第92話 cross the line②
「宣戦布告?」
「そうだ。私達はたった今から月と、セレーネと戦う!」
夜明の声がホールに響く。
目の前で宣戦布告を受けた少女は最初面食らったような顔をしていたが、すぐにニヤニヤ顔に戻った。
「なるほど。仲間を連れて行かれるくらいなら私達と敵対しようってワケね」
この少女の性格的に宣戦布告なんてしたら怒鳴って暴れ出すものと覚悟していた。
だが実際には怒り出すどころか、むしろ機嫌が良さそうだった。
「分かりました。ではこれよりあなた達9399世界を月への反逆者とさせていただきます」
彼女はわざとらしい敬語を使いながら胸に手をあてた。
おそらく月と戦うことを決めたユニバースへの決まり文句なのだろう。
「月の女神セレーネに代わり私達セプテントリオンがあなた達を排除します。選択を後悔しませぬよう」
そんな台詞を吐く葛春桃の顔は、新しいオモチャを手に入れた子供のようだった。
「ありがとう。あんたらがそう言ってくれてとても嬉しいわ」
「そうかい? 君達と戦うと言っているんだよ?」
「大歓迎よ。だってあんたらはあのフォーマルハウトに勝ったんでしょう?」
「アイツを知っているのかい?」
「そりゃ知ってるわよ。フォーマルハウトは唯一セレーネに特権を与えられたステラ・アルマだもの」
まさかここでフォーマルハウトの名前が出てくるとは思わなかった。
彼女の言葉が真実ならばフォーマルハウトは彼女達と同じセレーネの部下と言うことになる。
「フォーマルハウトはセレーネから好き勝手に場を乱していいと言われているのよ。どこかの戦いに乱入するのも良し。気に入った相手を手助けするのも良し。必要なら月側から力を貸す事もあるわ」
フォーマルハウトが管理者と共謀していたのは夜明が考えていた通りだ。
さもなければ本来戦う世界を消滅させて、戦う相手を変更したりなんて出来るわけが無い。
だけどあの好き勝手に生きている厄介者が誰かの下につくことなどあるのだろうか。
「なるほどね。フォーマルハウトはセレーネの部下だったのか」
「セレーネは部下だなんて思ってないわよ。ただ泳がせているだけ。もし目に余るようになったら私達が討伐する予定だったし」
「何の為にそんなことをしたんだい?」
「さあ? セレーネは面白くなるなら何だってやるからね。大番狂わせの為のジョーカー的なポジションが欲しかったんじゃない?」
「そうかそうか。それで私達はとても迷惑を被ったよ」
夜明は涼しい顔をしているが内心は怒りに震えている。
セレーネがそんなことをするから、フォーマルハウトが私達の世界にやってきて鯨多未来を殺した。
私と戦う為だけに、色んな人を巻き込んでメチャクチャにしたのだ。
「何にせよあんたらは1等星であるフォーマルハウトを退けた。ならそいつらと戦ってみたいじゃない!」
「つまり力試しをしたいのか。月の管理者は暇なのかい?」
「暇じゃないわよ。今だって他のユニバースであんたらみたいな反逆者の対処にあたってるんだから」
さっき藤袴という少女が言っていた別の任務のことだろう。
私達の世界以外にも月に抵抗しようとしている世界があるらしい。
「でもこのユニバースにも1等星がいるんでしょ? それなら優先事項だわ! わし座のアルタイル。そこの背の高いのがそうかしら?」
葛春桃はあろう事かアルフィルクを指さした。
一瞬キョトンとしたアルフィルクは、すぐに顔を真っ赤にして大笑いを始めた。
「ちょっと! 何で笑うのよ!?」
「失礼ね!! アルタイルは私よ!!」
まさかの人違い。
何をどう間違えばアルフィルクが私に見えるのよ!?
私はあらんばかりの抗議の気持ちを込めて足をダンダンと踏み鳴らした。
しかしてその抗議の気持ちはあまり届いておらず、葛春桃は訝しそうな顔をした。
「はあ? あんたみたいなちびっ子が1等星の訳ないでしょ? 1等星は相応のオーラを纏っているものよ。あんたなんか何のオーラもないじゃない」
「そ……そんな侮辱初めてだわ!! 身長と等級に関係はないわよ!!」
「あっそう。分かった分かった。あんたと言い争いするのは時間の無駄ね。私達はそこの1等星と戦うのを楽しみにしてたんだから邪魔しないで」
「だから私が1等星だって……!」
もう勘弁ならない!
