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第73話 醜い生き物⑩

 ファブリチウスのビームがフォーマルハウトを飲み込むと大爆発が起きた。 

 

 着弾地点に炎の柱が上がり爆風が吹き抜ける。



 ビームの高熱を受けて爆発が起きたという事はフォーマルハウトはタダでは済まない。

 当たり所によっては全身が蒸発した可能性もある。


 そうなると未明子の復讐はここで終わってしまうが、それならそれでいいのかもしれない。



 固有武装を展開させていた夜明は能力を解除していた。

 解除したと言うよりも展開に必要なアニマが尽きた為に強制解除されたのだろう。

 変身は維持できているが、アルフィルクがこの後戦えるかは怪しかった。


 だが夜明も未明子も、フォーマルハウトがどうなったのか確認するまでは警戒を解かなかった。



 爆煙が晴れ始め、徐々にフォーマルハウトの姿が現れる。


 ビームの直撃で爆散しなかったのは流石1等星だが、その姿は散々だった。


 まず体の左側が大きく欠損している。

 左腕も左脚も跡形も無く吹き飛び、胴体が抉れていた。


 右脚は夜明に撃ち抜かれてズタズタ、唯一無事そうなのは右腕だけ。

 顔は半分焼け焦げ装甲はほぼ全壊。

 体を覆っていたオレンジ色の輪は粉々になって消滅している。


 本当に、ただ破壊を免れただけの状態だった。



「鷲羽さん、申し訳ないけどフォーマルハウトの所まで戻れる?」

『それくらいは大丈夫だけど近寄ってもいいの?』

「うん。これでもまだ抵抗するようなら狭黒さんにハンドグレネードでバラバラにしてもらうよ」


 私はあんなグチャグチャの姿を見てこれ以上何かをする気にはなれなかったけど、未明子的にはまだまだ同情するようなレベルでは無いらしい。

 

 翼を失って体も穴だらけにされてしまった私は、ファブリチウスの場所までやってきた時のように、体を這いずってフォーマルハウトの元まで移動した。



 私が近くまでやってくると、フォーマルハウトは頭だけを動かしてこちらを見る。

 こんなになってもまだ動けるのは不死身とか高性能とかじゃなくて単純に怖い。


『……流石に囲まれた状態でこの怪我を治す余裕はないな。これは私の負けだ』

『あなたまだ戦おうと思えば戦えるのね。死んだんじゃないかと思って損した』

『何!? 姫は私を心配してくれたのか。相変わらず優しいな』


 げぇー。コイツこんな状態でもいつもの口調は変わらないのね。

 どう考えたら戦ってた敵の心配をするなんて思考になるのかしら。


「フォーマルハウト、変身は解けるか?」

『おお犬飼未明子。まさかあそこから逆転されるとは思っていなかったよ』

「お前に自由に話す権利は無いよ。黙って私の言うことを聞け」

『……あーはいはい分かりました。負けた奴は大人しく勝った奴の言うことを聞きますよっと』


 そう言うとフォーマルハウトは自分の胸から泡のような物を一つ出した。


 その泡の中には白いワンピースを着た少女が横たわっている。

 ステラ・カントルの少女だ。

 

 泡はフワフワと浮かびながらゆっくりと地面に降りて行くと、接地したところでポンと割れた。


 泡から出てきた少女はぐったりと地面に横たわっている。

 解放されたからと言って目を覚ますわけでは無さそうだ。


 少女が地面に降りたのを確認すると、フォーマルハウトの体が光に包まれる。


 しばらくして光が止むと、人間の姿になったフォーマルハウトがそこにいた。

 ……と言うよりも、そこにへばりついていた。


 体が半分くらい無くなっているせいで、いると表現するよりも置いてあると表現した方が近い。

 傷口が焼け爛れているので出血は無いが人間の姿だと痛々しくて見ていられない。

 本当、何でこんな状態で生きていられるのかしら。 


「狭黒さん。みんなを呼んできてもらっていいですか?」

「フォーマルハウトは大丈夫かい?」

「はい。流石にもう戦えないと思います」


 夜明は一度フォーマルハウトを見ると、

 了解した、と手で合図をして離れて行く。



「鷲羽さん」

「分かった。未明子も降りるのね」


 私は腰を下ろして姿勢を低くすると胸の装甲を開いた。

 操縦席を露出させ、操縦席を包んでいた緩衝膜も開くと左手に未明子を乗せた。

 

