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第90話 sleepland⑥

 その場所は機材に埋もれていた。


 何に使うのか分からない電源ケーブルや、色々な端子がついた映像ケーブル、マイクを繋ぐための音声ケーブルまで、多種多様なケーブルがそこかしこに転がっている。

 

 周囲には大量のモニター。

 右を見ても左を見ても何かしらの画面が目に入る。

 

 モニターはライブカメラのように街中(まちなか)を映していたり、監視カメラのように店の中を映していたり、ホームカメラのように部屋の中を映している物もあった。




 ここに来るのも何度目かになるベガだったが、この場所はあまり好きではなかった。


 何と言っても物が多い。


 物の多さに文句を言いたい訳ではない。

 それらを使用する為の効率の悪さに呆れるのだ。


 何でも機能的に使いたいベガからすると、壊滅的なレイアウトセンスで無意味に放置されている機材が不憫で仕方ないのだった。



「あれぇ? ベガさんじゃないっすか」


 放置された機材を避けながら進んでいると、上の階からメガネをかけた小柄な女性が階段を降りてきた。


 この女性の名前はクルサ。

 ここでは2番目の古株だ。


 クルサはベガから見ても羨ましくなる程に白く美しい髪を持っている。

 だが手入れを怠っているせいで、せっかくの美しい髪は無造作に伸び放題だった。


 しっかり整えたら倍は美しくなるのに……ちょっと私に触らせてもらっていいですか? と言いたくなるのをこらえ、ベガは挨拶を返した。


「こんにちわ。アケルナルさんに会いに来ました」

「ボスっすか? 朝方まで何か熱中してたからまだ寝てるんじゃないっすかね?」

「いつもの所にいますか?」

「多分いると思うっすよ。自分の部屋で寝て下さいってお願いしてるのに力尽きた場所で寝落ちしますからねーあの人」

「もう一回注意しておきます」

「お願いしまっす。私は少し出掛けてくるので何かあったら他のメンバーに声をかけて下さい。今日はラナとアカマルは見かけましたので」

「分かりました」


 クルサはベガに頭を下げると、大欠伸をしながら玄関から出て行った。



 ここは八王子にある、とある屋敷。

 外観は洋風だが内装はいたって普通の住宅だ。


 部屋数だけは多く、ここを拠点としているアケルナルとその助手達が住み込みで活動している場所だった。

 活動していると言ってもそれぞれ好きな事をやっているだけなのだが。


 助手も全てステラ・アルマ。

 しかも全員がエリダヌス座に属する星だ。

 それ故についた集団名が「エリダヌスコレギウム」


 たまたま集まったのか、何かに引き寄せられたのか、それともエリダヌス座の星には変わり者が多いのか、ここにいるのは一癖ある者ばかりだった。


 いま会ったクルサはまだ話ができる方だ。

 何度も顔を合わせているのに全く意思の疎通のできない者や、喋る能力を奪われてしまったのかと疑うほど無口な者もいる。


 クルサが言っていたラナとアカマルは話はできるし気も使えるタイプなので、ベガは今日会う可能性があるのがその二人なことに安堵していた。


 そうは言っても目的の人物が一番癖が強いので、何のストレスも無くここから立ち去るのは難しいだろうと言う覚悟もしている。



 屋敷の二階に上がり、目的の部屋までの廊下を歩く。


 廊下にも何に使うのか分からない機材や脱ぎ散らかした服が放置されていた。

 仮にも女性が集まる場所だと言うのにこの有様は何なのだろうか。


 だが女子校に通っているアルタイルに言わせると異性のいない女子の集まりなど、大概こんなものらしい。


 アルタイルが部屋に服を脱ぎ散らかしているのを想像しただけで頭が痛くなってくる。

 ベガは彼女がそんな風に染まらないで欲しいと強く願っているのだった。



 目的の部屋の扉は半開きになっていた。

 一応ノックをしてみるも予想通り返事は無い。


 待っていても埒があかないので不躾とは思いつつも勝手に入室する。


 そこはアケルナルの執務室だった。


 広めの部屋に質の良い調度品が並んでいる。

 窓も大きく部屋としては文句の無い作りなのだが、如何せんその調度品には所狭しとガラクタが置かれていて、そこから溢れたガラクタが地面を埋めていた。

 

 そしてここには一階よりも更に多くのモニターが置かれている。

 カーテンを閉め切っているのにモニターの光で部屋の中は昼のように明るい。


 そんな目に優しくない部屋のすみっこで、グースカといびきをかいて寝ている女性がいた。

 

