第86話 sleepland②
未明子が突拍子もない事を言い出すのは良くある。
どうして今それを? と思うような事でも未明子の頭の中では整合性が取れているらしい。
だから今のお願いも彼女の中ではしっかり道筋があって、その流れで口から出たものなのだ。
「私の核を? 見たいの?」
「うん」
冗談を言っているつもりも無い。
あえて無理難題を突き付けているわけでも無い。
彼女はいたって普段通りにそれをお願いしている。
ただ、お願いされている方にとっては衝撃の内容だった。
核はステラ・アルマにとって存在そのもの。
その核を見せてくれと言うのは人間で言えば心臓を抉りとって見せてくれて言っているようなものだ。
「ダメかな?」
「えっとね……」
駄目か駄目じゃないかで言えば駄目だ。
だってそれをしたら私は死ぬ。
一度取り出した核を体に戻すことはできないんだから。
どんなお願いだって叶えてあげたい。
でもこのお願いを聞けばそれが私の最後の行動になってしまう。
……いや待って。
もしかしてこれはあれかしら。
私に自分の為なら死ねるかと聞いているのかしら。
未明子がどれくらい自分を愛しているのかを問うているのかもしれない。
そうだわ。
きっとそうなのだわ。
何かちょっと頭がグルグルしている気がするけど、それなら私の答えは決まっている。
「分かった。未明子の為なら私は死ねる! 待っててね、いま胸から抉り出すから!」
覚悟を決めた。
私の命ひとつで未明子の心が癒せるなら安いものだ。
私はいそいそと上着を脱ぐと、下に着ていた肌着にも手をかける。
「待って! 何やってるの!?」
肌着を半分くらい脱いだところで未明子に止められた。
何をそんなに焦っているんだろう。
「何って……核を抉り出すなら服は脱がなきゃ。流石に衣服の上からは無理よ?」
「やめて! そんな事したら鷲羽さんが死んじゃうよ!」
「そのつもりだったけど……違うの?」
「違うよ! ごめん、私の言い方が悪かった。その……フォーマルハウトの能力で核を取りだしてもらおうかと……」
「え? ……ああ!」
そう言えばコイツはそれができるんだった。
ステラ・アルマの核なんて身体の中に埋め込まれているのが共通の認識だ。
それを見せる為には胸を裂いて抉り出すしか無いと思っていた。
「一回! 一回服着よっか。そんな薄着だと部屋の中とは言え体が冷えちゃうよ」
脱いだ服をよいしょと着せ直してくれる。
こんな暖かい部屋の中で裸になったって別にそこまで寒くないのに。
未明子なんてあんな広い拠点の展望ホールで裸にされたのよ?
何で私の心配はしてくれるのに自分の心配はしてくれないのかしら。
「ええー! もうちょっと見せてくれよ! 姫がこんなに薄着になるなんて貴重なんだぞ?」
「何でお前の為に鷲羽さんが肌を晒さなくちゃいけないんだよ。ちょっとあっち向いてろ」
うるさいのが話に割り込んできた。
未明子は私がやっていたように自分の体を使ってフォーマルハウトの目から私を隠してくれる。
それでもしつこく私を見ようと首を伸ばしてくるので、未明子が蹴りを入れて吹き飛ばした。
「ごめんね鷲羽さん。やっぱり止めよう。よく考えたらアイツの能力を使うって事はアイツにも核を見られるって事だもんね」
「そりゃそうだ。ゲートを使って核を抜き取るには流石の私でも見てなきゃ無理だからな」
「ちょっとあっち行ってろっての! ベランダから飛び降りるように命令するぞ?」
ステラ・アルマが自分の核を見られるのは自分の全てを見られるのと同義。
人間の体で裸を見られるよりも、もっとずっと恥ずかしい。
それにあんな醜いモノを大好きな人に見られて失望されてしまったらと言う怖さもある。
でも、それでも。
未明子のお願いは何でも叶えてあげたい。
「いいえ大丈夫。未明子が見たいなら見せてあげる。フォーマルハウト、絶対に私の核には手を出さないと約束して」
「約束するまでもあるか! 私が姫の命に乱暴するわけないだろ!」
どの口がそれを言うのか。
戦った時にあんなにボロボロにしたクセに。
あまり痛みを感じないからって無痛じゃないんだからね。
腕を蹴り折られた光景だって今だにフラッシュバックするんだから。
「本当に大丈夫?」
「ちょっと怖いけど平気。フォーマルハウト、こっち来なさい」
「へいへい」
呼ばれてやってきたフォーマルハウトが私の胸に手をかざす。
「服の上からでも大丈夫なのか?」
「ゲートとゲートを繋げるだけだから服は関係ない。ただ正確にゲートを開かないと上手くいかないから絶対に動いたりしないでくれよ?」
そんな繊細な作業中に動けと言われても動きたくはない。
こんなの初めての体験だし。
でもここにいる二人は経験あるのよね。
フォーマルハウトはいいとして未明子はトラウマじゃないのかしら。
だってこれって鯨多未来が殺されたのと同じやり方でしょ?
