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第89話 sleepland⑤

 復活いたしました!

 体調も回復したので連載を再開しようと思います。

 今後も無理せず続けて行こうと思いますので、またよろしくお願いいたします。


 それでは前回の続きからどうぞ。

 

「分からん!」


 狭黒夜明(はざくろよあけ)の声が部屋に響いた。


 彼女がそう口にするのは珍しい。

 大抵の事には何かしらのアンサーを捻り出してくる人物なのでお手上げ状態になるのは稀だった。



 私達は未明子が観念した後そのまま話し合いをすることになった。

 別の世界から連れて来た未明子達をどうするか、と言うのが議題だ。


 一番分かりやすい解答はそれぞれを元の世界に戻すこと。

 だがそれは不可能だ。


 ここにいる未明子達は消滅が決まった世界から連れて来られた。

 元の世界に戻そうにもその世界はすでに消滅してしまっている可能性が高い。

 

 こうすべきだ。

 ああすべきだ。

 色んな意見が出たが、どれも決定打にはならなかった。


 そして二時間も頭を悩ませた頃、夜明がとうとう先程の言葉を言い放ったのだった。


「私としたことが完敗だ。本当にどうしたらいいか分からない」

「大変申し訳なく思っております」


 この部屋にいる10人の未明子。

 それに他の部屋を合わせて合計30人の未明子達に「何も考えずに普通の生活をしろ」と命令をして帰ってきた私達の世界の未明子は、みんなの前でそれはそれは美しい土下座を決めて見せたのだった。


「いや。私の方こそ大見得を切っておいて申し訳ない」

「やっぱりもうすぐ消滅する世界に全員放り込むしか無いと思います」

「うーむ。それはあまりにも薄情だと思うんだよねぇ……」


 夜明が渋い顔を見せる。


 未明子以外、全員夜明と同じ気持ちだった。

 見知った顔の者を消滅する世界に残してくると言うのは後味が悪すぎる。


「なので私とフォーマルハウトでやります。ここに連れてきたのは私なんですから、私が責任を持って捨ててきます」

「捨てるなんて言い方は感心しないな。これから消える世界に取り残された君を想像すると胸が痛むよ」

「やめてよ夜明ぇ……ますます情が湧いちゃうじゃない」


 悲痛な声を上げたのはアルフィルクだった。

 アルフィルクは別の世界の未明子を抱きしめて悲しそうな顔をしている。


 何も考えるなと命令されているその未明子は、ポカーンと呆けた顔をしてアルフィルクのされるがままになっていた。


「何かさ、同じ未明子ちゃんなんだから全員融合! みたいなのできないかな?」

「そんな合体ロボじゃないんですから……」


 五月とすばるも散々頭をつかったせいで疲れたのだろう。

 会話が適当になってきていた。

 

「もう仕方ないから全員ここで飼うか? 30人くらいならあそこの浮かれたお子様が喜んで世話するだろ?」


 ツィーがそう言いながら呆れた顔を向けた。

 その呆れ顔の先にいる浮かれたお子様とは何を隠そう私のことだった。


「失礼ね。浮かれてなんかいないわよ」

「お前のそのだらしない顔を鏡で見せてやろうか? ステラ・アルマ失格の顔してるぞ」


 そう。


 私はいま未明子ヘヴンに来ていた。

 右に未明子、左に未明子、膝上に未明子、正面に未明子の四方八方未明子づくしだ。

  

 別の世界の未明子達はおそらく女の子は好きだけど恋人はいないのだろう。

 だから何も考えられなくても本能で私達のことが気になっているみたいだ。


 その結果、未明子本人と ”寄ってくるなオーラ” を出しているツィー以外に誰かしらが寄り添っていたのだった。


 正座をしているすばるの横で同じように正座をして肩を寄せ合っている未明子。

 五月に膝枕されて頭を撫でてもらっている未明子。

 アルフィルクに抱きしめられ嬉しそうに顔を赤らめている未明子。

 夜明にお茶を出したり茶菓子を出したり、甲斐甲斐しくお世話をしている未明子。


 そして残り6人の未明子達は、私の膝や肩を借りて眠っていたり、手を繋いだり、私の髪を触ったりしている。


 これを天国と言わずして何と言おうか!

