第8話 それは はじまりの法則③
ツイッターにてキャラのイメージイラストを投稿しております。
よろしければそちらもご覧ください。
https://twitter.com/inuinununui9973
「未明子ちゃん本当に大丈夫? 他にいい方法ないか考えよっか?」
九曜さんがしきりに心配してくれる。
でもこれで逃げていたら覚悟を示すなんて到底できる筈がない。
一番心配していたミラが一緒にやってくれると言うなら、結果がどうなるにせよやるだけだ。
「私、セレーネに声かけてくる」
そう言うとアルフィルクが奥の部屋に歩いていった。
まだ他にもステラ・アルマがいるのかな。
セレーネって確か月の女神様の名前じゃなかったっけ? 確か以前クラスメイトが言っていた気がする。
「さて未明子くん。すでにミラくんから聞いているかもしれないが私達の戦いの説明をしよう」
狭黒さんがツカツカとフリースペースに置いてあるホワイトボードに歩いていくと、ホワイトボードに大きく ”コンチェルターレ” と書いた。
コンチェルターレ?
昨日から難しい言葉がたくさん出てくる。
「私達はこの戦いのことをコンチェルターレと呼んでいる」
「呼んでないぞ。夜明が勝手に言ってるだけだ」
ツィーさんがすかさず突っ込む。
「君達ステラ・アルマは ”戦い” としか言わないからね。何か名称があった方が分かりやすいから私が勝手に名付けた」
本当に勝手に言ってるだけなんかい。
「私達ステラ・アルマは本来は戦い合う存在じゃない。だから、この戦いそのものに名前はないの」
ミラが珍しく強い口調で言った。何か思うところがあるらしい。
まぁ、お星様が戦うための存在って言われて嬉しい訳ないもんな。
あくまで世界の修正作用を回避する為に戦いをしているだけで、戦い自体を歓迎している訳ではないんだと思う。
「ステラ・アルマは星の魂。そして私達ステラ・カントルは星の歌い手。歌い手同士が戦うならそこはさながらコンチェルトと言っていい。そしてその語源となったラテン語のコンチェルターレは戦いを意味する。ならばこれ以上にふさわしい名前はないだろう」
狭黒さんが芝居がかった仕草で仰々しく言う。
もしかしてロマンチストなんだろうか。
イーハトーブという名前もあの人がつけたのかもしれない。
ステラ・アルマ。
ステラ・カントル。
あとなんだっけ、ステラ・ノヴァ?
全部星を表すステラがついている。
戦いにも名前がついてたなら、同じくステラなんちゃらとかになっていたのだろうか。
「コンチェルターレはすでに消滅が決定したユニバースで行われる。誰もいなくなった世界なので気兼ねなく戦える訳だね。そしてそのユニバースに最後まで残っていたステラ・アルマ側の世界が勝者となる」
最後まで残っていたステラ・アルマ側という表現が良く分からなかった。
「はい先生。質問です」
「はい未明子くんどうぞ」
「例えば私達が戦いに参加すると4人のステラ・アルマが戦うことになると思うんですけど、単純に戦いに勝った方の勝ちなんじゃないんですか?」
「なるほど。では未明子くんはその戦いとはどういうものだと想像するかな?」
戦いかぁ。
わざわざロボットの姿をしているんだから、ジャンケンするとかフラッグを取りあうとかそういうのじゃないと思う。
まさかさっき言ってたみたいにロボット同士で殴りあう?
