第77話 星のダイアローグ②
「ベガ……?」
「いくらアイツでもアルタイルに手を出すほど馬鹿じゃないと思ってたよ。やっぱりもっと早くに始末しておくべきだったね」
ベガは顔色を変えずにそう言った。
あくまで私に対しては優しい物言いだけど、これは凄まじく怒っている時の口調だ。
ベガとの付き合いの長い私でも鳥肌が立つほどの殺気を感じる。
脅しや威嚇の言葉ではなく、もしここにフォーマルハウトがいたらベガは何の躊躇もなくアイツを殺していたという実感がある。
「ちょ、ちょっとアルタイル! ベガは争いは好まない派閥じゃなかったの!?」
「争いは好まない派閥の中の、自分や周りに害を成すなら容赦はしないタイプなのよ」
私だってベガがここまで怒っているのを見るのは久しぶりだ。
普段大人しい反面、一度怒り出したら手がつけられない。
ここにいるメンバーと同じで絶対に怒らせてはいけないタイプなのだ。
別にフォーマルハウトが殺されようが一向に構わないけど、いま私の頭の中に最悪の展開がよぎっていた。
そうならないように何とかベガを宥めなければいけない。
「大丈夫よベガ。もうアイツとは決着をつけたし心配は無いわ」
「でもまだこのユニバースで生きてるんだよね?」
あの変人がいらない事を言うからやっぱり面倒ごとに発展したじゃない。
さてはアイツこうなるのを分かっててベガに色々と教えたわね。
「正式な戦いならいざ知らず、勝手に割り込んできてアルタイルを傷つけるなんて許せないよ。アイツの居場所を知ってるなら教えて? 私がすぐに行って八つ裂きにしてやる」
「そ、それがあの戦いのあと行方をくらませちゃったの。この世界にはいると思うけど何処にいるかまでは分からないのよね」
「そうなんだ。じゃあそこらをしらみつぶしに探すよ。私がウロウロしていれば向こうからやってくるかもしれないし、フォーマルハウトが見つかるまではこの世界に滞在するね」
宥めるのもはぐらかすのも通用しなかった。
ベガの事だから本当にフォーマルハウトを見つけ出すまでとことん探すに違いない。
そして見つけたら絶対に生かしてはおかないだろう。
「セレーネさん。ステラ・アルマどうしの殺し合いはルール違反にはならないのかい?」
「うーむ。今回の場合お互いステラ・ノヴァの契約をかわしていない、いわゆるフリーのステラ・アルマどうしの問題だからな。戦いへの影響も無いしルールには抵触しないだろう」
「あれ? フォーマルハウトのステラ・カントルの子はどうしたの?」
「あの少女はフォーマルハウトと契約をかわしている訳ではない。アイツの変身条件を満たす為だけの特殊な存在だ」
「そういうパターンもあるんだね。こいつは困ったな」
「なんで夜明が困るの? 別にフォーマルハウトの味方じゃないでしょう」
「勿論そうさ。だけどそういう訳にもいかないんだよ」
夜明も気づいているみたいだ。
そう、このままでは非常に困った事になる。
私達はフォーマルハウトの味方なんかじゃない。
アイツが殺されそうだからと言ってベガを止める理由なんてこれっぽっちも無い。
だけど……。
「あの、ごめんなさい。いまフォーマルハウトを殺されると困るんです」
そう言ってベガの前に立ちはだかったのは、
未明子だった。
……そうよね。
そうなるわよね。
フォーマルハウトを殺したい程恨んでいる未明子が、理由があってアイツを生かしているんだもの。
ベガがアイツを殺すなんて言い出したらそうするに決まっている。
「あなた誰ですか?」
「犬飼未明子と言います」
「どうしてフォーマルハウトを庇うんですか?」
「アイツにはやってもらわなきゃいけない事があるんです。だから殺されたら困ります」
「知らないですよそんなの。そこどいて下さい」
「どきません。フォーマルハウトの事は私がケリをつけます。だから放っておいてもらえませんか?」
肌を刺すようなビリビリとした殺気を放つベガに対して、未明子は全く臆していなかった。
止めるという意思を持った未明子は意地でも引かない。
そしてベガも一度言い出したら止まらない。
絶対に引かない者どうしが対立したら、もう行きつくところは決まっている。
ベガの表情が強張る。
さっきまでの穏やかな目とは程遠い冷たい目で未明子を見ると、同じように未明子も暗く濁った目でベガを見ていた。
誰も動けなかった。
