第75話 まちカドで見つけた 大事な宝物②
「私とフェルカドは、前の世界ではつまはじき者でした」
リビングにはすでにソファなど一通りの家具が置かれている。
それでも11人は座り切れないので、みんなリビング横の和室の扉を開放してそこに座ったり、バルコニーから稲見の話を聞いていた。
「両親は生んだ子供に興味の無い人達で、小さな頃からほとんど会話をした事はありません。同じ家に住んでいるのに食事も与えられず、まるで捨て子みたいに育てられました。中学ではうまくやれずに仲間外れにされ、友達もいなかったのでいつも一人で過ごしていたんです。そんな時に、夏海……あ、前の世界でのチームリーダーと出会ったんです」
稲見はあまり触れたくないであろう自分の身の上を語りながら笑顔を浮かべていた。
でもそれは歪に笑い顔を作っているだけで到底笑顔とは呼べなかった。
それだけでも彼女が今までどういう扱いを受けてきたのか理解するには十分だった。
「夏海は何度も実戦を経験しているステラ・カントルでした。どこからか私の話を聞いたみたいで、もし戦いで死んでも誰も悲しまないだろうって事で私をスカウトしたんです。それで連れていかれた拠点でフェルカドに会いました」
「私は稲見のいたユニバースに移動して来たばかりだったのですが、同じように夏海に誘われて仲間となりました。そしてパートナーのいなかった私は稲見のステラ・アルマになるように言われたのです」
「え? じゃあこの子はフェルカドが自分で選んだパートナーじゃないの?」
「はい。夏海は他にもパートナーのいないステラ・アルマとステラ・カントル候補を見つけては、その時その時で契約を結ばせていました」
「どうしてその夏海という方はそんなにステラ・アルマとその候補者を見つけられたのでしょうか?」
「夏海のパートナーだったステラ・アルマがそういう探索能力の固有武装を持っていました。そのユニバースにいるステラ・アルマと、戦えと言われて協力するような性格も含めて適正の高いステラ・カントルを探し出せたそうです」
フェルカドの説明を聞いて納得した。
ステラ・ノヴァはそう滅多な事では発生しない。
ステラ・アルマが同じユニバースに集まるのも稀だし、一番大変なのは戦いに参加できるような意思を持った人間を探しだす事。
それを解決できる能力なら戦力を増やすのにうってつけだ。
「そうやって集まったグループだったんですけど、その中でもやっぱり私はうまくやれなかったと言うか、捨て駒みたいなポジションになっちゃって……」
「私達はチームの中でも主に弾避け係として使われていました。死んでも壁になれればそれで良し、生きていればまた次の戦いで壁として使われるだけでした。いずれ死ぬからとそれ以上の役割は求められず、誰も私達を仲間として扱ってくれなかったのです」
「胸糞悪くなるわね……」
「今回の戦いでも私達がまず先行して境界の壁付近で待機してたんです。それである程度の戦力分析ができたら夏海達主力が攻め込むという作戦でした。でも戦闘が始まったら突然紫色のモヤモヤが現れて……」
「フォーマルハウトが乱入してきたと」
その後は説明されなくても分かる。
いくら戦闘経験が豊富でもいきなり1等星の、しかもフォーマルハウトが現れて襲われたらまず対応できない。
訳の分からないまま何もできずに他の5体のステラ・アルマが破壊されたのが目に浮かぶ。
フォーマルハウトが自分達を救ってくれたと言うのは、つまり稲見とフェルカドを捨て駒として扱った人達をコイツが始末したからと言う事みたいだ。
「ふーん。まあ私はそんな事情なんか全然知らなかったがな。私の話を聞こうともせずに攻撃してきたから全員殺してやった。それでたまたま残ったのがコイツらだったってだけだ」
特に思う事の無さそうにフォーマルハウトが言う。
コイツはその事情を知っていたからとて稲見達に同情するようなタイプでは無い。
無差別に殺して、戦いの辻褄合わせにこの二人が残されただけだ。
もしその夏海と言うリーダーにフォーマルハウトと戦えと命令されていたら、稲見とフェルカドは死んでいただろう。