いや普通に考えたら……。
「ステラ・アルマがロボットの形をしているってことは、相手を倒すとか破壊するとかそういうのですか?」
「はい正解。どういう手段でもいいから、相手を倒して全滅させるのが目的です」
やっぱりそういうことか。
って事はやっぱり物騒な戦いが展開されるんだろうな。うへぇ。
「破壊されたステラ・アルマは消滅して、乗っていたステラ・カントルは死にます」
「は?」
「何を驚いているんだい? どっちみち負けた側の世界は消滅するんだから、その場で死ぬか後で死ぬかの違いだけだろう」
当たり前の話だった。
負けた方の世界は消滅する。
それは死ぬって事で、私達の戦いは平たく言うと殺し合いだ。
ミラの説明でも分かっていた事だったけど、改めて言われると現実が突き刺さる。
ミラが私に言い淀んだ理由。
アルフィルクが覚悟を問うた理由。
その事実を背負った上で戦えるのか? という問いかけだった。
「そこは理解していると思ってたんだけどねぇ」
「いえ大丈夫です。続けてください」
私はミラとこの世界で一緒に過ごすためにこの戦いに参加したのだ。
大丈夫。心は決めてある。
「ただ、コンチェルターレは一回で終わりじゃない。不定期に何度でも行われるので、戦力の温存や、負傷者の撤退などが発生する。さっき言った最後まで残った側のステラ・アルマというのは、この負傷者の撤退が発生した場合だね」
狭黒さんがホワイトボードの左右に◯を4つずつ書く。
「4対4の戦いだったとしよう。戦いが進むうちにこちら側の一人が負傷して戦えなくなってしまった。そのまま戦場にいると狙われて破壊されてしまう恐れがある。なので強制的に元のユニーバスに戻すことができるんだ。これが撤退だね。ただし、撤退してしまうと頭数が減るので3対4になる。これを両軍進めていって、最後に残ったステラ・アルマがいる方の陣営が勝ちという訳だ」
「撤退させるとそのステラ・アルマは安全になるけど、その分戦場に残された味方が不利になる」
「そういうことだね。もちろん全員撤退してしまったら敗北となる訳だから、おそらく最後の一人は最後まで戦場に残る」
「その最後まで残った一人は?」
「降参しないなら破壊するしかないね」
少なくとも一人は破壊しなくてはならない。
どういう状況だったとしても後味は良くない。
でもそうしないと私たちが生き残れない。
ここにいる人達はそうやってずっと戦ってきたんだ。
生き残るために、私たちの世界を残すために、苦い思いをしながら相手を倒してきた。
「ま! でも今回は模擬戦だからそこまで重たい戦いではないよ。誰もいないユニバースで適当に暴れて、良きところで戻ってくるだけだ。仲間同士で削りあったって何もいいことはないからね」
そう言われたところであまり気楽にはなれない。
どういう心持ちだって戦いは戦いだ。
今まで戦った経験がない私には未知の世界なのだ。
「夜明。呼んできたわ」
アルフィルクが戻ってきた。
セレーネという人を呼んでくると言っていたので、後ろについてきている小柄な人がそうなのだろう。
まるで軍服の様な赤い襟のついたロングコートを着て、目深に帽子を被っている。
首元を隠すほどの大きな襟と、深くかぶった帽子のせいで顔がほとんど見えず、まるで暗闇の中に目だけが光っている様に見える。
見た目だけだと怪しすぎる人物だ。
「ふむ。君がミラのステラ・カントルかね」
その見た目で声は幼女かーい!
およそ怪人の様なビジュアルに対して、おそろしいまでのロリボイスが聞こえてきた。
なんなら中身は老人とかかと思っていたのに、顔が見えないだけでちっちゃい女の子だぞこれ。
「はじめまして。犬飼未明子です」
「はじめまして。このあたりの宇宙を管理しているセレーネと申す」
そういえばミラがこのユニバースは管理人が固定しているとか言ってた気がする。
でも宇宙の管理人とはどういう事なんだろう?
「ワタシは今回の地球で起こっている案件を任されている者でな。主にステラ・アルマ達の日常の世話や、戦いの監査を行っている。分からないことがあったら何でも聞くがいい」
「分からないことだらけなので色々聞きたいところですが、とりあえず聞きたいのは何でそんな服を着てるんですか?」
「え。そこ気になるところ? 今までの人間で最初にそこを聞いてきたのは君がはじめてぞ。いや、やはり管理人と言うからにはそれなりに威厳が必要だと思ってな。まずは服装で威圧を試みているわけだ」
「ちょっと脱いでもらえませんか?」
「え。そこそんなに深掘る? 何か怪しくて近寄りがたい雰囲気で質問をなるべくさせないようにと思ったのに、いきなり脱衣を要求されるなんて思ってもみなかった」
絶対中身は美少女に違いないので、何とかして帽子だけでも取ってもらいたい。
どうやって詰めようかと思っていたら狭黒さんが割り込んできた。
「閑話休題。このままセレーネさんを困らせるのも楽しそうだが、本来の目的は模擬戦だからね。そっちを優先させてもらおうかな」
「そうそう! そういう話であったな。準備は出来ているぞ。現在戦闘が行われていない無人のユニバースを見繕っておいたのでそこに移動してくれ。君は戦いに関する話は聞いたかな?」
話は聞いたがさっき言った通りまだ分からないことだらけだ。
でも言葉で懇切丁寧に説明されてもおそらく理解できないのは承知の上なので、まずはやってみるのが先決だと思った。
私はセレーネさんの問いに大きく頷く。
「他のメンバーは観戦ということで良いのかな? 問題がなければゲートを開くぞ?」
暁さん、サダルメリクちゃん、九曜さん、ツィーさんが同意する。
それを確認するとセレーネさんは何もない空間に手をかざした。
するとミラがユニバースを移動する時に出した光と同じものが現れた。
その光が広がっていき、やがて大きな入り口を形作る。
この大きさなら全員が一緒に入れるサイズだ。
「狭黒。あまりやりすぎないようにな」
「それは私の気分しだいだね」
なんか物騒なことを話している。
私はそれを聞いていないふりをした。
みんな次々と光の中に入っていき、私とミラだけが残された。
ミラは私の方を見るといつもの笑顔で「いこ?」と言った。
その笑顔で不安は消し飛んだ。
大丈夫。私の彼女は今日も最高にかわいい。
みんなの後を追って私とミラは光の中に吸い込まれていった。
光を抜けるとそこにはいつもの街並みがあった。
さっきまでいた建物のすぐそば、駅前の大きな交差点だ。
その交差点の中央に私たち8人が立っている。
街並みこそ見慣れたものだがここには誰一人として人間はいなかった。
深夜だろうと車通りの多い場所なので、ここがガランとしているのはそれだけで異世界感がある。
「分かっていてもここで戦うのは気が引けるな……」
「ここは私達のよく知る場所だが、何を壊そうが私たちの世界に影響はない。それに壊したところでここもしばらくすれば消滅してしまうので問題はないさ」
さっき説明を聞いた時も思ったけど、狭黒さんはこういうところがサッパリしている。
これはこれ、それはそれと頭で理解できているからだろう。
私はいきなり切り替えるのは難しそうだ。
で、どうすればいいのかな?
