第81話 まちカドで見つけた 大事な宝物③
ライブと言うからには、てっきりバンドだと思っていた。
でも冷静に考えればステージには楽器などは一切置かれていない。
つまりこのライブはアイドルライブ。
しかもいわゆる地下アイドルのライブというやつだ。
そして稲見の説明的に、あのステージで踊っている二人の内どちらかがステラ・カントル候補らしい。
比べて背の高い女の子はサラッサラの長い黒髪を大きな白いリボンでツインテールにして、男受けの良さそうな可愛らしいメイクで楽しそうに踊っている。
もう一人の背の小さい女の子は、サラサラの黒髪こそ同じでも赤のインナーカラーが入った流行りのヘアスタイルをしている。
でもこっちの子は髪がどうとか言うよりも着ている衣装がちょっと際どい感じだ。
肩と胸元が大胆に開いている衣装で、スカートも短くアンスコがチラチラ見えている。
そのせいもあってか楽しそうより恥ずかしそうに踊っているように見えた。
どうせ際どい衣装で狙っていくなら二人で合わせればいいのに。
……んん?
私はその小さい方の女の子を見て気付いた。
「フェルカド、あの小さい子って」
「はい。あの子は私達と同じステラ・アルマですね」
やっぱりそうだった。
私だけじゃなくフェルカドもそう思ったのなら間違いない。
ならば背の高い方が稲見が言っていたステラ・カントルだろう。すでにパートナーを見つけていたようだ。
またまた稲見のお手柄だった。
仲間を増やす為にステラ・カントル候補を探していたらステラ・アルマの方も見つかってしまった。
予想外の大収穫である。
「いま聞いてもらったのは、先月できたばかりの新曲 ”私がプリメーラ” でーす! 楽しんで頂けましたかー!?」
……ああ。
考えごとをしていたら、いつの間にか歌い終わっていたらしい。
全然気づかなかった。
あの二人が目的の人物と言うのはちょっと置いておくとして。
誰かの歌を聞いて、ここまで印象に残らないのも珍しい。
私達ステラ・アルマは歌を聞くのが好きだ。
それなのに一曲まるまる聞いて何も感じないなんて、よっぽど中身のない歌だったのだろうか。
決して下手ではないと思うのだけど。
稲見は頑張ってるなぁと言わんばかりの苦笑いを浮かべている。
フェルカドはそもそも興味が無さそうだし、すばるに至ってはやたら難しい顔をしていた。
まあそこまで騒ぎ立てるような相手でも無いか……と、隣にいる未明子を見ると、私の予想とは裏腹にステージを食い入るように見つめながら目をキラキラと輝かせていた。
「それじゃあメンバー紹介をしまーす! 露をふらせ青担当! あなたのハートを癒したい! ソラでーす!」
「わぁー! ソラちゃーん!!」
未明子は突然ステージの前の方まで駆けていくと、腕を振り上げて大はしゃぎを始めてしまった。
「ちょちょちょちょちょ未明子ー!?」
何なのあのテンション!?
たまに変なスイッチが入るとは思っていたけど、まさかこういうのが好きだったの!?
私はステージの二人よりも、異様なテンションになっている未明子に目が釘付けになった。
「わた……ボクは、露をふらせ赤担当、君のハートにかぶり付き! ムリでーす!」
「ムーリちゃーん!!」
ムリですって名乗り面白すぎない?