 

 ちなみにフォーマルハウトの事も気になっているみたいだけど、一気に30人に固有武装を使用してアニマが尽きたらしく、隅の方でシオシオに干からびているので流石に触れないようにしているみたいだ。


 アニマ切れで死なれても困るので、私達の世界の未明子が例の飴をアイツの口に放り込んでいた。

 まあしぶとい奴だからそれで大丈夫だと思う。 


「……何か自分と同じ顔がみんなに甘えてるのは変な気分になるなぁ」

「私も最初は違和感あったけどこれはこれで可愛いからアリね」

「こんなに素直な犬飼さんは貴重ですしね」

「未明子ちゃんって長女なのに甘えるの上手だよねぇ」

「こらこら。いずれ別れるのは決まっているんだから深入りしては駄目だよ」


 ここにいるメンバーはそれぞれが未明子を気に入っているので、こんな風に甘えられて悪い気はしないみたいだ。

 深入りするなと言っている夜明ですら顔が緩んでいる。

 

 ああ駄目だ。

 こんな幸せ空間ではこの子達をどうするかなんて考えつくハズもない。

 もういっそツィーの言っていたように全員私が面倒見ようかしら。


「でもさ。この未明子ちゃん達をお世話しようと思ったら何とかなるもんなの? 食べる物だって服だって必要だよね? この三ヶ月間はどうしてたん?」

「食料も服も別の世界から調達してきました。どうせ消滅しちゃうんだから有効活用しようと思って結構大量にくすねてきてます」

「なるほど。じゃあ食事を作ったりとかは未明子ちゃん……えーっと、私達の世界の未明子ちゃんがやってあげてたの?」

「いえ、命令状態でも普通の生活くらいならできますよ。私はもともと家事全般できるので物があれば勝手に生きていけます」

「ふーん。じゃあ別にこのままでも問題ないんじゃない? 定期的に食料とか服とか差し入れすれば生きていけるんでしょ?」

「五月くん。それはそうだが、それは果たして生きていると言えるのかい? 目的も無くただ生きるだけなんて自由も何もない奴隷のようなものだよ」


 夜明に痛いところを突かれてしまった。

 確かにその通りだった。

 ここで生きていくだけの人生なんて意味が無い。

 それこそ本当にペットのような扱いだ。


「だからって見殺しにするのもイヤくない?」

「また話が堂々巡りしてるわね。さっきも散々話し合って結論が出なかったじゃない」

「本当に難しい問題ですね。夜明さん、ここは一旦解散にしますか?」

「むぅ……悔しいが時間的にもそれがいいかもしれないね。近い内にまた話し合いの場を設けようか」


 三人寄れば何とやらと言うが、これだけの人数で頭を捻ってもこの場で結論を出すのは難しそうだった。

 一度頭を冷やした方がいいかもしれない。


 ……特に私は。


「じゃあまた未明子ちゃん達はここで生活するんだね。……あれ? そう言えば何でここって電気とか水道が通ってるの? だってこの世界ってもう誰もいない世界なんでしょ?」

「それを言うなら私達が集まるオーパだって電気が来てるじゃない」

「そうだ! 今まで全然気にしてなかった!」


 五月は本当に今まで気づいていなかったみたいで、この世の隠された秘密に気づいてしまったみたいに驚いていた。

 すかさず説明好きの夜明が出てきて解説を始める。


「この世界はセレーネさんによって固定された世界だからね。そういう資源も固定されてるんだよ」 

「資源も固定?」

「世界が消滅する際、その消滅には段階がある。まずは人間をはじめとした哺乳類から消えていくのは知っているね?」

「前にセレーネさんに聞いた気がする。混乱を起こしそうな有機体から消えるんだっけ?」

「その通り。その後徐々に動物なども消滅して、動きのある生命体はすべて消える。そうやって動くものがいなくなった世界は、最後に闇に飲まれるようにして完全に消滅するんだ」