自分の人生の中で一番見たくなかった光景と同じものを見せられるのに。
私は未明子がどんな顔をしているのか気になって彼女の顔を覗き見た。
未明子は気持ちの悪いとしか例えようのない顔をしていた。
変顔になっているとか、妙に興奮しているとかそういう気持ちの悪さではない。
感情の筋道が通ってないような生理的に気持ちの悪い顔だった。
私はその正体不明の顔を浮かべる未明子を怖いと思ってしまった。
私が未明子に怯えているのも束の間、フォーマルハウトの腕がゲートを通って自分の中に入り込んでいく感覚の方に意識が引っ張られた。
いい気分では無い。
自分の存在そのものに触れられて命の危険と不安が全身を包む。
フォーマルハウトは絶対に乱暴はしないと誓ったけど、そんなのは何のアテにもならない。
次の瞬間には核を握りつぶされて私は死んでいるかもしれないのだ。
「う……うう……」
痛みも苦しみも無くても声が漏れてしまう。
……鯨多未来もこれを味わったんだろう。
フォーマルハウトがゲートからゆっくりと手を抜き出すと、
その手の中に私の核があった。
青く輝くエネルギーの塊。
こんな得体の知れないモノが私の本体なのだ。
「未明子。いいか、ゆっくりだぞ。丁寧に扱えよ」
「お前がそれを私に言うのか? 自分が何をやったか忘れてるんじゃないだろうな?」
フォーマルハウトから未明子に私の核が手渡され、未明子は手の中にあるそれをじっと見つめた。
何も隠すものが無い剥き出しの命が大好きな人の瞳に映る。
見られたくない気持ちと、自分の全てを見られているという不思議な恍惚感のせめぎ合いで頭の中がグチャグチャになりそうだ。
「綺麗だね」
未明子がステラ・アルマの核に対してそういう印象を持っているのは知っていた。
だけど直に言われると自分の全てを肯定されたような安らぎを感じる。
「こんなの見ても楽しくないでしょ?」
「そんな事ないよ。これが鷲羽さんの命なんだって思うと愛おしく感じる」
「……それは、何だかとても照れるわね」
未明子は子供みたいに無邪気な顔で私の核を見ていた。
そんな純粋な目で見られたら余計に恥ずかしい。
そしてその隣では邪な顔でフォーマルハウトも私の核を見ている。
「はぁーこれが姫の核か。他のステラ・アルマの核なんて気持ち悪いだけだが、姫のは確かに美しく感じるな」
「何をあたり前のようにあなたも見てるのよ」
「こんなにゆっくり姫の命を眺められるなんてこの先絶対無いと断言できるからな。貴重なんてレベルの話じゃない」
ステラ・アルマが肉体に宿った自分の核を見る機会なんて無い。
ましてや他の星の核を見る機会なんてもっと無い。
コイツの能力と、核を取り出すなんて酔狂な事を承諾するステラ・アルマが揃わないと発生しない事態だ。
貴重と言うよりも異常だ。
いや、コイツは動けなくなった敵にこれをやっているんだった。
改めて鯨多未来の感じた苦痛と無念を理解する。
私が心を痛めている間も二人はじっと核を見続けていた。
その真剣な視線に何故か肉体の方の胸元がむず痒くなる。
「も、もういいかしら? 流石に恥ずかしいのが我慢できなくなってきたわ」
「全然恥ずかしくないぞ姫。もう今日はこのままでいよう」
「馬鹿なこと言わないで。いまでも顔から火を吹きそうなのに……ひゃあッ!!」
フォーマルハウトの戯言に耳を傾けていると、突然電撃が走ったような衝撃を受けた。
全身の神経という神経が一斉にスパークしたかのような衝撃に身体が大きく反応する。
自分の体に何が起きたのか?