あの子ステラ・アルマなのよね。
ムリなんて名前の星あったかしら。
……あるわね。
「すっごい熱い応援ありがとう! じゃあここからもテンションMAXで頑張るから応援よろしくねー!!」
「うぉおおおーっ!!」
……絶句。
また私の知らない未明子の一面を知ってしまった。
ライブの楽しみ方なんて個人の自由だから好きなように楽しめばいいのだけれど。
未明子の謎のハイテンションを見た私以外の三人は、それはもう凄い顔をしていた。
「アルタイルさん、あの……」
「いいのよ稲見。私だってコメントに困ってるの」
「私、犬飼さんのキャラクターが掴めません」
「いいのよフェルカド。私もあんな未明子初めてだもの」
「犬飼さんもアイドルおやりになればいいんじゃないですかね?」
「いいのすばる!? 絶対おかしな事になるわよ!?」
すばるも何か変なスイッチが入ってるみたいだった。
興味があるって言ってたけどもしかしてアイドルに興味があったのだろうか。
ここですばるにまで暴走されたら、もうどうしたらいいか分からない。
「最後まで楽しんで行ってねー!」
「いえーーーっ!!」
このフロアの中でステージの上にいる二人と、最前にいる一人だけが異常な盛り上がりを見せていた。
うん。
まあ、いいライブなんじゃないかしら。
その様子を遠巻きで見ていた私は、もう帰りに何を食べて行こうかを考え始めていた。
「チェキ1回1,000円です! あ、でもお初の方は500円で大丈夫ですよ!」
「じゃあ是非二人と撮らせて下さい!」
「了解でーす。ほら、ムリちゃんも一緒に!」
「「「いえーい!」」」
未明子を含めた三人は、手でハートを作って写真を撮っていた。
ライブ後の物販でも未明子のテンションは変わらなかった。
何がそこまで琴線に触れたのか分からないけど楽しそうだからいいか。
でもどうせアイドルにハマるんならもっと凄いアイドルのライブに連れていってあげれば良かったな。
写真を撮り終えた未明子がこちらに戻ってくる。
「いやー楽しかった。次のライブも東京でやるらしいから絶対行かなくちゃ!」
「未明子が楽しかったなら私は満足だわ」
「じゃあせっかく池袋まで来たんだし、みんなで何か食べて帰ろっか?」
「ストップ! 違うから! 今日は地下アイドルを見に来たわけじゃないからね!?」
そう言われて少しのあいだ脳の読み込みが入った未明子だったが、すぐに本来の目的を思い出したようだった。
「そうだよ! ステラ・カントル候補の人に会いに来たんだった!」
「本気で忘れてたのね……」
「さっき犬飼さんが一緒に写真を撮ってた人達がそうです。あのソラって子が、私がスカウトする予定だった羊谷梅雨空さんです」
「ひつじたに……牛の次は羊なのね。何か動物が集まってきたわね」
「鷲羽さんも鷲じゃん」
「そんなの言い出したら未明子だって犬じゃない」
「あ、本当だ。ブレーメンの音楽隊できるね」
できないでしょ。
「他にお客さんもいませんし、とりあえず声をかけてみましょうか」
「あ、じゃあ私からお話します!」
稲見が率先して動く。
稲見って見た感じはオドオドしてて対人関係苦手そうなのに、何気にコミュニケーション能力は高いのよね。
思ってる事はしっかり言うし、いざと言う時の胆力はズバ抜けている。
見た目と中身にギャップがあると言えばちょっと未明子に通じるものがあるかもしれない。
その未明子はもう一度アイドルちゃんと喋れるのが嬉しいのかニコニコしている。
すっかり忘れてたけど未明子は女の子全般好きなんだったわ。
「あ! あなたもチェキですか?」
「ありがとうございます。チェキはまた今度お願いするので、少しだけお時間よろしいですか?」
「大丈夫ですよ!」
「助かります。実は、ソラさんにお聞きしたいことがあるんです」
「聞きたいことですか?」
「はい。ステラ・アルマってご存じですか?」
その言葉を聞いた二人はビクリと体で反応した。
羊谷梅雨空は笑顔のまま、どう切り返すか言葉を選んでいる。
隣にいるムリと名乗っていたステラ・アルマの方は、私とフェルカドを交互に眺めると納得したような表情を浮かべた。
そして羊谷梅雨空の耳元に顔を寄せる。
「梅雨空。この二人もステラ・アルマだよ」
「本名で呼ばないで! ここではソラって呼びなさいって言ってるでしょ!?」