そしてフォーマルハウトが乱入してこずに普通に私達と戦っていたら真っ先に死ぬ役だった。
仮に私達に勝てたとしてもいずれどこかの戦いで壁にされて死ぬ。
更に言えば私達がフォーマルハウトに負けていたら、稲見達はあの戦いの唯一の生き残りとなり、その先は一人で戦う事になっていつかどこかで死んでいた。
事情を聞けば、彼女たちは唯一の生き残る道を選んだとも言える。
「私は世界が嫌いでした。理不尽を突き付けるだけ突き付けて、最後は誰かの身代わりになって終わり。感謝もしてもらえないし、誰かの記憶にも残らない。だからもう次の戦いでわざと死んじゃおうと思っていたんです。フェルカドに相談したら一緒に死んでくれるって言ってくれました」
「これまで死に物狂いで戦ってきた皆様は軽蔑するかもしれませんが、私は稲見がこれ以上苦しむくらいならそれが救いになると考えたのです」
「あれ? じゃあ殺した方が良かったのか?」
フォーマルハウトの空気を読まない発言が飛ぶ。
みんなが苦い顔を向けるが全く動じずに飄々と受け流していた。
「だから、みなさんが戦っている間に二人で相談したんです。この後どうなるのか分からないけど、どうなろうと全て受け入れようって。戦いが終わった後に殺されるならそれはそれとして受け入れる。もし助けてもらえるなら素直に助けてもらう。それでもやっぱりうまくいかないなら、改めて死のうと思っていました」
稲見は隣で話を聞いていたすばるを見ると、くしゃっとした笑顔を浮かべた。
それはさっきのような無理やり作った歪な笑顔では無く本当の彼女の笑顔のように見えた。
「昨日その話をすばるさんにしたら、すばるさんは私達の自由にしてくれていいよと言ってくれました。だから私達はそのお言葉に甘えようと思ったんです」
「それでここに住むことにしたの?」
「はい。ここでフェルカドと一緒に暮らしながら、みなさんと一緒に戦うことにしました」
稲見の言葉に、事情を知っているすばるとサダルメリク以外の全員が「え?」と言う表情を浮かべた。
てっきりこの二人はもう戦いには参加せずにここで新しい生活をしていくのだと思っていた。
すばるならそれくらい許してくれるだろう。
稲見が戦いに向いていないタイプなのは話を聞いていれば分かる。
もう自分の命が危険に晒される事も無くなったのに、その選択は間違っていないのだろうか。
「多分、私が戦いに向いてないと心配されているんですよね? みなさんの想像通り、はっきり言って私もフェルカドも戦いにはまるっきり向いていません。ですが、代わりに守る力には長けていると思います」
「守る力?」
「はい。こんな私でも今まで何とか生きてこられたのは守りの才能があったおかげなんです!」
「フェルカドが防御に特化した能力ってこと?」
「私は戦闘能力としては3等星の中でも劣っておりますが、防御能力なら2等星にも負けないと自負しております」
稲見を立てるように後ろに控えがちなフェルカドだったが、この時ばかりは一歩前に出る勢いだった。
よほど防御には自信があるらしい。
稲見もフェルカドの能力を信頼しているのか、ドヤ顔でうんうんと頷いていた。
それを見た私達は内心「可愛い二人だな」と微笑ましくそのやり取りを眺めていた。
こちらには同じく3等星で鉄壁を誇るサダルメリクがいる。
フォーマルハウトの攻撃すら防ぐサダルメリクの防御力を見たら、二人の自信を砕いてしまうんじゃないかと心配するくらいだったのだ。
この時点では、すばるを含めた全員がそう思っていた。
「生き残ったからにはこの世界でフェルカドと一緒に生きていきたいです。その為にも私達がみなさんを守ります」
「皆様の足手まといにならないように尽力いたしますので、どうか力添えさせて頂ければと思います」
フェルカドが頭を下げると、それを見た稲見も一緒に頭を下げた。
「こちらとしても戦力が増えるのはありがたい。だけどいいのかい? 君達が元いた世界はもうすぐ消えてしまう。向こうの世界に残してきた家族も友達も消えてしまうのに戦い続けるのは複雑じゃないかい?」
「私に限って言えば、友達と呼べる人も……家族と呼べる人もいなかったので別に構いません。私だけがこちらの世界でやり直すことに罪悪感はありますが、一応私は負けた立場なのでそれも受け入れるつもりです」