「私、ミラに最初に連れて行ってもらったのがあと5分くらいで消滅するユニバースでした。遠くの方に真っ黒な空間が広がってて怖かったです」

「何であの子そんな危険な場所に連れていったのよ」

「さあ……もしかしたら私が返事を渋った場合に急かすつもりだったのかも」


 もし本当にそうだったら鯨多未来もたいがいに恐ろしい娘よね……。

 たまたま移動した先が消滅寸前の世界だったんだろうけど。


「セレーネさんはその哺乳類が消えた段階の世界を固定しているんだ。固定された世界はそれ以上何かが増減する事はない。何かを消費したとしてもそれはすぐに元通りになる」

「じゃあこの世界で水道の蛇口から水を出しっぱなしにしても元の水量は減らないの?」

「そういう事になるね。ついでに言うと排水口から出て行った水もいずれ無かった事になる」

「でもそうすると水を飲んでも体の中から消えちゃわない?」

「私もセレーネさんに同じ質問をしたよ。考え方はステラ・アルマの存在と一緒らしい。数ある世界は基本的に全て同じ動きをしているがステラ・アルマが関わった事象だけは他の世界と違った結果になる。それと同じでこの固定された世界では私達が関わった物は本来の働きをするそうだ」

「えーと……どういうこと?」

「この世界で生活しても身の回りはいつも通り……と言うことでしょうか?」

「そうそう。すばるくんの言う通り。難しく考えずにそういう都合のいい世界と考えると良いよ」


 この辺りは管理人のやり方次第だ。

 難解な理論よりも ”管理人がそう設定した” と言うのが全てになる。


 拠点を作るために人間がいなくなった世界を都合よく使っているだけに過ぎない。

 そこに疑問を挟んでも明確な答えは無いだろう。


「なおさらこの世界なら未明子ちゃん達を面倒見られるのにねぇ……」


 五月が残念そうに言う。

 彼女的には何とかしてこの未明子達を助けてあげたいみたいだ。

 

「問題はここがセレーネさんにバレる危険性があるという事ですね」

「うん。私もそれを心配しているんだ。オーパから離れているとはいえ、資源を消費しているのを察知されるかもしれない。三ヶ月見逃されているから大丈夫だとは思うが用心に越したことはないよ」

「これまで通りに気付かれないのを祈るしかないわね」

「重ね重ね申し訳ないです。私にできることがあれば何でもやりますので何なりと申し付けて下さい」


 観念してから未明子はひたすら頭を下げ続けていた。

 まさか他のメンバーにここまで迷惑をかけるなんて想定外だったに違いない。


「ねえ! じゃあこの未明子を一晩だけ家に連れて帰ってもいい?」

「アルフィルクは何を言ってるんだ。正気かお前?」

「何よ。ツィーには関係ないじゃない。私はこの子を連れ帰って愛でるのよ」

「アルフィルク、疲れて暴走していますね」

「まあアタシも気持ちは分かる」

「五月、お前までそいつを連れて帰ったら我が家を出禁にするからな」

「いやアタシはしないよ!? 正気正気!」


 こんなに愛らしい未明子だから連れ帰りたいのは分かるけどまさかそれを堂々と口に出すなんて。

 アルフィルクも怖い女だわ。

 

「……とでも言いたいんでしょアルタイル」

「え? 心の声漏れてた?」

「あなた全部顔に出てるのよ。いいじゃない! ここで寂しく過ごすよりウチで楽しく過ごした方がこの子も幸せよ!」

「アルフィルクのウチは私のウチでもあるんだけどね……」


 アルフィルクの暴走に夜明は呆れを通り越して悟りの表情を浮かべていた。

 こうなったアルフィルクを止めるのは容易ではない。

 夜明はただでさえ疲れているのにこれ以上の労働は勘弁して欲しいとばかりに肩を落としていた。

 