 青い髪を腰まで伸ばし、猫のように丸まって寝ている小柄な女性が目的の人物アケルナルだ。

 ゆるゆるのTシャツに薄汚れた白衣を着て、まるでゴミ箱に突っ込んだような哀れな姿だが彼女はこれがデフォルトだった。


 涎をタオルケットに垂らしながら半目で寝ている姿を見ると、これが全天21の1等星の中で序列10位のステラ・アルマとはとても思えなかった。


 そしてその上に覆い被さって眠っているこれまた似たような体型の金髪ショートの女性が、最近メンバーに加わったジバールだ。

 ジバールもアケルナルと似たような薄汚い恰好をしている。


 二人とも真冬だと言うのにタオルケット一枚を適当に被っているだけ。

 ある程度の室温が保たれている部屋とは言え、何故そんな薄着で眠るのか正気を疑ってしまう。



「アケルナルさん。アケルナルさん」


 寝ているアケルナルを起こすために体を揺らすも反応は無い。

 

 いつもこうだ。

 彼女は一度眠りについたら隣で爆発が起きようとも決して目を覚さないのだ。

 彼女を強制的に起こすにはある方法を取らなければいけない。


 ベガは自分の鞄の中からタッパを取り出すと、かろうじて隙間のある作業机の上に置いた。


 タッパの蓋を開くと美味しそうな匂いが広がる。

 中には焼きたてのマフィンが入っていた。


 このマフィンはお菓子作りが最近の趣味になっているベガが焼いた物で、元々のセンスも相まってお店顔負けの出来だった。


 ベガはそのマフィンを一つ取り出し、眠っているアケルナルの顔に近づけた。


 マフィンの甘い匂いがアケルナルの鼻腔をくすぐると、アケルナルは口をムニャムニャさせながら動き出す。

 匂いに釣られてマフィンを齧ろうとするが、ベガが寸前で手を引いて避けた為にアケルナルは空を齧った。


 次にアケルナルは匂いの元を奪い取ろうと腕を伸ばしてきた。

 ベガはすかさずその腕を掴むと、寝床から強引に引き摺り出す。


 体をズルズルと引きずられ、上に覆い被さっていたジバールがコロンと転がった。


 それでも二人とも一向に目を覚ましそうにない。


(無防備すぎる……)


 ベガは寝たままのアケルナルを抱きかかえてモニターの前まで連れて行くと、耳元でこう呟いた。


「カペラさん、映ってますよ」


 するとアケルナルは、まるで今まで起きていたかの様にカッと目を開いた。


 そして


「カペラ!? とうとう見つかったのか!? どこだ!? どこにいる!?」


 今まで寝息を立てていたとは思えない勢いでモニターの画面を食い入るように見始めた。


 

