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第94話 cross the line④

 アルタイルが敵を連れて飛び去った後、その場には味方4機と敵1機が対峙していた。


 敵はあの葛春桃という傲慢な少女が乗った機体だ。


 他2体の印象があまりにも強い為に地味に見える機体だが、その見た目にそぐわない威圧感を放っている。


 手に武器を持つ訳でもなく、何か構えを取っている訳でもない。

 ただそこに立つというだけで、すでにそれ自体が攻撃であるかのように夜明達は攻め込むことができなかった。


「あーあ。本当にあのちびっ子がアルタイルだったのね。何だかやる気なくなったわ」


 葛春桃が気の抜けた声を出す。

 少女は1等星のステラ・アルマと戦うのを楽しみにしていた。

 故にそれを他に取られてしまったのが気に入らないようだった。


「えーと、さっきの威勢の良かった二人。どいつとどいつかしら?」

『ふん。1等星じゃなくてごめんなさいね。改めて名乗らせてもらうわ。ケフェウス座3等星のアルフィルクよ』

「あんた3等星だったの!? よくもそんな強気でいられたわね!? ステラ・カントルは誰よ?」

「声だけで分かるかな? 狭黒夜明だよ。よろしくね」

「あーあの眼鏡をかけてた奴ね。ステラ・カントルの方は要注意人物ね」

「ほう? 私は警戒するような対象だったかい?」

「何すっとぼけてんのよ。私達が顔を出してから立ち去るまで、性格やら動きの癖やら全部観察してたじゃない」

「凄いね! 気づかれたのは初めてだ」

「ステラ・アルマの操縦は本人の動きそのもの。性格や動きの癖がそのまま戦いに反映されるわ。直接相手を見られれば戦い方も想像しやすいものね」

「事前に操縦者を見られるなんてあまり無いからね。でもそれを言うなら君も私達を観察していたってことだろう?」

「ご明察。戦いに勝つには相手の情報が何よりの武器になる。例えば仲間同士の関係性を把握するだけでもどんな連係を組んで来るのか予想できるわ」


 夜明はこの少女がセレーネの私兵という事実に心底納得がいっていた。

 戦いの強さはステラ・アルマとステラ・カントルの能力の合計値。機体性能で劣っていても操縦者の能力でいくらでもカバーが効く。


 それは今まで夜明自身が何度も実証してきた訳だが、葛春桃は明らかにプロフェッショナルだ。

 下手をしたら自分の倍以上の戦闘経験を積んでいるかもしれない。


 それはつまりステラ・カントルとしては破格の強さを誇るという事だ。

 セレーネ直属の討伐部隊の名は確かに伊達ではない。


「んで、羊谷梅雨空は残った2体のどっち?」

「へぇ。名前を覚えてたのね。こっちのカッコいいのがそうよ」

「あーそのエグイ機体に乗ってるのね。見た目がミザールみたい」

「そっちにも似たようなのがいたわね。でも私のムリファインの方が強いわよ!」

「ケンタウルス座の2等星か。確かにそっちの白いのよりはあんたの方が怖そう。特にその左手、なんでそんな禍々しいエネルギーを纏ってるの?」


 葛春桃はムリファインの固有武装である左手を警戒していた。

 確かに左手は特徴的ではあるが、あくまでそういうデザインと受け取れなくもない。

 それを一目で警戒すべき対象と見抜いている。

 ここでも彼女の経験による観察眼が発揮されていた。

 

「これはとっておきなのよ。せいぜい気をつける事ね」

「ご忠告ありがとう。そうさせてもらうわ」


 梅雨空の煽りにヘラヘラした声色で返す。

 警戒はすれど臆しはしないようだった。


「そう言えば、そこの白黒の機体の他にもどっかに1体隠れてるわね。まあいいわ。すぐに引きずり出してやる」


(やっぱり気づくか……でもそれなら警戒せざるを得ないでしょう?)