私は両手を上に広げ出来る限り体を大きく見せて、傲慢な少女に飛び掛かった。
……つもりだったけど、あえなく後ろから五月に抱え込まれてしまった。
「五月、離して! あの女に分からせてやるんだから!」
「アルタイルちゃん落ち着こう。あんな奴の言うことなんか気にしちゃダメだって」
バタバタと五月を突き放そうと暴れていると、それを見たアルフィルクが更に笑いを大きくして、とうとうお腹を抱えてへたり込んだ。
「ど、どいつもこいつも! 私を馬鹿にして!」
「アルタイルちゃん、めっちゃ三下みたいなセリフだよそれ」
「セプテントリオンとかカッコつけてんじゃないわよ! 北斗七星ならおおぐま団とか名乗りなさいよ!」
「あーもう。どうしてそこまで火がついちゃうかな。…………よしよし、一回落ちつこうね」
耳元でとびきりの優しい声で宥められる。
久し振りの五月の必殺技だった。
脳を震わす優しい声に、沸騰した頭が急速に冷やされる。
今まで怒りに支配されていた全身からふわりと力が抜けていき、私は落ち着きを取り戻した。
「どうせバトる事になるんだからその時に分からせてやればいいよ」
「……五月がそう言うなら、そうするわ」
「あらあアルタイル、もう駄々をこねなくていいの?」
「アルフィルクも煽んないの!」
まあアルフィルクには後で分からせてやればいいわ。
それよりも葛春桃!
私を怒らせたことを絶対に後悔させてやるからね。
「ちょっと待ちなさい。いま五月って言った!?」
これでもかと睨んでいる私は完全に無視して、葛春桃は私を抱えている五月の方を見た。
「もしかして九曜五月!?」
「そうだけど。アタシのこと知ってるの?」
「嘘でしょ……確かに面影はあるけど……」
ジロジロと五月の顔を見てそんな台詞をこぼす。
明らかに五月を知っている様子だけど二人は面識があるのだろうか。
でも五月の方は全く覚えが無いようで、首をかしげていた。
「いえ、何でも無いわ……それよりもあんたらが敵対したからって犬飼未明子を連れて行くのは変わらないからね!」
「それはそうだろう。でもその為には私達を倒さなきゃいけないよ?」
「分かりやすくていいじゃない。私達はそいつを連れて行く。あんたらはそれを阻止する。そういう勝負でいいでしょ?」
未明子を連れて行く任務を受けている割には、彼女からは任務を全うしようという意思をあまり感じなかった。
まるで「どういう風に遊ぶかルールを決めましょ?」とでも言いたげな雰囲気である。
後ろの二人もその様子を傍観しているだけで、特に葛春桃を諌めたりはしなかった。
「勝利報酬になっている犬飼未明子もそれでいいかしら? 発言を許すわ。言いたいことがあるなら言いなさい!」
葛春桃はまた未明子に近づくと、腕を組みながらいつものニヤニヤ顔を浮かべた。
「そもそも私のせいでこうなってるので、私から意見はありません。みんなが一緒に戦ってくれるならそれが一番嬉しいです」
「結構」
「他に言いたいことと言えば……セプテントリオンって北斗七星って意味だったんですね。てっきり船の名前だと思っていました」
「……は?」
「そういう名前のゲームがあるんです。沈没して逆さまになった船から脱出するゲームなんですけど、画面が斜めになったり、水がだんだん浸水してきてステージが変化したり、60分の時間制限があったり、マルチエンディングがあったりと難しいけどすっごい面白いゲームなんですよ!」
「え? 何の話?」
未明子のゲーム談義が始まってしまった。
しかもあの目は好きなゲームを語る時の目だ。
あの目をした未明子は誰かが強制的に止めるまで延々と話し続けるのだ。
当然それを聞かされている葛春少女は頭に?を浮かべていた。
「いや、何を突然語りだしてるのよ。あんたいま絶対絶命って分かってる?」
「そうでした。むしろセプテントリオンなのは私でした」
「え? どういうこと? 誰か説明してもらってもいい?」
そんな助けを乞うような目を向けられても困る。
未明子がこうなったら私達にだってどうしようもない。
いつもはすばるかサダルメリクが別のゲームの話から元の話題に誘導していくけど、今は二人ともいない。
残念だけど、偶然とはいえ未明子の興味を引いてしまった自分を恨むといいわ。
「君、セプテントリオン好きなの?」
