ってんの。強い私と戦ったって死ぬだけよ?」


 相手が強いから戦わない。

 命をかける戦いにそんな選択肢は無い。

 強かろうが弱かろうが戦うしか無いのだ。


 それを頭で理解していても、これ程までに力の差を見せつけられてしまうと気持ちはそうはいかない。


 稲見の心が敗北を受け入れようとした時。


 羊谷梅雨空が叫んだ。


「それが何だっての!! そんなの私にだってできるわよ!! 何ならあんたの隣のビルを瓦礫にしてみせようか!?」


 武器を構えながらそう返答した彼女に、後ろに立っていた稲見は驚きを通り越して恐れを抱いてしまった。


 今こうして生きているのは敵の気まぐれのようなものだ。

 それなのにその相手を煽るなんて正真正銘気が狂っているのではないのだろうか。


 そう思っていると


「そうだとも! 動きもしない建物を壊すのなんてそこらのショベルカーだってできるよ!」

 

 梅雨空に続いて夜明まで同じように敵を煽り出したのだった。


 ……何で?

 稲見は悪い夢を見ている気分だった。


 夜明は梅雨空の隣まで歩いて行くと、同じように武器を構える。

 それに習うように五月も二人の隣まで歩いて行くと敵に向かって武器を構えた。


 目の前で起きた3人の行動に、稲見は激しく動揺した。


(どうして!? 絶対に勝てない相手なんだよ!?)



 稲見が混乱している中。

 夜明と五月は梅雨空の心境を読み取っていた。

 

 彼女は意味も無く敵を煽ったのではない。

 自分の気持ちを煽ったのだ。


 彼女は分かっている。

 ここで心が折れてしまったら二度と葛春桃に立ち向かう事はできなくなる。

 そうならないように虚勢でも絶対に引いてはいけないんだと。

 

 それは夜明も五月も同じだった。

 二人とて決して平静だったわけでは無い。

 逆境に、それでも抗う梅雨空に感化され自分を奮い立たせたのだ。


 そして吠えた。

 

「セプテントリオンって言ったっけ!? ボス敵らしい強さでいいんじゃない!」 

「ああ、戦い甲斐があると言うものだ!」

「そういう事!! 強い相手にビビってたらアイドルなんてやってられないのよ!!」


 それは身の程知らずの鳴き声だったかもしれない。

 愚かな叫びだと一笑に付す者もいるかもしれない。

  

 だがその言葉は、稲見の心に強く刺さった。



 3人とも相手が自分より強いって分かっている。

 怖いに決まっている。

 それでも抗うんだ。

 叫ぶんだ。

 勝つのを諦めないんだ。


 だからみんな強いんだ。


 ああ、そうか。

 前の世界でずっと負け続けたのはいつも諦めていたからなんだ。


 勝つためにはまず勝てると信じること。

 不利な状況でそれがどうしたと叫ぶこと。


 それができなきゃ、ここにいる意味が無い!



 それは稲見の心に新たな変化を生んだ。


 稲見は五月の隣まで走ると、3人と同じ場所(ライン)に立った。

 そして生まれて初めて腹の底から声を出す。


「お前なんかに!! 負けるかーーーーーッ!!」


 目の前に立つ味方の姿が稲見の心から絶望を消し去った。


 たった数十秒。

 その数十秒の間に起こったこの稲見の変化が、この戦いの結果を大きく捻じ曲げる事になる。





 敵を威圧したつもりだった葛春桃は驚いていた。

 分かりやすく脅威を伝えたのに4人とも全く動じていない。

 それどころか煽り返される始末だ。


 実力を見せると戦意を無くす敵が多い中、全員が歯向かって来るパターンは稀だった。


 それは少女にとっては僥倖。


 討伐部隊として一方的に殲滅するだけの戦いに飽きていた彼女にとって、目の前の4人は歓迎すべき反逆者だった。


 だからこそ。

 だからこそ少女は4人がこの後どうするか見てみたかった。


「いいわ! いいわよあんたら! 久しぶりに骨のある連中だわ! やっぱり討伐対象はこうじゃなきゃ!!」


 葛春桃が再び手を上空に掲げる。


 すると開いていたゲートから巨大な物体が現れた。


 白い、巨大な塊。

 空を覆いつくさんばかりのそれは、巨大なロボットだった。


 2つのゲートからそれぞれロボットが現れる。


 セプテントリオンの纏う軍服と同じ白色の機体は、足の先から炎を噴射しゆっくりと地面に着地した。


 着地と同時に地面が揺れる。

 周囲のビルより遥かに大きく圧倒的な質量を感じさせる巨体。

 