張り詰めた空気の中、ベガと未明子はお互いを見続けていた。
どれくらいの時間がたっただろうか。
ベガが、一歩引いた。
ベガが根負けしたのだと思ってみんなの緊張が弛緩する。
でも私だけは膨れ上がるベガの殺気に全身から血の気が引いた。
「アル・ナスル・アル・タイル」
そこまではしないと思っていた。
ベガは人間を愛している。
だからいくら自分の邪魔をしたからとて、まさか生身の人間に対して ”固有武装を発動する” なんて無いと信じていた。
ベガは左手の掌から一本の剣を取り出した。
掌がまるで鞘の役目をするかのようにそこから取り出された剣は、西洋の騎士が使用するような美しい細工が施された剣だった。
その剣が一瞬だけ震えた。
ほんの一瞬、目の錯覚かと思うほどの震えだった。
それでも私には分かった。
ベガが剣を振ったのだ。
剣の風切り音が一度だけホールに響き
その残響が消える
次の瞬間、未明子の着ている服が弾け飛んだ。
着ていたコートも、トップスも、肌着、下着に至るまで、上半身に身に着けていた服が全部斬り刻まれた。
破れた衣服が端切れのようになって地面に散らばる。
ベガの剣の一振りで、未明子はあられもない姿にされてしまった。
自分の体を見て、何が起きたのか理解できていない未明子にベガが剣の切っ先を向ける。
「服を斬っただけです。体は斬っていませんから安心して下さい。でも次はどうなるか分かりませんよ?」
剣の刃よりも冷たく鋭利な言葉がベガの口から放たれる。
それでも未明子は焦る様子も無く落ち着いた声で言い返した。
「好きにしてください。それでも私はどきません」
「そうですか。別に体を斬らなくても残りの服も全部斬り落として辱める事もできます」
「どうぞ。別に裸にされても私の体に価値なんてありませんから」
冷や汗が止まらなかった。
未明子が斬られるなんて絶対に無い。
ベガはそこまではしない。
気が動転している私は、大丈夫、大丈夫、と何とか頭を冷静にするのでいっぱいだった。
いま私がすべきなのはそんな事ではないのに。
「やめてください! 犬飼さんを斬るならまず私を斬ってください!」
その本来すべき事は、私の代わりに他の誰かによって行われた。
未明子を守るようにベガの前に立ったのはこの中で最年少の少女だった。
武術経験のあるすばるよりも、年長である夜明よりも、未明子のステラ・アルマである私よりも早く、未明子の盾になったのは双牛稲見だった。
「犬飼さんをこんな目に合わせてもまだ気がおさまらないなら、どうぞ私を斬り殺してください」
「次から次へと何なんですか?」
「犬飼さんの仲間です」
「それは分かります。そうじゃなくてどうしてあなたまでフォーマルハウトを庇うんですか?」
「知らないです。私は犬飼さんの盾でしかないので。理由とかあまり関係ないです」
稲見が震える声でベガにそう言い終えた頃には、今度は稲見を守るようにフェルカド、すばる、五月、それにアルフィルクがベガと対峙する。
それを見たベガは不機嫌そうな表情を浮かべた。
剣を握る手に力がこもる。
「ベガ! やめて! みんな私の大切な仲間なの!」
ようやく私の頭がすべき事を選択する。
駆け出してベガの隣まで行くと、剣を構えた腕を掴んだ。
「ベガの気持ちは嬉しいわ。だけどアイツには私達が相応の罰を与えるから、だからここは引いて欲しいの。お願い……」
ベガは、腕を掴んで離さない私を困ったような顔で見た。
「アルタイルが何を考えているのか分からないよ。どうしちゃったの? あんな奴を庇うなんて」
「庇ってなんかないわよ。あんな奴に1ミリも同情なんかしてない。だけど今はアイツを利用しているところなの。だから処分されたくないだけ」
苦し紛れの言い訳に聞こえたんだろう。
ベガは全く納得のいかない顔をしている。
私がもしベガの立場だったら、同じように納得できないだろう。
もしかしたらフォーマルハウトに操られてるんじゃないかとまで疑うかもしれない。
説得力が無いのは分かっている。
でも今は信じてもらうしかない。
私の顔をしばらく眺めたベガは深いため息を吐いた。
そして持っていた剣を、出した時とは逆に左手の掌の中に静かにしまった。
「犬飼未明子さん?」
「あ、はい」
「今はアルタイルの言う事を信じます。だけど私はまだあなたがフォーマルハウトと一緒に何か悪だくみをしているんじゃないかと疑っています」