「ごめんね。私は全然構わないんだけど大きな問題があるんだよね」


 もう完全に未明子を連れて帰る気になっているアルフィルクに私達の世界の未明子が口を挟んだ。


「実は服従の固有武装の効果はユニバースが変わると消えちゃうんだ。だから私達のユニバースに連れて行くと正気に戻っちゃうんだよ」

「そうなの!?」

「うん。だからここに連れてくる時も、騙すか、気を失わせるかしてこのユニバースに移動してから命令をかけてるんだ」


 あの能力の新しい欠点が露呈した。

 命令次第で変な解釈ができてしまう上に一つのユニバースでしか効力を発揮できない。

 強い能力ではあるけど、実は細かい管理が問われる能力なのね。


「ええー! じゃあ連れて帰れないじゃない。せっかく色々着せ替えて遊ぼうと思ったのに!」

「何をすばるみたいなこと言ってるのよ」

「失礼な。わたくし無理やり着替えさせたことはありませんよ?」

「お風呂から出てきたら服がそれしか置いてないのは無理やりではないの?」

「はて。それは何の話でしょう?」


 このお嬢様、澄ました顔してしらばっくれる気だわ。

 何て悪どい女なんだろう。口には出さないけどすばるだって未明子を連れて帰ろうとしてたくせに。


「……とでも言いたいんではないですかアルタイル?」

「また顔に出てた!? もう! 話が進まないからみんな諦めて解散しなさいよ!」

「アルタイルくんの言う通りだよ。これ以上の夜更かしは明日に響くから今日はもう解散にしよう。アルフィルクもその未明子くんを離しなさい」

「分かったわよ。未明子ー? また会いに来るからね。それまで大人しくしててね?」


 アルフィルクから解放された未明子は残念そうな顔をしながらコクコクと頷く。


 その姿を見た私達は更に後ろ髪を引かれながら部屋を後にしたのだった。





 干からびて動けなくなったフォーマルハウトを未明子が背負い、全員で元の世界に戻るとその場で解散となった。


 すばる、それに夜明とアルフィルクはタクシーを呼んでそれぞれの帰路に着いた。


 ツィーはそもそもこのマンションに住んでいるので三人を見送ると自分の部屋に戻って行った。

 五月はそのままツィーの部屋に泊まっていくようだ。


 そして私と未明子はフォーマルハウトを部屋まで運ぶとベッドに寝転がして早々に部屋を出た。



「タクシー呼ぶから少し待っててね」

「ね、未明子。せっかくだから歩かない?」

「ここから桜ヶ丘まで? 結構距離あると思うけど……ちょっと検索してみるね」


 未明子が地図アプリを開いて経路を検索し始めた。

 特に何も言っていないのに行き先が私の家になっているのが嬉しい。


「へぇ。歩いて30分くらいだって。思ったより近いね」

「私達の家があるの桜ヶ丘の端っこの方だもんね」

「そうだった。駅までバス乗る距離だもんね。何ならここからの方が近いかも」


 そう言うと未明子はスマホを片手に歩き始めた。

 私はその隣をついて行く。


 未明子は一人だと歩く速度が結構早い。

 前に学校に行く道で会った時も置いていかれてしまったくらいだ。


 だけど二人でいる時は歩幅を合わせて歩いてくれる。

 たまにチラチラ横目で見ながら遅れていないか気にしてくれるのだ。

 

 そういう未明子の優しさがとても好きだった。


 だから今回の件はショックが大きかった。

 未明子の優しさは自分には適応されない。

 目的の為なら自分を誘拐するし、奴隷のように扱うし、目的が達せられないならあっさり捨てると言い放った。

 

 もし鯨多未来と再開する為に自分の腕を切り落とす必要があるなら、未明子は何のためらいもなく切り落とすんだろう。


 私はやっぱり未明子を分かっていなかった。

 未明子の目には徹頭徹尾、鯨多未来しか映っていないのだ。

 