 伏兵を勘づかれてしまったが、稲見は特に焦ってはいなかった。


 ツィーが隠れているのがバレるのは計算の内。

 バレていなければ奇襲の可能性が、バレれば相手の警戒のリソースを割ける。

 どちらにしろすでに術中なのだ。


「それとこれも言っておくわ。私はあんたらを殺すつもりは無いから」

「は? 何言ってんの?」

「私達の任務はあくまで犬飼未明子を連行すること。そしてあんたらが月に反旗を翻したからと言って、すぐに全滅させなければいけない訳ではないの。むしろしばらくは遊びに付き合ってもらうつもりよ」

『遊びに付き合ってもらうなんて言われて喜ぶわけないでしょ!? 私達は潰すつもりで戦うからね!!』


 さも楽しそうに語る葛春桃にアルフィルクが怒鳴り返した。

 それを受けた少女はクスクスと笑っていたが、すぐに笑いを止める。


 そしてこれまでとは違い、一切の甘さを感じさせない冷酷な声でこう言った。

 

「そりゃそうよ。あんたらは死に物狂いで戦いなさい。さもなきゃ殺すつもりがなくても死ぬわよ?」



 夜明と梅雨空。

 戦い慣れしている二人が戦闘中に敵から目を離すことなど絶対に無い。

 戦いにおいて敵から目を逸らすのは死に直結するからだ。


 自分が攻撃する時でも、敵に攻撃されている時でも、決して目を離してはいけない。

 二人はそれを良く分かっている。


 だが、その二人の目の前から、何の予兆も無く葛春桃の乗る機体の姿が消えたのだった。



 その光景に驚いた二人が次に敵の機体をとらえたのは、後方で凄まじい衝撃音が聞こえた時だった。


 葛春桃の乗るステラ・アルマ、フェクダ。

 その機体が自分達の後ろに控えていた稲見の乗るフェルカドをビルに押し付けていた。

 

 押し付けているという表現は優しすぎる。

 ビルの壁面に埋め込ませているというのが正しい。


 フェクダの右腕がフェルカドの首元を掴んで、体ごとビルの中に埋め込んでいた。


「何をしてるのよ!!」


 梅雨空がいち早く敵に向かって走る。


 たった数歩で敵に接近した梅雨空は、手に持つ固有武装セプテムの刃を突き立てた。


 走力も加わってかなりの速さの突きだったが、葛春桃は左手で軽々とその刃を掴んだ。


「やっぱりただの2等星じゃパワーはこんなものか」


 梅雨空がどれだけ力を込めても槍はびくともしない。

 彼女の頑張りなど意に介さず、葛春桃はフェルカドを押し込んでいく。

 稲見も力の限り抵抗しているようだったが、上半身はすでにほぼビルに埋まっていた。


「この! 調子乗んな!」


 梅雨空は刃を掴まれたままグレネードランチャーを発射した。

 榴弾が敵に命中して爆発を起こし、当然ビルもその爆発に巻き込まれる。


『ちょっと梅雨空! 稲見が!』

「分かってんのよそんなこと!!」


 爆炎と爆煙の中から梅雨空の怒鳴り声が響いた。


 煙が周囲を覆い視界を奪う中、ビルの壁面が崩れていく音だけが聞こえる。  


 夜明がビルの崩壊を警戒して距離を取ると、今度はビルの反対側の壁が轟音と共に破壊された。


 その破壊された壁からフェルカドを抱えたムリファインの姿が現れる。

 あの爆発の中、フェルカドを助けて反対側から飛び出てきたのだ。 


 ムリファインはフェルカドを抱えてこちらに走って来ると、別のビルの影に横たわらせた。



 フェルカドは見た目にはそこまでダメージを負っているようには見えない。

 だが操縦者は別だ。

 壁面に叩きつけられた衝撃を直で受けている。


「稲見くん! 大丈夫かい!?」

『フェルカドもしっかりして!』

『私は問題ありません……稲見は衝撃で気を失ってしまいましたが、大きな怪我は無さそうです』


 フェルカドが弱々しい声で状況を教えてくれた。

 ひとまず稲見の無事に全員が安堵する。



「夜明さん、稲見をお願いできる?」

「それは構わないが君はどうするんだい?」

「むかついたからもう2・3発撃ち込んでくる!!」 


 梅雨空はそう言うと、セプテムを構えて爆煙の方に走って行った。


「待ちたまえ! ……と言っても止まるタイプではないか」


 ここで梅雨空を止めても仕方がない。

 夜明はそれよりも稲見を介抱する為の時間を稼いでもらった方がいいと判断した。


 稲見に声をかけながら、同時に敵の姿を見失った理由を考える。


 姿を消す固有武装?

