第85話 sleepland①
「ふーん。じゃあ姫は全員に胸を見られたんだな?」
「そうよ。そんなのわざわざ確認しなくていいでしょ?」
「私も見たかったなぁ」
「ブン殴るわよ?」
お土産で持ってきたフルーツの詰め合わせの中からリンゴを持ち上げて脅すと、隣で姿勢の悪い座り方をしている女性が勘弁してくれと手で制する。
このリンゴがコイツの血で更に赤く染まろうと一向に構わないけどリンゴに罪は無い。
私は大人しくその赤い果物を詰め合わせの中に戻した。
いま私はこの宇宙で一番嫌いな相手の部屋に来ている。
絶対に来たくなかった場所に嫌々ながら来たのは、コイツにどうしても聞きたい事があったからだ。
「で、そのバーサーカーは無事に仲間になったと」
「一応。まだ本格的に敵と戦ってないからどうなるか分からないけどね」
「私が言うのもなんだが、姫と未明子をそこまで追いつめるなんて並の腕じゃないぞ。いい拾い物をしたな」
この部屋の主である長身の女性。
その名前を口にも出したくない宇宙一の嫌われ者フォーマルハウトは、私が持ってきたお土産の中からイチゴを取り出しヘタごと口の中に入れた。
「梅雨空の戦いっぷりを見たらアルフィルクも彼女を認めたみたいで、あの後食事に誘ってたわ。模擬戦が始まる前は喧嘩してたのにすぐ仲良くなったみたい。やっぱり似た者同士ね」
「アルフィルクって誰だっけ?」
「夜明のステラ・アルマよ! あなた未明子の次に彼女に恨まれてるんだから覚えておきなさいよ」
「ああ、あの白い奴か。覚えてる覚えてる」
コイツ絶対に覚えてないな。
どうせまたすぐに名前も忘れるに決まっている。
あれから三ヵ月もたつのに相変わらずコイツが興味を示すのは私と未明子と夜明の三人。
そしてもう一人がすばるだった。
何故彼女がと言うと、この部屋に一番顔を出しているのがすばるだったからだ。
彼女は監視と言う口実をつけてここにやって来てはフォーマルハウトに服を見繕っている。
すばる的にもコイツの顔とスタイルの良さは認めているらしく、絶好の機会と着せ替え人形にしているようだ。
大人っぽい服からパンクな服まで多種多様な服がクローゼットにしまってあるらしい。
すばるの持ってくる服は気に入ったみたいで、出かけもしないのに色々と着て楽しんでいるそうだ。
そんな良く分からない関係が続いた結果すばるの事は認識したようで、暁のお嬢さんと呼んでいる。
コイツは私だったら絶対に近寄りたくない危険な相手だ。
服従の固有武装の力で手は出せないとは言えすばるの好奇心にも困ったものである。
こうやって着せ替え人形にするのがすばるなりの復讐なのかも。
いやそれは無いか。完全に趣味ね。
「いま聞いた話で一番重要なのは……」
「重要なのは?」
「姫がアイドルをやるかって事だ」
「どうでもいいでしょそんなの」
「馬鹿言え。私は目玉が飛び出すほど驚いた。アルタイルがアイドルだぞ? 姫を知ってるステラ・アルマなら誰だって驚くさ。あのお説教野郎なんかが聞いたら飛び上がって喜びそうな話題じゃないか」
「アケルナルねぇ。あの変人ならもう知ってるんじゃないかしら」
ユニバースを越えて私達を色々と調べまわっているアケルナルならこの騒ぎを知っていてもおかしくない。
そう言えばフォーマルハウトは私達との戦いでアケルナルの固有武装も使っていた。
お説教野郎とか言うくせに意外とあの変人を気に入ってるんじゃないのかしら。
「それで姫のデビューはいつになるんだ?」
「知らないわよ。私は交換条件でやってるだけだもの」
「本当に地球の人間は面白いな。わし座の1等星を歌って踊らせるなんて宇宙の意思でも難しいだろ」
「あなたには絶対見せないからね。絶対に」
「つれないなぁ」
フォーマルハウトは今度はぶどうを取ると、房ごと口に入れて果軸だけを引っ張りだしてきた。
皮は全部食べてしまったらしい。
フォーマルハウトの好物は果物と野菜。
特に果物には目がなくて適当な種類が揃っていればだいたいこんな感じで食べ続けている。
だからコイツのご機嫌を取るにはフルーツの詰め合わせが最適なのだ。
嫌いな相手に差し入れなど渡したくないが、威圧に屈しないフォーマルハウトの口を軽くするには懐柔した方が効率がいい。