 操縦席から出てきた未明子は酷く疲れた顔をしていた。

 電撃を食らったせいで肌も少し焼けてしまっている。


 左手をゆっくりと地面におろすと未明子が心配そうにこちらを見た。

 私も変身を解除したいところだが、解除した後のことを考えると覚悟が必要だった。


 かと言ってこのままアニマが尽きるまで変身を続けていてもそれこそ待っているのは死だけ。

 変身を解いて体の回復にアニマを回した方がいくらか建設的だ。

 

 全身を光に包まれながら私も変身を解除する。

 視点が下がり、目の前に未明子の顔が見えた。


 その未明子の顔がみるみる青ざめるのを見て、相当ひどい怪我をしているんだろうなと察した。


 安心させる為にそばに寄ろうとすると全身から一気に血の気が引いてその場に座りこんでしまう。

 思わず折れた方の右手をついてしまい、倒れそうになったところを未明子が抱きかかえてくれた。

 

 思った通りお腹から大量の出血をしていた。


 当たり前だ。フォーマルハウトに負けず劣らず私のお腹も抉れてしまっているのだから。

 折れている右手からも出血。何なら翼と固有武装を破壊されてしまったせいで背中からも出血しているのが分かった。

 おそらく背骨も何本か折れてしまっているだろう。


 よくもまあここまでボロボロにされたものだ。



 未明子は自分の着ているシャツを脱ぐと私のお腹周りを縛ってくれた。

 あっと言う間にシャツが真っ赤に染まる。


 次に履いているスカートの裾を破って骨が飛び出している右手に巻いてくれた。

 それだけでもかなりマシになった。

 応急処置としては申し分ない。


 普通の人間だったらとっくに死んでいるような怪我でも一応私はステラ・アルマ。

 しかも1等星だ。

 これくらいならもうちょっとは生きていられる。


 ……もうちょっとの間に手当してもらえる事を期待してるけど。


「鷲羽さん……」

「大丈夫よ。それより未明子も怪我は平気?」

「うん。耳も大分良くなったよ。ちょっとここで休んでて。私はアイツと話をしてくる」

「……気をつけてね」


 とうとうこの時がやってきた。

 未明子は鯨多未来の復讐をする為にフォーマルハウトと戦ったのだ。

 私はその為に力を貸した。

 だからこのあと未明子がアイツに何をしようが私に止める権利は無い。


「フォーマルハウト」

「やあ。お互いボロボロだな」

「お前に勝った」

「そうだな。おめでとう。これで仇を取れたな」


 未明子はフォーマルハウトを見下ろしているが、私がいる位置からはどういう表情をしているのか見えなかった。


「お前の言いたいことなんて何も聞く気は無い。大人しく私の質問に答えろ」

「なんでだよ。私は君とお喋りしたい」

「黙れ」

「ちぇー。はいはい。何でも聞いてくれ勝利者様」

「一つ。お前のその怪我は治せるのか?」

「……は?」


 ……え?

 どういう事?


 何で未明子はアイツの怪我の心配をしだしたの?

 私はてっきり、散々痛めつけて殺すのだと思っていた。


「何だそれ? 私を助ける気か?」

「いいから答えろ。治せるのか?」

「……治せる。スピカ姉さんの固有武装は人間の姿でも使える能力だ。時間さえもらえればここからでも回復できる」

「その能力は鷲羽さんにも使えるのか?」

「使える。元々この能力は他人を癒す為の能力だ。……なるほど、姫を助けたいって訳か」

「違う。鷲羽さんの怪我はこっちで治す。他人にも使えるか確認したかっただけだ」

「……お? ……おお」


 私は混乱していた。

 未明子が何を考えているのか本気で分からなかったからだ。

 それはフォーマルハウトも同じようで、明らかに困惑していた。


「二つ。さっきお前が言っていた相手を操る固有武装。お前自身にも効くのか?」

「操るのとは少し違うがな。……効く。使用者が誰かは関係ない。対象を任意の相手に服従させる能力だ。あの三人を君の奴隷にすることもできる」

「そんなことは聞いてないよ。次に無駄口叩いたら蹴るぞ」

「……だんだん君が何を考えているか分かってきたぞ」

「最後の質問だ」

「ふふ。何でも聞いてくれ」

「ミラにやったみたいに、お前の核を取り出すことはできるのか?」

「あー……それは想定外だった」


 鯨多未来みたいに核を取り出す?