 しばらく画面を探すも目的の人物がどこにも見つけられなかったアケルナルは、ようやく自分を抱えているベガの存在に気付いた。


「おはようございます。嘘です」

「ベガか。毎度毎度同じ嘘をつきおって」

「アケルナルさんこうでもしないと起きないじゃないですか」

「崇高なわたしに嘘をつくとは太い奴だ」


 毎度毎度同じ嘘に騙されている輩に崇高さなどあるのだろうか。

 と言うか崇高だと主張するならそれに相応しい格好をして欲しい。


 ベガは呆れながら抱えていたアケルナルを床に降ろした。


 長身のベガに対して小柄なアケルナルを対比するとまるで大人と子供のようだった。

 アケルナルは小さな体で大きな欠伸をすると頭をボリボリと掻く。


「さっき会ったクルサさんも欠伸してましたけどちゃんと寝てるんですか?」

「知らん。わたしが他の奴の管理をしとると思うのか?」

「いえ全然。肉体を持っている以上、無理をすると死ぬって理解してるのか心配になって」

「どうせステラ・アルマは死んでも蘇ってくるんだ。一度や二度の死くらい些事よ」

「アケルナルさんは記憶の保持ができますけど、他のメンバーは全部忘れちゃうんですから無理させないで下さいよ?」

「私がさせている訳では無い。ここのモットーは ”各々自由にやる” だからな。寝るのも死ぬのも好きにしたらいい」


 その放任、と言うよりも放置っぷりの結果がそこのジバールの有様である。


 加わったばかりの新参者が一番偉い者に覆い被さって寝ていても誰も叱らない。

 今も上司が起きたと言うのに、下っ端の彼女はぐうぐうと気持ち良さそうに寝息を立てていた。


「それ土産か?」


 アケルナルがタッパのマフィンを指差す。


「はい。そんなに量はないですけどみんなで分けて頂ければと思って持って来ました」

「いつ姿を現すか分からない奴の分を残しておく意味は無いな。わたしが全部いただこう。とりあえずお茶でも入れさせるか」


 アケルナルが胸の前で両手をパンと叩く。

 すると部屋の中に複数の影が現れ、その影が人の形を成して行く。


 影から生まれたのは、さっき会ったクルサ、そしてそこで寝ているジバール、今日はまだ顔を見ていないアカマルだった。


「アーヒル・アン・ナハル。いつ見てもお見事ですね」


 これはアケルナルの固有武装。

 アケルナルが影に触れた者と同じ能力を持った鏡像を創り出す能力だ。

 過去に触れた事のある者は以降いつでもその鏡像を創り出すことができる。


「わたしが眠っている間は持続できないのが欠点だがな。クルサ、ジバ、マル。お前らちょっとお茶淹れてこい。二人分な!」


 アケルナルが命令すると、鏡像の三人は頷いて部屋から出て行った。


 アケルナルがやっている調べ物はとにかく人手が必要になる。

 アニマこそ消費するが手数を増やせるのは彼女にうってつけの能力だ。


「人手があるなら少しは部屋を片付けたらどうですか?」

「馬鹿者。そんなのに工数を割いてたまるか。そんな時間があるなら調べ物させるわ」

「廊下に落ちている物を避けたりしてたら逆に効率が悪いと思うんですけど?」

「どうせ片付けてもすぐに散らかる。今の状態が一番ベストなんだ」


 この状態をベストと言い張る?

 とことん自分とは考えが合わない。


 ベガはそう思ったが、この自称崇高な相手を説得できるわけがないので早々に諦めた。


「そう言えばお仲間を略称で呼ぶんですね。あなたくらいですよ? 地球の子がつけてくれた星の名前を略すステラ・アルマなんて」

「まあ名前をくれたのには感謝しているが、所詮個々を識別するだけの呼称だからな。お前こそ自分の固有武装の名前をアルタイルと交換してるじゃないか」

「あれは私とアルタイルの絆だからいいんです」

「なんだその理屈は。それならわたしだってアイツらを愛称で呼んでいると思えばいいだろうが」

「そうなんですか?」

「いいや。面倒なだけだ」


 アケルナルは足元に転がる機材を足でどけると、傍にあった椅子を置いてそこにチョコンと座った。

 

「それよりお前は何しに来たんだ? またアルタイルについて聞きに来たのか?」

「はい。あれ以来あっちのユニバースには行けなくなってしまったので、つぶさに確認しておこうと思いまして」

「お前さん相方への愛が重すぎやしないか?」

「この星に降りたって早々カペラさんを追っかけ回してるあなたに言われたくないですよ」

「まだ分からんか。わたしは別にアイツを愛してなどおらん。ただどれだけ探しても見つけられないから興味があるだけだ」


 アケルナルは他人への興味が異常なほど強い。

 その興味の強さから、他のステラ・アルマやその周囲にいる人間の行動を日夜観察していた。


 中でも、ぎょしゃ座一等星のカペラには並々ならぬ熱を注いでいた。

 

 この屋敷に別のユニバースを観察する為のシステムを構築してから彼女(カペラ)だけは一度もその姿を捉えられていなかった。


 それがアケルナルの心に火をつけたらしく、様々なステラ・アルマや人間を観察しながらカペラを探すのに躍起になっているのだった。


「わたしと助手達の能力を合わせて作ったこの ”スカルナテ・プレソ・ステラ・マップ” 。どのユニバースのどんな相手でも補足できるハズなのにカペラだけはどうしても見つからん」

「カペラさん地球に来ていないのでは?」

「いや。一等星は全員地球に降りている。それはあの日確認したから間違いない。だから捕捉できないわけは無いんだ」


 あの日、とはセレーネの思惑に乗ってステラ・アルマが地球に降り立った日の事だ。


 ベガはアルタイル以外の星にはそれほど興味が無かったので知らなかったが、どうやら一等星は全員地球にいるらしい。


「じゃあ隠れるのに特化した能力を持っているのかもしれないですね」

「そうかもしれない。だが完全に姿を消すなど不可能。絶対に何かしらの痕跡はあるはずだ」

「まあどこかで顔を合わせる事があれば報告しますよ」


 ベガは定期的に様々なユニバースを渡り歩いている。

 自分が関わった事で他のユニバースがどういう影響を受けているか確認する為だ。


 それ故、他のステラ・アルマに遭遇する事も多い。

 アケルナルに偶然会ったのもそれがキッカケだった。


(この人、こう言っておかないとヘソを曲げるからな……)