 それが2体、敵の増援として現れたのだ。



「ルミナス……!」

「知ってるのね。そう、月の拠点防衛兵器ルミナスよ。思ったより大きいでしょう?」


 アルタイルはステラ・アルマの2〜3倍と言っていたが、体感的にはもっと巨大に感じていた。


 サダルメリクの体よりも太い脚、飾り気の無いのっぺりとした体が太陽を隠すようにそびえ、そこに2本角の頭が乗っている。

 右腕にはキャノン砲のような大口径の銃を持っているが、そのキャノン砲ですら自分達よりも更に大きいのだ。

 

「ここからはコイツらがあんたらの相手をするわ。そんなにビビらなくても大丈夫よ。ただのロボット、私より全然弱いから」


 少女はクスクスと笑う。


 自分より弱いと言うが、実際に向き合っている方からするとそんな楽観的な気分にはなれなかった。

 もしこの巨体が倒れてきたらそれだけで全員ペシャンコになってしまうのだ。

 

『でっか……こんなの倒せるの?』

『何だアルフィルク、ビビってるのか?』

『ビビるに決まってるでしょ!? 大きすぎるわよ!!』

「まあ巨大な物には根源的な恐怖を抱くからね。いやぁ……しかし大きいね」

「こんなおっきいのに攻撃効くのかな。刀折れちゃいそう……」


 夜明も五月も、数々の戦いを経験してきたがここまで巨大な相手と戦ったことは無い。

 果たして策や戦い方で何とかなる相手なのか甚だ疑問だった。


 だがベテランである2人とは真逆の反応を見せる者もいた。


「わぁー壊し甲斐がありそう」


 やはり羊谷梅雨空である。


『梅雨空!? あなたあんなのに立ち向かう気!?』

「そりゃそうでしょ。あのデカいの倒さなかったらパンツ女を殴れないじゃない。大丈夫よ、何か鈍そうだし」


 梅雨空はまるで遊園地に来た子供のように目をキラキラさせていた。

 2人に脅威と映った対象は、彼女にはまるでアトラクションの様に見えているのだった。


「ソラちゃん肝が据わってるねぇー」

「待ちたまえ梅雨空くん! いま私が作戦を考えるから無闇に飛び込んではいけないよ!」

「夜明さん。その作戦、私が考えてもいいですか? 多分、勝てます」


 誰もが耳を疑った。

 そのセリフを口にしたのは、誰であろう先程まで怯えていた稲見だったからだ。

 

「稲見くん!?」

「稲見ちゃん!? 大丈夫なの!?」

「はい。さっきまでは絶望的な状況でしたが一気に好転しました。あの大きなロボット2体と、うまく行けば葛春桃にも勝てるかもしれません」


 稲見はそれを確かな自信の元に言い切った。


 4対1で勝てそうに無かった相手に、強大な敵が2体も増えてどうして状況が良くなるのか。

 流石の夜明も稲見が何を考えているのか全く読めなかった。


「稲見ぃ、頼りになるじゃない! 任せていいのね?」

「はい。梅雨空さんにもちょっと頑張ってもらいますが、何とかなると思います!」

「だそうよ? リーダー、ここは稲見に任せてみたら?」

「う……そうだね……」


 夜明はとっさに答えが出ず、五月の方を窺った。

 五月はそんな夜明の不安をかき消すように大きく頷く。

 それを見た夜明はもう一度自分の判断が誤っていないかを考えた後、稲見に託す事に決めた。

 

「分かった。稲見くんがそこまで言うなら君にかけてみよう」 

「ありがとうございます! ではみなさん、いまから私が言うように動いて下さい」


 夜明の許可を得た稲見は、すぐに自分が考えている事を全員に共有する。


 それはとても簡単な作戦だった。

 ただし、どう考えても成功するとは思えない内容だった。

 