 瞬間移動する固有武装?


 様々な可能性があるが、長く戦ってきた自分の勘が何らかの能力が使用された事を否定していた。


 夜明はさっきまで敵のいた位置を注意深く観察すると、敵が立っていた場所が大きく窪んでいるのを発見した。

 何か重いものがドスンと落ちたような窪みだ。


 その窪みを見て、先ほど何が起きたのかを理解したのだった。


「なるほど。そういう事か」



 

 梅雨空が崩壊したビルに戻ると、煙の中に敵の機体の影を発見した。


 ほぼゼロ距離で榴弾を受け上半身が吹き飛んでいても不思議ではない爆発が起きたのだ。

 すでに決着はついている可能性も考えながら梅雨空は用心深くその機影に近寄る。


 敵の機体はビルの壁面だった瓦礫に埋もれていた。


「まあ死んでるならそれで良し。そうじゃなかったとしてもこれでくたばりなさい!」


 もう一発グレネードランチャーを撃ち込んでやろうとセプテムを構えると、突然敵の機体が動きだした。

 

 梅雨空が警戒してその場を離れると、敵は自分の体に降りかかっている瓦礫をゆっくりとどかし平然と立ち上がってきた。


 瓦礫に埋もれたせいで埃こそ被っているが、大きなダメージを受けている様子は無い。

 せいぜい榴弾が直撃した左腕がこげているくらいだった。


(あんな爆発を受けても全然応えてないのね……)


 あまりのダメージの薄さに不安を感じるが、持ち前の強気で心の暗雲を払いのけるように叫んだ。


「どうよ!! ちょっとは効いた!?」

「ううん。全然」


 あっさりとした返事が返ってくる。

 これくらいこっちとしても挨拶代わり。

 そんな気概を込めたセリフは、敵にはあまり響かなかったようだ。


「でもあんな距離で榴弾撃ち込むなんて肝が据わってるわね。仲間だって、何なら自分だって巻き込まれてるじゃない」

「あれが最適解よ。事実、稲見を助けられたでしょ?」

 

 これは本心だった。

 あれやこれやと悩んで意味の無い一手を打つよりも、多少のリスクがあろうと効果の大きそうな一手を打つ。

 それで何か問題が起こったらその時に考える、というのが羊谷梅雨空の基本的な考え方だ。


「いいわね。その生き急いでる感じは嫌いじゃないわ」

「ありがとう。じゃあついでに聞いていい? さっきいつの間に移動してたの?」

「それ敵に聞く!? 本当に肝が据わってるわね。まあ隠す程のことじゃないから別にいいけど」

「固有武装? 特性? 何かそういう能力なの?」

「いえ。ただ走っただけよ」

「走った!?」

「そう。アニマを込めて走っただけ。どれくらいかしら……10,000くらい?」




「身体能力……ですか?」

「そうだ。おそらく脚や腰にアニマを込めて凄い力で走ったんだと思う。だから地面が窪んでいるんだ」


 比較的すぐに意識を取り戻した稲見は夜明の分析を聞いて驚いていた。

 アニマを込めた動きであそこまで早く動けるものなのだろうか。


「アルタイルくんが加速力にアニマを込めて、相手の意識が追い付かないくらいの早さで動けるそうだ。確かアニマを20,000ほど消費するらしい」

「そんなに!? 2等星の平均内蔵アニマですよ!?」

「流石に1回か、使えて2回くらいらしい。ただでさえ消費アニマの多い1等星だ。回数限定の必殺技みたいだよ」

「その必殺技を敵も使って来たって事ですか? 2等星ですよね?」

「そうだね。北斗七星の2等星だから通常の2等星よりはアニマの内蔵量も多いのかもしれない」


 しかし切り札と言ってもいい技をいきなり使用してくるだろうか?