「そうか。まあそういう話を始めたら、そもそも他の世界を壊して生き続けるのも同じことか」
「あ! でも待って! 稲見ちゃんってこっちの世界にもいるんじゃないの? 下手したら出会っちゃわない?」
「稲見くんはどこの出身なんだい?」
「私は長野に住んでいました」
「長野か。こっちに旅行に来ればバッタリなんて可能性もあるが、普通に生活していたらまず出会わないだろうね」
そこまで物理的な距離があれば大丈夫だろう。
そうじゃなくても東京はとにかく人が多い。
同じ東京に住む者同士だって滅多に会わないのに、200キロ近く離れている場所の人間となんてまず出会う事は無い。
「ど……どうでしょうか?」
稲見が心配そうに私達の顔を覗き込む。
私達は互いの顔を見て頷き合った。
全員の意思が確認できたと、夜明が代表して話をまとめる。
「分かった。決して君達をぞんざいに扱ったりしないと約束するから一緒に戦ってくれると嬉しい」
それを聞いた稲見とフェルカドはパァッと笑顔を浮かべて「よろしくお願いします」と改めて頭を下げた。
その後は全員の自己紹介をしつつ連絡先の交換をした。
稲見とフェルカドが持っていたスマホはこちらの世界では使えないので、昨日の内にすばるが用意しておいてくれたらしい。
二人にはイーハトーブのライングループにも入ってもらったので今後は情報を共有できる。
話が落ち着くとすばるが二人に部屋の使い方を説明する事になった。
私達は邪魔にならないようにテラスに出て、景色を眺めながらお喋りタイムを満喫する。
「五月、前に別のユニバースの人間は不安って言ってなかった?」
「アルフィルクはあんな素直なお願いを無下にできるの?」
「まあ私はいい意味で期待はしないわ。いきなり肩を並べて戦ってねって言うのも重いだろうし」
「私はあの二人は信用してもいいと思うぞ」
「ありゃ。ツィーが珍しいこと言ってる」
「ちゃんと自分達の目的を口に出した上で戦いに参加すると言ってるんだ、裏は無いと思う」
「私もツィーくんと同じ意見だよ。それにアルタイルくんの加入によって敵のレベルが上がるとしたら戦力はどれだけあってもいいからね」
「私はそのルールが本当にあるのか分からないのよね」
「データとして見たらそういう可能性があるくらいのレベルかな。次の相手に1等星が混ざっていたらもう間違いないと思うよ」
「やだ夜明。そういう不穏なフラグ立てないで」
1等星には私よりも性能が上の星は沢山いる。
スピカ姉様の能力を知らなかったように能力を知らない相手だって多い。
次も1等星との戦いなんて私も考えたくない。
「それよりも未明子くん。本当にいいのかい? フォーマルハウトを許してしまっても」
「許すつもりは絶対にありません。これからも何一つ自由にさせるつもりは無いですし、干からびるまで働いてもらうつもりです。もし強い敵が現れるようなら当て馬にしてもいいと思います」
未明子はつまらなさそうにすばるの説明を聞いているフォーマルハウトにいつもの冷たい視線を送った。
その視線に気づいたのか、フォーマルハウトはニヤニヤしながら未明子に手を振る。
……アイツ。やっぱり分からせてやろうかしら?
「そう言えばフォーマルハウトのステラ・カントルってどうしたの? あの子もすばるちゃん家にいる感じ?」
「いえ。あの方はセレーネさんが保護するとの事でした。まだ意識が戻っていないみたいですし、我が家でお預かりするよりはセレーネさんに任せた方が良いと判断いたしました」
「あの子もどこかの世界の人間なのよね。いきなりいなくなって家族とかは慌てたりしてないのかしら?」
「うーむ。その辺りもセレーネさんに任せた方がいいかもね」
あのステラ・カントルの素性に関してはフォーマルハウトに聞くしかないのだろう。
どのユニバースから連れてきたのかも分からないし、そもそも意識が戻るのかも分からない。
例えばどこかの病院に入院している植物状態の患者を勝手に連れてきたならすぐに元の世界に戻さなくてはいけない。
ただアイツがそういう事に協力するだろうか?