それはすぐに分かった。
未明子が、私の核に口付けをしていたのだ。
「未明子!? 君、何してるんだ!?」
「何って鷲羽さんの核にキスしたんだけど」
「い、いかれてるのか!? 核は繊細だって言っただろ!?」
「だから優しくしたんだけど……もしかして苦しかった?」
苦しい?
苦しいんだろうか?
そう聞かれても初めての感覚すぎて苦しいと言っていいのか判別がつかない。
とにかく衝撃が大きすぎて言葉が出なかった。
心配そうな未明子の顔を見て、なんとか首を横に振る。
「良かった」
「良くない! 核に口をつけるなんてどういう影響があるか分からないんだぞ!?」
「うるさいなぁ。鷲羽さんが大丈夫って言ってるんだからいいだろ?」
「違う! 姫じゃなくて君の事を言ってるんだ。人間がステラ・アルマのエネルギーに粘膜的な接触をするなんて何が起こるか分からないんだ!」
「ああ、私の事か。なら別に気にしなくていいよ」
フォーマルハウトを軽くあしらった未明子は、続けて何度も核にキスをした。
その度に私の体の深いトコロに衝撃が走る。
「……あッ!」
その感覚が抑えきれなくなって、口から声が漏れてしまった。
未明子との身体の重なり合いでも出た事のない自分の声に驚く。
そんな私の声を聞いても未明子は意に介さず、何かに取り憑かれたようにキスを続けた。
「ふッ! ああッ! はぁ……う! あッ!」
フォーマルハウトが見ているのは分かっているのに声を抑えられない。
未明子にキスされる度に意思とは関係なく身体が跳ねる。
そうやって何度も身体が跳ねる内に、流石に自覚した。
これは快楽だ。
それも極上の、肉体では感じる事ができない魂を震わす快楽だった。
全身を走る衝撃が私の頭と思考を溶かしていく。
「未明子! こんな姫が見られて私も嬉しいが、そろそろやめてあげないか? これ以上続けると姫の身体の方がもたない」
意識が遠くなっていたのか、フォーマルハウトの声が遠くの方で聞こえる。
別に私はこのままでも構わないのに。
このまま未明子のされるがままでもいいのに。
最早私は快楽に遊ばれているようだった。
「……分かったよ。じゃあ最後に……」
「え? おい馬鹿!!」
フォーマルハウトの大声で少し目が覚めた私の目に映ったのは、舌を出して私の核をベロリと舐める未明子の顔だった。
「……ッッッ!!」
今までで一番大きな衝撃が身体を突き抜けた。
その衝撃で私の身体の中の何かがプツンと音を立てて切れてしまったのを感じる。
全身から力が抜け、座っている事もできなくなり、私は床に倒れ込んだ。
指一つ動かす事ができず、まるで全身の神経が全て焼けてしまったかのような感覚の中、身体だけは痙攣していた。
ボヤける視界の先でフォーマルハウトが未明子から核を取り上げるのが見える。
フォーマルハウトはすぐにこちらにやってくると私の身体を抱きかかえた。
そして胸の前にゲートを開くと、慎重に核をゲートの中に入れ込んでいく。
自分の身体の中に本来あるべきものが返ってきた感覚が戻る。
それでも私の身体は痙攣しているだけで、自分の意思では動くことはできなかった。
「ああ、姫の腰が抜けてる」
「鷲羽さん大丈夫?」
「どの口がそれを言うんだ。見ろ、こんなの姫がしていい顔じゃないぞ」
「笑ってる。かわいいね」
「このとろけた顔を見て言うのがそれか!? ……君、本当に凄いな。たぶんステラ・アルマの核を舐めた人間なんて宇宙で君くらいだぞ」
「愛おしいものってつい舐めたくなっちゃうよね。みんなやればいいのに」
「うおお……まさかこの私を引かせる人間がいるとは思わなかった」
二人がどんな会話をしているのか頭に入ってこない。
とにかく未明子は喜んでくれたみたいだ。
彼女が喜んでくれたなら本望だ。
私の体の事はどうでもいい。
「ここに倒れさせておくのも可哀想だからベッドに運ぶか」
「お前の寝床に鷲羽さんを寝かせるの何か嫌だな」
「そんなこと言ってる場合か! 君が姫をこんなにしたんだからな!?」
床に倒れ伏している私を未明子が抱き上げてくれた。
頭がフワフワしてて良く分からないけど、これはまさか……憧れのお姫様抱っこ!?