「未明子」

「どうしたの?」

「手を繋いでもいい?」

「え?」


 私はコートのポケットに入れていた右手を出すと未明子の左腕に近づけた。

 彼女は少し驚いていたが、すぐに自分もコートから手を出すと私の右手をぎゅっと握ってくれた。


 とても暖かった。

 体温ももちろんそうなんだけど、優しい握り方が私の心を暖めてくれた。


「寒かった?」

「それもあったけど手を繋いで歩きたかったの」

「そっか。私の手で良ければいくらでもどうぞ」


 繋いだ手をブラブラさせながら冬の夜道を歩く。


 月の綺麗な静かな夜だった。

 まるでこの世界には私と未明子しかいないんじゃないかと錯覚するような深い夜だった。


「さっき ”できる事があれば何でもする” って言ってたわよね?」 

「うん。何かして欲しいことでもあった?」

「して欲しいと言うか……教えて欲しいことがあるの」

「教えて欲しいこと?」

「私のことがどれくらい大切か」

「鷲羽さんを? うーん。そういうのってどうやって伝えたらいいんだろう?」

「簡単よ。今から私が聞くことに答えてくれればいいの。その代わり約束して」

「約束?」

「絶対に正直に答えること。それが私の望む答えじゃなくても構わないから正直に答えて欲しいの」


 そう言うと未明子は「うーん」と唸った。

 私はあえて未明子の方は見ずに、手を繋いだまま正面を見て歩く。


「……分かった。正直に答えるよ」

「ありがとう」


 未明子は大事だと思った相手に嘘はつかない。

 気を使って言わないことはあっても嘘そのものをつくことは絶対にない。

 それは分かっていて、あえて約束をした。



「梅雨空と私とどっちが大切?」

「ソラさんと? そりゃあ鷲羽さんだよ」


 即答だった。

 知り合ったばかりの相手と比べるのも変な話だと思うけど、それでも即答してもらえたのは嬉しかった。


「ムリファインと私は?」

「鷲羽さん」

「じゃあ、稲見と私」

「鷲羽さん」

「フェルカドと私」

「鷲羽さん」


 誰の名前が出てくるのか分かっているから答えも早い。

 と言うか、知り合ったばかりのメンバーと比べて悩まれたら少し複雑だ。

 

「じゃあ次ね。五月と私」

「鷲羽さんかな」

「ツィーと私」

「鷲羽さん」


 私よりも出会いの早い二人でも私を選んでくれた。

 思わず飛び上がりたい気分だったけど何とか自分を抑えた。

 

「じゃあ……すばると私」

「鷲羽さん」

「サダルメリクと私なら?」

「鷲羽さん」


 すばるとは色々あったから少し心配していた。

 それにサダルメリクも特別目をかけていると聞いていたのでもしかしてと思ったけど、すぐに私の名前をあげてくれたので安心した。


 ここまで聞けば、後の答えはもう分かっている。


「夜明と私」

「鷲羽さん」

「ありがとう。凄く嬉しい」


 私は浮き足立っていた。

 いつもより歩くのも早くなって、繋いだ手の振りも大きくなっていた。


「…………」

「…………」

「え? 終わり?」

「だってもう一人は聞かなくても分かってるもの」

「…………」


 微妙な沈黙が流れる。



 本当に私はその答えが分かっていたのだ。


 でも、あえて聞いて未明子の反応を楽しむのもありかもしれない。


「じゃあ、聞くね? 正直に答えてね? 私とアルフィルク、どっちが大事?」


 私はいたずらっぽい表情を浮かべながら未明子の顔を見た。


 未明子は特に焦りもせず、落ち着いた顔で私を見て言った。


「アルフィルク」



 ……そうだと思った。


 未明子の中で唯一アルフィルクだけは私よりも大事なのだ。

 と言うより、未明子にとってアルフィルクは特別な相手なのだ。


「……何で分かったの?」

「何でって……未明子、アルフィルクだけは名前で呼ぶじゃない」

「そんなので? ザダルメリクちゃんだってツィーさんだって、なんならソラさんだって名前で呼んでると思うけど」

「サダルメリク ”ちゃん” 、ツィー ”さん” 、梅雨空なんて名前どころか芸名じゃない。愛称で呼んでるように見えて微妙に距離を取ってるのよね。フェルカド ”さん” 、ムリ ”ちゃん” もそう。他はみんな苗字呼びだしね」