私達ステラ・アルマは世界で何かが起こっても関心が薄い。
その世界が気に入らないなら別の世界に移動すれば良いという意識があるから、個々の世界の事情にはあまりこだわらないのだ。
「フォーマルハウトについては私が責任を持って監視します。みんなの迷惑にならないようにしますし、アイツに対して何かしてやりたい事があったらいつでも言ってください」
「とりあえず私達は未明子くんの気持ちに沿うようにするよ。未明子くんも何か困ったことがあったらすぐに相談して欲しい」
「ありがとうございます」
未明子のフォーマルハウトに対する恨みは私達が思っている以上に深い。
それが今でも変わっていないのはアイツを見る目で分かる。
それでもアイツを生かしているのは何か考えがあるんだろう。
一番辛い未明子がそうしたいなら、私達の言えることは何も無かった。
そうこうする内にすばるの説明が終わったらしく、次はフォーマルハウトの部屋を見繕う話になった。
未明子の提案で最上階の一番奥の部屋、つまり誰もその部屋の前を通らない部屋に閉じ込めておく事にしたのだった。
「いいかフォーマルハウト。お前は私達の許可がない限りこの部屋からは出られない」
未明子が右腕に嵌めたリングをフォーマルハウトにかざすと、リングからボヤっとした光が発せられた。
この腕のリングが相手に命令を遵守させる固有武装だ。
フォーマルハウトの所持する武器ではあるが未明子が好きに持ち歩けるらしい。
この固有武装の効果は確認済みだった。
戦いが終わった後、拠点に戻る前に実際に命令をしてみたのだ。
未明子がフォーマルハウトに自分の核を持たせて「傷がつかないギリギリまで自分の核を握りつぶせ」と命令を出した。
すると命令を受けたフォーマルハウトは絶叫と共にそれを実践したのだった。
同じステラ・アルマとして言わせてもらうと、あれをもし私達を欺くつもりで芝居でやったのだとしたらフォーマルハウトを褒めてもいい。
あんな恐ろしい行為、強制命令以外でやるなんて絶対に無理だ。
それを見ていた私達ステラ・アルマ組はあまりの恐ろしさに青ざめた程だ。
「命令は承った。だが閉じ込められっぱなしじゃ楽しくないからたまには遊びに来てくれよ?」
「遊びに来るわけないだろ。ここに来るとすればお前に仕事があるか、私が恨みを返す時だけだ」
「それでも良いよ。君に会えるならそれは立派な楽しみだ」
フォーマルハウトは機嫌良さそうにそう返した。
未明子は顔を歪めてため息をつくと、さっさと部屋から出て行ってしまった。
「姫も遊びに来てくれよ?」
「嫌よ。い・や!」
「かわいい反応ありがとう。今日は良く眠れそうだ」
べーと大きく舌を出して毒づく。
くどいけど、コイツは本当に何にも変わっていない。
今の状態だって退屈しのぎくらいにしか思っていないんだろう。
これ以上アイツの顔を見るのも嫌なので私もさっさと部屋を後にした。
「それでは二人とも、これからよろしくお願いいたします」
「はい! しばらくは仕事を探していると思うので、用があったら呼び出してください」
「ん? 待って。稲見は16歳なのよね? 学校は?」
「あ。私、前の世界では高校に通わせてもらえなかったんです。だからフェルカドとずっとアルバイトをして生活していました」
「……すばる」
「はい。稲見の転入手続きをしておきます。学費もこちらで負担いたしましょう」
「え!? そこまで甘える訳には……」
「こちらの世界に来たからには健全に生活して頂きます。稲見は歳相応に学校に通ってもらいますので、わたくしの通う高校か、犬飼さんとアルタイルの通う高校の好きな方を選んでください」
「えっと……その……」
「大丈夫です。勉強でしたらわたくしとメリクでフォローできますので」
「すばるさん受験生ですよね? 私なんかより自分の時間を優先してもらいたいです」