 変わり者は何が起爆剤になるか分からない。

 なるべく気持ちを寄せたフリをして事なきを得ようするのはベガなりのコミュニケーションの取り方だった。



「お。来たな」


 先ほど給仕に向かわせた鏡像達がお茶の準備を揃えて戻ってきた。


 鏡像は机にお茶のセットを置くと一礼して部屋から出て行った。

 おそらくアケルナルに命じられている作業に戻ったのだろう。


「まあ座れベガ。アルタイルに関して面白い話が二つある」


 この物が溢れかえった部屋のどこに座ればいいのか疑問だったが、ベガはとりあえず目の前の椅子に積まれた本をどけてそこに座った。


「面白い話ですか?」

「そうだ」

「この前会ったばかりなのにもうそんな話があるんですね」

「おうよ。まず一つ目だ。何とアルタイルがアイドルをやるらしいぞ」


 出された紅茶を啜っていたベガは驚きで思わず咳き込んだ。


「……へ? アイドルですか? そりゃまた何で?」

「完全に会話を拾えたわけじゃないから詳しい事情は分からないが、どうも仲間に加えたステラ・カントルがアイドルをやっていてそれに巻き込まれたみたいだな」


 アケルナルがキッキッキッと猿のように笑いながらマフィンを齧る。

 下品な笑い方が鼻につくが、ベガはそれよりもアルタイルの行動の方が気になっていた。

 

「あのアルタイルが人前で歌って踊るなんてビッグバンが起こるより衝撃だ。是非とも1等星全員で応援しに行ってやりたいなあ」

「デネブとか泣いて喜びそうですね。しかしアルタイルがアイドルに興味があるなんて知らなかったな」

「いや巻き込まれただけっぽいぞ」

「それならちょっとアイドル衣装をデザインしてみようかな?」

「おい聞いているのか?」

「アルタイルだったらどんな衣装を着ても可愛いだろうし、確かにアイドルに向いてるかもしれない。何かインスピレーション湧いてきたぞ」

「聞けベガ。巻き込まれただけで本人の意思じゃないと言ってるだろうが」


 ベガは真面目な性格である。

 自分に厳しく規則にも厳格だ。

 不正は嫌いだし、白黒つかないのも嫌いだし、嘘やごまかしも嫌いだ。


 そんな性格もあってかベガは思い込みが強かった。

 これがこうだと思ったら他人の意見を聞かなくなる節があるのだ。


「人の話を聞かないと言う点ではフォーマルハウトとどっこいどっこいだぞお前」

「それでもう一個の面白い話とは?」

「お、おお……」


 そして唐突に話を区切り、聞きたいことだけさくっと聞き出そうとするのもベガの癖のあるコミュニケーションだった。

 今はとにかくアルタイルに関する話を聞くことしか頭に無いようだ。


「もう一つはつい昨日の事でな。それを昨晩徹夜で調べていたんだ」


 アケルナルが机の上に無造作に置かれていたリモコンを操作する。


 いくつかあるモニターの一つの画面が切り替わり、そこにアルタイルの姿が映った。


 他にもアルタイルの仲間が映っていて大勢でどこかのマンションに詰めかけているように見えた。


「アルタイル、何か機嫌悪そうですね」

「この後その理由が分かる」


 アケルナルはニヤニヤしながら興奮気味に画面を見ていた。


 映像は部屋の中へと続く。

 どうやってこんな風に映像を切り替えているのだろう? ベガが不思議に思いながら画面を見ていると、そこにとんでもない物が映った。


「……同じ人間を……集めている?」

「そうみたいだな。髪型が違うがこのフォーマルハウトの横にいる黒髪の少女と同じ個体だ」

「犬飼未明子……! これ、声は聞こえないんですか!?」

「このユニバースは接続感度が悪くてな。一応聞こえるがかなりガビガビしてるぞ」


 アケルナルがリモコンでモニターの音量を上げる。


『何でバレちゃったんだろう? おかしいな。フォーマルハウトへの命令がうまく機能しなかったのかな?』


『いいアイデアでしょ? 星に願いが届くなら、こうやって別の世界の私を集めてミラが帰ってくるように願えば星が叶えてくれるんだもんね』


 ノイズが酷く、鮮明では無かったが確かにそう聞こえた。

 

 ベガはモニターの画面を見ながら沸々と怒りが湧いてくるのを感じた。


(やはりあの少女、フォーマルハウトとくだらない事をやっていた)

 

(星に願いを叶えてもらう? そんなのは地球規模の人間が願った場合だ。あんな場所に集まる人数では到底無理に決まっている)


(どうしてフォーマルハウトもそんな無駄な事に手を貸している? もしかしてあの子もフォーマルハウトに騙されているのか?)