「ソラさん。撤収の後で構いませんので、どこかでお話しできませんか?」
「残念ですけど、この後すぐに長野に帰らなくては行けなくて」
「どうして? 深夜バスまでまだ時間あるよ?」
「うるさいわね! ちょっと黙っててくれる!?」
羊谷梅雨空は笑顔を取り繕いつつも隣の相方を怒鳴った。
この喋り方が彼女の素なんだろう。
言葉使いは乱暴だけど、さっきまでの猫を被った鼻につく喋り方よりもよっぽど気持ちのいい喋り方だ。
それに何だかアルフィルクに似ている。
「私は世界をかけた戦いなんて興味ないですから。戦うなら勝手にやってもらえますか?」
「そちらのステラ・アルマの方に事情は聞いていらっしゃるみたいですね。いきなり話を広げてしまってごめんなさい。でも私達はソラさんの事を知りたかったんです」
「私の?」
「はい。ステージで活動されていると聞いたので、どんな方なのか見てみたくて」
「ただの売れないアイドルくずれよ。今日だって全然お客さんを集められなかったし」
まあ、休日のこの時間にこの客入りでは売れているとは到底言えない。
もし私達がいなかったら観客ゼロのステージだったのだ。
「こんなのいつも通りだけどね。私達のレベルだと活動履歴を増やしたりとか、スタッフさんに見てもらうだけでも意味があるのよ」
「でもステージの上で頑張られている姿はカッコ良かったですよ」
「ありがとう。あんまり褒めてくれる人もいないからお世辞でも嬉しいわ」
自分を売れないアイドルくずれと言った女の子は、そんな稲見の言葉に笑顔を浮かべていた。
この笑顔もさっきまでの作った笑顔よりよっぽど良かった。
素の彼女の方が魅力的に感じるのはアイドルにとっては皮肉だろうか。
「そんな! お世辞なんかじゃないですよ! 私、アイドルのステージを見たのは初めてだったんですけどすっごい楽しかったです!」
「一人で盛り上げてくれてたもんね。初めてのライブがこんな素人でごめんなさいね」
「素人とかプロとか関係ないです! 私は今日ソラさん達のステージを見られて良かったと思います!」
ど、どうしたの未明子?
そんなに誰かを褒めるのなんて珍しいわね。
いや……前は色んな人を褒めてたっけ。
「あ、ありがとう。そこまで言われると悪い気はしないわね」
「ムリちゃんも可愛かったよ! 2曲目のCメロのところで強めにアピール入れてたの良かった!」
「そんなトコロ良く見てるね!?」
「見てるよ〜。歌はムリちゃん、踊りはソラさんって感じで得意分野が分かりやすいから、逆にその部分が際立ってたよ」
そう言いながら未明子は、さっき二人が踊っていた振りをその場で完璧に踊った。
「何で振り付け知ってるの!?」
「え? さっき見せてもらったし……」
「一回見ただけでしょ!? まさか一回見ただけで完コピしたの!?」
「流石にフルは無理ですけどサビくらいなら覚えてますよ。えっと……確か。よーぞーらを、おおうー、ま、んてんの、ほしーでしたっけ?」
「歌まで!? しかも上手い!!」
いきなり始まった未明子のパフォーマンスに羊谷梅雨空は腰を抜かしそうになっていた。
でも彼女以上に私が一番驚いていた。
未明子の歌を聞いたのは初めてだった。
音楽の授業で歌の課題が出たことはなかったし、もちろん一緒にカラオケなんて行ったことはない。
だから彼女がこんなに歌が上手いなんて知らなかったのだ。
「未明子、何でそんなに上手なの?」
「あー。女の子にモテる為に練習したからかな」
これも努力の賜物。
本当にその一点の為に何でも身につけているらしい。
「相変わらず犬飼さんは意外な特技をお持ちですね」
「えへへ。嬉しいですけど今日の主役はこの二人なので、私の歌は忘れて下さい」
そう言われても私にとっては一大事だった。
歌は私達にとって最上の嗜好品。
どんなステラ・アルマだって歌が好きだし、しかもこんな歌声に出会うことは滅多に無い。
その歌声が自分のパートナーのものだと思うと私の胸中は穏やかではいられなかった。
「あ、あの未明子。帰ったら、その、歌を聞かせてもらっても良い?」
「別にいいけど、どうしたの? 顔真っ赤だよ?」
「これはまた後で説明するわ。うん、とりあえずありがとう」
「はい。どういたしまして?」
よし!