「受験なんてとっくに対策は終わっております。今は大学の専攻を学んでいる段階なので、一人に教えるくらい負担にもなりません」
流石すばる。
分かっていたけど受験勉強で苦労するタイプじゃないわね。
ツィーの心配事が一つ消えたわ。
「じゃ……じゃあ……お願いしちゃってもいいでしょうか? 私、すばるさんの通う学校に行ってみたいです」
「お任せください。進路に関してもいくらでも相談してもらって構いませんので」
「た……頼りになる先輩ね……」
あまりの手厚いケアにアルフィルクが呆れ顔を浮かべていた。
最初は戸惑っていたフェルカドも、すばるの熱心さが伝わったのか安心したようだ。
すばるの後輩なら学校で嫌な目にあう事もないだろう。
もし稲見を面倒ごとに巻き込んだら暁のお嬢様が黙っていないと考えると怖くて手出しできない。
例えすばるが卒業したとしてもバックにすばるがいると分かっていて敵に回る馬鹿はいない。
「良かったわねフェルカド。あなたも仕事に困ってるなら私の所で働く?」
「アルフィルク様。私までお世話になる訳には……」
「別に構わないわよ。うちの事務所、中途採用の募集がなくて人手が欲しかったし。あと様づけやめて。呼び捨てでいいから」
「ですが……いえ、これもご縁ですね。私でよろしければ是非働かせてください」
「決まりね。いやー助かっちゃった。マネージャーから未経験でもいいから人を探しておいてって言われてたのよね」
「アルフィルク、完全に私事じゃないか」
「何言ってるのよ。人手不足は何も戦いだけじゃないのよ。どこの業界だって人手は貴重よ」
あれよあれよと言う間に稲見もフェルカドも輪の中に入れられてしまった。
前の世界ではつまはじき者にされてしまった二人が、この世界ではうまく生きられればいいなと思う。
何にせよ、これでフォーマルハウトとの戦いは一旦の落ち着きを見せた。
しばらくは戦いも発生しないだろうし、それぞれに体と心を休める時間を取ることができそうだった。
だけどフォーマルハウトとの決着をつけたところで鯨多未来が帰ってくるわけでは無い。
いつも未明子の隣にいた人はもういない。
彼女はそれを乗り越えていけるのだろうか。
学校が始まれば余計に鯨多未来を思い出してしまうかもしれない。
そうしたらまたいつか心が壊れてしまうかもしれない。
そうなった時、私はそれを癒せるのだろうか。
それくらいの存在にはなれているのだろうか。
これからは私が隣で彼女を支えて行きたい。
その為にこれからも彼女の翼であり続けたい。
私はそう強く願った。
すばるの建てた別荘から解散となりそれぞれが帰路についた。
若葉台の駅でみんなと別れ、私と未明子は路線バスで桜ヶ丘に戻った。
今日はこのまま帰るのかと思ったら、未明子は何も言わずに私についてきた。
断る理由も無いのでそのまま流れで私の家に二人で戻る。
部屋でいつものように何気ない会話をしていると、ふと未明子が私に向かって「こっちにおいで」と言わんばかりに手招きをした。
どうしたんだろうと思ってそばに寄ると、未明子は優しく手を握って、自分の体の間に私をちょこんと座らせた。
今までそんな扱いを受けたことが無かったのでドキッとしてしまう。
「ど、どうしたの未明子?」
「鷲羽さんは小さくてかわいいな」
「ほ、本当にどうしたの? 疲れちゃった?」
「うん。疲れちゃった……少し、疲れちゃった……」
そう言って未明子は後ろから両手で私の体をぎゅっと抱きしめた。
こんな体勢で甘えられたら幸せが溢れてしまう。
とても嬉しい状態だけど、少し不安にもなる。
彼女が私の前で、いや、誰かの前で「疲れた」なんて口にするのは初めてだったからだ。
何か思っていることがあるなら話して欲しい。
でも無理に話を聞くよりも、このまましたい様にさせてあげた方がいい気がした。
未明子は私の髪の中に顔をうずめるとそのまま黙りこんでしまった。
私は彼女の手を握って、そのまま日が暮れるまでずっと彼女に寄り添った。