私は嬉しさのあまり歓声を上げたかったのに口から出たのは「うへへ」という汚い音だけだった。
未明子は私をベッドの上にそっと寝かせると、手を握ってくれた。
「脈拍すっごい」
「核よりも心臓が潰れるんじゃないのか?」
多分だらしなくヘラヘラした顔になっているであろう私を二人が見ている。
でももう頭も働かないから好きにして……。
「ああ、そうだ。アニマの補給の話を忘れてた。私の血で補給できるんだったら、ある程度ここにストックしておけるんじゃないか?」
「血液の保存なんてそれなりに専門知識が必要だぞ。ただ冷やしておけばいいってもんでもないからな」
「そっか。じゃあ面倒だけど都度補給するのは変わらないか」
「それより血液なんてくれて大丈夫なのか? それで倒れられても困るぞ?」
「ステラ・アルマの血液摂取における影響を調べたいんだ。少し気になることがある」
「私は実験台か。まあ未明子の血がもらえるんなら何でもやってやるよ」
何やら二人がアニマの補給に関して話し込んでいるみたいだ。
やっぱり補給はしてやるのね。しなくていいのに。
それよりも未明子は何でそいつとそんな友達みたいに話をしているの?
そいつはあなたの恋人を殺した相手なんじゃないの?
利用していると言ってもあまりにも距離が近すぎない?
二人の話し方に、利用する・される以上の親密さを感じてしまう。
「そうだ。双牛ちゃんにも話したいことがあったんだった」
「さっき菓子を差し入れてくれたからまだ部屋にいるんじゃないか?」
「お前、双牛ちゃんと妙に仲いいよな」
「私は一応あの子らの恩人らしいからな。悪い扱いはされていないんだ」
「あーヤダヤダ。お前みたいな奴が人助けなんて。早く地獄に落ちればいいのに」
「そう言うなよ。私はここに来てから全然寂しくないし毎日が楽しいぞ」
「お前が楽しいとか寂しいとかどうでもいい。双牛ちゃんの所に行ってくるから鷲羽さんをしっかり見とけよ」
「分かった分かった。ゆっくりしてこい」
未明子は私の頬を一度だけ撫でると部屋から出て行った。
……ああ。
まさかこんな事になるなんて。
核を見せるだけだと思っていたのにキスされたり舐められたり。
宇宙に誕生して数億年たったけど、こんな快楽に溺れる日が来るとは思いもよらなかった。
ああ、でも。
こうやって余韻に浸っていると、さっきまでがとても幸せな時間だった気がする。
「……」
「……なに?」
ベッドに寝転んでいる私の顔のすぐ横で、フォーマルハウトがじっとこちらを見ていた。
せっかくいい気分なのに視線がたいへん気持ち悪い。
それに声を出すのもやっとなんだから関わらないで欲しい。
「こんな状態の姫を私に任せるなんて未明子も危機感が薄いなと思ってさ」
「……あなた……命令されてて……私に何もできないでしょ?」
「それがそうでもないんだな」
フォーマルハウトは立ち上がると、自分もベッドの上に乗り込んできた。
そして寝ている私の上に覆い被さる。
「……ちょっと……やめて。いま本当に動けないの」
「だろうな。あんな目にあわされて動けるわけがない。我がマスターながらイカれっぷりが度を越してる」
未明子をマスターと呼ばれると気持ちがささくれ立つ。
別に未明子はコイツの主人じゃないし、マスターという言葉がパートナーよりも深い関係に感じるのが気に入らない。
「さぁ姫。服を脱ごうか?」
「え? ちょっと……やめなさいよ」
「やめないよ。誰もいない私の部屋の、私のベッドの上に、こんなクタクタの姫が無防備に寝転がってる状況なんて今後何億年あっても二度と訪れないと断言できる」
目を細めて獲物を狙うように見つめながら、フォーマルハウトは私の着ている服をスルスルと脱がし始めた。
「……どうして? あなた手は出すなって……命令されてるんじゃないの?」