 しかもそれを使っても結果的に稲見を倒せていない。

 意図は分からないがそういう戦い方をしてくる敵だと考えるしかない。


「とにかく梅雨空くんを追いかけよう。いくら彼女でも1対1では勝ち目が無い」

「分かりました」


 よろよろと立ち上がる稲見はダメージを回復しきれていない。

 だが今は急いで合流するのが先決だ。

 

 夜明は稲見と歩幅を合わせて梅雨空の後を追った。





 葛春桃の操縦するフェクダは、ただ殴っていた。


 敵に近寄って殴る。

 相手が避けたらもう一発殴る。

 攻撃が命中して吹っ飛ばしたら追いかけて殴る。


 至ってシンプルだが、その攻撃は梅雨空を追い詰めていた。

 

 梅雨空は防御が苦手だ。

 自分が倒れる前に相手を倒すのが彼女のスタイル。

 故に殴り合い(ダメージレース)で不利を取ってしまうと挽回のチャンスが無いのだ。


「一発殴られるだけでダメージ凄いんですけど!?」

「そりゃ結構アニマ込めてるからね」

「だからさっきから言ってるそのアニマって何よ!?」

「あんたアニマの概念も知らずに戦ってるの!?」

「仕方ないでしょ!! まだ戦闘2回目なんだから!!」

「嘘つくな!! 2回目の素人がこんなに動ける訳ないでしょうが!!」

「私は必要な嘘以外はつかないわよ!!」


 お互いに叫びながらの攻防。

 いや、攻防と言うにはお粗末な殴り合いと蹴り合いが繰り広げられる。


 ここまで梅雨空の攻撃をかわし続け一方的に攻撃していた葛春桃だったが、段々と雲行きが怪しくなってきていた。


 戦闘慣れしている葛春桃が下半身にアニマを込めたフットワークで攻撃を避けるなど造作もない。


 ただしそれは正しい理論による攻撃ならばだ。

 

 槍を構えたのハズなのにキックが飛んで来る。


 そこらの壁を蹴って跳び上がり、やたら高い位置から攻撃してくる。


 一度放った攻撃後に倒れ込んでリーチを伸ばす。


 梅雨空の通常では考えられないような独特な攻撃は、格上の相手を混乱させていた。


「なにこの予想がつかない動き!? そんな馬鹿みたいに動いたらアニマがあっという間に尽きるわよ!?」

「だからそのアニマが分からないって言ってんのよ!!」

「ぐっ!?」


 とうとう梅雨空の攻撃が相手に届いた。

 槍で体を支えたドロップキックが相手の頭をかすったのだ。


 圧倒的有利に立っているハズの葛春桃が、距離を取らざるを得なかった。


「こっちもそれなりにコスト払って動いてんのにそれでも当ててくるって凄いわね!!」

「そりゃどうも! でもダメージになってないでしょ? そんなの当たった事になんないのよ!!」

 

 叫ぶと当時に体を空中で回転させながら、遠心力でセプテムを振り回す。

 着地の事など全く考えていない動きだ。


 この後どんな攻撃に派生してくるか分からない。

 葛春桃は思わずその槍をガードした。

 