よっし!
帰った後の楽しみが増えたわ!
私は心の中で大きくガッツポーズを取った。
好きな相手がこんなに歌うのが上手いなんて改めて惚れ直してしまう。
こうなったらさっさと用事を終わらせて早く帰らせてもらおう。
稲見と連携して羊谷梅雨空を説得するのよ私。
未明子のおかげで相手もだいぶ心を開いてくれたはず。
「どうでしょう? お時間はそんなに取らせませんし、費用はこちらでお出しします」
「……分かった。話だけは聞くわ」
稲見偉い!
ここまで遠征している相手だもんね、お金の都合をつけてあげるのは上手い手だわ。
「その代わり……」
「その代わり?」
「今からこのメンバーでカラオケに行くわよ!」
羊谷梅雨空のいきなりの提案に全員が呆気に取られた。
彼女のステラ・アルマすらも目を丸くして驚いている。
これからみんなでカラオケ?
……何で?
何故か今日あったばかりの二人に連れられて、ライブハウスから少し歩いた所にあるカラオケボックスに来ていた。
そもそもイーハトーブのメンバーとすらカラオケなんて行った事がないのに、見ず知らずの、しかもさっき会ったばかりの人と来る事になるなんて不思議な感じだった。
どうでもいい話だけど、私がカラオケボックスという言葉を使ったら全員が頭に?を浮かべていた。
今はもうボックスなんて付けずにカラオケはカラオケと言うらしい。
ふ、ふーん。そうなんだ。
「東京のカラオケは部屋が狭い割に料金が高いわね」
「このお店は居心地の方にコストをかけていますからね。人数に適した部屋で程よい料金のお店もありますよ」
私は歌を歌うのも聞くのも好きだけど、カラオケそのものはあまり好きではない。
常に何かしらの音がしていて落ち着かないからだ。
それに独特な匂いがするし、店員が出入りしたりするのも苦手だった。
一般教養も豊富なすばるはカラオケなんて慣れたものだろうけど、未明子は私と一緒でこういう場所には不慣れよね。
と、隣にいるパートナーを見ると、メニューを片手にインターホンでドリンクの注文をしていた。
「みなさんは何を飲みますか?」
こ、この動き!
慣れてる人の動きだ!