『ちょっと! それだと稲見もフェルカドも死ぬじゃない!』

「大丈夫です。死にません」

「稲見ちゃん、ヤケになってないよね? 失敗したら取り返しがつかないんだよ?」

「はい。むしろ今はとても冷静です。そして自信があります。信じて下さい。これで勝てます」


 あの気の弱い稲見がここまで言い切るのは初めてだ。

 夜明も五月も不安はあったが、仲間が命を懸けてやろうとしている事を止められなかった。


「梅雨空さんごめんなさい。危険な役割を押し付けちゃって」

「任せて! せっかくの見せ場だもの、派手に決めてみせるわ」

「夜明さんと五月さんもお願いします。いまセカンドプランを考えている余裕はありません。この作戦で決めるつもりです」

「……オッケー。じゃあアタシ達も先輩の意地を見せなくちゃね、ツィー?」

『まあそこまで気合入れなくても稲見の作戦なら大丈夫だろ。軽くあのデカイのをぶった倒すぞ』

「では私達も腹をくくろうか、アルフィルク?」

『もう! どうなっても知らないからね!』


 巨大ロボの出現からほんの数分。

 稲見が作戦を立てて全員が覚悟を決めた。

 それは未知の敵への対応としては驚異的な早さだった。



 その間、巨大ロボの後ろに控えた葛春桃はそれを静観していた。

 

(ルミナスを見ても物怖じしていないようね。普通は腰抜かしちゃうんだけど……なら何か策があるって事でしょ? それを見せてみなさい!)


 少女は4人がこの状況をどう覆すのか楽しみだった。

 それ故、作戦会議が終わるまでルミナスに待機命令を出していたのだ。


 敵の戦意が上がったのを感じ取ると、それを待っていたかのように自分の操縦する機体を空に飛ばした。


 ルミナスの頭とほぼ同じ高さまで飛ぶとそこで停止する。


 そして2体のロボットに命令を下した。


「ルミナス。敵を殲滅しなさい!!」


 命令を受けた巨大ロボットの目が赤く光る。


 周囲のビルよりも更に大きな2体の白い塊は、想像していたよりも早い動きで右腕に装備したキャノン砲を構えると、4人に狙いを定めた。


「おわーーッ!! やっぱりアレ撃ってくるよ!!」

「みなさん、左右に散ってください!!」

「了解ッ!!」


 キャノン砲にエネルギーが充填されている内に4人がその場を離れる。


 ルミナスは逃げた対象を追いかけるようにキャノン砲を向け直し、大雑把に狙いを定めると引き金を引いた。


 砲口から白色のビームが発射される。

 

 驚異的な幅を持つビームは広範囲を焼き尽くした。

 命中した建物は跡形もなく消え去り、射線上にある建物をまとめて蒸発させていった。

 ビームの通った跡は熱によって炎が発生し、場所によっては爆発も起きた。 


 そのまま数キロ先まで放たれたビームは、どこかの地面にぶつかって大爆発を起こすと、今度はその爆発で発生した爆風が跳ね返ってきて建物が崩壊した。


 圧倒的破壊力。


 悪夢のような威力だった。

 計2発、敵を狙って発射されたビームによって八王子の北側エリアは瓦礫まみれの大通りを2つ増やす事になった。 



 