ステラ・アルマ同士で戦うと言っても何から始めればいいのか分からない。
ミラに聞いてみようとそちらを振り向くと、彼女は目をつぶり唇をこちらに突き出していた。
いわゆるキス待ち状態だ。
「ふぁ!? どうしたの!?」
いきなりのかわいいアピールに激しく動揺する私をよそにミラは
「まずはキスをするんだよ」
と軽く言い放った。
なん……だと……?
ミラとキスするのはいつだってウェルカムだけど、戦うこととキスすることにどういう関係があるのか全然分からない。
「ステラ・アルマがロボットの姿になる為にはステラ・カントルとのキスが必要なの」
そういうものなの!?
でも前にミラがロボットの姿を見せてくれた時って別にキスしていなかった様な気がする……。
いや、したな。したわ。あれが私のファーストキスだったわ。
ふいに狭黒さんとアルフィルクの方をみると、二人はとてつもなく濃厚なキスをしていた。
狭黒さんがアルフィルクの頭を抱える様に押さえつけて、アルフィルクは狭黒さんの背中に両手を回してガッチリホールドしている。
まさに字のごとく絡み合った状態で、これでもかと言わんばかりに相手の唇に唇を重ねていた。
それを見た私は、顔がこれ以上ないくらいに紅潮し呼吸が荒くなる。
他人の、しかも女の子同士のキスをこんなに間近で見るのなんて初めてだ。
他のメンバーはその様子をどんな顔で見ているのかと思ったけど、暁さんも九曜さんもツィーさんも全く動じていない。
唯一、サダルメリクちゃんだけが目をおさえて真っ赤になっていた。
くそぅ。あそこもかわいくて目が離せない。
二人の濃厚なキスがようやく終わると、アルフィルクが狭黒さんから少し距離をとった。
そして空に向かってまっすぐに右手を伸ばして叫ぶ。
「マグナ・アストラ!」
おお! カッコいい!
変身セリフとポーズがあるんだ!
私が一連の流れにワクワクしていると
「あれも夜明が考えた」
「アルフィルクもノリノリだから、やっぱあの二人って根本で似てるんだよねー」
ツィーさんと九曜さんからツッコミが入る。
二人はやれやれ、と首をふった。
やべ。正直私も嫌いじゃない。
「私はちょっと恥ずかしい…」
「わたくしはメリクが可愛いなら何でも良いです」
サダルメリクちゃんは相変わらず顔を真っ赤にしながらそのやりとりを見ている。
そしてそのサダルメリクちゃんを抱きかかえながら頭を撫でている暁さんは真顔だった。怖い。
ポーズをとったアルフィルクの体がだんだんと光に包まれていく。
やがて姿が見えなくなって、一体どんな変身をするんだろうと期待した次の瞬間……
ドゴォォォンッ!!