「……」
「だから今後もあなたの動向を見させてもらいます」
「分かりました」
ベガは腰を落として膝立ちになると私と目線を合わせた。
「アルタイル。次に何かイレギュラーがあったらすぐに呼んで。力になるから」
「ありがとう。そうさせてもらうわ」
そう言われてひとまず安心したのか、ベガは私の手を軽く握ると管理人の方に歩いて行った。
「契約を済ませたステラ・カントルに手を出してしまいました。いかなる処分も甘んじてお受けいたします」
「うむ。流石に何かしらの罰則はあると覚悟してくれ。しばらくはこのユニバースへの立ち入りも禁じられるだろう」
「はい。申し訳ありませんでした」
ベガが管理人に深く頭を下げる。
管理人は頷くと奥の部屋に戻って行った。
ベガはこちらを見ると、管理人にしたのと同じようにみんなに頭を下げた。
一瞬未明子を睨むんだ気がするが、すぐに管理人の後を追って奥の部屋へと入って行った。
ベガの姿が完全に消えたのを見届け、私はすぐに未明子の元に駆け寄った。
服を破られて完全に露出してしまった体をつぶさに確認する。
どこかに怪我をしていないか、血は出ていないか、ペタペタと体を触りまわした。
「鷲羽さんどうしたの? くすぐったいよ」
「ごめんね。ごめんね未明子。まさかこんなことになるなんて」
「別に大丈夫だよ。それよりも双牛ちゃんの方を心配してあげて」
「え?」
未明子に言われて稲見の方を振り返ると、彼女は真っ青な顔で尻もちをついていた。
すぐにフェルカドが駆けつけて抱き寄せる。
稲見はフェルカドの胸の中で小刻みに震えながら「大丈夫だよ」と呟いた。
「普通の女の子が刃物を持った相手の前に立つって相当勇気がいるからね。下手したらトラウマになっちゃうかもしれない」
それを淡々と言っているあなたも普通の女の子で、しかもその刃物で斬られたわよね。
お願いだから自分を大切にして……と、お説教したくなるのを何とか飲み込んだ。
それよりもまずは何か着せてあげないと。冬場に裸なんて体が冷えてしまう。
「ワンコ、とりあえずこれ着とけ」
私が自分の体で未明子の体を温めていると、ツィーがいつもの拠点パーカーを持ってきてくれた。
「ありがとうございます」
それを渡された未明子は、自分の胸が丸見えになるのも気にせずにパーカーをするりと着る。
わー! わー! と私が必死で胸を隠しているのが馬鹿みたいだった。
「お、お願いだから自分を大切にして!!」
それから私達は拠点のホールで話し合いをする事になった。
ベガは元々いたユニバースに戻ったようで、見送りを済ませた管理人もホールに戻ってきていた。
稲見はまだ具合が悪いので少し離れた長椅子に寝かされている。
勿論そばにはフェルカドが寄り添っていた。
「まずはみんなに謝らせて。私の知人が迷惑をかけたわ。ごめんなさい」
今回の件に関しては私の認識が甘すぎた。
ベガなら万に一つも危険は無いなんて私目線の話でしかなかった。
これでは1等星の中にも話の通じる相手がいるなんて撤回しなくてはいけない。
「えーと……」
「それに関しては、何と言うかあまりベガくんを責められないね」
「あ、やっぱりざくろっちも? 未明子ちゃんには悪いけどアタシもちょっと思ってた」
みんなの様子を見るに、稲見とフェルカド以外のメンバーは同じような感想を持っているみたいだった。
「どういうこと?」
「そもそもフォーマルハウトを匿っているのは事実だ。アイツがどれだけ危険な奴か分かっていれば、ベガの行動は正しいとも言える」
私の質問にツィーが答えると、それを聞いた全員が控えめに頷く。
「例えば五月がフォーマルハウトに大怪我させられたのに、他の奴がアイツを庇いだしたら間違いなく洗脳を受けていると考えるだろうな」
「まあ洗脳とまでは行かなくても何か後ろめたい理由があるって疑うわよね」
「そうなるとあの行動が悪とも言い切れません。ただ、わたくし達は見ていただけで、危険な目にあったのは犬飼さんなのであまり差し出がましい事は言えませんが……」
実害のあった当の未明子はキョトンとしていた。
裸にされたのにまるで他人事のようだ。
「ベガも普段はあんな乱暴ではないの。真面目だからフォーマルハウトへの敵意も強くて……」
「待った。私は全然被害にあったとか思ってないし、ベガさんに対して悪い印象なんて持ってないから安心して」