葛春桃のオロオロする顔を楽しんでいたら、いつの間にか帽子を被った少女が未明子のすぐ隣に腰をおろして話しかけていた。
確か黒馬おみなえし。
他の二人と同じく花の名前を冠したその少女は、五月と梅雨空の包囲を潜り抜けていた。
「え!? いつの間に!?」
五月と梅雨空が少女の存在に驚く。
この場には転がされている未明子も含めて味方が10人もいる。
その誰の目にも止まらずに近寄るなんて、ツィーのように姿を消せる特技でも持っているのだろうか。
「私、存在感が薄いので……お店で声をかけても永遠に無視されるタイプなんですよね。あ、別に彼女に危害を加えるつもりは無いですよ。ちょっと話をしたかっただけなので」
すぐに間に入ろうとした五月と梅雨空に対して、手をヒラヒラさせながら静止する。
その毒気の無さと、そこにいるんだか、いないんだかハッキリしない存在感の薄さに二人とも気を削がれてしまった。
「セプテントリオン好きなら、プリンス・オブ・ペルシャとかも好き? あれも時間制限つきの鬼ゲーだよね?」
「プリンス・オブ・ペルシャも好きですよ! 鏡から出てきた自分をどうすればいいか分からなくて苦労しました」
「納刀するとか気づかないよね。それまでガンガン斬り合いさせといてさ。攻撃しないと言えばFF4のパラディンになるイベントもそうだったよね」
「あれ最初に倒すって言ってるから倒すものだと思ってました! 何度もやられてスカルミリョーネと何回戦ったことか!」
「わかるー」
わははははは。
と、二人で楽しそうに笑っている。
敵の中に未明子と同じ属性の少女が混ざっていた。
未明子の好きなゲームはいわゆるレゲーと言われる古いゲームなので、それが分かる、と言うか同じ感覚で話ができるのはかなり希少な存在だ。
「はぁーやっぱりゲームの話ができるのは楽しいね。スーパーファミコンの話ができるのは結構年齢上の人達だから、同世代なんて嬉しいよ」
「私もです」
ゲーム少女と未明子はお互いニコニコしていて、まるで昔からの友達みたいだった。
ゲーム好きの人ってゲームの話ができるとそんなにすぐに仲良くなれるものなの?
「ちょっと黒馬。そいつ討伐対象よ?」
「別に討伐対象だからって仲良くしちゃいけない理由は無いでしょ?」
「そりゃそうだけど……」
ゲーム少女はこの三人の中では一番歳下そうな雰囲気だが、何故かあの生意気な葛春が強くは言えないようだった。
「桃。私が犬飼さんと戦っていい?」
「別にいいけど……そいつのステラ・アルマはそのちびっ子よ?」
まだ言うかこの小娘。
「うーん。多分だけどこの子がアルタイルだと思うよ? 本人もさっきからそう主張してるし」
「それはないでしょ」
「そうだって言ってるでしょ」
葛春桃はどうしても私を1等星とは認めたくないらしい。
何を1等星に幻想を抱いているのやら。
フォーマルハウトやアケルナルの姿を見せてやりたいわ。
「はあ……じゃあそいつは黒馬に任せるから、他は全部もらうわよ?」
「ひっ!? 私はどうすれば!?」
「あんたは黒馬を見てればいいわよ。別に戦いたくないでしょ?」
「あっ。じゃあ、じゃあ、そうさせてもらいますね! ありがとうございます!」
北斗七星は2等星と3等星の構成だったはず。
このゲーム少女が契約しているステラ・アルマが2等星だったとしても、1等星と1対1を求めてくるなんて正気なのかしら。
それに葛春桃にしても他全員を一人で相手するのはどう考えても無理でしょう。
戦力分析ができないのか、単純に身の程知らずなのか。
何にせよ私達を舐めているのは確かだ。
「はいじゃあ決まり。あんた達もそれでいいわね?」
葛春桃が全員を見渡した。
強引な話の進め方に夜明やツィーは困惑していたが、血の気の多いアルフィルクと梅雨空はそれはもう晴れやかなほどの煽り顔を決めていた。
「じゃあ全員であんたをぶっ潰せばいいのね」
「ふん。1等星だからって油断しないことね。私達だって伊達に討伐部隊を名乗ってないわよ?」
「いいわ。1等星の力を見せてあげるんだから」
あ、そう。
アルフィルクはその設定で行くのね。
もう好きにしてちょうだい。
「全力で叩き潰してあげるから覚悟しなさいよ」
「言うじゃない。戦る気があるのは嫌いじゃないわ。あんたは?」
「羊谷梅雨空。名前だけでも覚えて帰ってね」
それってそんな怖い顔して言うセリフなの?