 やっぱり殺すつもりなのだろうか。


 ならその前の二つの質問は何だったんだろう?

 フォーマルハウトは何か察しているみたいだけど私はさっぱりだった。


 アイツの方が未明子の事を理解してるみたいで悔しい。

 でも今は血をたくさん失っているせいだと思っておこう。

  

「核を取り出すか……できる。君の考えている事を先回りさせてもらうと、取り出した後に君が保管しておくのも可能だ。あまり離れすぎると私の体は死ぬがな」

「分かった。質問は以上だ。私の考えている事を理解したなら何をすればいいか分かるよな?」

「ああ。通じ合ってるな私達」


 そう言うとフォーマルハウトは自分の胸の前にゲートを開いて、そこに右腕を突っ込んだ。

 そしてゲートの中から深い青色の小さな丸い球を取り出した。


 私達ステラ・アルマなら誰でも知っている、自分達の本体である核だ。


 フォーマルハウトは自分の核を自分で取り出し、それを未明子に手渡した。


「お前みたいな奴でも核だけは美しいんだな」

「あは。いま私は最高に幸せだよ。泣いちゃいそうだ」

「何言ってるんだ。ここからお前は一生地獄だぞ」

「地獄に憧れる奴だっているかもしれないだろ?」


 あの二人が何を話しているのか全然分からない。

 最早私だけが置いてけぼりになっていた。

 

 夜明。こういう時は夜明の解説が必要よ。

 早く帰ってきて。


 私の願いが星に届いたのか、そのすぐ後に夜明達が戻ってきてくれた。





    


「はあ!? こいつ殺さないの!?」


 アルフィルクの甲高い声が私のお腹の傷に響いた。

 フォーマルハウトの声は不快だけど、このモードに入った時のアルフィルクの声も私は好きではなかった。

 怪我をしている今なら尚更だ。


 相変わらずぐグチャグチャのまま放置されているフォーマルハウトをみんなが囲っていた。

 すばるは私の介抱を買って出てくれたので、いまは念入りに止血をしてくれている。

 家の医務室で慣れていると言っていた通り医者顔負けの処置だった。

 

「あなたミラを殺されたのよ!? その原因であるコイツを生かしておいて良い訳ないでしょ!?」

「うん。生かしておくつもりは無いよ。コイツはもう生きてる扱いはしない」

「どういうこと?」

「コイツはこれからみんなの恨みを晴らす為の道具兼救急箱だ」

「……どういうこと?」

「これから生きていく中で、何度も何度もミラが生きていたら、いてくれたらって思う時があると思う。その度にコイツを酷い目に合わせて気持ちを晴らすんだ」

「き、気持ちを晴らす?」

「指を切り落としたり、目を潰したり、肉体を痛めつけてもいいし、破壊しない範囲で核を握りつぶしてもいい。どうせコイツは回復できるから好きなだけ痛めつけられる」


 未明子が背筋の凍るような事を言っている。

 つまり殺して決着をつけるんじゃなくて、この先ずっと生きたサンドバッグにするつもりだ。


「服従させる固有武装を使って言う事を聞かせてもいい。全裸で新宿とか歩かせよう」

「ちょ、ちょっと未明子。落ち着いて」

「落ち着いてるよ。だって本当に言葉の通り、生きてることを後悔するくらい苦しめられるんだよ? ミラを思い出すたびに気持ちのはけ口にできるんだよ?」

「そ、そうかもしれないけど……」


 攻め気だったアルフィルクがとうとう引き始めた。

 アルフィルクだけじゃなく他のみんなも引き始めている。

 

 やっぱり他のみんなはフォーマルハウトを倒して心に決着をつけるつもりでいたんだろう。

 その中で未明子だけは、決着をつけずにこれからの人生をずっと痛みと一緒に生きていこうとしている。


 一度心に区切りをしてしまえば鯨多未来を忘れることになると思っているんだろう。

 その為にアイツをとことん利用するつもりなのだ。 

 