「しかしベガまでこの世界にやってくるとはな。1等星が3体も揃う世界なんて豪華なもんだ。しかも私を狙ってるなんて嬉しい事この上ない」
「いや、本当にそのせいで未明子が大変な目にあったんだからね? お願いだからベガと接触しようなんて思わないでよ?」
「分かってるよ。未明子が私の為にそこまでしてくれたんだから無駄にはしないさ」
思い返しても何でコイツのせいで未明子があんな酷い目に合わなきゃいけなかったのかしら。
ベガとコイツの関係性に未明子が巻き込まれただけだ。
そう思うと腹が立ってきた。
「ん? もしかして未明子もみんなに胸を見られたのか?」
「だったら何なのよ」
「私も見たかったなぁ」
私は詰め合わせの中で一番攻撃力が高そうなパイナップルをフォーマルハウトに投げつけた。
簡単にキャッチされてしまうも、冠芽が指に突き刺さったみたいで痛がっている。
いい気味だわ。
「私が閉じ込められてる間にも外では楽しそうな事がたくさん起きていて羨ましいな。まあここはここで楽しい事が多いからいいけどさ」
「それよ。私がわざわざこんな重い差し入れを持ってきたのはそれを聞く為よ」
「はあ? 何を聞きたいんだよ」
「あなた、未明子と何をしてるの?」
フォーマルハウトがここに拘束されてから三ヵ月。
その間に未明子がコイツに会いに行ったのは私が知るだけでも20回をこえる。
会っている回数だけなら、未明子はイーハトーブのメンバーよりも多くコイツに会っている。
果たしてそんなに顔を合わせたい相手だろうか?
未明子はフォーマルハウトに会って恨みを返していると言っていた。
だけど本当にそうなのか確信が無い。
確かにフォーマルハウトに会いに行った後の未明子はスッキリしたような顔をしているが、そもそも彼女は誰かを傷つけて心が晴れるようなタイプではない。
コイツに何らかの恨みを返していたとして、その後に見るのはあんな晴れた顔ではなくてもっと陰鬱な表情ではないのだろうか。
「姫はどんな回答を期待してるんだ?」
「それが検討もつかないから聞いてるのよ」
「ふーん。まあそこに疑問を持っただけでも褒めるべきかな」
「なにその上から目線。もったいぶらずに話しなさいよ」
いつものフォーマルハウトの話し方だ。
この切り出し方をされたので、いつもの嫌らしい笑いを浮かべながら的外れな話をされるのを覚悟していた。
でもコイツは予想に反して今まで見せた事もないような真面目な顔をした。
「未明子はこの三か月間で何か変わったか?」
「そうね。以前よりは明るさを取り戻せたと思うわ。今も苦しむ時はあるけど、何とか前に進もうとしていると思う」
「……そうか」
フォーマルハウトは目を細めると、右手の人差し指を親指ではじき出した。
この仕草は物事が上手くいかないと出る癖だ。
「なあ、姫。未明子は以前、姫に乱暴してたんだよな」
「何であなたがそれを知ってるのよ」
「未明子との会話の中で何となくな。いまは違うのか?」
「そんな話をあなたに知られたくないけど……そうね。いまは優しくしてくれるようになったわ」
「そうか。それは何故だか分かるか?」
「え? 私を仲間と認めてくれたからだと思ってるけど」
「違う。姫が未明子にとって大切な存在になったからだ」
私が言った言葉とコイツが言った言葉に違いがあるようには思えなかった。
仲間になったから大切になったんじゃないの?
その二つの言葉にどれほどの差があるのか分からない。
「未明子は自分の大切な存在を過剰に保護する傾向がある。外側にいる存在にはドライで、一度内側に入れた存在に対しては自分よりも大切にする。それは分かるだろ?」
それは……分かる。
未明子は自己評価が普通の人よりもだいぶ低い。
自分の身だとか尊厳だとかに対する執着も異常と言えるほどに持っていない。
すばるの心を守るために自分の体を捧げたりも平気で出来てしまう程だ。
まさかフォーマルハウトが大切な存在なんて事はないだろうけど、コイツを殺させない為にみんなの前で土下座したり、ベガに殺されそうになっても引かなかった。
未明子にとって大切なものは、全て ”自分よりも” 大切なものなのだ。
「姫は未明子にとって大切な存在になった。だから乱暴されなくなったんだ」
「それは嬉しいけど、だからどうだと言うの?」
「未明子は姫にストレスをぶつけられなくなった」
「え?」
私にストレスをぶつける?