 暴力的に炎が燃えあがっているビームの通り道から、2つほど先の路地に辛うじて逃げていた五月と夜明は、建物の影に身を潜めて自分達がまだ生きている事を確認していた。


「危なかったぁ! 何とか生きてるよ私達!」

「何あれぇ!? あんなのバンバン撃たれたらあっという間に街が消えるんだけど!?」

「モスモスくんの固有武装より大きなビームなんて食らったら魂も残らないよ!」


 五月が恐る恐るビームの通って行った場所を見ると地面が数メートル抉れていた。

 直接ビームに触れたわけでも無い場所ですら、そのエネルギーによって破壊されているのだ。


「稲見ちゃん達大丈夫かな……」

「そこは信じるしかないね。幸いなことに連射はしてこないみたいだから、次弾の装填までが攻撃チャンスだ」

「でも近寄ってもどこを攻撃すればいいの? ジャンプして頭まで届くかな?」

「どこでも構わないだろう。私達の役目はダメージを与える事では無く注意を引く事だからね。下で騒いでれば狙ってくれるんじゃないかな」

「ひぇーあんなのに狙われたくねぇー。人間に潰される虫の気持ちだよぉ」

「いいじゃないか。では虫らしく地面を這いまわりに行こうか!」


 夜明と五月は建物の影から飛び出ると、ルミナスに向かって駆け出した。




 二人とは逆側に逃げた稲見は、同じように攻撃から逃れ建物の影に隠れていた。

 遠くの方で建物が崩壊する音を聞きながらじっと息を潜める。


『稲見、大丈夫ですか?』

「うん、全然平気。サイズ的にあれくらいの砲撃になるって思ってたから。フェルカドも怪我していない?」

『はい、私は問題ありません。ただ……』

「ただ?」

『さっきの稲見の行動には驚きました』

「さっきって……ああ、敵に向かって叫んだこと?」

『そうです。賢明な稲見が意味のない事をするとは思っていませんでした』

「意味のない事じゃないよ。あれは覚悟を示したんだ」

『覚悟、ですか?』

「そう。私はお前なんかに屈しないぞって、自分の心に誓いを立てたんだ。今までの私はいつも逃げてた。全部周りの環境のせいにしてたけど、それって結局自分が諦めてただけなんだって。言い訳して自分を正当化してただけなんだって。自分だけの世界ならそれでもいいかもしれないけど、みんなの世界にそれは通用しない。だから私はみんなと一緒に吠える事にしたんだ」

『稲見……』

「見ててフェルカド。私だって吠える、噛みつける。私とフェルカドをいじめる奴に痛い目を見せてやるんだ!」


 稲見はそう言って立ち上がった。

 あんな恐ろしい攻撃に晒されたのに、体は一切震えていなかった。

 それよりも自分の体を流れる血液が熱くなっているのを感じた。


 漫画で読んだみたいにこれが生まれ変わるというヤツなんだろうか。

 もしそうだとしたら今の自分は無敵だ。

 

 稲見は一呼吸して頭の冴えている事を確認する。

 そしてビル越しに見えるルミナスに向かって走り出した。




「ふーん。初撃はうまく逃げたようね。でも逃げててもどうしようもないわよ?」


 葛春桃が上空から戦況を見渡す。


 八王子駅から放射状に放たれた砲撃はルミナスの主兵装である「ルーメン・ルナエ」

 月の科学力で設計されたいわゆるビームキャノンだ。

  

 本来は月の表面から敵を射撃する武器で地上での砲撃を想定していない。

 その為出力を半分程度に抑えているが、それでも地図を書き換えてしまう程の威力があった。


 最初の一撃は威嚇射撃。

 命中させる事よりも脅威を理解させる為の射撃のつもりだった。

 当たれば間違いなく死ぬ攻撃を避けながらどう攻めてくるのか? 少女の興味はそこにあった。


 上空からは、白い機体と自分の腕を斬った忍者のような機体がルミナスの方に向かって進んでいるのが見えた。


 あのまま進めばルミナスの正面に出て来る事になる。

 まさかあの砲撃を見ておいて真っ向勝負を仕掛けるつもりなのだろうか。


「へぇ……面白いじゃない」


 葛春少女はお手並み拝見とばかりに不敵な笑顔を浮かべた。




「駅を正面に見て左側をルミナスA、右側をルミナスBとしよう。私はルミナスBを攻撃するから五月くんはAの方を頼むよ」

「オッケー! アタシの事は気にしなくていいからどんどん弾丸使っちゃってね!」

「そうさせてもらおう。うーん、いいね。この指揮から解放されて駒として戦う自由な感じ。久々に暴れてやろうじゃないか!」

 