と言うかこういう時に使うセリフなの?
「盛り上がってきたわね。管理人は戦闘用ユニバースを準備しなさい!」
何か物騒な者同士で盛り上がり始めたので、もう後はお任せしてしまおう。
私は後で傲慢少女の悔しがる顔だけ拝めればそれで良しとするわ。
「あ! あと葛春さん!」
「うっさいわね! 何よ?」
未明子が大声で傲慢少女の名前を呼んだ。
「あの。もう一個言いたいことがあって!」
「はあ? まだあんの?」
「ちょっとスカート短すぎかなって」
「は?」
「ずっとパンツ見えてますよ!」
未明子がいたって真面目な顔で指摘した。
それを聞いた葛春桃は、途端に顔を真っ赤にしてバッと自分のスカートを手で押さえた。
「あんた何見てんのよ! 変態!」
「いやこの角度だとどうしたって見えちゃいますよ。アンスコ履いてないし見せてるのかと」
「見せてる訳ないでしょ!? ただ短いのが好きなだけよ!」
少女は涙目になってずっとスカートを押さえ続けている。
そんなに恥じらうなら短いスカートなんて履かなきゃいいのに。
ああ……倒すまでもなくすでにいい顔を拝めたわ。
「あ、あ、ごめんなさい! 泣かせるつもりじゃ……名前の通りにピンクのかわいいの履いてるなと思って」
「いらん報告すなッ!!」
そのやり取りにアルフィルクと梅雨空はバカ笑いだし、何ならセプテントリオンの二人もクスクス笑っていた。
何とも残酷な仕打ちである。
あんなに調子に乗っていた女の子にこんな恥辱を与えるなんて。
さすが私のパートナー。敵には容赦ないってワケね。
「あんたらも笑ってるんじゃないわよ! 管理人! 準備できたわよね!?」
「完了している。10048世界を使用されたし」
葛春桃は持っていた長剣を引き抜くと、何も無い空間を袈裟斬りにした。
斬られた空間がベロリと裂け、そこにゲートが開く。
「人間がゲートを開いた!?」
「あんた達と違って私達にはこれくらいできんのよ!」
あの剣を使って好きな場所にゲートを開けるらしい。
そう言えばここに来た時もステラ・アルマを同伴していなかった。
普通の人間にユニバースを移動する力を与えるなんて……セレーネはまさにやりたい放題だ。
「犬飼未明子! 準備してくるから覚悟しておきなさい! 絶対連れ帰ってやるんだから!」
捨て台詞を吐きながらゲートへと飛び込んで行く葛春桃。
こちらに一礼して彼女についていく藤袴。
未明子に手を振って黒馬おみなえしが入っていくと、そのゲートは静かに閉じた。
「戦う前に敵の平静を乱すとはさすがワンコだな」
「そんなつもりなかったんですよ本当に」
「いい気味だわあのパンツ見せ女。私を侮辱するからあんな目に合うのよ」
「口悪いわね。まあアイツの相手は1等星である私に任せておきなさい」
「アルフィルクも調子乗ってると痛い目見るわよ?」
「あの、セレーネさん。犬飼さんってこのままなんですか?」
私達がわちゃわちゃしている横で稲見が未明子を心配していた。
すっかり簀巻き状態で落ち着いているけど、きつく縛られているんだった。
「ふむ。そうだったな」
管理人がコートのポケットに手を入れて何かを操作する。
キュイーンと高い音が響くと、未明子の体に巻きついていた透明の輪がパチンと消滅した。
「ようやく自由になった! 下から見るのも楽しかったけどやっぱりこの目線がいいね」
「どこか痛むところとか無い? 大丈夫?」
「大丈夫。動けなかったけど不思議と痛みは無かったんだよね」
かなりきつく縛られていたように見えたが、未明子の体にアザなどは残っていないようだった。
「相変わらず面白い道具を待ってるねセレーナさん。晴れて私達は月の敵になったけどあなたとも敵対しちゃうのかな?」
夜明が部屋の隅で傍観している管理人に向かって言う。