あの乱暴な未明子は私にストレスをぶつけていたと言うの?
「自分のステラ・アルマを私に殺されて未明子の心は想像を絶するような恨みと怒りに包まれたに違いない。それを全部私にぶつければ良かったんだが、良くも悪くも近くに適当な相手がいたのさ」
「それが、私?」
「そうだ。その時まだ姫は未明子にとっては外の存在。だから未明子はやり切れない気持を姫にぶつけて晴らしていた。それで何とか心を保っていたんだ」
「じゃあ私が未明子の大切な存在になってしまったから、そのやり場のない気持ちを私で晴らせなくなった?」
「そうだ」
「で、でもその後はあなたがいるでしょ? そもそも未明子の恨みも怒りもあなたのせいじゃない。あなたがその受け皿になってるんじゃないの?」
「そのつもりだった。私はそうして欲しかったからな」
「なら問題ないじゃない」
「いや、未明子はこの三か月間、一度も私に恨みなんて返していない」
そんな馬鹿な。
じゃあ未明子はこの三か月間フォーマルハウトと何をしていたと言うのか。
いや、それも大事だけど、それよりももっと重要な事がある。
私に乱暴して晴らしていた気持ちをフォーマルハウトで晴らしていた訳ではなかった。
ならば未明子はこの三か月間なんの心のケアもしていないと言う事だ。
「未明子は全てため込んでいる。恨みも怒りも悲しみも全部自分の心の中にしまい込んでいるだけだ」
「……じゃあ未明子は……」
「そうだ。未明子は何も変わっていない。それどころかもう心は正常に機能していない。姫の前では気を使って変わったように演じているだけだ」
そうであって欲しくなかった。
私はまた未明子にすっかり騙されてしまっていた。
いや、未明子の優しさに甘えてしまっていた。
フォーマルハウトを倒したことで未明子は恨みの矛先を見つけたと安心してしまっていた。
恨みも怒りも悲しみも、フォーマルハウトに全部ぶつけていたんだとばかり思っていた。
そうやっていつか乗り越えられるかもしれない。
鯨多未来のことにも決着をつけて、この先に目を向けられるんじゃないかと思い込んでいた。
フォーマルハウトの言ったことが全て真実なら。
未明子はあの時のまま。
樹海で彷徨っている死人のままなのだ。
いや、あの時よりももっと酷い。
私という負をぶつける先がなくなっている。
どこにも逃がす事ができなくなった毒は、未明子の心に全部残り続けている。
何が以前よりは明るさを取り戻せているだ。
全部未明子が私の為にそう見えるようにしてくれているだけなんだ。
大切な存在になってしまった私を守るために、そう見えるように我慢してくれているだけなんだ。
「どうして?」
「……」
「どうして未明子はあなたに恨みを晴らさないの? だってそうするって言ってたのに……」
「私に利用価値ができてしまったからだ」
「え?」
「私の治療する能力が未明子にとって必要な能力になってしまった」
「まさか、あの時?」
「そうだ。私は戦術のつもりでスピカ姉さんの能力を使った。だけど未明子にとってはそれが仲間の命を救う能力に見えてしまったんだ」
スピカお姉様の癒しの力があれば今後誰かが大怪我をした時に治療できる。
思い返せば、未明子はフォーマルハウトとの戦いでコイツに対する考えが変わったと言っていた。
あの時すでに未明子の中ではコイツは敵では無くみんなの命を繋ぐための存在になっていたのだろう。
「それによって私はギリギリ未明子の内側に入ってしまったんだ」
「……そんなの信じたくない……」
「私だって信じられない。未明子は自分の大切なステラ・アルマを殺した相手に恨みを晴らすよりも、まだ生きている仲間が死なないように利用する事を選んだ。だから私は未明子が恨みをぶつけられない存在になってしまった」
もう聞いていられなかった。
悲しくて仕方がない。
あんなに頭がいいのにどうしてもっと器用に生きられないの?
私が大切な存在だからって、そうだと言ってくれれば何をしたって良かったのに。
嬲られようと暴力を振るわれようと未明子の為なら耐えられた。
そういう大切だってあるじゃない。
フォーマルハウトに利用価値があるからと言って恨みを晴らすのが駄目なわけじゃない。
自分でも言っていた。殺さないように痛めつけるって。
そうやっていいトコロ取りすれば良かったのに。
どうして自分よりも自分の大事な誰かを守るの?
どうして自分の心をそんなに無碍に扱うの?
周りの誰かを大事に思えるのは自分の心があるからでしょ?