「未明子くん。とりあえず一旦この話は保留にしないかい? みんなダメージが大きい。特にアルタイルくんはすぐに回復してもらわないと危険だ」

「あ、そうですね。みんなボロボロなんだった」


 未明子はそう言ったかと思うと、突然みんなに向かって土下座をした。


「お願いします! 後で何でも言うことを聞きますのでコイツの怪我を治すことを許してください。コイツの核は私が預かるので、もしコイツが何かをしようとしたらすぐに殺します!」


 全員呆気に取られてしまった。


 いや、何で恨みの対象を守るために未明子が土下座するのよ。

 もう訳が分からない。

 

「う……うん。アタシ良く分からなくなってきたから、とりあえずコイツ治してみんなで戻らない? 元気になったらもう一回しっかり話そうよ」

「そうだね。あそこに倒れているフォーマルハウトのステラ・カントルも連れていこう」

「ちょっと待って! そう言えばまだ敵が残ってるのよね? すっかり忘れてたわ!」


 アルフィルクの言葉に全員がハッとした。

 フォーマルハウトで頭がいっぱいになっていたが、そもそもこれは別のユニバースの戦士との戦いだった。


 そいつを倒さない事には決着がつかない。

 気付かずにこのまま全員で戻っていたら負けになるところだった。

 元の世界に戻る前に、最初に見たあの白黒の機体を倒さなくては。



「あ、あのー……」


 私達が話している輪から少し離れた所から声がした。

 声のした方を見ると、二人の女の子がこちらの様子をうかがっている。


 小柄で肌白。やせ細って不健康そうな顔をした少女と、その少女の隣にいる同じく不健康そうな顔をした青い瞳の女性。

 

 二人に気づいた五月とすばるが警戒態勢を取ると、それを見た小柄な少女がビクッと身を震わせた。


「ご……ごめんなさい! 私達、あなた達の敵の世界の人間です」

「その敵が何なの?」


 アルフィルクが棘のある言葉を投げつけると、少女は泣きそうな顔をしながらこう言った。


「こ……降参します。降参しますから、助けてください……」





   






 その後のことをかいつまんで説明すると。


 フォーマルハウトはその場で自分の怪我を治療した。

 暴れ出さないように未明子が核で脅しをかけると両手を上げて投降の意を示した。


 最後に残った敵が負けを認めたことで戦いそのものは私達のユニバースが勝利。

 少女とそのステラ・アルマは一緒にこちらの世界に来る事になった。


 気を失ったままのフォーマルハウトのステラ・カントルを連れて拠点に戻ると、管理人がステラ・アルマを回復させる為のライトを使わせてくれたので、体に穴をあけられたツィーと背中が炭化したサダルメリクを治療した。