「フォーマルハウトは?」

「ただの固有名として呼んでるだけでしょ? アイツがリンゴって名前だったらリンゴって呼ぶだけの。敬意がこもってないのは分かるわよ」


 未明子にとって呼び方は自分との距離。

 近しい存在ほど呼び捨てで呼ぶ。

 鯨多未来に敬称をつけずにミラと呼ぶのがその証拠だ。


「アルフィルクはみんなが呼び捨てにするから気付かなかったわ。さっき彼女が別の世界の未明子を連れ帰ろうとしたのを見てようやく確信したの」

「え?」

「未明子、凄い嫉妬してたわよ」


 アルフィルクが未明子を抱きしめている時も微妙な表情を浮かべていた。

 自分と同じ顔が甘えているのが気持ち悪いのかと思っていたけど、連れ帰ると言い出した時に「何でお前が!?」とでも言わんばかりの顔になっていた。


 そいつを連れていくなら私を連れて行ってよ。

 そう言っているみたいに見えた。


 その時に分かったのだ。

 未明子は鯨多未来の次に、アルフィルクが好きなんだって。


「どうしてアルフィルクなの? こんなこと言うのもなんだけど、未明子はどちらかと言うとすばるの方が好みでしょ?」

「えぇ……。私の好みってそんなに分かりやすい? まあ、暁さんが好みなのは否定しないけどさ」


 自分では無自覚なのかも知れないけど未明子はお嬢様タイプの女の子が好きなのだ。

 鯨多未来も側から見てると良いところのお嬢様に見えるものね。

 すばるなんてど真ん中ストレートだ。 


「正直に答えるようにお願いされたから言うけど……アルフィルクはミラが一番信頼してる友達だし、ミラと付き合ってきた時間が一番長い。それにアルフィルク自身がミラを誰よりも大事に思ってるから私も自然とアルフィルクが好きになったんだよ」

「アルフィルクから一番鯨多未来を感じるってこと?」

「最初はそうだったよ。でも付き合っていく内に何でも遠慮なく言い合えるのが心地良くなってきてた。そのあたりからミラは関係なかったと思う」

「付き合いやすいものね彼女。何でも真剣に考えてくれるし」

「でもこの好きは友達としての好きだからね。私が女の子として好きなのはミラだけ。それは絶対に変わらないから」


 それを聞いて安心した。

 未明子がアルフィルクをどういう意味で好きなのかまでは分からなかったから、あくまで友愛として区別できているならそれはそれでいい。

 

「何でそんなこと聞いたの?」

「今回の未明子の行動に腹が立ったから」

「う……黙ってたのは謝るよ。ごめんね」

「うん。だから今後は私に何でも話して。例えそれが人道に欠ける事でも、何でも」

「鷲羽さんを危ない事に巻き込みたくないよ」

「それよ。それをもらうわ。女の子としての一番は鯨多未来にあげる。友達としての一番も悔しいけどアルフィルクにあげる。だから私にはパートナーとしての一番をちょうだい」

「パートナー?」

「そう。私を大事にしてくれるのはとても嬉しい。だからと言って安全圏に置いて欲しいわけじゃないの。どんな危険なところにだって未明子と一緒に行きたい。未明子の後ろじゃなくて隣にいたいの」


 未明子の一番は鯨多未来。

 それは変わらない。

 そして今日アルフィルクにも追いつけないことが分かった。

 なら私はその二人とは違うところで勝負するしかない。


「いいの? 知ってると思うけど私かなり危なっかしいよ?」

「いいわ。好きになった相手がそうだってだけの話だもの」

「もしかすると鷲羽さんを傷つけるかもしれないよ?」

「いいわ。未明子からもらった傷ならきっと嬉しい」


 未明子が鯨多未来を諦めないのと一緒だ。

 私もどんなことをしても未明子を諦めない。

 私は私なりに未明子の隣を歩く。

 

「……分かった。じゃあこれからはどんな事でも話すね」

「そうしてくれると嬉しいわ」


 私は立ち止まると、未明子の耳元に顔を近づけてこう囁いた。


「前みたいにいじめてもいいからね?」


 彼女が驚いて私を見る。


「……え?」


 未明子の顔は説明を欲していたけど、私はそれを無視して繋いだ手を上に掲げた。


 そして右手の小指をピンと立てる。


「約束!」

「う……うん。約束……」


 勢いに圧倒された未明子が私の小指に自分の小指を絡めた。


 私は満面の笑みを未明子に向けて、再び歩き出した。


 

 静かな夜に私と未明子の足音だけが響く。

 

 右手に伝わる彼女の体温を感じながら、私はこの夜の道がずっと続けばいいのにと思った。

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