「されてるよ。だから危害を加えるような事はしていない。これは介護だ。苦しそうな姫を助けようとしてるんだよ」
「な……なにその理屈? やだ……」
嫌がったところで身体は全く動かない。
されるがままに上着を脱がされてしまった。
脱がした上着を楽しそうにベッドの外に捨てると、今度は下に来ていたキャミソールにも手を伸ばす。
「私の服従の固有武装は能力は強いがその分制限も強い。特に命令内容に関しては正確に命令しないと解釈次第でどうとでもできるんだ」
できるだけ体を捻って逃げてみるも、抵抗虚しくキャミソールも脱がされ下着姿にされてしまう。
「お願い……やめて」
「痛みを与えられても平気なのにこういうのは嫌がるんだな。まあ嫌がってもらった方が楽しいし、たっぷり嫌がってくれ」
フォーマルハウトは下着に手をかけると引きちぎるように強引に脱がした。
上半身に着ていた物は全てはぎ取られ、胸を曝け出されてしまった。
「こ、こんなことして許されると思ってるの?」
「許されるさ。だって未明子は私に言ってたじゃないか。姫をしっかり見ておけよって。だから私は言われた通りにしっかり見ているんだ」
「そ……そんな……」
蹴り飛ばしてやりたいけどそんな力は出ない。
立ち上がって逃げることもできなければ声を出して叫ぶこともままならない。
絶対絶命だった。
コイツを止める術が何も無い。
「こうやって姫の胸をじっくり堪能できる日が来るとはなぁ……」
「そ、それ以上は、絶対に許さないから」
「そうだな。手は出せないもんな。でもな、口はだせるんだ」
「……口?」
フォーマルハウトが私の腕を掴んでベッドに押し付ける。
目の前まで顔を近づけてきて舌舐めずりをすると、私の首元をベロリと舐めた。
「やッ!」
「お。いい声で鳴くじゃないか」
生暖かい唾液が首元を濡らす。
全身を不快感が襲い顔を歪める私を尻目に、フォーマルハウトの舌は首元から体の方へと下って行き、鎖骨を経由して胸元へと進んで行った。
「な? 全然固有武装が発動しないだろ? ここまでしても命令に背いていない判定なんだ」
服従の固有武装の効果は以前実証した。
そして実際に命令を受けているところも見た。
だからコイツは絶対に私には手を出せないハズだ。
それでもこんな事をされてしまうならフォーマルハウトは嘘は言っていない。
本当に命令の仕方一つでこんな不正を許してしまうのだ。
やはり無条件に強い能力では無かった。
「抜け穴はいくらでもあるんだ。例えば私の口を封じようとしても、命令次第では何だって喋る事ができる」
「……どういう事?」
口を封じる?
コイツもしかして暗に何か伝えようとしてる?
「もしかしてあなた私に……あッ! それ以上はダメ!」
「まあそれだけ覚えておいてくれればいいよ」
「ダメだって……言ってるのに……ひぅう」
コイツが何を伝えようとしているのか何となく理解はできた。
できたけど。
だからと言って襲われるいわれはない。
「ん。姫は美味しいな」
「味なんて……しないでしょ……ッ!」
こちらの静止なんて全く聞かずに胸を舐めだした。
私は未明子以外に身体を許すつもりはないんだってば。
「核をいじくり倒されたせいで感度が良くなってるのかな? それともいつもこんななのか?」
「う……うるさい……いいから……離して……」
「ふーん。離れていいのか? 胸から離れたらもっと先に進んじゃうぞ?」
「い……いい加減に、しろ!」
渾身の力で何とか右手を少しだけ動かすことに成功した。
でもその右手はフォーマルハウトの頬をわずかに撫でただけで力尽きてしまう。
「どうした? もしかして手も舐めて欲しいのか?」
「そんなわけあるか」
「そうだよな。それよりもっと大事なところがあるんだからそっちが先だよな」
「は!?」
フォーマルハウトの指が私の太ももをなぞり、ついにスカートの中に手を入れてきた。
やばいやばいやばい!