突然彼女がいた場所に巨大ロボットが現れた。
道がひび割れ、周囲の建物も揺れるほどの大きな衝撃が走る。
私はその衝撃と、目の前に一瞬で現れた巨大なロボットの姿に圧倒され転倒しそうになった。
「情緒もなにも無い! もっと魔法少女みたいな変身が見られると思ってたのに!」
「魔法少女じゃなくてロボットだからね」
ミラの一言が身も蓋も無い。
私は巨大ロボットに姿を変えたアルフィルクを眺めた。
こんなに大きいものを日常では見ないのでハッキリとは分からないけど、周りの建物と比較するとだいたい15〜16メートルくらいの高さだろうか。
高さに比べると幅や奥行きはそんなに広くなくて、まさに人間をそのまま大きくした感じだ。
全身白のカラーリングで、ロボットとしての重厚さはありつつも、どことなくスラッとしていてアルフィルクのスタイルの良さを連想させる。
その流線的とも言えるボディに、ゴテゴテとした武器がたくさんついているのが見えた。
右手には長めの銃。銃器に詳しくないけど、戦争映画とかで兵隊が持っていそうな銃だ。
そして腰のあたりにも大きな銃がついている。銃口がたくさんあって連発して弾をだせる…バルカン? いやガトリングガンだったかな。これも映画で見たことがある。
そして両脚の脛部分にも何か武器っぽい膨らみが見える。
見た目では分からないけど、他にもどこかに武器がついているのかもしれない。
その姿はお星様のもつ宇宙的なイメージとはかけ離れた、兵器と呼ぶのに相応しい姿だった。
「ひぇー……すっごいね。男の子だったらテンション上がるんだろうけど、正直ちょっと怖い」
「私達もこんなに物騒な姿になるとは思わなかったな」
「ステラ・アルマって元々こういう姿じゃないの?」
「地球の人の戦いのイメージを具現化した形だからね。この星の人達の多くは戦いにこういう兵器をイメージしたんだと思う」
ミラたちステラ・アルマの姿にまで私たちの創造が影響していたなんて。
もし私たちが妖精みたいなのをイメージしていたら、みんなもっと幻想的な姿になったのかもしれない。
もっともそんな幻想的な姿で戦われるのも嫌だが。
『あんた、何を呆けてるのよ』
ロボットの姿になったアルフィルクから声がする。あの状態でも喋れるらしい。
姿は物騒なのに声だけは女の子なのでギャップが凄い。
『さっさとミラとキスしなさいよ!』
巨大ロボットにキスを急かされたんだが。
ともあれ、私がキスしないとミラは変身できない。
他のメンバーの様子を伺うと、特に盛り上がる様子もなくじっとこちらを見ている。
すでに慣れた状況なのだろう。
誰かに見られながらキスするのにはとんでもなく抵抗があるけど、これから何度もする事になるんだから私が慣れるしかない。
「ミラ。じゃあ、するね」
「うん」
ミラが目を閉じて、私からのキスを待つ。
あの二人みたいな大人なキスは出来ないけど、私なりの思いを込めてキスしよう。
私は彼女の唇にそっと自分の唇を重ねた。
……。
……。
恥ずかしい!
嬉しいけど、めっちゃ恥ずかしい!
顔が真っ赤になるのを隠しながら何とかミラを見ると、私に任せておいて、とも言わんばかりの強気な顔をして私から少し離れていった。
「マグナ・アストラ」
その声が静かに響くと、彼女の体が光に包まれる。
私はさっきのアルフィルクの変身を思い出して衝撃に備える様に身構えた。
一瞬あとに、再び起こる轟音と衝撃。
ミラが立っていた場所には、あの時学校の屋上で見たのと同じロボットが立っていた。
あの時はそれどころではなくてじっくり見られなかったけど、改めて見てみるとミラの姿は力強さとともに美しさも備えているように思えた。
緑を基調にした落ち着いたカラーリング、長く細く伸びた脚に、丸みの多い柔らかなイメージのボディ。
そしてそのボディを守る様に、騎士の鎧の様な防具を身につけている。
アルフィルクがゴテゴテと武器をたくさん装備しているのに対して、ミラは自分の身長に届きそうな長さの銃を一つだけ持っていた。
アルフィルクの姿を見た時は恐ろしさを感じた反面、ミラの姿を見ていると不思議と勇気と闘志が湧いてくる様だった。
こんなに印象が変わるのはこのロボットが大切な人だからだろうか。
『未明子』
ミラの声だ。
ロボットとなった彼女は私の方を見ると、ゆっくり腰を下ろして左手を差し出してきた。
ここに乗ってと言う事らしい。
「ほう。ミラくんは狙撃型かな?」
狭黒さんがアルフィルクの手に乗って私たちを見下ろしている。
その向こう、アルフィルクの胸のあたりが開いてその奥に操縦席のような物が見えていた。
「やはりステラ・アルマは美しい。だからこそ切ないんだがね!」
そう叫ぶと、狭黒さんは勢いよくその操縦席に乗り込んだ。
すると開いていたアルフィルクの胸部が何重もの装甲に覆われて閉じていく。
ああやって乗り込むらしい。
私はミラの手に捕まり、同じ様にミラの胸部あたりに連れて行ってもらった。
一瞬胸部中央が光ると胸を覆っていた装甲が開いていき、操縦席が現れる。
私は深く息を吐くと、意を決してその操縦席に飛び乗った。