「それは人が良すぎない? あなた下手したら殺されるところだったのよ?」
「だってベガさんの行動って鷲羽さんが大切だったからでしょ? 大切な人を傷つけられて怒るのは自然だと思うし、それを邪魔されたら威嚇するのも当然だと思うよ。どちらかと言うと私の我儘に付き合ってくれたのはベガさんの方だしさ」
「だからってあんな目にあわさなくてもいいじゃない」
「もし私がベガさんだったら斬り殺してたかもしれないから十分優しいと思う。それに裸くらい減るもんじゃないし別に気にしてないよ」
自分だったら斬っていたとさらりと言うあたり未明子らしいと言えばらしい。
優先順位が世界やルールよりも大事な人になるのは未明子とベガの似ているところなのかもしれない。
ただ自分の裸はもうちょっと気にして欲しかった。
「そう言えばワンコ。お前胸元になんか傷跡があったな」
「ああこれですか? これは前に自分で抉った傷が残っちゃったんです」
「わざわざ見せなくていいから! 丸見えだから! 胸隠して!」
「へぇー。あなた腹筋バッキバキなのね」
「鍛えてるからね。触る?」
「だから都度パーカーたくし上げなくていいから! もうちょっと恥じらい持って!」
「なによぉ。本人が気にしないって言ってるんだからいいじゃない。みんなの未明子でしょ?」
「未明子は!! 私のだから!!」
「おお。アルタイルちゃんが所有物発言しだした」
「ふっ……」
「何でいま鼻で笑ったのよすばる!?」
「そうよ。サダルメリクが凄い顔してるからやめなさいな」
「それよりも私的には未明子くんが自分の胸を抉ってる方が気になるんだが……」
話が先に進みやしない。
ベガの行動は問題だしケジメをつけておきたいけど、全員が納得していて未明子が気にしないと言うならこの話はここまでだ。
私の申し訳ない気持ちだけで話を長引かせるのも良くない。
どうせ次にベガがやって来るのはしばらく先になる。
その時にどうするかはまた別の機会に考えよう。
せっかく全員が集まったこの機会。
時間は大事に使わなくてはいけない。
今日集まったのはベガの件だけではないのだ。
「閑話休題。ベガの話が終わりでいいなら、ここからは例の話をしましょう」
「ようやくこの話ができるのか。ここまで長かったな」
「アタシとツィーが最初にこの話を聞いたの随分前だもんねぇ」
五月とツィーから、久しぶりに全員が集まるならついでに戦いに関する真実を話して欲しいと連絡があったのだ。
フォーマルハウトとの戦いから今日までタイミングが作れなかったのもあり、ずっと流れてしまっていた話だ。
この件に関しては事前に全員で相談はしているらしい。
人によっては聞くべきでは無かったと思うかもしれないような話だ。
それを各々よく考えた上で決めて欲しいとお願いした。
全員の返答は「それでも話を聞く」
発端となった五月とツィーは勿論、すばるとサダルメリク、アルフィルクと夜明、それに未明子。
稲見とフェルカドは他のみんなに合わせると言ってくれた。
みんなの意思が固まったならここからは私の1等星としての使命。
地球の子に、宇宙の意思を語る。
「多分長くなるし、ショックな事実もあるかもしれないから覚悟して聞いてね」
反応はそれぞれだったがそれ相応の心構えはしてきているようだった。
全てを説明するには多くを語らなくてはならない。
私は一度咳払いをすると話を始めた。
「まずはいま行われているこの戦いが、何の為に行われているかを説明するわ」
「何の為って……増えすぎた地球を減らす為の戦いでしょ?」
「そう。私達は人々の願いによって増えすぎた地球を減らす為に戦っている。戦いに勝った地球は存続し負けた地球は消滅する。じゃあこの戦い、いつまで続くかアルフィルクは知ってる?」
「え? いつまでって……そもそもこの戦いに終わりがあるの?」
「あるわ。この戦いをある一定回数勝ち抜いた世界には、戦いを終わらせる権利が与えられるの」
「権利?」
”終わらせる” という言葉に肯定的な反応を示したのが夜明、五月、すばる。
顔が良く見えなかったけどおそらく稲見もだろう。
そして複雑な反応を示したのがアルフィルク、ツィー、サダルメリク。そして離れて話を聞いていたフェルカドだった。
つまり人間とステラ・アルマとの反応の違い。
この反応の違いがこの戦いが続いている理由と大きな関係を持っている。