その優しさをほんのちょっとでもいいから自分に与えてあげればいいのに。
気がつけば私はポロポロと涙を流していた。
未明子を理解しているつもりで全然理解できていなかった事。
この三か月間の未明子の苦しみを分かったつもりでいた事。
それをよりによってフォーマルハウトから諭されてしまった事。
色んな後悔と罪悪感がうずまいて、泣く事でしか今の気持ちを整理できなかった。
そして未明子は、その泣く事すらもできずにずっと苦しんでいた。
その事実が更に私の心を抉った。
「……もっと早く聞きにくれば良かった。そしたら未明子を少しでも楽にしてあげられたかもしれないのに」
「……姫には無理だな。優しいだけじゃ未明子は救えない」
「何よそれ!? あなたにはそれができると言うの!?」
フォーマルハウトの言葉に怒りが込みあげてきた。
そもそもの原因はコイツなのだ。
コイツが鯨多未来を殺さなければこんな事にはならなかった。
いまの未明子が苦しんでいるのは全部コイツのせいなんだ。
その元凶がどんな顔をして未明子を救うだの言うんだ。
私はありったけの怒りを込めてフォーマルハウトを睨んだ。
だけどコイツは、私の怒りに応えるでも、それを嘲笑うでもなく。
ただただ悲しそうな顔を浮かべていた。
その感情が理解できなかった。
その悲しみは誰に対するモノなの?
未明子? 私? それとも自分?
いずれにしたってコイツにそんな権利はない。
悲しむのは抗いようのない理不尽と向き合わなくてはいけなくなった者だけの権利だ。
悲しみの大元であるコイツが悲しんでいいわけがないんだ。
「何を……そんな顔をしているのよ!」
「……別に」
フォーマルハウトが目をそらしながら答えた。
その仕草は、まるでまだ重大な事実を隠しているかのように見えた。
「……何を隠しているの?」
「別に何も隠していない」
「嘘言いなさい! まだ言ってない事があるんでしょ?」
「何もない」
「言いなさい! 隠すなら未明子に頼んで命令を……」
そこまで口に出して気づいてしまった。
未明子……命令……。
もしかしてコイツ、何も言えないように命令されている?
誰に?
いまコイツに命令できるのは未明子だけだ。
どうしてそんな命令を?
何か知られたら都合が悪い事があるからだ。
私の頭の中に良くない想像が巡る。
……お願い。
この想像だけはどうか間違っていて。
私がその最悪の想像に不安を掻き立てられていると、突然部屋の中に音楽が流れた。
それは来客を知らせるドアホンの呼び出し音だった。
フォーマルハウトが立ち上り、ドアホンの操作機の元へと歩いて行く。
「はいよ」
フォーマルハウトが応答したモニターには未明子が映っていた。
まさか今日はコイツに会う日だったんだろうか。
それは教えてもらってなかった。
やっぱり私の知らないところでもこの二人は何度か会っているみたいだ。
「ちょっと聞きたい事ができたから来た。開けて」
「待ってな」
マンションの玄関の開錠操作をするとドアホンのモニター画面が消える。
「大丈夫か? 黙って私の部屋に来てたなんて知られたら怒られるんじゃないか?」
「そうかもしれないけど、それならもう怒られるわ」
「いい覚悟だ。でも今してた話は絶対に口に出さないでくれよ?」
フォーマルハウトが珍しく私に釘を刺した。
いまの話を未明子の前でするのは都合が悪いみたいだ。
私だってまだ頭を整理できていないんだから、言われなくたって絶対にしない。
しばらくすると未明子が部屋の前までやって来たようだった。
この部屋に入った時、一応警戒して鍵は開けっ放しにしておいたので未明子は勝手に部屋に上がって来た。
「あれ? 鷲羽さんがいる」
「私が寂しがってたから会いに来てくれたんだ」
「ええー? 何で鷲羽さんがお前に気を使わなくちゃいけないんだよ。大丈夫? 何かされてない?」
「大丈夫よ。ちょっとベガの事も報告しておこうと思って」
「別にコイツに言わなくても良かったのに」
未明子は至って普段通り。
ここに来るのを私に話していない事については触れないみたいだ。
「何か目が赤くなってない? もしかして泣いてた?」
しまった。
寸前まで泣いていたのでまだ目が腫れているみたいだ。
どうにかしてごまかしたいけど、咄嗟に良い言い訳が思い浮かばない。
「姫はさっきまで泣いてたぞ。私が差し入れでもらったレモンの汁をぶちまけたのが目に入ったんだよ」
「お前何やってるんだよ」
何その言い訳。
あ。でも本当にいつの間にかレモンが齧られてる。
あの会話の流れでレモン齧ってたのコイツ?