そう言えば部屋に入った時に室温の調整もしてた気がするし、完全にカラオケベテランじゃない。
未明子だけは私と同じ陰の者だと思っていたのに、まさかカラオケガールだったなんて……。
「鷲羽さんはホットココアで良い?」
「うん。それでお願い」
ただ、こういうトコロでも私の好みがツーカーなのは嬉しい。
「はい。じゃあまずはあなたが歌って」
羊谷梅雨空が未明子にマイクを渡す。
「え!? 自己紹介も無しにいきなり私が歌うんですか? てっきり二人の歌を聞けると思ったのに」
「まずはあなたの歌を聞きたいの。歌って」
このマイペース。
ますますアルフィルクを感じる。
未明子は困った顔をしながら渋々マイクを受け取った。
「何を歌えばいいですか?」
「何でもいいわ。好きなのを歌って」
「じゃ、じゃあ、あんまり女の子受けしない曲ですけど」
今の言い方。普段は女の子受けしそうな曲を中心に練習しているようだ。
その努力には本当に感心する。
未明子は手慣れた感じでタブレットを操作するとマイクを握りなおした。
曲のイントロが始まるが、全然知らない曲だった。
「夢は終わらない? 聞いたことない曲だわ」
「私が好きなゲームのオープニング曲です。すっごい良い曲なんですよ」
未明子に好きな曲を許したら、そりゃゲーム系の曲になるわよね。
ゲーム全般詳しそうなすばるを見ても首をかしげていた。
未明子の趣味ってことは結構昔の曲なんだろうか。
でも優しそうなメロディで私は好きかもしれない。
「見つけてYour dream~♪」
普段聞いている未明子の声とは全然印象の違う歌声が私の耳に響いた。
未明子は元々優しい声だけど音に乗ることによってそれが倍増している気がした。音なのに手触りがいいと言うか柔らかいと言うか耳に心地良くて胸の中までくすぐられているような気持ちよさを感じる。メロからサビへのテンションの推移が流れるようでニュアンスも深くて楽しい歌なのにどこか切なさを感じて歌詞の世界に引き込まれていく。何より本人が楽しそうに歌っているのが本当にこの歌が好きで思い入れがあるんだなというのが分かってこちらまで幸せな気分になる。
ああ……良い!
良いわ!!
「え、えええ!? フェルカドが寝ちゃった!」
「嘘でしょ! ムリも寝ちゃった!」
「アルタイル、どういう事です……あなたもとても眠そうですね?」
「しぃ。いま未明子の歌を一音残らず聞いてるからちょっと待ってて」
勿論私もとんでもなく眠気に襲われている。
気を抜けば一瞬で夢の中だろう。
でも私は1等星。何が何でも未明子の歌を最後まで聞くのよ!!
……時間にして4分とちょっと。
私は何とか耐え抜き、未明子がマイクを置くと万感の思いを込めて拍手を送った。
「1995年!? 私が生まれる前の曲じゃない!?」
「いやーいい歌だ。そして泣ける」
「アルタイル、二人は大丈夫なんですか?」
「大丈夫よ。ステラ・アルマは良い歌を聞くと一時的に多幸状態になるの。こんなに心地よくて眠気が襲ってくるなんて本当稀なんだけど。未明子凄いわね」
「なるほど。メリクとカラオケに行くとやたら大人しくなるのはそのせいだったんですね」
「あー顔がポカポカするわ……」
「完全に猫にまたたび状態ですね」
私が自分の頬をムニムニと触っていると、羊谷梅雨空も自分のステラ・アルマのほっぺを触っていた。
ただしこちらはほっぺをこれでもかと引っ張っている。
「ちょっと。ムリ、起きなさい。あなた私の歌で眠った事なんかないじゃない。どういう事よ」
彼女的には屈辱なのだろう。
まあ眠気が襲ってくるなんて相当ステラ・アルマ好みの声を聞いた時くらいだ。
誰の歌でもすぐに眠ってしまうようなら女性個体として危険すぎる。
「あれ……梅雨空? どうしたの?」
「どうしたのじゃないわよ。なにを眠りこけてるの」
「え? 私寝てた!?」
「気持ちよさそうな顔して寝てたじゃない。あと一人称私に戻ってるわよ」
「あ、ごめん。あの人の歌を聞いてたら何か気持ちよくなっちゃって」
「そうらしいわね。私の歌で寝た事なんてないくせに」
「え!? いや、梅雨空の歌はしっかり聞きたいし」
「……まあいいわ。まだ私の歌がそこまで人に影響を与えるとは思ってないし」