 夜明と五月は意気揚々とルミナスの正面に飛び出すと、それぞれの相手に向かって攻撃を加えた。


 ルミナスにとっては足元にたかる、まさに虫のようなものだ。

 その巨体を活かし蹴りつけたり踏み潰したりしようとするが、素早い動きと銃火器によるかく乱でうまく攻撃があたらなかった。


「ふふ。確かにロボットだね。こちらの動きに機械的に反応しているだけだ。感情までは読めていない」


 夜明はビルの間を縫いながらアサルトライフルとガトリングガンを撃ち続けた。

 ルミナスは煩わしそうに夜明を追うが、すぐに建物の影に隠れてしまうので正確な位置が掴めない。


 夜明が隠れた建物に狙いをつけ、建物ごと殴って破壊する。 

 だが、すでにそこには夜明の姿はなく代わりにハンドグレネードが設置されていた。


 左腕を巻き込んで大爆発が起きると、ルミナスはその巨体を後ずらせた。


『アルタイルの言った通りね! でかいし攻撃力もバカみたいだけど強くはないかも!』

「いや、しかし効果は薄いみたいだ。このままだといずれこちらが息切れする」


 夜明の観察通り攻撃は命中しているもののダメージになっていなかった。

 弾丸が当たった場所も爆発に巻き込まれた場所も軽く焦げている程度だった。


「葛春くんのステラ・アルマといい硬い機体ばっかりだねえ。生きて帰れたら攻撃面を増強しないといけないね」

『でも五月とツィーの方はうまくやってるみたいよ?』


 アルフィルクに言われてルミナスAと戦っている五月を見ると、素早い動きで翻弄しながらアイヴァンとナビイでルミナスの装甲に斬撃を繰り返していた。


 確かに装甲は強固だが、同じ場所に固有武装で連続攻撃を加えられると流石に耐えきれないらしく、脛の部分が破壊され機械部分が大きく露出していた。


「おおおおッ! 凄いな五月くん!!」

「まーね! 意外と何とかなるわ。でもこんな小さなダメージだけだと本体をぶっ壊す頃にはアニマ切れになってるかも」


 五月がこのまま攻撃を続ければ脚部は破壊できるだろう。

 だが全体を破壊するには火力が足りない。

 アニマが切れれば敵を倒しきれずに結局負けてしまう。


「なんかココをぶっ壊せば止まるみたいな弱点があればいいんだけどね」

「やっぱり頭部がセオリーじゃないかな。それかステラ・アルマと同じで胸部とか」

「じゃあ上半身を吹っ飛ばせば倒せるね!」

「誰がそれをやるんだい……」


 二人ともこのままではジリ貧になる事は理解していた。

 だが二人の目的はこの巨大ロボットを倒す事では無い。 

 いま攻撃を続けているのは稲見の作戦なのだ。

  

「ざくろっち、そろそろいいんじゃない?」

「そうだね。敵の思考が予想通りにAIなら、ここで私達が離れたらチャンスだと判断するだろう」


 二人は攻撃を止めると、大通りまで走りそこで合流した。

 そしてルミナスから離れるように移動する。


 200メートル程離れると、そこで止まって再びルミナスに対峙した。


 それを見たルミナスは、動きを止めた2人に対してルーメン・ルナエを構えた。

  

 巨大な砲口にエネルギーがチャージされていく。


「怖ッ! 怖ッ! これタイミング間違えたら死だよねぇ!?」

「怖がることは無いよ。失敗したら何を考える間もなく蒸発だ」

「ざくろっちは何でそんなに楽しそうなの!?」

「いやぁ、人の作戦に身を委ねるのってこんな感覚なんだなぁって。ねえ稲見くん」

「ありがとうございます。作戦通りです」


 二人の機体の影に隠れて、いつの間にか稲見のフェルカドも合流していた。

  

「ここまで来たらもう信じるしかないけど自信の程は?」

「私、もう今日はみんなで何を食べて帰ろうか考えてますよ?」

「稲見ちゃん的にもう勝った感じなの!? 凄いね!!」


 稲見には思い通りになっているという自信があった。

 そして予想通りになるという確信もあった。


(あとは私が勇気を出すだけ……)



 2体のルミナスの構えるルーメン・ルナエのエネルギー充填が完了するとすぐさま砲撃が放たれた。


 砲撃が放たれると同時に五月と夜明がその場を離脱する。

 二人が離れた場所には稲見だけが残された。


 先程と違い今度は2つの砲撃が同じ場所を狙っている。


 あまりにも巨大な白色のビームが重なり、稲見の視界には白しか映っていなかった。


 そのビームは、この世のいかなる存在も許さないかのように周囲を破壊しながら向かってくる。


 稲見はそのビームを真っ直ぐに見据えると、小さくこう呟いた。


「私を護って。フェルカド・ミノル」



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