でもそのおかげで何とかごまかせたと信じたい。
「外寒かったろ? コーヒーでも入れてやろうか?」
「この前双牛ちゃんが持ってきてくれた紅茶が残ってただろ? あれがいい」
何、この、何?
会話が慣れているというか、言いたくないけど所帯じみていると言うか。
まるで同棲して数年たった恋人同士みたいだ。
いやいやいや。
勘弁してちょうだい。
勝手に私の未明子といい関係になってるんじゃないわよ。
未明子も未明子でこんなヤツとしっぽりとしないで!
「未明子、寒いなら私が暖めてあげよっか?」
「へ? どうしたの? 鷲羽さんの体が冷えちゃうから大丈夫だよ」
簡潔に断られてしまった。
せっかくアイツの前でイチャついて立場を分からせてやろうと思ったのに。
逆にアイツを笑わせてしまった。
「で、未明子。何の用事だったんだ?」
「この前仲間になったステラ・アルマの子が人間の血液でアニマの補給をしてたんだ」
「そうらしいな。私もその方法は初めて知った」
「やっぱり珍しいんだな。だからお前のアニマの補給も私の血で何とかならないかなって」
「は? ちょっと。ちょっと待って未明子。いま何て言ったの?」
「え? だからフォーマルハウトのアニマの補給も血で何とかならないかなって」
「フォーマルハウトのアニマの補給? もしかして未明子、コイツにアニマを供給してたの?」
「たまにしてるよ。死なれても困るし」
「必要ないわよ! 別に補給しなくても少しずつ回復してくんだから! もしかしてコイツにキスとかしてないわよね!?」
それだけは無かったと言って欲しい。
私の知らない所でこんな奴に未明子がキスしてたなんて考えたくない。
「流石にコイツにキスするのは私も嫌だよ。だから唾液で済ませてたんだけど」
「唾液を飲ませてたの?」
「直接飲ませたりはしてないよ。私が飴をなめて、それをコイツにあげてただけ」
確かにそれなら唾液も摂取できるけど……。
それでも未明子のアニマがコイツの体に入っていったなんて良い気分はしない。
と言うかそれ結構マニアックなやり方じゃない?
「姫もやってもらえばいいじゃないか。未明子の唾液がべったりついた飴は甘いぞ?」
「言い方! あなた未明子の優しさに甘えて調子に乗るのやめなさいよ」
「まあ姫と未明子の関係があるように、私と未明子にも関係があるからな」
腹立つ!
何なのその言い方。
まるで自分も未明子の大切な存在になったみたいな言い方だ。
さっきの話が本当ならコイツなんて回復アイテムがいいところだ。
私と未明子の間に立ち入れるような存在なんかじゃ決してないのに。
……そうだった!
さっきの話だ。
本当は納得がいくまで話したいけど、話すなら今じゃない。
代わりにいまこの瞬間でもできる事と言えば、私が少しでも未明子のストレスのハケ口になってあげる事だ。
何でもいい、何かしてあげたい。
「ねえ未明子。何か欲しい物とかない?」
「どうしたの突然?」
「アニマの供給の話で思ったの。いつも貰ってばかりだから、私から未明子に何かあげたいの」
「鷲羽さんは一緒に戦ってくれるからそれで十分だよ」
そうよねー。
未明子ならそう言ってくれる気がした。
でも違うのよ。
そうじゃなくてもっと未明子のワガママみたいなのを言って欲しいのに。
「何かして欲しい事とかない? この前のアイドルの話もそうだけど、未明子は私にもっとワガママ言ってもいいのよ?」
必死になっている向こうで、フォーマルハウトが顔を真っ赤にして笑いをこらえているのが見えた。
ほんっと鬱陶しいわね。
これが私にできる最大限の労いなのよ!
必死の頑張り虚しく、未明子は困ったような顔をしていた。
困らせたいワケではないのに……。
「未明子?」
「うーん」
フォーマルハウトが紅茶を入れて戻ってくると、私と未明子の正面に座ってニヤニヤしはじめた。
別にあなたを楽しませる時間じゃないからね。
何なら今すぐ部屋から出て行って欲しい。
あ、出られないように命令されてるのか。
未明子は何か無いかと部屋を見渡し、フォーマルハウトと目が合うと何かを思いついたようだった。
「あ、そうだ!」
「なになに?」
「私、鷲羽さんの核を見てみたい」