意外な反応。
この手のタイプは自信過剰で素直に受け入れないかと思っていた。
自分の実力を客観的に分析できるタイプのようだ。
「歌ってくれてありがとう。いい歌だったわ」
「いえいえ。こちらこそ聞いて下さってありがとうございます」
「……改めて自己紹介させてもらうわ。私は羊谷梅雨空。アイドル活動をしているの」
羊谷梅雨空は背筋を正して名乗った。
ステージの上で大きく見えた彼女は間近で見ると実際はそこまで身長は高くない。
せいぜい五月と同じくらいだろうか。
服装も大人しい服を着ているので、ステージの上とは差を感じた。
それだけステージでは自身を変えられる力があるのだろう。
過剰なメイクも落としてナチュラルなメイクになっているが、アイドルを目指しているだけあって顔は整っている。
「わ……ボクはケンタウルス座2等星のムリファインと言います。梅雨空のステラ・アルマです」
やっぱりムリファインだったのね。
まあ全天にムリから始まる星なんてムリファインか、おおいぬ座のムリフェインくらいしか思い当たらない。
彼女は私とサダルメリクと変わらないくらいの低身長で、着ている服もサダルメリクと似たちょっとゴシックなロリっぽい服だった。
エクステかと思っていたインナーカラーの赤髪は地毛らしく、総合すると何だっけ……ああ、バンギャみたいな見た目だ。
本人の性格を考えると、本人の趣味じゃなくて羊谷梅雨空の趣味で着飾られている気がする。
これで毒吐きだったら完全にサダルメリクとキャラ被ってるわね。
「地球をかけた戦いの話はムリから聞いているわ。会った時からずっと一緒に戦おうって誘われてるし。あなた達もこの星で戦う同士ってこと?」
「はい。私は双牛稲見。いま私の膝で眠ってるのがフェルカドです」
「わたくしは暁すばる。ステラ・カントルです」
「私は犬飼未明子。同じくステラ・カントルです」
「そして私が未明子のステラ・アルマ。わし座のアルタイルよ」
「アルタイルって1等星!? ムリ、1等星って21人しかいないのよね!?」
「う、うん。ボクも初めて見た」
「わたくしのステラ・アルマは3等星。この世界には他にも3等星と2等星の仲間がおりますよ」
集まった星だけを考えるとこの世界は結構強い。
鯨多未来は2等星だったからムリを含めると2等星が3体もいた事になる。
1等星は21体しかいないが、2等星も67前後の数しかいないので割合で考えるとそれなりの数だ。
しかもこの世界には別に仲間じゃないけど1等星のフォーマルハウトもいる。
「ムリの話を全部信じるなら恵まれた世界と言うことね」
「まだボクの話は半信半疑だったんだ?」
「当たり前でしょ? いきなり現れて星の化身だとか他の地球が消滅してるとか言われても信じられるわけないじゃない」
「それでも半分は信じてくれたんだから梅雨空はいい子だよ」
「うっさいわね」
候補者を見つけるという夏美のパートナーの能力は信頼しても良さそうだ。
羊谷梅雨空は確かにステラ・カントルの素質を十分持っている。
普通そんな話をされたら精神異常者だと思われても文句は言えないのに、ムリファインを追い出すことなく一緒にいてくれている。
それができる人は本当に限られているのだ。
何でムリファインをアイドル活動に巻き込んだのかは分からないけど。
「どうでしょうか? いきなり戦えと言われても困ると思うので、一度私達の拠点に来てもらって戦いを見てもらえませんか?」
この少しずつ距離を縮めて行く稲見の交渉が実に妙手だ。
最初は時間を取らせるだけ、次は話を聞かせるだけ、その次は戦いを見てもらうだけ。
それくらいならいいか、と気を緩めていたらいつの間にか仲間入りさせられてそうだ。
稲見ってそんな人の心の隙間を絡めとるような子だったかしら。
あ。すばるがニヤニヤしてる。これすばるの仕込みだわ。
「……分かったわ。一度全部をこの目で見てみたかったし、あなた達に乗せられてあげる」
「ありがとうございます!」
「ただし、一個だけ条件があるわ」
「条件?」
羊谷梅雨空はキッと未明子の方を見ると、ビシッと指をさして言った。
「犬飼未明子、あなた私達と一緒にアイドルをやりなさい!」
「え? お断りします」