何故か人間側である未明子だけはどちらとも取れない反応をしていた。
私が読み取れないだけで他の人と同じだといいのだけれど……。
私は話を続けた。
「その権利とは、この戦いを管理する者への挑戦権よ」
「挑戦権? どういう事?」
「その前に、戦いを管理する者の説明をして頂いてもよろしいですか? わたくし達はセレーネさんがその管理者だという認識でしたが違うのでしょうか?」
「私の言う管理者はあそこにいる管理人とは違うわ。この話を止めないからもう答えを貰っているようなものだけど……この世界の管理人さん、全部話していいわよね?」
「そうだな。その時が来たんだと思う。ワタシは構わない」
管理人は遠巻きで聞いているだけで話には入ってこない。
何を話すかは私に委ねてくれているようだ。
「この戦いを管理している者。それは月に住まう女神セレーネ」
月の女神セレーネ。
この戦いを管理し、そして仕組んだ者でもある。
私達ステラ・アルマにとっては複雑な関係の存在だ。
ただし今この名前を知っているのは私だけ。
アルフィルク達はこの名前を憶えていない。
「セレーネって、あそこにいるセレーネさんとは違うの?」
「あそこにいるこの世界の管理人は、正しく呼ぶならセレーネファミリア。セレーネファミリアはセレーネの部下の総称よ」
「セレーネさんってセレーネさんって名前じゃなかったんだ!!」
「セレーネファミリアはそれぞれの世界に一匹ずつ配置される。みんな知る由もないけど、他の世界の管理人も全てセレーネを名乗っているわ。別の世界から来た稲見とフェルカドは分かるわよね?」
「はい。前の世界では疑問にも思いませんでしたが、こちらの世界に来てセレーネが個体を表す名前ではないと知りました」
まだ具合の悪そうにしている稲見の代わりにフェルカドが答えた。
「嘘でしょ……ってか一匹ってどういう事? 一人じゃないの?」
「ここまでくれば隠す意味もないか」
アルフィルクの疑問に答えるように管理人が口を開く。
そして観念したように、被っていた帽子をゆっくりと脱いだ。
顔を覆い隠す程の帽子の下には、幼い少女の顔があった。
大きなクリクリした赤い瞳と控えめな鼻と口。
ぱっと見た感じは普通の人間と変わらない。
ただし、頭の上には大きな白い耳が生えていた。
「「「う……うさぎだあああッ!!」」」
そう。
その少女を表現するなら兎。
頭から生えた大きな耳は兎の耳と酷似していた。
「だから目が赤かったの!? 月に兎がいるってそういう事!?」
「リアルうさみみ少女だー!」
「やっぱり幼女じゃんッ!! 絶対そうだと思ってた!!」
思い思いの反応を示す中、未明子がひと際重い反応を示していた。
そういえば未明子だけはやたら管理人につきまとって帽子を脱がせたがってたわね。
他のメンバーが兎耳で盛り上がってるのに、一人だけ幼女で盛り上がってる理由は後で聞いておこう。
「この姿を見せてしまうと勘のいい奴は月の女王に気づく可能性があるからな。ワタシ達は全員姿を隠す事を義務付けられている。もっとも姿を見せなくても色々と気づいた奴はいたようだが」
「いやいや。私が気づいたのはセレーネという名前が個体名では無いと言うところまでだよ。それ以上の事は分からなかった」
「夜明さんは以前からセレーネさんの正体を知っていたのですか?」
「前に戦ったモスモスくんが気になる事を言っていてね。その答え合わせをさせてもらっただけさ」
夜明だけは知っていたのね。
でも答え合わせと言っても管理人が話せるのはせいぜい自分の正体とセレーネについて。
つまり戦いを運営している組織についての説明くらいだ。
その先の真相までは絶対に話さない。
「セレーネさんと、そのセレーネって月の偉い人がこの戦いを管理してるってのは分かったけど、それと挑戦権にはどういう関係があるの?」
いま話した管理者や管理組織については他のユニバースでも知っている者はいるだろう。
そのあたりをどこまで話すかは管理人の匙加減だからだ。
でもこの挑戦権については戦いを勝ち抜いた者、もしくは真実を知る1等星のいる世界の戦士しか知る事は無い。
何故ならこの ”管理者への挑戦権” への回答こそが、私達ステラ・アルマと地球の子を巻き込んだ戦いの真実だからだ。
「この戦いはね、月の女神セレーネがやっている遊びなの」