「喰らえ馬鹿!!」


 それと同時にグレネードランチャーから2発目の榴弾が発射される。


 梅雨空は ”槍の先が当たったなら砲口が敵の方を向いているだろう” という当てずっぽうで榴弾を撃ったのだった。


 たまたま相手の方向を向いていた砲口から発射された榴弾は敵の腕に命中して爆発を起こした。


 しかしその爆発は自分の目前で起こっている。

 当然自身も爆風で吹き飛ばされ、道路に全身を打ち付けた。


「痛ったぁ!! 何やってんのよ!?」

『自分でやったんじゃん!!』


 理不尽な怒りをムリファインにぶつけながらゴロゴロと道を転がる。


 衝撃を殺しきって態勢を立て直すと、梅雨空はすかさず腰にマウントされている予備弾丸をセプテムにリロードした。


 そしてすぐに敵に向かって走り出す。


『ちょちょちょ、煙晴れるまで待ったら!?』

「1発目が効かなかったんだから2発目も効かないでしょ!! 煙が目隠ししてる内に全弾撃ってやるわ!!」


 自分のパートナーながらこの身を滅ぼす戦い方はどうなのかとムリファインは思った。


 勿論ムリファイン自身のダメージもあるが、あんな風に衝撃を受けたら操縦者である梅雨空だってそれなりのダメージを負っているはずだ。

 それなのに痛みの事など気にせず攻撃を続けている。


「私が倒れてもまだ次がいる!! 私の仕事はコイツに出来るだけ怪我させてやる事よ!!」


 最早弾丸だった。

 セプテムの弾は6発だが、梅雨空自身も含めれば7発の弾丸だ。

 その7発の弾丸を使って彼女は死ぬまで攻撃を繰り返す。

 

 まさに狂戦士。

 未明子が模擬戦の後「もうソラさんとは戦いたくないな」と言っていたのは誰もが納得できる言葉だった。



 梅雨空は爆煙の中に突きを打ち込んだ。

 金属音と共に刃が弾かれるが、それをものともせずにそこにいるであろう敵に攻撃を続けた。


 数度の金属音が響き、5度目の攻撃が敵に受け止められてしまう。

 セプテムを押しても引いても全く動かない。


「あんたねぇ……ちょっと激しすぎない?」


 煙の中から敵が姿を現した。

 さっきと同じように左腕でセプテムの刃を止めている。

 予想通り2度目の爆発でもほとんどダメージは無さそうだ。


「私はどんな時だって攻めて攻めて攻めまくるの! 物事は攻めなきゃ勝てないんだから!」

「いいじゃない。あんたちょっと気に入ってきたわ」

「あ、そう。じゃあライブを観に来てよ」

「ライブ? 何のライブよ?」

「私のライブよ。本業はアイドルだからね」

「アイドル……こんな激しい奴がアイドル……」

「激しくなくっちゃ人前になんか立てないのよ!!」


 3発目のグレネードランチャーの発射。


 だがその発射は読まれていたようで、砲口をずらされた榴弾は明後日の方向へと飛んで行った。


 弾はビルの上層階に命中して爆発を起こす。

  

「残念でしたー」

「くそ!」

「アイドルがくそとか言わないの」


 葛春桃が右手を握り込んだ。

 その拳には渾身の力が込められている。

 逃げるにはセプテムを手離すしかないが、それでも梅雨空は自分の武器を握ったままだった。


「逃げないの?」

「逃げないわよ。アイドルに逃げは無い!」

「じゃあここでリタイアね!」


「あんたがね」


 今のいままで何も無かった空間に、突如としてロボットが姿を現した。

 忍者のようなシルエットのそのロボットは大小2本の刀を構えていた。

  