「いつかはこうなると思っていた。管理者と戦うのは選択の一つとして認められている。その場合もワタシがサポートするが今回は犬飼への対処だ。これが終わるまでワタシは何も力になれん」
「ではあの討伐部隊を何とかすればいいんだね?」
「そうなるな」
未明子への処罰はすでにセプテントリオンに引き継いだ扱いになっているのか、管理人の態度はいつも通りに戻っていた。
「すばるくんは間に合いそうにないか。仕方ないが彼女抜きで戦おう」
「何で? 別にすぐに行かなくてもあんな連中待たせておけばいいじゃない」
「私達は反逆者だからね。無意味に相手の機嫌をそこねない方がいい。いよいよとなったら一方的に私達の世界を消してくるかもしれないしね」
「それなら到着したらすぐに参加してもらえばいいんじゃない?」
「それは無理だ。この世界は使者が到着した段階で封鎖させてもらった。別の世界からここには来られないし、ここにいるお前達はワタシが開いたゲート以外の場所に移動もできない。残念だがこのメンバーで戦ってもらう」
すでに管理人による囲い込みが行われていた。
だからあの三人はあっさりとユニバースを移動したのね。
こちらがすでに逃げられない事を分かっていたんだ。
「まあいいさ。それでも5対3だ。指示は出来る限り私が出すが、場合によっては稲見くんからも指示を出すから覚えておいてくれ」
「へ? 稲見ちゃんですか?」
「私が指示を出せない時の司令塔になってもらう為、ずっと戦術を仕込んでいたんだ。私が言うのも何だが優秀な教え子だよ」
夜明が稲見の肩をポンと叩くと、稲見は任せて下さいと言わんばかりに両手を握り込んだ。
稲見とフェルカドは後方支援タイプだと言っていた。
全体を見渡せるポジションからの指揮は信頼できる。
それに何だかんだで夜明は前線に出る事が多い。
指揮を稲見に任せて戦いに専念できるのはアドバンテージが高かった。
「じゃあ梅雨空。どっちが先にあのパンツ見せ女を倒せるか勝負しましょうか?」
「その勝負乗った。パンツだけとは言わず全身ひん剥いてやるわ!」
「うわーアルフィルクとソラちゃんがおっかないことを言い出したわ。アタシ達はちゃんと周りを見て戦おうね? 稲見ちゃん」
「はい! 五月さん!」
それぞれ気合いも入っているみたいだ。
未明子と梅雨空以外は久しぶりの戦闘なので気が抜けていないか心配だったが杞憂のようだった。
私達が準備を整えている間に、管理人が戦闘用ユニバースへのゲートを開いた。
アルフィルクと梅雨空が我先にとゲートに飛び込んで行く。
その後をムリファインがため息をつきながら付いて行き、彼女を宥めるように夜明とツィーが寄り添っていた。
稲見は五月とフェルカドのお姉さん二人に囲まれて和やかにゲートに入って行った。
残ったのは私と未明子。
未明子は私に目配せすると管理人の元に駆けていった。
「セレーネさん、違反したのはごめんなさい」
「そういうのはそのうち羊谷がやらかすと思っていた」
「え? ソラさんはそんな事しませんよ。清廉潔白で生きる人ですから」
「お前は清廉潔白では無いんだな」
「はい。清廉潔白に生きても何も守れませんでしたから」
それは鯨多未来のことを言っているのだろうか。
悲観している訳でも、拗ねている訳でも無い。
ただの事実として口に出しているように感じる。
「セレーネを倒します。それでこの戦いは終わりにします」
「そうか」
「はい」
それだけ言うと未明子は私の元に戻ってきて、優しい笑顔で「行こう」と言った。
私は頷いて、彼女と一緒にゲートへと向かう。
「犬飼。死ぬなよ」
ゲートに入る直前、管理人が未明子に声をかけた。
その言葉は仲間が仲間に送る言葉だった。
「はい。ミラに死ぬなって言われているので」
未明子はいつもの感情の読めない顔でそう言うと、私の手を引いてゲートの中に入った。