(いやそれはこの際どうでもいい。問題なのはそれにアルタイルが巻き込まれている事だ)


 ベガが怒りを抑えながら状況を整理していると、アケルナルが自分の座っている椅子をバンバンと叩いて騒ぎ始めた。


「キッキッキッキッキ! こんな馬鹿をやる人間がいるとはな! 他のユニバースからこんなに大勢の人間を攫ってくるなんて重大なルール違反だ。自分だったら問題ないとでも思っているんだろうな!」


 心の底から楽しそうに笑っている。

 こういうモノを見つけてしまうからアケルナルは他人への興味が尽きないのだろう。


「これってバレたらどうなります?」

「あの女のことだ。細かく罪状をつけるよりもユニバースごと消滅させるだろうよ」


 それはそうだろう。

 いま行われているのは増えた世界を減らす為の戦いだ。

 戦いに勝った世界はそれを免れているだけ。

 大きなルール違反を起こした世界をわざわざ残す理由はない。


「私、これで失礼します」

「おいおい! どこに行くんだ?」

「セレーネの所です」

「何しに行くんだよ? アイツはステラ・アルマを嫌ってるから行っても煙たがられるだけだぞ?」

「これがバレる前に先に報告します。それで罰をあの人間だけに留めてもらうように交渉します」

「いや待てベガ! そんな事をしたら!」


 アケルナルの静止など歯牙にもかけずベガは駆け出した。


 執務室の扉を開け、勢いよく廊下に出ると丁寧に扉を閉める。

 そしてキッチリ閉まったのを確認すると猛スピードで廊下を走って行った。


「いや扉はしっかり閉めるんかい!」


 一連の行動につい突っ込んでしまう。

 慌てながらもそこはブレないのがベガらしい。


 アケルナルが追いかける間もなく足音は遠ざかって行った。



 途方にくれたアケルナルはとりあえず紅茶を啜る。


 モニターには何やら問題の少女と銀髪のステラ・アルマが揉めているような映像が映っていた。


 昨晩この映像を見てからアケルナルは犬飼未明子と呼ばれていた黒髪の少女に関する情報を集めた。

 

 過去に別のステラ・アルマと契約していた事。

 そのステラ・アルマをフォーマルハウトに殺された事。

 そしてアルタイルと再契約をした事。


 断片的ではあるが犬飼未明子がどんな人物かは分かっていた。


「ベガは本当に最後まで人の話を聞かんな。そんなだから回り回って自分の首を絞めるんだ」


 おそらくベガは一つ勘違いをしている。

 前にここに来た時もその勘違いをしたまま飛び出して行ってしまった。


「ベガは犬飼未明子がフォーマルハウトのステラ・カントルだと思い込んでいる。アイツを庇う奴なんて契約をしているステラ・カントルくらいしかいないと思っているんだろう」


 犬飼未明子はアルタイルのステラ・カントルだ。

 その事実をベガが知っていたら犬飼未明子に対する態度はもう少し変わっただろう。


 普段なら面白い奴だと笑い飛ばすところだが、アケルナルは笑えない事態に発展する可能性を考えていた。


 このままいけば犬飼未明子は処分対象になる。

 ベガの交渉で罰を受けるのが犬飼未明だけになったとしてもそれをアルタイルが黙って見ているわけがない。

 つまりアルタイルも巻き込まれる形になる。


 そうなると後からベガに「どうして犬飼未明子がアルタイルのステラ・カントルなのを教えてくれなかったのか」と詰め寄られるのは想像に難くない。


 自分で自分の大切な相方を窮地に追い込んだのだから知った事ではないが、あの融通の効かないベガだ。どんな言いがかりをつけてくるか分からない。


「変わり者は何が起爆剤になるか分からんからな」


 アケルナルは苦い顔をしてそう言うと、再び胸の前で両手を叩いた。


 部屋の中に影が現れ、それが赤い髪の女性に変わる。

 目に気力を感じさせない暗い雰囲気を纏った女性だった。


「ザウラク。さっそくだが仕事だ」


 ザウラクと呼ばれた女性。

 正確にはその女性の鏡像がアケルナルを見る。


「お前に今から行ってもらいたいユニバースがある」


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