「な……!!」


 葛春桃がその機体に気付いた時には、その2本の刀が振り下ろされセプテムを掴んでいるフェクダの左腕を斬っていた。


「じゃーん。ここでアタシとツィー登場!」

『我ながらナイスな出現タイミングだな!』


 五月は振り抜いた刀を持ち換え、更に横薙ぎに斬りつけた。 

 その斬撃をかわすべく葛春桃は後方に距離を取る。


 五月は刀を構えなおし梅雨空の前に立った。


「ソラちゃん大丈夫だった?」

「問題ないでーす。ムリも元気よね?」

『元気では無いよ!』


 ムリファインはすでにボロボロだった。

 散々殴られ、自分の砲撃にも巻き込まれ、見境なく暴れ回ったせいでアニマの残量も残り少ない。

 嘘でも元気とは言えない状態だ。 


 だがそうやって暴れてくれたお陰で相手の気が逸れ、五月の攻撃がクリーンヒットしたのだ。


 斬られたフェクダの左腕は、切断には至らなかったものの皮一枚で繋がっている状態だった。

 おそらくもう左腕は使用できないだろう。


「防御にもアニマを込めてたんだけどね。その刀、固有武装なのかしら?」

「ご名答。ツィーの固有武装、アイヴァンとナビィだよ」

「フェクダの装甲ごと斬るとはやるじゃない」


 葛春桃は左腕を庇うように右手を添えた。

 斬られた左腕からステラ・アルマの体液が流れ落ちる。


「どうする? まだやる? ちょうどざくろっちと稲見ちゃんも追いついたみたいだけど」


 梅雨空が振り返ると、ちょうど後方から追いかけていた二人が合流した。


「梅雨空さん!」

「梅雨空くん大丈夫かい?」

「このくだりもう一回やるの?」

「大丈夫そうだね」

「それよりあれ見なさい。稲見の作戦、大成功だったわよ!」

「本当ですか!? やった!!」


 フェクダに負わせた傷は稲見の作戦が功を成した結果だ。

 無論作戦を上手く成功させた梅雨空と五月の功績でもあるが、稲見にとってこのチームに入って最初の貢献が嬉しかったのか、歳相応の喜びを示した。

 

 稲見の作戦によって敵は左腕を失った状態で4対1。

 控えめに言っても絶望的な状況だ。


 だが葛春桃はこの状況でもいたって冷静だった。


「何で攻めてこないの? まだ私やられてないんですけど?」

「強がっちゃって。ここで参ったしてもいいんだよ。片手で4人相手は辛いっしょ?」

「片手? 斬られた左手ならもう治ったけど?」

「……え?」


 押さえていた右腕を離すと、さっきまで切断寸前だった左腕の傷はすでに跡形もなくなっていた。

 装甲は壊れているし体液も腕にこびりついているので斬られたのは間違いない。

 傷だけが何事も無かったかのように消えていたのだった。


「どういうこと!? あんなに深く斬れてたのに!?」

「自己治癒力にアニマを込めたのよ。時間を置いて治るような傷ならアニマを30,000も込めればすぐに治るわ」

「30,000!? 待ってくれたまえ、先程の超スピードの攻撃で消費した分も含めてとっくにアニマ切れになってもおかしくないだろう!?」


 珍しく夜明がうろたえていた。

 彼女の中ではどう考えても計算が合わないのが納得いかないのだ。


「フェクダは特別だからね。アニマの内蔵量が全てのステラ・アルマの中で一番高いのよ」

「全てのステラ・アルマの中で一番高い? 何故2等星の機体が?」

「フェクダは固有武装を持っていないの」

「固有武装を持っていない……まさか……」

「そう。その代わりに内蔵アニマの量が桁違いなのよ。数値にすると20万」

『20万!? 通常の2等星の10倍じゃない!!』

「それに加えて背中に装備しているカートリッジにそれぞれ10万ずつアニマを貯めてあるから、合計で40万ほどね」

「40万……アルタイルくん約3人分だね……」


 アニマはステラ・アルマが行動する為に必ず消費するエネルギーだ。

 そしてアニマの消費を大きくすればその分効果も大きくなる。


 夜明達が知るアニマの最高内蔵量はアルタイルの14万。

 それを燃費の悪い加速や固有武装などで消費し続けるので、数値に対して実際の戦闘可能時間は意外と短い。

 

 だがそれを燃費のいい2等星が使用したらどうなるか。

 先程見せた超加速や、いま見せた超回復、全ての行動に規格外のエネルギーを消費できる。

 ただアニマを込めて殴るだけでも恐ろしい威力が出るのだ。


「過去試した事があるのはアニマを50,000ほど込めたパンチね。3等星の機体が一撃でグチャグチャになったわ。固有武装でもなんでもないただのパンチよ」

「……さっき私を殴ってたのはどれくらいの威力なの?」

「まあせいぜい1,000くらいかしら」

「……ッ!!」

「安心しなさいな。そんな弱いものイジメはしないわ。さっきも言ったじゃない、殺しはしないって」


 葛春桃の言葉には表情が乗っていた。

 さっきまで拠点で見せていたニヤニヤとした表情だ。


 楽しくて仕方が無いという声を出した少女は、上空に向かって手を上げた。


「だからね。もうちょっと私と遊びましょうよ! 死に物狂いでね?」 


 全員が上空を見上げると、そこには先程の倍以上はあるゲートが2つ、大きな口を開いていた。   


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