 特に大きなケガの無かったアルフィルクは未明子の火傷の治療をしてくれた。

 耳に関しては拠点でできる事はなかったので、この後すぐ病院に行く手筈になっている。


 そして致命傷を負っていた私は、すばると五月に回復のライトをあててもらい介抱されている最中だった。



 長椅子に寝かされた私から少し離れたところで未明子と夜明、それにツィーとアルフィルクが話している。

 サダルメリクは疲れて寝てしまい、連れてこられた別世界の二人は隅の方でソワソワしながら成り行きを見ていた。


 そして肝心のフォーマルハウトは、何故か未明子の隣にふんぞり返って座っていた。


「なんであなたが未明子の隣に座ってるのよ」

「いや、だってもう私のマスターはコイツになった訳だし」

「はぁ? 何を寝ぼけたこと言ってるのよ。そこをどきなさい。それで隅っこの方でちっちゃくなってなさいよ」

「マスターの命令があれば喜んでそうするよ。姫こそ毒づいてないで大人しくしてた方がいいんじゃないか? 全然血が止まってないぞ?」

「誰のせいでこうなったと思ってるのよ。治ったら絶対にひっぱたいてやる」

「それは楽しみが増えた」


 フォーマルハウトはやたらニコニコと機嫌良さそうにしていた。


 服がボロボロになって半裸だったフォーマルハウトはこの拠点のパーカーを着せられている。

 未明子も、私の治療に自分の服を使ったせいで同じパーカーを着ていて、まさかのペアルックだった。

 二人並んでいるとまるでコイツが仲間になったみたいだ。


 吐き気がする。

 コイツはどこまでいっても敵。

 いまは戦いの後のどさくさで放置されているけど、絶対に許してはいけない存在なのだ。



「す、すいません。私達はここにいても大丈夫ですか?」


 連れられてきた別のユニバースの少女が、一通り治療を終えたすばるに話しかける。


 ここに来るまでに名前だけは名乗ってくれた。

 少女の名前は双牛稲見(そうごいなみ)

 連れているステラ・アルマはこぐま座3等星のフェルカドだそうだ。


「そうですね。不安だと思いますが、しばらくは監視対象とさせてください。こちらも今は混乱している状況ですので」

「いえ! 全然平気です。もし何か手伝えることがあったら言ってください」


 この二人、敵だったのにも関わらず敵意と言うか戦意を全く感じない。

 相手の世界に連れてこられた立場なのに、不安どころかむしろ安心しているようにすら見えた。


 何にせよ今はフォーマルハウトで手一杯だ。大人しくしてくれるならそれに越した事はない。



「で、あなたが土下座までして助けたコイツはこの後どうするの?」

「どうするって言った通りだよ。これから毎日恨みを晴らさせてもらう」

「そうじゃなくてコイツをどこに置いておくの? まさかこの基地に置いておくなんて言わないわよね?」

「おいおい。置いておくって。私は物じゃないぞ?」

「うるさいわね。あんたに話に入る権利は無いわよ。黙ってて」

「うーん。流石にここに置いとく訳にもいかないし、とりあえずウチで面倒見ようかな」


「はぁあああああッ!?」


 拠点中に響き渡る大きな声を出したのは、私だ。


 耳を疑うような言葉を聞かされれば叫び声も出よう。

 

 私は寝転がっていた長椅子から立ち上がると、未明子の方にズンズン歩いて行った。


「アルタイル! まだ動かないでください! いま動くと出血します!」


 すばるが慌てて私の元にやって来るが無視して話を進めた。


「未明子! どうしてあなたがコイツの世話をする必要があるの!?」

「鷲羽さん、まだ血が滲んでるみたいだけど動いて大丈夫なの?」

「そうだぞ姫。あるかないか分からないおっぱいが見えそうになってるぞ」


 スパーン


 いま出せる全力でフォーマルハウトを思いっきりひっぱたく。


 それを見て驚いている未明子に詰め寄ると、自分でも信じられないくらいの大声を出した。

 

「未明子がコイツを使って何をしようとしてるのか分からないけど、コイツはあなたの大切なものを奪ったのよ!? そんな奴をそばに置いておくなんておかしいでしょ!?」

「でも近くにいないと恨みもぶつけられないからさ」

「そんなの呼び出せばすぐに来るわよ!! コイツはいつでも私達の近くに来られるのよ!?」

「鷲羽さん落ち着いて。血が凄い出てきちゃった」

「落ち着いてられないわよ!! 大事なことでしょ!?」

「そりゃあ姫にとって大事な犬飼未明子の隣を取られるのは許せないよな」


 スパーン


 二度目のビンタが同じ場所を打つと、フォーマルハウトは頬を抑えてしょんぼりとした。

 何なら泣くまでひっぱたいてやりたかったけどそれよりも今は未明子だ。 


「私は反対よ。こんな奴その辺に放置しておけばいいのよ。どうせ好き勝手に生活してるんだから」

「そんな好き勝手をコイツには許したくないんだよ。私の部屋にずっと押し込んでおく位してやらないと」

「そ、そんなの! 私が代わりに未明子の部屋に押し込まれるから、コイツを私の部屋に押し込んでおけばいいじゃない!」

「え?」

「アルタイルちゃんストップストップ! いっぱいいっぱいになってるから!」

「アルタイル、一度頭を整理してください。自分でも何を言ってるか分からなくなっています。あと血を止めさせてください」


 五月とすばるにどうどう、と体を拘束され、ズルズルと長椅子まで戻されてしまった。


 引きずられたあとに私の血ノリがべったりと垂れている。

 興奮して出血が酷くなっているせいで、拠点の床が殺人事件の現場みたいになってしまった。

 