このままだと本当にやばい。行くところまで行かれてしまう。
危険信号が頭に鳴り響く。
悔しい。
こんな奴にいいようにされているのが本当に悔しい。
でも私には打つ手が無い。
もう後は偶然未明子がここに戻ってきてくれるのを願うしかなかった。
「み、未明子ぉ……」
我ながら情けない声で自分のパートナーの名前を呼ぶ。
勿論こんな声が稲見の部屋まで届くわけが無い。
ただの泣き言だ。
でもその泣き言に効果があったのか。
何故かフォーマルハウトの手がそこで止まった。
「……?」
「ま! お楽しみはこのあたりにしておくか。何だその泣きそうな顔。大丈夫だ。これ以上はやらない」
「これ以上って……結構ひどい事されたわよ?」
「そうだな。でもその分のお返しはしたつもりだぞ」
お返し?
もしかしてさっきの固有武装の欠点のこと?
あれを教える代わりに私を襲ったの?
「私が今できるのはせいぜいここまでだ。後は自分で考えるんだな」
またいつもの謎の上から目線だ。
フォーマルハウトはベッドから投げ捨てた服を集めると、丁寧に私に着せていく。
まさかコイツこれでチャラなんて言い出すつもりじゃないわよね。
「もし続きを期待してるなら今度また来なよ」
「んなわけないでしょ……絶対に仕返ししてやるんだから」
「仕返ししてくれるのか? それは楽しみだ」
一通り服を着せたあと丁寧に布団までかけてくれる。
いやもう何なのよ一体。
「……まだあなたの意図は完全に掴めないけど、色々とヒントをくれたって事よね?」
「さあな? 私はそんなつもりは、無い」
どうやらそのつもりだったらしい。
結局コイツが未明子と何をしていたのかは話してくれなさそうだ。
でもこんな回りくどい事をしてまでヒントを出すって事は結構危ない状況になっている気がする。
そう思うと途端に気が重くなった。
「ああ……あんなにいい気分だったのに、何でこんな目に合わなきゃいけないのかしら」
「なあなあ、やっぱり核を舐められるのって気持ちいいのか? 私も未明子にやってもらおうかな」
「私が代わりに踏んづけてあげようか?」
……疲れた。
さっきの心地よい余韻がフォーマルハウトのせいで疲労に変わってしまった。
もう流石にこれ以上手は出してこないだろうし未明子が戻ってくるまで眠ってしまおうか。
だがその前に。
「どさくさに紛れて隠した私の下着返して」
「バレてたか」
「当たり前でしょ馬鹿! 胸のあたりがスカスカするのよ!」
「胸なんて最初からスカスカじゃないか。まな板チェリー」
「何が何ですって?」
「いや。チェリー好きだなって」
「そんなにチェリーが好きなら今後の差し入れはチェリーオンリーにするわね。未明子に頼んで食事も全部チェリーにしてもらおうかしら」
「ごめんなさい。許してください」
本当は未明子に全部告げ口してやりたいけど、そうすると襲われた事も、服従の固有武装に欠点がある事も説明しなきゃいけなくなる。
特に服従の固有武装の欠点に関しては未明子に知られたらマズい気がする。
一人で考えてもまとまらないから夜明にでも相談させてもらおう。
でもその場合は私が襲われた事から説明しなきゃいけなくなるわね……。
本当、コイツがこんな面倒な伝え方をしなかったら楽だったのに。
物事をややこしくするのは未明子といい勝負だ。
……ダメダメ。
未明子とコイツに共通点なんて見つけちゃダメだ。
「姫、難しい顔してどうしたんだ?」
「どうやってあなたをベランダから飛び降ろさせるか考えてるのよ」
「そんな物騒なこと考えるなよ。ほら、マンゴーやるからさ」
それ私が持ってきた物じゃない。
そんなのでごまかそうなんて甘いわよ。
って言うかマンゴーなんてそのまま食べられないし。
「落ち着いたら絶対やってやるから覚悟しておいてね」
「あー私も姫みたいな翼があればなぁ……」
未明子が戻るまでの数十分。
私はそうやってフォーマルハウトを言葉でネチネチいじめ返したのだった。