「アルタイルくんはああ言っているが、実際フォーマルハウトを目の届かないところに置いておくのは不安だね。なるべく近くで監視しておいた方がいい」

「夜明ぇ。まだ私を信用していないのか。この通り固有武装の能力ですでに君達に逆らうことはできないし、核も犬飼未明子に握られている。私は至って無害な存在になったんだぞ?」

「お前は存在している限り害だ。私がいまどれだけ怒りを抑えていると思ってるんだ?」

「ここにいる全員そうよ。あんたは一度の失言でこの世から消えることを自覚しなさい」


 夜明もアルフィルクもフォーマルハウトに対して少しも怒りが収まっていない。

 今は一番の被害者である未明子の気持ちを汲んでいるだけで、許されればいつでも八つ裂きにしたいと思っていることだろう。


「ツィーくんは何か意見はあるかい?」

「私はそもそもワンコの考えが理解できないが、ワンコがそうしたいと思うなら好きにすればいい。フォーマルハウトには別の形でツケを払ってもらうつもりだ」

「うん。アタシもいずれ何かしらのケジメはつけさせたい」


 一番怒り狂いそうだった五月は思ったよりも冷静にしていた。

 まだ起こったできごとを整理できていないだけかもしれないが、ツィーと同じで成り行きを見守るつもりらしい。


 ……もしかしてこの中で一番感情をコントロールできていないのは私なのかしら。



「その上で提案なんだが、コイツを閉じ込めておく為の場所を確保したい」

「もしや、ツィーさんがわたくしに相談してくれた例の件ですか?」

「そうだな。別の世界の人間も合流したしまさに今がその時だと思う」


 どうやら内緒でツィーとすばるが何かを進めていたらしい。

 珍しい組み合わせの二人だ。


「すばる、ツィーと何の話をしていたの?」

「以前フォーマルハウトに対抗する為に別の世界の人間をスカウトするという話が出たのを覚えていますか?」

「そう言えばそんな話があったわね」

「それがもし実行された時、その方々がこちらの世界で生活する為の場所を探していたのです」

「私が撫子に頼んでおいたんだ。適当な物件を見繕っておいてくれってな」

「ツィーの撫子呼び久しぶりに聞いたわね。それでそんな物件が見つかったの?」

「建てました」

「……え?」

「いい物件が無かったので家に相談して建てました」

「そ……そうなの。へぇ……」


 アルフィルクが呆れるのも無理はない。

 流石豪邸のお嬢様。

 いやお嬢様だからってそういうお金を動かせる立場なのかしら。


「でもさ、コイツってゲートを使って自由に移動できるんでしょ? どっかに閉じ込めておくのって難しくない?」

「それなら服従の固有武装の能力があるから大丈夫だよ。私がそこにいろって命令したらコイツはそこから出られないから」

「そんな能力使わなくても未明子がそこにいろって言ってくれたら大人しく待ってるぞ?」


 未明子がポーチにしまったフォーマルハウトの核を握りしめる。


「いたたたたたたた」

「お前さっきから調子に乗るなよ。アルフィルクも言ってたけど、お前の命なんかここにいる全員の気分次第なんだからな?」

「分かった。分かった。少し口にチャックする! だから核を潰すのやめてくれ」


 まるで孫悟空につけられた緊箍児(きんこじ)のようだ。

 ただ頭を締められるのと、命そのものを締められるのでは苦しみは桁違いだろうけど。

 いい気味だわ。



 フォーマルハウトの苦しむ声を聞いて溜飲を下げていると、急に私の視界が暗くなり始めた。


「あ……」

「やば……」


 私を治療してくれていたすばると五月の顔が一気に青ざめる。


 

 ……なるほど。

 そうね。そうよね。


 調子に乗ってたのは私もよね。

 怪我は治っても、あれだけ血を流したら、こうなるに決まっているわよね。


「あはは……」 


 最後によく分からない笑いが出た私は、そのまま気を失った。 



 後で聞いた話によると、その時の私の顔は蝋燭よりも白くなっていたらしい。


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